3日目⑧:お疲れ会
歴史研究部と陸上部の面々が輝竜家で食事を楽しんでいると、玄関チャイムが鳴った。
「彩桜は気にせず楽しんでろ」
白久が動いた。
「ああ、走屋さんでしたっけ?
じゃあ宮東先輩ですね? 呼んで来ますね」
「あのっ、輝竜さんも――」
「俺は弟達のお疲れ会に参加してますんで。
それに俺が居ると話し難いでしょ?」
ニヤッとして奥へ。
すぐにタブレットを持った宮東が小走りで来た。
「わざわざ すみません。
すっかり忘れていて。
でも宜しいのですか? 眠っていますよね?
それとも竜騎君の具合が悪くなりましたか?」
「坊っちゃんは静かに眠っていますよ。
ですので南渡音の方にと指示されております。どうぞ」
久し振りに静かでホッとしていると顔に書いているような走屋の運転で、馬白社長が待つ通称『港屋敷』に向かった。
―・―*―・―
珊瑚と紫苑を社に連れて行った梅華が動物病院に戻り、オフォクスが待っているからとラピスリは交替させられてしまった。
隠し社に入ると所狭しと魂頭部が並んでいる向こうからジョーヌ似のユーレイが飛んで来た。
《貴女が今ピュアリラ様ですね》
ユーレイの上に人神らしい上半身が浮かぶ。
《私は人馬のケイロン。
封印されていた魂頭部を見つけてくださり、ありがとうございます。
今ピュアリラ様も人神の欠片をお持ちですとか。
今後の為に、あの欠片も取り込んでは如何ですか?》
棚の水晶に保護しているカイダームかクウダームかの欠片を指した。
それは以前、アーマルの魂尾をエィムとルロザムールが連れて来た時に持って来たものだった。
【欠片の持ち主は月にいらっしゃるのですが】
《でしたら仮置きなさっては?
今は月には行けないと伺いました。
ただ水晶に保護しているだけなのですから、今ピュアリラ様の内に移して保護し、神力を使う事で高めておいて差し上げるのは如何です?》
【そのような事が可能なのですか?】
《可能ですよ。
貴女ほどの神力をお持ちでしたら、という条件付きですけどね。
込めるお手伝いは致します。
その上で御力をお借りしたいのです》
【そうですか。では早速お願い致します】
欠片が込められている水晶を引き寄せた。
今お話しなさっているのは相当な賢神様だと痛感したラピスリは、人世の神話は人神が好き勝手に変えているだろうと調べもしなかった事を後悔し、内容は兎も角、読んでおこうと心に決めたのだった。
―・―*―・―
輝竜家の居間では、歴史研究部は普段 何をしているのかという話題になっていた。
「彩桜」祐斗が肩をつついてドアを指した。
ほんの少しだけ開いている隙間から中を窺っている瞳が見えた。
「行ってあげたら?」
「いいのかなぁ……」
「たまには副部長に任せてよ」
「ありがと♪
ちょっと離れま~す」
ペコリとして居間を出た。
「どうかしたのか?」
今度は悟が祐斗をつんつん。
「彩桜の彼女が来てたから。
普段は僕達の相手するのを優先してるから行かせたんだ。
なので、次の質問からは僕が答えます。
どうぞ」
「輝竜君の彼女って?」
陸上部の1年生達、とっても興味津々。
「小学生だ。だから話しても知らんだろ。
部とはカンケーないから以上だ」
祐斗が躊躇っている間に堅太が答えた。
「え~」どうせ分からないのにブーイング。
「俺の妹、沙都莉の妹の友達で、同じ小1」
「小1!?」陸上部一斉。
「別に問題無ぇだろ」ムッ。
「彩桜は……つい最近まで良い思い出がないから……小学生から やり直してるのかも……」
「お~い祐斗、その話もするのか?」
「うん……」
「俺と祐斗と凌央は百合谷小の同学年を巻き込んで彩桜をイジメてたんだ。
ほら、みんなヒィちまっただろ」
「けっこうキツくイジメてて、誰かと話すのも、笑うのも許さないって、いつも見張ってて……暴力も。言葉でも。
だから彩桜はずっと『空気』をしていて、テストも わざと70点台にしてたんです。
友達になれたのは中間テストの後です。
彩桜は何でもできるのに、我慢強くて、僕達が怪我しないように抵抗とか全くしなかったんです。
そういう彩桜のことをちゃんと知って、友達になれて、大袈裟に聞こえると思うけど、僕の世界が大きく変わりました。
だから……馬白君も彩桜を知れば変わると思うんです。
これから少しずつ、こっちに向けますから、まだ陸上部は辞めないでください。
もう少し続けていてください。
歴史研究部は文化部です。
普段は運動なんてしていませんから」
「ソコに繋げる為だったのかぁ。
でもホント、そうですから簡単に辞めないでください」
「そうだよね。
今は凶暴そのものな馬白だけど、彩桜には 心のトゲを消す力があります。
必ず引き込みますので早まらないでください。
悟も落ち込むな」
凌央が俯いてしまった悟の肩をポンと叩いた。
「そうだよ。馬白君と親友に戻れるよ」
「だよな。大丈夫だって」ポンポン。
「そうだね。まずは白竜を連れて来ないと――」
顔を上げて話し始めた悟だったが、ドアの向こうの物音と人の声で言葉を止めた。
『泣くなって』とだけハッキリ聞こえた。
「もしかして……」
悟が立ち上がり、忍び足でドアへ――
――バッと開けた。「やっぱり!」
「あ……」「あら♪」
「来ないでと言っただろ!」
『私がお招きしたのです。友人ですので』
『私の部屋で話していたのですよ』
居間よりは薄暗い廊下の人影が近付き、居間の明かりで顔が見えた。
「藤慈お兄さんと狐松先生!?」
「「はい♪」」
「玄関に行こうとしてたのよ~」
「聞こえて感動して泣き出すから……」
「ショー君だってウルウルしてたでしょ」
「だから、その呼び方はヤメてくれ」
「父さん母さん!」 「あ……」「あら~♪」
「お巡りさんと私が友達になったのは夏なのですよ。
学校で会って、そのままお招きしたのです。
悟君のお父様だったのですね♪
慎介君は小学校からの親友で、歴史研究部でも一緒だったのですよ♪」
「部長と副部長を交互にしましたね」「はい♪」
「先生もOB!?」歴史研究部員一斉。
「部対抗スポーツ大会では個人戦のみですが、ダブルスがありましたので、藤慈君と一緒に全て優勝しましたよ」
「柔道と剣道は優勝と準優勝でしたね♪」
「社会科の先生がスポーツ!?」今度は全員。
その驚きで、なんだか有耶無耶にされてしまった悟だった。
―・―*―・―
馬白家 港屋敷のシアタールームで動画を見終えた馬白社長は大きく息をついた。
「全く知らなかったが、フェスの為に松風院グループから出向してくれている猪瀬君が強く推薦していたのは輝竜兄弟だったかと、驚きもしたが納得したよ」
「フェスなら馬頭雑技団の方ですか?」
画面に表示されている文字を指す。
「そう書いていたよ。
だから、さっきのだと思ったのだがね」
「猪瀬君とも話しましたよ。
輝竜さん家で会いましたのでね。
輝竜さんご兄弟は『キリュウ兄弟』としてクラシック界にデビューしましたので、エンタメ活動は被り物でと決めたのでしょう。
『馬頭雑技団』という名前も名乗ったのではなくて、イベントのお客さんが勝手に付けたようですね。
ですので『バトウ』と読むのか『うまあたま』と読むのかは分からないそうです。
ともかく、輝竜兄弟は音楽と、それぞれの仕事の二足の草鞋を履いて世界に踏み出したのだけは確かなんですよ」
「そうだったのか……彩桜君も世界に、か……」
―・―*―・―
《今ピュアリラ様、如何ですか?》
【すぐに馴染みそうです。
私の再誕時にはカイダーム様のご子息クウダリアスト様の欠片を使ったそうですので】
《そうですか。
では落ち着ける間に、ひとつ。
忠告をさせて頂きます》
【ご忠告、ですか?】遥か上の大神様なのに?
《今ピュアリラ様には結婚の絆が見えない。
これは少々神力を高めた者ならば、すぐに見えてしまいます。
今日はキャンプーでしたが、またいつ誰が求めるやら知れたものではありません。
断れる状況ならばよいのですが、例えば、その大きな御力を我がものにと考える悪意ある者が、神力封じの縄やら、何らかの術で今ピュアリラ様の動きを封じ、無理矢理にという可能性もあります。
ですので、偽装した絆ででも埋めておくべきだと私は思うのです》
【父を内包している人とでも結べますか?】
《勿論。
ドラグーナ様には触れずに結べますよ。
ですので、お望みでしたら結婚の絆そのものも可能ですよ。
ただ……現状、人と人として暮らしているのでしょう?》
【はい。……もしや、私が神だと知られてしまうのですか!?】
《可能性は……高いでしょう。
それなりに強い絆でなければ偽装しても無意味ですのでね。
偽装絆ではなく結婚の絆であれば、確実に知られてしまいますね。
ですので結ぶ前に話してしまうか、何か良い言い訳なのか、誤魔化しなのか……を考えておくべきですね》
【そうですか……】
白久は前日のバレーボール予選の後に、陸上部が大勢 歴史研究部に入りたいと残っていたので、招待したんです。
やっぱり悟は両親と会ってしまいましたが、藤慈と慎介に上手く有耶無耶にされてしまいました。
さてさて、瑠璃はラピスリとして青生と結婚の絆を結ぶのでしょうか?




