追って来た悪魔
稲荷堂では、まだ響と慎也が話していた。
「ソラ、大丈夫なのかなぁ……」
神眼を向けるのは怖いので溜め息ばかりだ。
「ソラは強い。大丈夫だよ」
「もしかしてソラにも神様が入ってるんですか?
七変化するから狐か狸の」
慎也は響の魂内を確かめつつ慎重に話した。
「入っている。俺の祖父様がな」「え?」
「祖父様は年寄り扱いすると怒るからな、話し掛けられたら若いと思って対応してくれ」
実際、獣神は数万年生きていても若い。
「はい♪
神様も家族とか親戚とか居るんですか?」
「生まれ方は人世生物とは違うが、親から命を分けてもらって生まれるから居る。
俺の父は『キツネ様』の弟だよ」
「へぇ~♪ あ……」
「どうした?」ソラの方は和やかだが?
「……私にも神様、入ってるんですか?」
慎也は静かに目を閉じて響の内を確かめ直した。
「……いや、寿と一緒に出てったらしいな」
「そっか……」
「しかし神の力は丸ごと写しが入っている。
だから祓い屋を続けられるんだ。
神力を持っているなら神に近い存在だ。
修行次第では神と同等と見なされる。
今の響に話せるのは、ここまでだ」
「ソラも そんな感じの言うんです。
私、どうしたらいいんですか?」
「己で見つけるより他に無しだが……1つだけ。
神とは受け入れ、許し、救うものだ。
人の思いとは意味合いが若干違うが、今は受け止めたままでいい。
拒絶せず、見て見ぬ振りをせず修行に励めば道は開ける。
すぐ近くにソラが居るんだから目指せばいい」
「受け入れ、許し、救う……。
そっか。だからソラは結ちゃんを弟子にするでもいい、輝竜さん家に遊びに行くでもいいって言ったのね。
友達を作るのも『受け入れる』ことなのね」
「輝竜兄弟は龍神だと思ってるんだろ?」
「はい。違うんですか?」
「正確に言うなら、龍神を内包している人なんだが、神と同等と認められた人だ。
つまり、龍神が入ってなくても ほぼ神だ。
神な俺と平気で話せているんだから、ほぼ神な あの兄弟とも平気な筈だ。
ゆっくりで構わないが、一番 踏み込み易い他人だと思うぞ」
「そっか……うん、頑張ろ。
何度も頑張ろうって思ったけど踏み出せなかったの。
でも今度こそ頑張ります」
「それがいい」
―◦―
じっくり絵を選んだ後、ソラは太木と結解を書庫に案内した。
「全部、本……?」「広いですね」
「全て、ご自由にです。
散策するだけでも楽しいですよ。
探検かもですけど」
話しながら進み始めた。
「ボクはよく奥の古文書に囲まれて、本の気を感じています。
読むのも好きなんですけど、包まれていると落ち着けるんです。
窓際の椅子がバラバラなのも、好みを探せるようにって配慮なんです。
日向ぼっこもいいですよ。
この辺りが建築関連です。
でも……今日は散策の日にしませんか?」
「そうですね。太木さん、如何ですか?」
「はい。本に囲まれるのは僕も好きなので」
思い思いの通路に入った。
―・―*―・―
「兄さん、響ちゃんは?」
「理子には関係ないだろ」
居間のコタツで寛いでいた晃典はテレビから視線を逸らさずに言った。
「ヒドい言い方ねっ」ぷん。
「もう結婚云々騒がなくても住まわせてやっているんだから関わらないでくれ」
チラリと睨む。
「華音さんは?」
「華音にも奏にも関わるな」
華音は買い物に出掛けていて、奏はショウを連れてアパートに逃げていた。
「暇で退屈なのよぉ」
「パートを探しに行けばいいだろ」
「もう明日は大晦日なのに?」
「年末年始だけとか、時給のいいのがあるんじゃないか?」
「年末年始くらい休ませてよぉ」
「もう1年半も休んでるだろ」
「もうっ!」
足音を響かせて居間から出、暫くすると玄関から出て行った音がした。
―・―*―・―
「リグーリ様って狐の神様なんですよね?」
「狐と蛇だ」
「見たいな~♪」
「小さな狐姿なら何度も会っている。
響が幼い頃から何度もな」
「へ?」
「小さな狐は兄だけじゃない。
1/3くらいは俺だよ」
「そうだったの!?」
「兄も大勢 抱えてるからな。
手が回らない時は俺が代わりに出ていたんだ。
カンがいいヤツに気付かれたら、兄は狐儀、俺は理俱と名乗っていた」
此処の兄弟には一発でバレたよなぁ。
「ぜんぜん気づかなかったぁ」
「気にする必要なんかない。
ま、次があったなら当ててみりゃあいい。
蛇姿は見せないからな。
そのガラスは――響、この道の南方向に神眼を向けろ」
「え? っと~、ええっ!?」
「例の叔母か?」
コクコクコク!!
「真っ直ぐ此方だな。
どうやら神力を無意識に使ってるらしい。
逃げろ響。本館は神眼封じの結界だ。
無自覚神力なら見失う」
渡り廊下を指した。
「本館って……」
「背に腹は代えられないだろ。行け!」
「はいっ」靴を持って座敷から渡り廊下へ!
理子は本当に真っ直ぐ来ていて、途中で響の気を見失ったらしく、店近くでキョロキョロしていた。
―◦―
書庫の散策を楽しんでいると、窓際で本が落ちた音に続いてドッと重めの音がした。
「どうしたんですか!?」
ソラが声を掛けながら書棚間から窓際へ走ると、太木が尻餅を突いた状態で後退っていて本が数冊 散らばっていた。
「太木さん!?」「大丈夫ですか!?」
「悪魔が……アイツが……」
震える手で窓を指す。
ソラと結解が外を見ると、店前で後ろ姿の女性が何かを探しているらしかった。
その女性が店の方を向いた。
「理子さんだ……」
―◦―
〈御札チャン、コッチだ〉
〈え?〉神眼キョロキョロ!
渡り廊下を走り、本館に入った所で壁に隠れるように縮こまっていると、近くのドアが開いた。
『この部屋のが強いから入れ』
「はいっ」急いで入る!「ええっ!?」
「あ~、黒瑯だと思ったんだろ?
オレはリーロン。輝竜兄弟のイトコだ。
留守番してるんだよ」
〈ってのは仮の姿だ。
リグーリと同じで獣神。オレは龍だ。
コレなら安心だろ?〉
安心させようと龍になる。
緊張が解けたらしく笑顔になった。
「カッコイイですね♪」
リーロンに戻る。
「ま、慎也に任せとけ。
またチーズケーキなんだが、いいか?」
「はい♪」
―◦―
慎也は諦めてくれるのを期待していたが、理子は擦りガラスに くっつきそうなくらい寄って覗き込んでいる。
おいおい、そんなので見えるなんて
有り得ないだろ。
ソイツは神眼力を試すガラスなんだからな。
やはり無自覚な神力使いなんだな。
仕方がないので魂を探るのに好都合だと思い直して開けに行った。
「此方は神社やお寺で使う特殊な物を扱っている店で、受注生産なのですが、どういった物をお求めですか?」
ゆっくり話しながら魂を探る。
「あっ、えっ、とぉ~、そうよ!
響ちゃんよ! 居るんでしょっ!」
「はい? 見ての通りですが?」
どうぞご覧くださいと中を手で示す。
「あの奥! 奥に隠してるんでしょっ!」
「特殊な物を作っておりますので工房はお見せ出来かねますが……」
「そうやって会わせないつもりなのねっ!
私は響ちゃんの叔母なの!
会わせてもらうわよ!」
「では特別に、その確認のみとお約束くだされば奥にご案内致します」
「作ってる物なんか興味ないわよ!」
「ではどうぞ」
座敷に上がり、短い廊下を通って作業部屋に。
「失礼致します」
戸を開けると、座って作業していた厳つい師弟が視線を向けた。――だけなのだが、睨み上げたとしか思えない。
「ヒッ」「それは、あまりに失礼では?」
「響ちゃんを出しなさいよ!」
「このご婦人は何を言っているのだ?」
「お師匠様、捕らえて通報しますか?」
「その向こうに逃がしたんでしょっ!」
庭への戸を指して叫ぶ。
「さて、何を言っているのやらだが、他人の家に無茶を言って強引に入り込む新手の盗賊か何かか?」
「失礼なっ! 響ちゃんを出しなさいよ!」
「知らぬ。誰も匿ってはおらぬ。
これ以上 騒ぐのならば――」立ち上がる。
「はい、お師匠様」弟子も立ち上がった。
「なっ、なによっ! 私はか弱い女なのよ!」
「此処は儂等の家だ。
客とは思えぬ、騒がしい不審者を捕らえて何が悪い」
「ヒイッ――」
目の前には厳つい男達。
後退ろうとしたら真後ろには案内した男。
《おかあさん! なにしてるの!?》
「だってぇ、理人ぉ」
《それ犯罪でしょっ!
ヒビキおねーちゃん、そこには居ないよ!》
「そうなの?」
《ボクが おかあさんにウソ言うと思う?》
「そう? そうね……理人は嘘つかないわね。
じゃあ他の場所を探さなきゃね。
あんな結婚なんて許さないんだから……」
ふらりと回れ右。虚ろな目で戻って行った。
【ソラ! 響を頼む! 奴は俺が追う!】
リグーリは分身達を消すと、自身も姿を消して理子を追った。
【兄様! 手伝ってくれ!】
何やら様子が おかしい理子。
いや、初登場から おかしいままですけどね。




