ローマからベルリンへ
ローマでの夜公演は、邦和では2日の丑三つ時から始まり夜明け前に終わる予定なので、祐斗達は生配信ではなく後で観ようと初夢を見ていた。
ローマのホールでは当然ながらチケットは完売だったのだが、キリュウ兄弟の招待客達は特別席を設けてもらって席に着いたところだった。
「私が話して良かっただろ♪」
啓志の隣で淳は上機嫌だ。
「二度と紅火君に無理 言わないで」
「冷めた反応だな」ムッ。
「ローマに来て やっと会えたと思ったら新年の挨拶そっちのけで『ニューイヤーは聴かせてくれないのか!?』なんて恥ずかし過ぎるよ」
「しかし特等席が得られたではないか。
明日は帰国なのだから、この回を逃せば生で聴けなかったのだぞ」
おかげで撮影機材は後方通路に追いやられ、前席との間隔の都合で可能な限り高く設置されている。
「そうだけどね。
紅火君達はローマ観光とかディナーとかを楽しんでもらいたくてチケットを入れてなかったんだ。
それを責めるように言うなんて、あんまりだよ」
「しかし――!」「淳さん、始まるよ」
淳を挟んでいる順志が笑みを向けた。
「感謝してるから、静かにね」
「義兄さんは良い人だな♪ オトナだ♪
啓志はコドモで困る♪」「あのね……」
オーケストラの前にソリスト達が並んで開始を告げる礼をした。
「静かにね」「ん♪」にこにこ頷いた。
―・―*―・―
その頃、ベルリンのオッテンバッハホールでも、杮落としとニューイヤーを兼ねたコンサートが始まったところだった。
「どうしたんだろ……音が……色褪せた?
まだ全力じゃないのかな?
それとも機材が万全でない?」
息子の呟きに父が微笑む。
「父さん?」
「無意識にキリュウ兄弟の音色と比較してしまっているのだろう。
キリュウの音には煌めくものがあるからな」
「煌めく……そうか。確かに」
「私も最初はスッと耳に入り込む音色が心地好いと感じただけだった。
後日、他のコンサートを聴いて、違いに気付いたのだ。
キリュウ兄弟には真の強さがある。
何ものにも負けない、屈しない強さと、何ものをも包み込む優しさという強さだ。
その強さが煌めきと化して音色と共に心に響く。
誰にでも発せられるものではない音色だ」
「そうか……心に響く強さか……神様みたいだね。
音の神様。心を救う神様だ」
「荒れた人の世を救う為に降臨したのかもな」
息子は感慨深気に頷いた。
その時、ボーカルの声が乗った。
「メーアの声は相変わらず強いな……♪」
父もキリュウ兄弟に近い煌めきを感じていた。
―・―*―・―
翌日の昼、ローマを発つ招待客達を見送ったキリュウ兄弟は直ぐに昼公演に出、夜公演も無事に終えての打ち上げの途中でベルリンに発った。
「俺が子供だからって理由、やめてよね」ム。
「それがイチバン穏便じゃねーか♪
盛り上がってるのに抜けねぇといけなかったんだから仕方ねぇだろ♪」
黒瑯が彩桜の額をツンツン♪
「ヒドいんだぁ」ぷん。
「ねぇ金錦兄、夜公演なんでしょ?
どぉして今日移動なのぉ?」
「朝から打ち合わせやリハーサルがある。
朝移動では間に合わない」
「ふぅん」むぅ。
機内電話が鳴る。
金錦が彩桜の頭を撫でてから取った。
「はい、輝竜です」
『アードラ=オッテンバッハだ。
ファルケが今夜の内に どうしても会って話したいと言って聞かないのだが、時間は許せるか?』
「はい、大丈夫です。
私と青生でよろしいですか?」
「白久は? 具合でも悪いのか?」
「いえ。
元気そのものなのですが、打ち上げの宴で酔ってしまいまして寝ているのです」
「そうか。ならばよい。
到着時刻に合わせてホテルのロビーで待っている」
「はい。では後程」
「ねぇねぇ金錦兄、夜遅いのに大丈夫?」
「何も問題は無い。
心配してくれて ありがとう」撫で撫で。
「彩桜」手招き。
「ん? 紅火兄どしたの~?」とっとこと♪
「飛行機でも縫ってるの!?」
「ニューイヤーのオケからもリードを受注してしまった為に遅れた。
彩桜は背が伸びた。袖と裾を合わせる」
「ほえ? 俺、伸びた?♪」
「伸びている。試着してくれ」
「うんっ♪ あ! 忍者っぽい♪」着る~♪
黒革のツナギだが、上半身の前合わせ部分が着物ぽく、胸元のメッシュが帷子のようで、忍者らしさを醸し出している。
「何度も忍者と言われたのでな。
デザインを変更した」ニヤッ。
「ピッタリ動き易~い♪」ピョンクルン♪
「裾……」「うん、はい♪ ね、コレに靴?」
「いや……」
印を付けて、席間の物入れから出した。
「地下足袋ブーツだ~♪」履く~♪
脚絆と足袋のようなロングブーツでサイドが編み上げデザインになっているが、それは飾りらしくスポッと入った。
「面白~い♪ ピッタリ~♪」
「袖……」「は~い♪」
また印を付けてもらう。
「胴周りは?」「ピッタリ~♪」
「脚周りも?」「ピッタリ~♪」「ふむ」ニヤッ。
ピッタリと言っているが腿の辺りは ゆったりと少し膨らみがあるデザインだ。
「この真っ黒、兄貴達も? みんな真っ黒?」
「帯と鉢巻と面当て」「彩桜君の分よ♪」
桜色の細長い布と、紅を纏った闇灰色の伸縮性のある布を若菜から受け取った。
そこでようやく若菜が縫い付けているのが鉢巻の額当ての金属板だと分かった。
「そっか~♪ 黒瑯兄やっぱり真っ黒~♪」
「そうなるな」「ウッセー!」
「筒? 穴? コレにゃ~に?」
両手を入れて びよんびよん♪
「面当て。目、鼻、耳」穴を指して、彩桜に被せた。
「そっか~♪」「頭巾」すぽ。
「覆面忍者だ~♪」キラキラ鉢巻もする~♪
―◦―
ホテルの部屋は年末と同じ最上階全てを占めるスイートルームで、部屋割りは同じと皆各々に入って行った。
思いっきり眠っている白久は弟達に運ばれて。
金錦 青生とオッテンバッハ父子は、金錦の部屋の会議室でテーブルを囲んだ。
テーブルでは黒瑯が置いていった紅茶が芳しい湯気を立てている。
「時間が遅いから挨拶抜きで。
フリューゲルのメンバーが君達を後にしてくれと言うんだ」
ファルケからは すっかり堅苦しさが消え去っている。
「俺達は無名の新参者ですので前座だと思っているんですけど?」
青生が思わず身を乗り出す。
「クラシック界では超有名人だよ」
「ですがロック界では――」「青生」肩ぽんぽん。
金錦が頷いて微笑み、引き継いだ。
「新参者がトリを取るのは失礼に当たります。
少なくとも邦和では。
ですので青生は熱くなっているのです。
理由をお聞かせ願えますか?」
「聞きたくて当然だよね。
フリューゲルのメンバーには君達について説明していなかったんだ。
追加公演を2バンドで。相手は邦和のキリュウとだけ言って依頼したんだよ。
フリューゲルのライブは昨日今日とも夜のみ。
昨日の昼間はリハーサルをしていたけど、今日はフリーだった。
彼等は出掛けもせずに部屋で君達の公演を見ていたそうだよ。
見終えて直ぐに僕の所に怒鳴り込んで来たんだ。恥をかかせる気か、とね。
それで自分達が先にやると言い張るんだよ」
「俺達が先で恥をかくだなんて……」
「相変わらず自信だけが足りないんだね。
君達の実力を認めての言葉なんだから堂々と後になってくれないか?」
「でしたら提案があります。
3部構成にして頂きたい」青生に視線を送る。
「3部?」
「そうか、それなら♪」何やら書き始めた。
「細かい構成は青生に任せますが、第1部は私共、第2部にフリューゲル、第3部はセッションで如何でしょう?」
「間に挟む? また騒ぐのでは?」
「そうはなりませんよ」青生、にっこり。
「俺達にとっても比較されるのは嫌ですので」
金錦に第1部のセットリストを見せる。
「ふむ。アレンジも任せてよいか?」
「もちろん♪ 午前中に録音しましょう」
「うむ。打ち合わせ前なのだな?」「はい」
「ええっと、スタジオが必要なのかな?」
「ホールに在るのは存じております」
「使っていいよ。スタッフへの連絡も任せて。
それで?」
金錦が持つ青生の手帳を見ている。
「はい。
第1部は生演奏せずに歌とダンスのみ。
曲は収録したものですので誰の演奏なのかは不明です。
比較対象にはならないでしょう。
第3部のセッション曲はお任せします。
私共は演奏のみ。
共演ですので比較は困難でしょう。
如何ですか?」
「いいと思う。
その説明ならフリューゲルも納得するだろう。
耳敏い客なら2部と3部の違いに気付くだろうけどね♪
手抜きなんてしないでね♪」
「俺達は常に全力ですので」にこっ。
「初めて自信を見せたね♪
とても満足だよ。
それじゃあ待っているフリューゲルのメンバーに伝えに行くよ。
今頃 彼等は待ちくたびれてキリンになっているかもしれないからね」
「待たせていたんですか?」くすっ♪
「勝手に待って、ずっと急かしているんだよ」
スマホの画面を見せた。
画面にはビッシリなメッセージ。
「数分おき? 催促ラッシュですね」
と言っている間にも届く。
『良い案を貰った。今から行く』
と送信すると即座に『OK』。
「父さんは このまま話したいんだよね?」
「そのつもりで黙っていた」
「それじゃあ、お先に」
立ち上がった御曹司を青生が見送りに行った。
少ししてドアを開けたのは白久だった。
「おや? 酔いが覚めたのかな?」
「はい。もう平常稼働です」ニコッ。
「青生はアレンジと振り付けを急ぎたいそうですので交替させて頂きます」
〈イキナリ青生と彩桜の浄化 喰らって叩き起こされちまったよぉ〉
「そうか。では頼む」金錦は笑いを堪えている。
「では早速なのだが、私としては君達のクラシック曲が聴きたいのだよ。
客が求めているのはロックだとは解っている。
アンコールで何とかならないか?」
「アンコール、ですか……」
「君達はアンコールでは自由に、実に生き生きと演奏している。
その延長線上で頼みたいのだよ」
〈お~い青生、クラシックとロックを融合させられるか?
アンコールで、だ〉
〈可能ですよ。近いものがありますから。
その方面でしたらフリューゲルとはベクトルが違いますから大丈夫でしょう〉
〈そっか♪ なら2、3曲 頼む♪〉
〈頑張ってみます〉〈おう♪〉
金錦も聞いていたらしく笑みを浮かべる。
「自信ありそうだな」
「自信と言うか……ま、当たって砕けろですね。
少々派手なクラシックになりますよ?」
「楽しみだ。
ロック好き達にクラシックの良さを解らせてやってくれ」
「やってみます」ニッ。
「私共にとりましては挑戦です。
前宣伝は無しでお願い致します」
「アンコールは宣伝するものではない。
安心してくれ」
オッテンバッハ社長は満足気に愉快だと笑った。
ローマでのニューイヤーコンサートは無事に終わりました。
次はベルリンでのライブです。
御曹司が大好きなロックバンド・フリューゲルは『ロック界の王者』と言われている世界的に有名なドイツのバンドです。
輝竜兄弟にとっては完全アウェイなライブは明日です。
紅火は覆面忍者な衣装を作っています。
顔を隠すのならキリュウ兄弟ではなく馬頭雑技団で出るつもりなんでしょうか?




