元通り
「ごめんくださいませ」
「いらっしゃいま――あれれ?
何かお買い忘れですか?」
「いえ、お礼を申し上げるのを忘れておりましてね。
お社の煤払い、ありがとうございました。
こちらをお納めくださいませ」
「あらら~。
そんなつもりじゃなかったんですけどぉ。
でももったいないから~、一旦ありがとございます♪
ちょっとお待ちくださいねっ♪」
トモヱから受け取った箱を持って渡り廊下へ。
『果物いっぱいるんるんる~ん♪』
「どうぞお掛けください」
サーロンがカウンターの椅子を勧めた。
「沙織サンもお入りください♪」
「沙織さん? 外で何をしているのです?」
「あっ、いえ何も!」駆け込んだ。
彩桜が戻った。
「カステラとお茶と、お持たせです♪」
綺麗な飾り切りの果物を盛り付けた皿をトモヱと沙織の真ん中に置いた。
「あらま」
「俺とサーロンも「いただきます♪」」
カウンターを挟んで座敷側に、膨らむスツールを置いて座った。
【彩桜、お預かりしていた鏡も磨き終えた】
【ん♪】「あ♪ 慎也さん、こんにちは~♪」
沙織が盛大に噎せている。
「大丈夫ですか。失礼しますね」
店に入って来た慎也が光らない程度に治癒を纏わせた手を沙織の背に当てた。
「突然 大声ごめんなさいっ」
「いえ、そうでは、ありません。
狐松様ありがとうございます。
楽になりました」
「そうですか。それは良かった。
彩桜君、兄さんに電話で呼ばれたんだけど、リーロンが此方だと言うんだ。
居るの?」
「じゃなくて俺が頼んだの♪
狐松先生達、親戚のお家でしょ?」
〈ああそうか。不在理由なんだな?〉〈うん♪〉
「だから驚いたんだよ」
「でね、仕上げをお願いしたかったの♪
コッチ来て~♪」
〈また何を企んでいるんだ?〉〈ナイショ♪〉
「すみません、失礼しますよ」
座敷に上がり、彩桜を追って奥へ。
「あの方は?」シレッと聞く。
「ボク達の副担任、狐松先生の弟サンで慎也サンです」
〈彩桜! 慎也サンの経歴とかは?〉
〈ヤマ大 院卒で金錦兄の助手♪
全国ウロウロな資料集め係さん♪
古い道具に詳しいから時々お店のも手伝ってもらってるの~♪〉
〈死神様に?〉〈人としてのだからぁ〉
ゆったりと茶を啜っていたトモヱが微笑む。
「あっ、煌麗山大学の輝竜教授、えっと、金錦お兄さんの歴史資料を集めるお仕事をしています。
古物に詳しいので、お店のお手伝いもお願いしているです」
「そうですか。では今は冬休みですね?」
「たぶん……聞いていませんけど」
奥から彩桜と慎也が戻った。
慎也は古めかしい円鏡を持っている。
「お預かりしてた神鏡、磨き終わりました。
お確かめください」
彩桜が言って、慎也が差し出す。
「素晴らしい出来映えです。流石、赤虎様。
沙織さんも此方に。
この輝きを覚えておくのですよ」「はいっ」
話しながら果物とカステラを楽しみ、さて帰ろうかというところで――
「狐松様、年末年始のご予定は?」
〈理倶師匠、打ち合わせ通りにお願い!〉
「輝竜家の兄弟が欧州ですので、此方で書物調査をしつつ留守番です」
「神社のお手伝いをお願いできませぬか?」
〈やって!〉〈おいおい〉
「初めてになりますが……」
「読めましょうか?」和紙を出して広げた。
「それは得意とするところですが……」
サッと目を通して唱え始めた。
〈マジで死神が神官するのか?〉誰に祈るんだ?
〈お願い~〉〈彩桜〉〈紅火兄なぁに~?〉
聞きつつ奥へ。
ノートパソコンを持って戻った。
「慎也さん、紅火兄がコレ見てって♪」
カウンターに置いてスピーカーも繋いだ。
動画が流れ始める。
「ん? 青生兄が神主さんしてる~♪」
「そうなのです。
毎年、稲荷堂様より派遣していただいていたのです」
「そっかぁ。みんなで欧州行っちゃうから~。
ごめんなさいっ」
「いえいえ。早くからお伝えいただいておりましたのに良い方が見つからず……。
ですが、見つかりましたので」
慎也にニッコリ。
〈理倶師匠、頑張ってね~♪〉〈おいおい〉
「着替えてみてみて~♪」「彩桜君!?」
引っ張って、また奥へ。
「おばあさま、本当に?」こそっと。
「何か不満な点でも?」「いいえっ!」
「慌ただしい年末年始ですが、お話しできる機会もありましょう。
思いをぶつけなさいな」
「そ、そのような、こと……」
襖が開き、淡い青に白の薄絹を重ねた神官装束の慎也が照れ混じりの顔で出て来た。
「年末用だって~♪ 年始は白♪」
彩桜が後ろから ぴょこっ♪
「想像以上、遥かに超えましたね」ほう……。
「とても素敵です……」
「慎也さん合格ですか?」
トモヱが大きく頷いた。
「よろしくお願いいたします」
―◦―
トモヱと沙織が帰る際に配達係にされてしまった慎也は、沙織の案内で社に入り、台座に円鏡を納めていた。
「御神体は月なんですね」
離れて位置を確かめる。
「よく陽と間違われますのに……」
「これでも神ですので」にこっ。
「こちらに……このお社に神様は、いらっしゃるのでしょうか?」
「いいえ。今は留守ですね。
月の称号をお持ちの女神様は、本来この社の管理を継ぐ筈だった男性を傍で見守っていらっしゃいます。
そう感じます」
「では、こちらで何をしても無駄なのですか?」
「いいえ。社を通じて女神様にも伝わりますよ。
ですから貴女のお父様をお守りくださっているんです」
「そんな個人的なことで……」
「幸せを知らぬ者が他者を幸せになんぞ出来る筈がない」
「えっ……」
「とある偉大な女神様の御言葉です。
人でも神でも同じ。
己の幸せを追求しつつ、他者をも幸せへと導けばよい。
もう少し軽く、『誘う』でもいいかもですね」
「ありがとうございます。
少し、気持ちが軽くなりました。
あの……実はお願いがありまして……」
「先ずは伺いましょう」
「祖母は何やら勘違いをしておりますが、別な意味で……理倶様にお社にお住まいいただきたいのです」
「そちらで呼んだという事は神として、なんですね?
個神的には構わないのですが、此方の女神様のお許しが必要ですので少々お待ち頂けますか?
『少々』が何時とも申せませんが」
「女神様にお会いするのですか?
それは、つまり父を見つけてくださるのですね?」
「そうなるでしょうね」
「そう、ですか……」
「見つけたとして、会いたいのですか?
それとも黙っておくべきですか?」
「それは……考えさせてください」
〈お~い彩桜、居場所まで見付けてるのか?
ここまでしか打ち合わせてないだろ〉
〈ソコまでのも想像しただけなの~♪〉
〈は?〉
〈だからぁ、にゃ~んにも知~らにゃ~い♪〉
〈あのなぁ〉
「あのっ、理倶様は普段はどちらにいらっしゃるのですか?」
「あまり地上には……稲荷堂に連絡して頂ければ降りて参りますよ」
「普段は何をなさっておられるのですか?」
「死者の魂を成仏へと導いております。
あ、『成仏』はお隣ですね」苦笑。
「解り易いのでよろしいかと」
「ま、あまり縁起のいいとは言えない下級の神ですよ」
〈理倶師匠~、そろそろお願~い〉
「では人としての納品はここまでにして、気になっているでしょうから奥ノ山の社をお見せしますよ」
連れて瞬移した。
――復活した奥ノ山の社前。
氷雪にも見える純白の社が荘厳に煌めいていた。
「本当に何事もなかったかのよう……」
「酔いが醒めれば立派な大神様方ですので」
「象の神様は?」
「すっかりお元気ですよ」《呼んだ~?♪》
「女神様だったのですか!?」《うん♪》
ガネーシャはキャンプーの水晶玉をポ~ンと上げると、頭だけを象にしてシュポッと鼻で受け取った。
《ね♪ すっかり元気♪
治癒たっくさん ありがとねっ♪
ほらキャンプ~もお礼言ってよね~》
《あ、ありがとう》
《ボクの夫が迷惑かけちゃったの~。
ごめんねっ》掌を合わせて首傾げ。
「象の神様がお謝りになられることではないと存じます。
お謝りになられるべきは騒ぎを起こした神様ではありませぬか」
《す、すまぬ! 申し訳ない!》
「もしや、水晶玉の神様なのですか?」
《訳あって保護水晶に入れて保っているの~。
それでも暴れられる困ったちゃんなのよ~》
頭を人姿に戻して水晶玉を撫で撫で。
《それじゃ、元気だって見せに来ただけだから戻るねっ♪ じゃ~ね~♪》
楽し気にポヨンと跳ねて消えた。
「神様とは……タフなのですね」感心の溜め息。
「そうでなくば務まらぬのが神ですので」苦笑。
狐儀の社は すっかり元通りです。
と言うか、大神様の総神力での再構築なので煌めきマシマシです。
まぁ、お詫びとして受け取っておきましょう。
それで……リグーリの気持ちは? ですよね。




