真犯人を追い詰める
「先生、私もう元気です♪
ベッドだけお返しくださいね♪」
「確かに、もう普通に暮らせます。
ですが、ご両親と話し合い、ケリを着けて、祝福されて結婚するべきです」
「「ですが――あ……」」ぽっ♡と俯く。
揃ったのが嬉し恥ずかしらしい。
「徳示サンも同じくですよ。
タキ電機に戻れと言ってるんじゃない。
建築、やりたいんでしょ?」
「それは……はい。
目に見えない世界じゃなく、大きなものを作りたいと、ずっと思っていました。
家を追い出されても、チャンスだとしか思えませんでした」
「そんなら、それを伝えてミツケンに来てくれ。
ウチは大歓迎だ。
暫くは此処に住めばいい。
働いて、金貯めて、自分の家を建てりゃいい。
決別じゃなく巣立って来てくれ」
「今、大樹さんが此方に向かっています。
一緒に太木社長の所に行ってください」
「ですが僕は――」
「好きなんだろ? 今度こそ手放すな。
それと、ヤッたって記憶あんのか?」
「いえ……何も覚えていなくて……」
「ヤッてねぇから当然だ。
徳示サンはアルコールを全く分解できねぇ体質なんだよ。
そーゆーヤツが許容量を超えると様々な症状が出るが、徳示サンは眠っちまうんだ。
何されても起きないくらいの昏睡状態。
だから喧嘩の騒ぎも知らずに寝てたんだ。
それをいい事に真犯人は植木鉢の欠片を握らせて指紋を付け、別の植木鉢を徳示サンに抱かせて逃げたんだよ」
「そんな……僕は本当に……?」
「ヤッてねぇよ。名医の言葉を信じろ」
「だとしたら、僕の7年は……」
「他の誰とも結婚せず、ストーカー女にも追い掛け回されずに、飯が食えた7年だな」
「あ……」「それなら良かったです♪」
「麗楓さん?」
「私を待つための7年です♪」
「真犯人は今夜の内に自首させますので」
「安心して親とケリ着けてくれよなっ♪」
「徳示さん……」「うん。決めたよ」
徳示が麗楓の手を取って決意の眼差しを向ける。
「私も、きちんと話します」
麗楓も見詰め返す。
「けどま、打ち合わせたいだろーからな。
少しだけ待ってやる。行くぞ青生、結解」
「はい♪
白久兄さんが悪者みたいですからね♪」
「言うなってぇ」
結解は無言だったが、見詰め合う二人に穏やかな眼差しを向けてから兄弟を追った。
―・―*―・―
窓の外が宵闇に包まれ、待ちが長くなって不安になった彩楓と、宥める皐子とが待つ病室にベッドが戻り、笑顔の麗楓が起き上がった。
ベッドに手を添えていた白久が下がり、『此方にどうぞ』と手で示した。
恐る恐るにも見える様子で彩楓が寄り、皐子は楽し気に彩楓と並んだ。
「お姉様、お父様とお母様を呼んでくださいな♪」
「麗楓……大丈夫なの?」妹の額に手を当てる。
「熱なんてありません」ぷん。
「それなら、どうして?」
「決別ではなく、巣立ちます♪」
「そう……」「私が行って話すわ♪」瞬移♪
「あら、皐子お姉様も?」
「いろいろとあったのよ。
今夜は居るのよね? 話したいわ」
「ええ♪ 聞きたいわ♪」
「その前に退院できるようにしなければなりませんのでお邪魔しますね」
白久が戸口に居て、廊下の誰かに向けて手招きしていた。
慌てた様子の足音が迫り、医療軍団が雪崩れ込むように入って来た。
「信じられない……」「現実なのか……?」
「さ、お早く願います。
血液検査だけで十分ですよね?
ご覧の通りですから」
「輝竜先輩……これって……」
「だから説明したろ?
けどま、奇跡でいいからな♪
副担当が知り合いでマジ良かったよ♪
そんじゃ、明日中に退院できるよーにしてくれよな♪
正月はウチで婚約者と過ごす予定だからな♪」
話しながらジワリジワリと後退り、クルッと走って廊下の角を曲がった。
「先輩!?」
慌てて追ったが、角を曲がった先の長い廊下に白久の後ろ姿は無かった。
「消えた……?」
―◦―
〈皐子様、俺を呼びました?〉
〈ええ♪ 叔父様と叔母様をお連れしたわ♪
少々強引になるでしょうけど明日には退院させてもらいますね♪〉
〈お願い致します〉にこっ♪
〈キリュウ兄弟は演技力も一流なのね♪〉
〈兄弟の真似に限ります〉くすっ♪
〈映画やドラマもリクエストしなければね♪〉
〈おやめくださいね〉苦笑。
―・―*―・―
その頃、輝竜家では白久(本人)と結解が話していた。
「結解、お前にも『問題ない』と言ってくれる女性が必ず現れる。
そん時は躊躇わず抱き締めてやれ。
いいな? 幸せ掴むのに資格とか無ぇんだよ。
俺の背に乗ってるんだから掴みに行け」
「で、ですが――」
「まだ四の五の言う気かぁ?
年明けも暫くウチに住め。
徳示サンの指導係としてな」
「白久サンが自分を再指導、ですか?」
「何言ってやがるんだぁ?
結解は とっくに俺から卒業したろ。
再指導なんか無ぇよ。
俺はまた欧州に戻るからな。
お嬢様も来るし、留守番 頼んだぞ♪」
「まさか欧州を行ったり来たり!?」
「だよ♪」『兄さん、そろそろ』「おう♪」
まだ驚いたままの結解を残して廊下に出た。
居間へ。
「確かに後輩さんが副担当医でしたよ。
明日中に退院できると思います。
皐子様にもお願いしておきましたので」
まだ白久姿の青生が微笑む。
「ベッドに担当医のプレートがあったからな。
ピンとキタんだ♪
んで、いーかげん元に戻さねぇのかぁ?
鏡の俺が勝手に動いてるみたいでキショいんだが?」
「そうですか? 俺は楽しいですよ♪」
〈大樹さんと徳示さん、到着しました!〉
〈真犯人、2人とも見つけたよ~♪〉
〈ソラ、彩桜の声も聞こえたな?〉〈はい!〉
〈そんじゃあ さっき打ち合わせた通りにな〉
〈響とも共有しました。頑張ります!〉
〈肩の力、抜いとけよ~〉〈はい!〉
「張り切っていますね♪
合流しましょう」「だな♪」
【おいコラ夢中になったら盲目兄弟!
メシ用意しとくから終わったら戻れよな!】
【ありがとな♪ リーロン♪】兄弟各々一斉。
―・―*―・―
とある繁華街の裏道をチンピラとしか言いようのない男2人が逃げていた。
「ソコだっ」
長髪を後ろで無造作に括っている男が小声で言って視線で示した建物の隙間に2人で身を滑り込ませる。
壁に背を預けて息を潜め、耳に集中すること暫し。
追って来る足音が聞こえてこない事に安堵して『どうする?』『出るか?』と視線を交わす。
コツン――
滑り込んだのとは反対側から聞こえた音にビクンと身を跳ねさせつつ向く。
それまで何の音もしなかったのに、建物の角と自分達との中間地点に男が立っていた。
真っ直ぐ自分達を見据えている男が一歩 踏み出した。
反射的に入った側に逃げようと向くと、全く同じ男が、背後の男と同様に一歩、また一歩と向かって来ていた。
この隙間に入るまでも、路地に入ろうが、建物に入ろうが、後ろを追って来ていた その男が前に現れて向かって来るのだった。
挟まれてようやく2人だったのかと気付いて憎々し気に睨み返し、腿ポケットからアーミーナイフを取り出すと、大人1人が立てば満員御礼な幅しかない場所にも拘わらず、何者かが両脇を掠めて通り過ぎた。
「なっ――」「んっ!?」
過ぎた者を確かめようとする1人と、己が手を凝視している1人。
その間にも同じ顔の男達が迫る。
2人は その片方を倒して逃げようと動いた。
動いたからこそ見えたのだが、男の背後には更に2人、同じ顔の男達が同じ歩調で迫って来ていた。
突破できるのは反対側だったかと踵を返す。
が、其方側も3人だった。
「クソッ!」「コノッ!」
幸いな事に素手になっていた。
建物に手足を肘膝も壁に当てて突っ張って上に逃げようと――
「「わああっ!?」」
――また何者かが、今度は壁面が地面であるかの如くに走り抜けたらしく、人の姿は見えないものの光るスニーカーで突っ張っていた2人の両手を踏んで行った。
重力無視かよっ!?
と思ったのは落下した後だった。
【靴だけサーロン、カッコイイ~♪】
【彩桜、回収できた?】【うんっ♪】
「さて、自首する気は?」
最初に8年前の目撃者だと話し掛けたのと同じ声の主が腕を掴んで引き上げる。
もう1人、金髪男も反対側の先頭に引き上げられて立たされた。
ストッと降ってきたのは2人の少年らしい。
「コレなぁに?」
目の前に突き出されたジップ袋に入っていたのは、売る為に持っていたカプセル剤や錠剤のシートの束。飴やガムらしい物も見える。
「知らん!」
「ふぅん。オジサンが持ってたのに?
返してあげよ~と思ったのにな~」
「「返せ!」」
「知らにゃいんでしょ? やっだよ~ん♪」
もう1人がアーミーナイフが入ったジップ袋も見せると、同じ顔の少年2人はトカゲかヤモリかのように壁面を素早く這って離れた。
【ねぇ彩桜、これは……】カッコ悪いよ。
【だって狭いんだも~ん♪】るんっ♪
マジ忍者!?
じゃあコッチのは分身の術かっ!?
「アレだけでもジューブン逮捕してもらえるよなっ♪」
「では纏めて連行しよう」
「「「「「「はい!」」」」」」
〈ソラ、こっちの話は終わったわよ〉
〈こっちも終わったよ♪〉
真犯人も捕まえました。
これにて一件落着か? です。




