ドイツへ移動中
昼食会の後、もう2曲追加してから輝竜兄弟は妻達を連れて飛行機へと瞬移した。
妻達と一緒に聴いていたサーロンは、同時に瞬移すると稲荷堂でソラに戻った。
【狐儀様ありがとうございます!】
【本当に冬休みに入ってもよいのですよ?】
姿をソラから慎介へ。
【店番したいんです♪】
【そうですか。では】
分身を白儀と父にして玄関に向かった。
ソラは座敷に上がり、また入れ替えてくれているのに気付いて本棚から1冊 抜き取ろうとしたが、その手が止まった。
作業部屋に誰か居る?
微かな物音に神眼を向けた。
キツネ様!?
【如何した?】
【あの、いえ、そのっ】焦っ!
【紅火が居らぬのでな。狐儀が受けた注文品を作っておるだけだ。
儂の事は気にするな】
【では受注してもいいんですね?】
【構わぬ。受けよ】
【はい♪】 〈ソラ? 居るの?〉
【響だな。行ってやれ】フ。
【はいっ!】〈居るよ。入ってよ〉
ガタッ。
「開けるから待って」瞬移してスッと開けた。
「コツがあるの?」
「神力で開けるんだってば」
「あ、そっか。
輝竜さん達、帰省ってどこに?」
「東京で働いてる金錦お兄さんの家で一緒に年越しだって」
「東京なの!?」
「そう聞いたけど、どうかした?」
「ううん。早く踏み出さないとね。
春には会っちゃうよね」
「それでなの? 東京って広いと思うよ?」
会うのは確定だけど焦らなくてもいいよね?
「でも……うん。頑張る。
ソラは披露宴に輝竜さん達 招待するんでしょ?
だったら、その前に踏み出さなきゃね」
「響が頑張るんだったらボクも踏み出すよ。
年明けに、おばあちゃんに話すからね。
一緒に踏み出そうね」
「うん♪ ん? 奥で音?」
「キツネ様が受注品を作ってくださっているんだよ」
「キツネ様が!?」
「大声、聞こえるよ?」
「ごめんなさい!!」奥に向かって。
「輝竜さん達を育てたのはキツネ様と、狐儀様と理俱様のご兄弟なんだ。
このお店は元々キツネ様のものなんだよ」
「じゃあ妖秘紙も買えるの?」
「それならボクが漉いたのをあげる。
練習したんだ♪」
消えて、現れた時には束を手にしていた。
「はい♪」
「ソラって……」
「ん?」
「……凄いね」
「そんな事ないよ。
ボクは響が頑張って生きてきた時間を夜中も使って倍速で追い掛けてるだけ。
響と並んで歩きたいから」
戸が音を立てて少し開いた。
「ごめんください」「いらっしゃいませ♪」
笑顔で迎えに行ってスッと開ける。
「本浄さん、こんにちは♪」
「慎也様は、こちらでしょうか?」
「お部屋ですので此方にどうぞ」外へ。
住居の方に案内して戻った。
「プロの店員さんね♪」
「もう4ヶ月もバイトしてるからね。
そんなに大勢来るわけじゃないから覚えてしまうよ。
あ、お茶淹れるね」
「ソラが!?」
「うん。お客様にも淹れてるよ。
サッと帰るお客様の方が少ないからね。
このお茶も修行スイーツと同じなんだよ」
―・―*―・―
機内に落ち着いた輝竜兄弟と妻達は、金錦から日程を聞いた後は好きに過ごしていた。
時差ボケ防止にと少しだけ酒を飲んで眠ろうとした白久の頭に、座席の背凭れを駆け上った豆チワワ達が乗った。
「来てやがったのか!?」〈〈当然だ〉〉
「ったくぅ~」〈いいから〉〈寝やがれ〉
「まさか お前ら練習中も――」〈〈任せろ〉〉
「乗るなっ!」〈本番も〉〈乗ってやろーか〉
「絶対! 乗るなっ!!」〈〈任せとけ♪〉〉
「青生兄 瑠璃姉、俺も ちっちゃい動物 頭に乗せた~い」
青生と瑠璃は後ろなので背凭れの間から覗いた後、上に顔を出した。
「「ショウは?」」
「もぉ俺が乗れるくらい おっきいってばぁ」
「そういえばショウは一気に大きくなったよね」
「トリノクス様が窮屈に感じたのだろうな」
「ソレってソラ兄と同じ?」
「そうなのだろうな」
「へぇ~♪」
「新たな神様が見つかったら彩桜にお願いするよ」
「彩桜も寝ておけ。着いたらまた演奏せねばならぬのだからな」
「はぁい」
―・―*―・―
「おや? 坊っちゃん?」
ミツケン支社ビル最上階は、今は支社長が不在で会議も行われていないので薄暗くなっている。
その廊下の施錠されている支社長室の前で、途方に暮れているらしい青年を見つけた現場班長が駆け寄った。
「坊っちゃんって、それ……」困り顔。
「いや、白久サンが
『この顔を見たら坊っちゃんだからな』
と支社の全員に言ったのです」
穏やかにと努めて話している。
「ったく……」
「白久サン、今日から年明け5日まで欧州らしいのですが、用ですか?」
「え?」
「聞いていなかったのですか?」
「こないだの土曜が今年最終で。
でも次の参考書を借りとこうかな~と……」
「今、どれなのですか?」
「っと……」ごそごそ――「コレです」
「その次なら持ってます。
3階ですがいいですか?」
言いながらドア横の受け入れ箱に書類を投じた。
「普段は自分、階段を使ってるのですが、エレベーターがいいですよね?」
「階段って、あったんだ……」
「どんなビルにもありますよ。
非常時、電気が止まったら脱出できませんよ?」
「そっか……」
「何か悩み事でも?」
「え?」
「歯切れが悪いと言うか、覇気が感じられないと言うか。
将来この会社を担うのですよね?」
エレベーターに乗った。
「そんな重いの……常務にお願いしたいですよ」
「そんなふうに言われると全社員が困ります。
白久サンは二度とアタマはしないと言い切っていますから」
「俺なんかより常務の方がいいに決まってるじゃないですか」
「まだまだこれからでしょう?
他に進みたい道があるという感じも受けませんし、甘えているのですか?」
エレベーターから降りて、すぐのドアを開けると広いフロアに机が整然と並んでいたが、人は疎らで事務服の人達ばかりが目立っていた。
「今は殆どが現場ですから」
中央の通路を進み、中程を少し過ぎて止まった。
「自分の机、この奥なので。
待っていてください」
行って下の抽斗から参考書を取り出して戻った。
「休憩所に行きましょう」
立っているうちに『異物』に気付いた男達からの視線が突き刺さるような気がして居たたまれなくなっていたので、琢矢は一も二もなく頷いた。
同じ階の休憩所で自販機に硬貨を入れて、
「お好きなのをどうぞ」
と言われて、少し迷ってからホットミルクティーを選んだ。
座ってカップをふぅふぅしていると、班長は向かいに座って参考書を差し出した。
「ありがとう、ございます」ふぅふぅ。
「自分、結解と言います。
坊っちゃんはご自分の境遇を不幸だと思っていますよね?」
「それは……そう、かも……」
「他人には、そう感じるのは贅沢だと言われますよね?」
「そうなんですよね。
誰も俺の話なんか聞いてくれなくて、頭ごなしな説教ばかりなんですよ」
「自分も不幸だと思っていました。
誰も聞いてくれないどころか、育ててもくれませんでした」
「え?」
「中渡音にも住んだ事があります。
白久サンと同じ中学校に半年だけ通いました。
その後、他県でグレにグレた自分は高校もロクに行かずに、最後は傷害罪で服役しました」
「ええっ!?」
「出所した自分を門前で待ってくれていたのは白久サンだけでした。
自分は白久サンを覚えていなかったのに、白久サンは『待ってたぞ結解』と笑顔で迎えてくれたのです。
『俺は区別も差別もしない。
真剣に勉強して入社試験を受けろ。
住む所なんか心配すんな。ついて来い』
とサッサと歩き始めたのです」
「合格したんですよね?」
だから今 此処に居るのだが、と思ったが口には出さずに続けた。
「白久サンの家で初めて人間らしく暮らして、勉強も教えてもらいました。
入社できてからは恩返しするつもりでガムシャラに働きました。
けど白久サンは『自分の為に働けバ~カ』と笑ったのです」
「ヒドい……」
「そうではありませんよ。
恩返しなんか考えずに自分の幸せを掴めという意味なのですよ。
自分だけではありません。
現場で働く殆どが似たり寄ったりなのです。
白久サンに救われたのですよ。
だからこそ頑張れるのです。
直接 教えてもらっているのなら、白久サンをよく見て、大いに吸収してください。
さて、今度は坊っちゃんが話してください。
不満に思っている事を全て」
「そもそもどうしてグレたんですか?」
「まだ自分のターンですか?
小2で両親が離婚して、親権を取った父に恋人ができたと追い出され、母も再婚していたので行けずに親戚をたらい回し。
母方の祖父母が最後で、高校入学直前に祖父母ともに他界。で、独り暮らし。
転校転校で勉強なんか とっくに落ちこぼれ。
結局ほぼ行かずに高校は中退。
そんなので就職なんて無理。
あとは転落のみでした」
はあぁ~~~~。
「ザックリでは不満ですか?」
「いえ……すみません。帰ります。
勉強、します。
あ、ごちそうさまでした」
項垂れたままトボトボ帰って行った。
「これで少しは考えてくれるといいのだが……」
呟いて結解も仕事に戻った。
―・―*―・―
「ぐわっくしゅい!」
大きく動いてもシルコバは不動。
「もうっ、ちゃんと毛布 掛けとかないからぁ」
「白久、風邪なんぞ引くなよ」
「ナントカは引かねぇよな?」
「ならば白久兄は引かないな」
「セルフ治療してくださいね」
「確か、お医者様でしたね♪」
「皆してナンだよっ!」
「み~んな仲良しさ~ん♪」
白久のクシャミで目覚めた兄達は、彩桜の寝言に吹き出してしまった。
「誰だよっ、俺の噂なんかしやがって!」
移動中の輝竜兄弟と、邦和の様子でした。
十万さんの想い人、結解さん登場です。
性格は紅火に近いでしょうか?
珍しく饒舌でしたが、坊っちゃんには響いたのでしょうか?




