2日目②:目標は『楽しむ』
堅太とサーロンが狐松から離れてグランドに向かっていると、祐斗と夏月が駆けて来た。
「堅太、篠宮さんが教室で休んでるから行ってあげて」
「おう。体調不良か?」
「話してくれないの」
夏月が視線を落とした。
「ん。そんじゃサーロンを頼む」
「頼むって?」
「彩桜と同じ顔だからな。
追っかけられたり囲まれたりするかもだろ」
今は帽子をこれでもかと深く被らせている。
「そっか。早くグランドに逃げた方が良さそうだね」
「だから頼む!」もう走っている。
「行こうサーロン」「はい♪」
足早に選手しか入れないグランドの囲いの中へ。
だが着替えに行っただけの彩桜の姿が見当たらない。
〈彩桜、大丈夫?〉
〈更衣室から出られにゃい~〉
体育館の更衣室前に人集りが出来ている。
どう見ても出待ちだ。
〈窓――の外でも待ってるね〉
女子更衣室の窓だったら大問題だ。
〈そうだ。校舎のトイレとかに瞬移したら?〉
〈そぉする~〉荷物を背負って瞬移。
プールの方から走って来た彩桜のリュックは小さくなっていた。
〈終わったの家に置いて来た~♪〉
〈明日のも置いて来ればいいのに〉あはは♪
〈そっか~♪〉にゃはは♪
―◦―
「篠宮、気分悪いのか?」
「ちょっと休んでただけ。まだいいよね?」
読んでいた本を閉じた。
「まぁな。野球の決勝戦は昼からだからな。
けどマジでムリなら もう出なくていいぞ」
「でもサッカーは……」部員は11人しか居ない。
「実質、彩桜とサーロンと祐斗と俺が戦うんだから10人で十分だ。
他は、フォローはするから安心して思いっきり楽しめる行動をとるって、もう決まってるだろ。
ツラいのに出ても楽しくないだろ。
保健室 行くか?」
「そういうのじゃないから。
ベンチで見ていてもいいのかな……」
「いいに決まってるだろ。
そんじゃあ篠宮はマネージャーな。
彩桜に伝えるから昼まで休んでろよ」
「ありがと……鷹前君、優しいね」
「俺、篠宮を護るって決めてるからな。
けどまぁ、ウチの部員なら誰でも こーするよなっ♪
そんじゃあ後でな。
昼は今日も屋上だからな」
「ん……」
沙都莉が少し微笑んだので、堅太は笑顔で教室を出た。
―◦―
「彩桜ー!
篠宮、今日これからマネージャーなっ」
走って来ながら堅太が叫んだ。
「堅太、そんな大声で彩桜を呼んだら、また騒ぎになるよ」
「あっ、スマン!」
「それで篠宮さん、やっぱり体調不良?」
「らしいけど保健室 行く必要はなくて、ベンチで見てたいんだと」
「ま、それでいいなら」「うん、いいよ~」
「あ……」
「夏月?」
「なんでもっ。
ちょっと沙都莉ちゃんと話すねっ」
走って行った。
「なんだろう……?」「だな……」
「追い掛けないであげてねぇ」「はい」
「彩桜とサーロンは分かったんだな?」
「どうして行ったらいけないの?」
「言えにゃ~い」「男子禁制、です」
義姉だらけの彩桜と毎月 響が不機嫌になるソラには分かったようです。
―◦―
「沙都莉ちゃん、大丈夫? 足りる?」
鞄をごそごそして取り出したポーチを差し出した。
「気がつかなくて ごめんね。
祐斗君が一緒だったから話せなかったよね」
沙都莉が申し訳なさそうに首を横に振った。
「助かる。ありがと。
予定より早くて困ってた……」
「使ってね。
それと、あったかくしてね。
小さいカイロも入ってるから使ってね」
「至れり尽くせり……ありがと」立ち上がる。
「あ、私も。
なんだか思い出しちゃうけど……」
「あ……生霊騒ぎ?」
「うん。もう懐かしい感じするね」
「確かに」くすっ。
「ん?」
「私にとっては幸せへの転機になったから」
「そうね。悪いばかりじゃなかったね」にこ♪
「あと1つ……頑張る」
熱くなった頬を隠そうと俯いた。
「そうね♪ お菓子教室、頑張りましょ♪」
―・―*―・―
昼休みを終えて、野球の決勝戦。
相手は前年度優勝チームの撫子連合。
柔道男子の開会式に行った彩桜を待っていると、撫子キャプテンの書道部長が来た。
「待たせてしまって すみません」
副部長として祐斗が先に謝った。
「そういうのじゃないの。
書道部として、お願いに来たの。
今なら時間あるから」
「はい……?」
「これ、夏の大会のを録画したもの。
私達の練習相手になってもらいたいの。
歴史研究部なら一緒に大会にも出られるレベルだと思うから」
「ええっと、大会、ですか?」
「書道パフォーマンス。
文化祭でやったけど、そっちも文化部だから見てないよね」
「だから録画……」
「そう。中学でパフォーマンスまでしてる学校が少ないのよ。
だから なかなか練習相手も見つからなくて工夫が足りないの。
それは自覚しているんだけど、目標も掴みにくくて。
和室に置いてある使用記録簿とかの字を見て歴史研究部しかないと思ったの。
だから お願いします」
「今、顧問と部長が居ませんので、みんなで見て、話し合ってからの返事でいいですか?」
「もちろん。
それじゃあ お互い全力で。
それにしても、あの格好……」苦笑。
「仕方ないんです。
彩桜、誰かに全部エントリーされてしまったんです」
「抗議しなかったの?」
「全部 楽しむって」苦笑。
「そう……」ふふっ♪
走って来ている彩桜を見ていた書道部長は笑顔でベンチに戻った。
「お待たせ!」
柔道着に野球帽とスパイクで来た彩桜は、素早くキャッチャーの防具を着ける。
この試合は一塁審な白久がまた大笑いしている。
「ナンつー格好だよ♪」
スポーツドリンクを運んで来た黒瑯も笑う。
「仕方ないんだってばぁ」出来上がり。
「彩桜、並ぶよ」「ん♪」
〈黒瑯! 戻ってくれ! 大繁盛過ぎだっ!〉
〈大繁盛ってぇ、売ってねぇだろ〉
〈大行列! 補充が間に合わねぇんだって!〉
〈行くってぇ〉笑いながら走った。
―◦―
予選でも強いと感じた撫子連合は、それまでは抑え気味だったのか、より強くなったと感じた。
けれども打たれたところで少年野球チームに所属していた恭弥がファースト、スポーツなら何でもアリな堅太がサード、足の速い祐斗がショートなので、そう簡単にはヒットに至れなかった。
5回表、撫子連合の攻撃。
ソフトボール部でも4番打者の茶道部副部長が鋭い視線をサーロンに向ける。
カッ!
打ち上げた球はレフトへ。
どうやら外野まで飛ばせばいいと戦法を変えたらしい。
尚樹が構えているが、堅太と祐斗が向かっていた。
尚樹がキャッチしようと――グローブで弾いてしまった。
「「「あっ!」」」
が、抱き止めた。
「ナイス尚樹♪ くれ」「うん!」
堅太がファーストへ投げる。
〈シッカリ合わせてきたねぇ。交替する?〉
〈この回は投げていい?〉
〈もっちろん♪〉
次も打ち上げられて今度はライトへ。
打球は けっこう鋭い。
「誰か助けてっ!」
パシッ!
「え? サーロン君!?」
助けを呼んだ星琉は目を閉じていた。
開けてビックリ状態だ。
「呼んでくれたです♪ ありがとうです♪」
にこにこマウンドに戻る。
「ナイスコール!」「ナイス星琉!」
と内野からも届く。
「怖くて捕れなかったけど……なんか楽しい♪」
「楽しいよね♪」「うんうん楽しいね♪」
外野3人、何故だか楽しいと笑顔で構えた。
次は気合い十分なサーロンが球威を増して、捕球の音を響かせて三振に。
チェンジになって皆、笑顔でベンチに戻った。
「外野ナイス♪」
先に戻った内野が満面笑顔で迎える。
「助けてもらったし……」「うん……」恐縮~。
「当たり前だろ♪
目標は『勝つ』じゃない。『楽しむ』なんだからなっ♪」
「何があってもフォローするよ。
だから思いっきりね♪」
「「うん♪」」 「直史も」「うん♪」
バッターボックスに向かう凌央が薄く笑った。
わいわいした後、外野3人は後ろのベンチに並んで座った。
「そっか……」 「尚樹君?」「どうしたの?」
「今までは怖くて逃げてたんだ。
できるだけ参加しないように」
「僕も~」「僕もそう。怒られるから」
「だよね。どうせ捕れないからって他の人がボール追っかけて、僕は邪魔にならないように逃げてたんだ。
ボールは捕ってもらえるけど、睨まれたり怒鳴られたり。
体育、泣きたいくらい嫌だった」
「おんなじだよ」「うんうん」
「でも僕が捕ろうとしたら見守ってくれた。
『落ちたら捕るよ』って目が言ってた。
『どけ!』って言われなかったの初めて。
だから必死でボール抱いたよ。
そしたら『ナイス』って……嬉しかった」
頷いて星琉が続ける。
「まっすぐ僕にボール迫って、怖くなって助けてって言っちゃった。
目をつぶっちゃったけど、動けなくなっちゃったけど、突き飛ばされなかった。
『呼んでくれた』って『ありがとう』って……」
「見てたよ。サーロン君カッコ良かった。
凌央君も来てたし、祐斗君は抜けた時を考えてだと思うけど、もっと遠くに行ってた。
みんな強くて優しいよね」
「「うん」」「な~にシミジミしてるんだ?」
「「「堅太君!?」」」
「次、星琉だぞ。
彩桜がホーム踏む前に行けよな♪」
またホームランだったらしい。
「うん!」
「落ち着いて、思いっきり」
凌央がバットを渡す。
「何を話していたのかは簡単に想像がつく。
今までがどうだろうが、これが歴史研究部の当たり前だからね」
「「「うん♪」」」
歴史研究部としての団体戦も、彩桜の個人戦も、ここまでは失点無しで勝ち進んでいます。
それでも目標は『勝つ』ではなくて『楽しむ』なんです。
〈2日目・午後〉
グランドA :野球(団)決勝戦
B :サッカー(団)
体育館 AB:バレーボール(団)予選
テニスコート:軟式テニス(個)準決勝戦~
柔道場 :柔道(個)男子




