利幸の家での攻防①
ショウが木に繋がれたまま夜が更けていく。
浴室の窓から漏れ聞こえる紗の歌声を聞いた飛翔が複雑な想いを溜め息に変えた。
〈タカシ、大丈夫?〉
〈大丈夫だよ。
生きていれば、と思ってしまっただけ。
もうどうしようもないのにね……〉
「では、共に彼の世に行っては如何ですか?」
〈〈えっ!?〉〉
振り返ると宵闇に黒い人影が佇んでいた。
「そんな怖いお顔をなさらず。
今宵は、ただお話ししに参りましただけ。
何も手出しいたしませんよ」
〈モグラ……〉
「その通りで御座いますが……」
〈さておき、複数の集団に狙われております。
可能な限り操り、散らしておきますが……それと引き換えに――〉
「その首輪は外さぬよう、お願い致します」
途中は獣神同様の話し方で伝えた。
〈どういう意味だっ!?
紗は拐わせない! 利幸も同じだ!〉
〈待ってタカシ!
ナンか……この前とは違うよ?
落ち着いて、ちゃんと話聞こうよ〉
〈有り難う御座います、王子様。
私は主様には逆らえぬ身では御座いますが、可能な限りドラグーナ様と御身内様を御護りすべきと考えを改めましたので御座います。
先程は周囲を警戒し、『彼の世』と申しましたが、神様としての力を取り戻し、神世に御戻りくださいませ。
そして……我が主様を御救いくださいませ。
封じられております真の主様を〉
《詳しく話せ》
〈トリノクス様、で御座いますか?
お目覚めになられたのですね〉
《知られたくはなかった。
故に黙っていたが、どうやら真、改心した様子であるからな》
〈主様は封じられ、操られております。
操っているのは――〉飛び退り、消えた。
モグラが立っていた場所には、禍を纏った槍が突き刺さっていた。
《姿までは確められておらぬ様子。
皆様の仲間の神と思い、滅する為の禍を纏わせたのでしょう。
今宵は陰ながらお助け致します》
声だけは届いたが、モグラの位置は掴めなくなっていた。
〈また『王子様』って言った~〉
〈そこは、今は気にしないで。
それよりも首輪を外すなって、どうしてなんだろう……?〉
《現状、私もアーマルも目覚めておらぬ、と敵神に思わせておきたいのであろう》
〈そうか……僕とショウでは首輪は外せない。
外せれば神様の力が目覚めていると判断されてしまうのですね?〉
《だと捉えたまでだ》
〈モグラは……本当に味方になってくれたんだろうか?〉
《ドラグーナの説得――涙が効いたのであろうな。
裏で王を操っておる者に気付かれねばよいのだが……》
〈友達になってくれるかな~♪〉
《今のモグラであれば期待してよかろうよ》
〈うんっ♪〉
―◦―
その後、ショウがおとなしく伏せていると家の灯りが消えた。
〈スズちゃん♪ トシ兄♪ おやすみ~♪〉
〈僕達は、ここからが勝負だよ〉
〈ずーーーっとコッチ見てたの達、ジワジワ降りて来てるね~。
ね、めーいっぱいの縄にしていい?〉
《そうしてやれ》
〈ん♪ ……ん? クサい?
この臭い……前のモグラとおんなじ?
そーいえばモグラ、クサくなかったね♪〉
《この腐臭は操っておる者の魂の臭いだ。
その邪心が放っておるのだ。
モグラに禍の槍を投じた後、配下に操りを加えて寄越したのであろう。
彩桜が持つドラグーナの力は破邪。
故にドラグーナの涙がモグラを操る邪心を断ったのだ》
〈サクラ……神様になっちゃう?〉
《アーマルと飛翔との関係と同じであろうよ。
ふむ。モグラがマリュースの力を発動したようだな》
〈クサいのクサいの飛んでけ~♪〉
〈去って……行きましたね。あ、また……〉
《モグラ、派手に動かずともよい。
敵神に気付かれてしまうぞ》
《有り難う御座います》微かに聞こえた。
そうしてモグラは、敵神の配下達を次々と方向転換させてくれていたが――
《一旦、退却させて頂きます》
――遠くに離れてしまったらしい。
〈来ちゃったね~〉ヒュンヒュン――
木に隠れ、二足で立ち上がり、先を輪ではなく礫状に縛った縄を構えた。
飛翔も光のアーチェリーを浮かせる。
《矢に浄化を込めよ》〈はい〉
〈タカシ! いっくよ~♪〉ヒュッ――
屋根近くまで降下した神達が、ショウが投げる縄と飛翔が放つ光矢を受けて落下すると、後続の神達が慌てて留まった。
《探られておる。気配を消せ》〈〈はい!〉〉
《飛翔、弓を離しても放てるか?》
〈少しでしたら〉
《複数は?》
〈やってみます〉
家を半円状に囲む6つの弓が新たに現れ、各々が矢を番えた。
留まっていた神達が再び降下を始める。
〈放ちます!〉一斉に!
射ち、即、弓を家の反対側に移し、続けて射った。
〈タカシすっご~い♪
僕もやってみる~♪〉
投げるのは前足からだが、手元直ぐで縄は消え、家の向こうから神に向かって飛んできた。
〈でっきた~♪ あっ♪ そ~だっ♪
グーからパー♪〉
家を囲んで何人もが投じているかの如く、あちこちから飛んでいた縄の先端が開いて網になった。
死神達が散り散りになる。
〈おもしろ~い♪〉
《退いたぞ。
奴等が立て直す迄、休んでおけ。
飛翔、疲れたのならばアーマルと交替せよ。
一晩中続くであろうからな》
〈はい。ありがとうございます。
あ……目覚めて頂くには、どうすれば?〉
《起こしてやろう。力を抜け》
〈あ、はい〉〈タカシおやすみ~♪〉
《アーマル、お前も弓は得意であったな》
〈……ん……あ、トリノクス様……はい。
弓ならば得意です!〉
《死司神共がウンディとランマーヤを狙っておる。
飛翔と交互に追い払え》〈はい!〉
〈トリノクス様ぁ、捕まえちゃったのど~しよ~?〉
縄が絡んだままの神達を引き寄せた。
《その強い縄ならば身動きどころか話せも出来ぬであろうよ。
その木にでも繋いでおけばよかろう》
近くの木を示した。
〈ん。じゃあ、おやすみね~♪〉
神達に巻き付いているのとは反対の端がショウの手から離れると、幹や枝に巻き付き、シュッと神達を引き寄せた。
《アーマル、浄化しておけ》〈はい!〉
浄化光で包まれた木に、飛翔の矢で落ちた神達が何事かとヨロヨロフラフラしつつ集まって来た。
《ショウ、木に縛っておけ》〈うんっ♪〉
縄が飛び、網に開いて神達を一纏めにした。
《その要領で捕らえてゆけ》〈うんっ♪〉
〈トリノクス様っ! あれを!〉
《とうとう高位神が来たようだな》
〈あんな上なのに、すっごくクサ~いぃ~〉
遥か上空の高位らしい死司神は家に向かって何かを放った。
〈何を!?〉《結界だな……》
〈トシ兄のお家クサくなっちゃったぁ〉
《アーマル、試しに浄化最強の矢を放て》
〈結界が破壊できればよいのですが……〉
放った矢は家に触れる直前、弾け散った。
それを合図にしたかのように神達が一斉に降下を再開した。
〈アーマル♪
あのエラソーなの狙って~♪〉
〈命中射程距離外だが……勿論だっ!〉
―・―*―・―
アーマルが狙っている上空では――
「ルロザムール様! お退きください!
あれは祓い屋達の攻撃で御座います!」
「私が率いておらねば何も出来ぬくせに!」
「ですがっ」「ええい! 黙れっ!」
「危ない!」「ぉわっ!?」
光矢が飛来し、ディルムはルロザムールをここぞとばかりに突き飛ばした。
「禍を纏わせております!
お退きください!」
「何っ!? 人世に居りながら禍を得ておると申すかっ!?」
あ……迂闊だったか?
「ですが事実で御座います!
当たれば一大事!
大切な御身で御座います!
どうか! どうかお退きください!!」
「う……ディルムが申すのならば真であろう。
ナターダグラル様に御報告申し上げねばなるまいな――っ!
……ふむ。
私は退却するのではないぞ。うっ――
私は御報告に向かう。
指揮はディルムに任せる。
では――クッ!
悪くともランマーヤへの宣告は果たせ!」
光矢が達する度に、ディルムに振り回され、突き飛ばされながらも言い切った。
「畏まりました」礼をしてニヤリ。
「失敗は許さぬぞ!」逃げた。
〈おお~いアーマル!
もう上に射るんじゃねぇよ!〉
当然、獣神話法だ♪
〈ディルム、、か?〉
〈中間管理職は追い払ったよ♪
だが忠実なヤツらが必死で降下する。
阻止してくれ。
俺はバレない程度に邪魔するくらいしか出来ねぇからな〉
ディルムはマリュースの子、白虎神です。
ダンディ中年男神していますが、野性味あふれる性格のようです。
弟ハーリィは黒豹神で、再生域に潜入してミュムの指導神をしています。
死司神(死神)の『宣告』では死が間近だと告げると同時に『死印』という目印であり、死を引き寄せるよう働きかけるものを付けるんです。
本編でエィムが交差点の街路樹の根元に込めたアレです。




