神世の真実の歴史②
ラピスリは敵である死司最高司を前に、堂々と『神世の真実の歴史』を語っていた。
その内容は月で真四獣神から聞いた話と、ここのところ何度か行った話し合いの中で、オフォクスが月に居た間に探って得たと語った話や、大神達から余談として聞いた昔話を混ぜたものに、更に推測や脚色を加えたものだった。
「その後、人神は狭くなった『神世』の殆どを占拠し得た為に欲を向ける対象を失ったからか、灼熱と化して消失した人世であった空洞に三度目の人世を作ったのです。
当然ながら獣神は反対しましたが、そもそも聞く耳があれば、それ以前の暴挙も無かったでしょう。
熱が冷めきっていなかった為に新たな人世は長く燃え、煮え滾ったままでした。
飽きた人神達は人世を放棄し、神世に都を作り始めたのです。
人神達は都が栄えるに連れ、占拠した殆どの地を放置しました。
恵みも何も与えなかった為に、緑豊かだった獣神の地は荒れ果てた乾いた地となりました。
都や街の他に緑豊かなのは獣神が暮らす『最果て』近くの里周りのみ。
人神達は、その僅かな地すらも欲したのです。
そして獣神狩りが始まります。
そこから数十億年、繰り返し獣神狩りは行われてきました。
理由は何でもよいのです。
何か悪い事が起これば獣神の所為だとし、狩りを始めるのです。
獣神達は里を隠し、姿を隠して、人神を避けて生きるようになります」
「何故そうまでして耐えるのだ?」
「獣神は獣ではなく神なのです。
その為、としか言いようはありません。
神とは全てを受け入れ、許し、救う者。
そして争いを好まぬ者なのです。
獣神は人神を無視しません。
常に見ているのです」
「人神が とうの昔に外れ、忘れ去ってしまった神としての道、だと言いたいのか」
「人神が道を外れ、忘れ去ろうとも、獣神が最悪の事態を回避させ、覚えていればよいだけの事。
正反対だからこそ補い合える。
獣神は、そう考えるのです」
ザブダクルはマディアを見た。
「姉も弟も同じ事を言うのだな。
それが獣神か……」
大きく息をつき、視線で先を促した。
―◦―
廊下で待っているエィムはソリューダンの神眼を鍛えながらラピスリの話を聞いていた。
室内の様子が見えるだけでなく聞こえるようにもなったソリューダンは、敵である死司最高司に対しても毅然とした振る舞いを崩さない『今ピュアリラ』に感動し、祈りの姿勢で涙していた。
【人神に虐げられた長い歴史を経ても今ピュアリラ様は燦然と輝いておられるのですね! 感動で……私は……私は……】
【ソリューダン様、落ち着いてください。
姉様は未だ正式な今ピュアリラにはなっていないのですよ。
本当の今ピュアリラ様を見つけなければならないのです。
ここからが正念場ですよ】
【そうですね!
ですが神力の輝きは既に十分!
今ピュアリラ様として、信奉する皆様の前にお立ち頂きたい!】
【観測域にも信奉している仲間が居ます。
支配されている方が多い現状では何方にも知られてはならない事ですので、気取られないよう落ち着いてください】
【そうですね!】感動うるうる。
―◦―
「人神が中途半端に作り、そして放棄した人世を冷やし、整えたのは獣神です。
人神が占拠し、荒れ放題にした神世の代わりに水と緑の美しい地にしたのです。
獣神は出来上がった美しく豊かな地に移り住もうと考えておりました。
しかし人が生きていける環境になったと知ると人神は、人世を作ったのは自分達の祖先だと主張し、獣神の移動を阻んだのです。
人神達は動物が生まれるように神力を込めただけで神世に戻りました。
発生した小さな生き物が勝手に進化すると思っていたのでしょう。
神力を注ぎ続け、進化を調整しなければ生き物は絶えてしまいます。
人神が生じさせた小さな生き物は、放置された末、絶滅しました。
何度か試した人神達は矛先を変えて獣神の里を襲い、人世に獣を発生させろと脅しました。
世話をしに降りてもよいのだと解釈した獣神は戦わずに人神達を都に帰らせると、人世に降りて様々な小動物を発生させ、進化させていったのです。
その成功を見た人神達は再び里を襲い、いずれ人の獲物となる獣をと要求しました。
前の襲撃を勝利したと解釈し、勝利して従えさせればよいと覚えたのでしょう。
既に発生している獣が進化すれば十分だと言っても聞かず、新たに作る迄、襲撃と要求は続いたのです。
人神達の目的は人の為の獲物ではなく獣神を従える事。
君臨したいという欲望だと獣神は察しました。
人神達は各々の種族と同じ獣を、人が獲物と出来るよう弱めて作れと要求しましたが、獣神は従わず、食用植物を充実させ、魚介類等の捕獲し易い生き物を作ったのです。
人世としては最善の環境が整いました。
しかし獣神を従属させたい人神が満足する筈はありません。
要求した姿の生き物が見当たらないので不満を膨らませていたのです。
ですが獣神の種類すらも把握していない人神達では、進化途上の人世の生き物が如何なる獣となるのかも分からず、文句の付けようがありませんでした。
苛立ちつつも長く眺めた末、どうやら龍と鳳凰は作っていないと判断したのです。
そして、この2種族を従属させれば全ての獣神を従えられると考えたのです。
長きに渡る戦いが始まりました」
「とうとう獣神も立ち上がったのだな?」
「そうなりますが……既に人神達の神力は劣化しておりましたので、何度 攻め込まれても軽く追い払っていたのです。
龍と鳳凰は神力基底の高い獣神ですので。
太刀打ち出来ないとなると人神達は小動物神の里を襲いました。
身体の小ささだけで勝てると判断したのでしょう。
侮った人神達は惨敗を続け、億年を経てようやく正面から頼みに来たのです。
龍と鳳凰は、それならば作ってもよいが、人よりも強くなり、人世ではなく獣世となると忠告しましたが、これもまた聞き入れられませんでした。
『人神の命に従い、作った』という事実が欲しかっただけなのですから。
龍と鳳凰が神力を合わせて生み出した生き物は恐竜となりました。
忠告した通り人世の頂に位置する獣となったのです。
タネ生物を作らせた後は獣神を阻み、人世に行かせなかった人神達は続く億年近くを経て後に、人が発生できないからと、野放しだった為に巨大化し、見境なく他の生き物を捕食する恐竜を絶滅させるよう要求してきました」
「今、その姿が見えぬという事は、従って絶滅させたのだな?」
「巨大化が進み、増え過ぎてしまった種に関しては、そうしました。
しかしそれは人神と人が云々ではなく、他の獣に害を及ぼすと懸念した為です。
もちろん、それで人神は満足するだろうとも考えておりました。
そして小型恐竜を進化させ、恐竜ではない生き物に変えたのです。
恐竜達は今も生きています。
鳥類として。そして人として」
「「人として!?」」
―◦―
【えっ!?】
あ……でも、確かに保護区域に居たのは
大型恐竜だけだったよね。
小型恐竜は隠れているのかとも
思っていたけど……鳥と人ね。
そうだったのか――。
―◦―
「過去二度の人類は人神が作ったもの。
とても好戦的で欲深いものでした。
恐竜から進化した人類は穏やかで、自然を尊び、食べ物を分かち合い、友好的に暮らしていました」
「人神と獣神そのものなのだな……」
「各々の神力から生まれた生き物ですので。
最初、人神達は何の疑いも懐かず喜んでおりましたが、万年を経ても諍いすらも起こらない事に疑問を懐いてしまいました。
そこでようやく調べ始め、人神がタネとして発生させた生き物から進化したのではなく、恐竜からだったと知ったのです。
人神達は、それまで進化もさせず放置していた人タネの進化を早め、大急ぎで人を作りました。
そして恐竜人を滅ぼそうとしたのです。
獣神は恐竜人を人が到達し難い場所に集めて保護しました。
大陸から離れた島、氷や砂の地、高い山脈。
そのような過酷な場所でさえも人は到達するや否や領土としたがり、攻め込みました。
恐竜人達は奴隷とされ、望みもしない戦に駆り出されていったのです。
そこまでを見て人神達は安心したのか神世に引き上げました。
獣神は人神に見つからぬよう人世と神世を行き来しつつ、人に自然の尊さを教え、協力して生きる術を教えてゆきました。
ゆっくりと人と恐竜人の混血が進むに連れて争いは減り、獣神とも仲良く暮らし始めたのです」
「人神が作った人と恐竜人とは見た目で区別できるのか?」
「いいえ。今となっては全く。
最初は手足が短めで全体的にゴツゴツしておりましたが」
「ふむ。恐竜らしさの名残か」
「はい。
獣神は簡易的な人世魂の管理場所を下空に設けておりましたが、それを職域として整備しました。
そして恐竜人が多く残っている島の連なりの真上に現世の門を作ったのです。
獣神が進化を促して数万年。
人は文字を得ました。
壁画だけでなく、神話が綴られるようになったのです」
「そうなると、無視してきた人神が黙っておろう筈が無いな」
「はい。
人神達は職域を奪い、獣神を人世から追い出して、人神こそが神だと、人に信仰を強いました。
それから数千年。
人の歴史は戦ばかりが目立つものとなりましたが、今も尚、獣神を信仰している人は存在します。
現世の門の真下には、獣神信仰が色濃く残っております。
自然全てを神と崇める恐竜人の心も残っております。
もしも貴方が神世を滅ぼそうとするのならば、私は今ピュアリラとして、この小さな島国を獣神の地として反撃します。
今ちょうど、多くの獣神が無自覚堕神として暮らしておりますので」
龍狐の美女神『今ピュアリラ』の強い瞳にザブダクルは思わず狼狽ぎ、背凭れまで身を退いた。
「その意志、よく、分かった。
話を、、歴史に戻すが……その間、継承ピュアリラ達は何をしておったのだ?」
「人神の標的とならぬよう表には立たず、獣神を指導し、統率しておりました」
「全ては……ピュアリラ様なのだな……」
ラピスリは堂々と語っていますが、当然ながら記憶の継承なんてしていませんし、聞いた話を組み立てただけです。
堂々とした態度も今ピュアリラとしての演技なんですよ。
演技だとは思うんですけど……ラピスリって、普段から こうですよね。




