サクラ牧場の竜桜
「なぁ彩桜、チッコイ頃、犬に乗って遠出しなかったか?」
午後は英語に決めて、テスト範囲を授業形式で彩桜と狐儀サーロンが説明した後、個別に困っている箇所を聞いていると悟が聞いてきた。
「毎日 乗ってた~♪」
「栂野原まで行った?」
「行ったかも~♪」
「やっぱ彩桜かぁ」
「ん?」
「白竜が乗せてもらったらしくてな。
何度も楽しそうに話すから小学校に入ってすぐに俺、探したんだよ。
さっきみたく男子みんなに聞いて。
けど見つからなくてな。
白竜の親父さんも探してたってウチの親父から聞いたのは、ウチが引っ越した後だったんだ。
たぶん百合谷に転校したらまた探してやれってコトだったんだろうけどな、転校しなかったから忘れてたんだ」
「何人か乗せたから、どのコが竜騎君か わっかんな~い」
「だろうな。
白竜も彩桜だって気づいてないから敵視してるんだろうしな」
『馬白さんなら、その半月くらい後に いらしてくださったよ』
「青生兄 会ったの!?」
声が聞こえるまで気付かなかったが、青生は居間の隅で白久と一緒に寛いでいた。
シルコバも定位置で寛いでいる。
「昨日も その話になったんだよなぁ」
「うん。彩桜は馬白さんが いらした日も犬に乗って出掛けようとしていたんだよ」
「馬白さん、半信半疑で来てたからマジでビックリしてたよなっ♪」
「そうでしたね。
その後も何度かいらして白久兄さんと話していましたよね?
『是非ウチに就職してくれ』とか聞こえましたよ?」
「結構シツコかったんだよなぁ。
週末に帰る度に来てたんだ。
夏の帰省にくっついて遊びに来てた先輩が俺の学部を言うまで続いたんだよ」
「白久お兄さんの学部って?」
祐斗だけでなく皆が白久と青生の方を向いていた。
「ソッチ行かなかったからスルーしてくれ♪」
「医学部だよ」「お~い青生ぉ」
「ヤマ大の医学部!?」一斉!
そしてキラキラ尊敬の眼差しが集まる。
「今はただのリーマンだからンな目で見るなよなぁ」
「常務で支社長は『ただの』じゃありません!」
「スッゲー……」
近所と2組は知っているが、他は初耳。
「祐斗よぉ、大声で言うなってぇ。
青生も彩桜も笑うなっ」
「青生兄 白久兄、個別指導ヨロシク~♪」
「うん、いいよ」「しゃあねぇなぁ」
〈彩桜、神眼は維持するから心配しないでね〉
〈ん♪ 白久兄は?〉
〈練習中だよ〉〈♪♪♪〉
―・―*―・―
馬白父子と八郎と彰子はサクラ牧場内をカウボーイ姿の桜瀬に案内してもらっていた。
観光牧場としても有名になったサクラ牧場のスタッフだと示すカウボーイ衣装は、白久の提案で、紅火に依頼したものだった。
「競技馬でしたら此方の柵内に居ります。
どの馬にでも鞍を着けますのでどうぞ」
柵に近寄ると、人慣れしている馬達が興味津々な目を向けて暫く観察し、八郎と彰子の前に集まった。
「あらあら~、ではお話ししましょうね~」
「私も仲間に入れてもらえますか?」
楽しそうな2人と馬達から少し離れた竜騎は、遠くに居る黒っぽい1頭に釘付けになっていた。
「気に入った馬が見つかったのか?」
「いえ……向こうの馬も見てみたくて……」
「ふむ。行ってみるか?」
「後で……いいです」
「そうか」
―◦―
その遠くの黒っぽい灰馬は、外国人らしい淡い金髪の若い男女と話していた。
〈あれって……竜騎様だよね?〉
〈向こうに行きたい?〉
〈行きたいけど……また叩かれちゃうかなぁ〉
〈鞭で?〉
〈うん。そんなに叩かなくても~って思っちゃうんだ。
でも……僕が悪いんだよね……〉
〈競技は楽しい?〉
〈うん。跳ぶの楽しいよ♪〉
〈彰子お嬢様に乗っていただきましょうか?〉
〈うん♪〉
「鞍木さん、お嬢様の所にお願いします」
「はい」
カウボーイハットを深く被り、濃いサングラスと口元に巻いたバンダナで顔を隠している鞍木が立ち上がり、竜牙の手綱を引いて柵沿いに歩いて行った。
〈ローズちゃん、僕達も行こう〉〈はい〉
―◦―
「ソラの配達って、あのカウボーイルック?」
「うん。ここの制服なんだ。
歴史研究部の協力で紅火お兄さんがデザインしたんだよ」
「文化祭の時も思ったんだけど、中学に そんな部あったっけ?」
「ボクに聞かないでよね。
でも歴代部長が輝竜さんばかりだから、響の頃は休眠してたんじゃない?」
「知ってたら私も歴史研究部長するんだったぁ」
「歴史好きだっけ?」
「嫌いでもないけど、その部って他の子が入ってなかったんでしょ?
気楽で良さそうよね~♪」
「そっか……」
―◦―
黒灰馬が近付くに連れ、凝視している竜騎は この馬でないと駄目だとまで思うようになっていた。
「ん? どうした?」
「あの馬……」
「ああ、竜桜ですか。
競技馬としては良いのですが不整脈がありましてね、療養中なんですよ」
「療養中……って完治するんですよね!?」
「そう信じていますよ。
主治医が名高い獣医先生ですのでね。
まぁ今でも優しく扱えば競技できますけどね」
「優しく……?」
「走らせ過ぎず、鞭入れして無理をさせなければ競技会には出られますよ」
―・―*―・―
〈名高い獣医先生って青生兄だよねっ♪〉
〈瑠璃だと思うよ〉
〈両方~♪〉
〈彩桜、勉強の方は?〉
〈ちゃんとやってる~♪〉るんるん♪
―・―*―・―
黒灰の竜桜は竜騎の前を素通りして彰子の前で止まった。
「あら~♪ 乗せてくださるのですか?」
竜桜が頷き、小さく嘶いた。
「走りたいなんて珍しい。
競技コースを整えますので」
桜瀬は柵の中へ。
馬を連れて来たスタッフと話しながらコースの方へと歩いて行った。
「では着替えて参ります~♪」
駆けて来た別のスタッフに案内不要と微笑んで、彰子は更衣室へ。
「竜騎も着替えておいたらどうだ?
走屋、車に積んでいたな?」
「あっ、はいっ」
チャンスだと思った竜騎は急いで彰子を追った。
「此方にお持ち致しております」
走屋は包みを見せ、速歩で竜騎を追った。
〈竜騎様も乗る? 僕、叩かれる?〉
〈鞭は桜瀬さんに預かってもらうよ。
今は牧場の馬で療養中なんだから〉
〈うん♪ だったら安心♪〉
―◦―
大急ぎで着替えた竜騎は、走屋を父の所に行かせて彰子を待った。
「あのっ」
「何でしょう?」
「昨日の朝の――」
「初対面ですよね~♪」にこやかに通り過ぎる。
「え?」
「その方が良くありませんか?」
振り返ってニッコリ。
「あ、ありがと……あれ? 鞭は?」
「必要ありませんよ~」ふふっ♪
「お友達を鞭で打つなんて、ありえませんよね~」
「で、でもっ」
「こちらが心を開いて接すれば、馬も心を開いてくださいますよ~」
「ま、待って!」
お嬢様、けっこう歩くの速いです。
―◦―
そして今、輝かんばかりの笑顔の彰子と楽し気な竜桜が優雅に競技コースを駆け跳んでいる。
「あの馬……竜牙より跳べるんだ……それに速い……本当に鞭は要らないのか?」
「気に入ったのか?」
「はい!」
コースを終えた後、軽く駆けた竜桜が戻り、降りた彰子が会話しているかのように笑顔で労っている。
「僕も乗りたいです」
「どうぞ~」
竜騎が近付くと竜桜は後退ろうとした。
「大丈夫ですよ~」優しくぽんぽん。
「ああ、すみませんねぇ。
でもまぁ人見知りは馬にはありがちですよね。
竜桜、怖がらなくていいよ」どうどう。
けれども竜桜は一点を見て逃げようとする。
「ああそうか。すみませんが、その鞭を預からせてください。
どうやら それが怖いみたいなんですよ」
「あ、、はい」
鞭を桜瀬に渡すと竜桜は少し歩み寄った。
「でも、どうやって指示すれば?」
「竜桜は競技慣れしてますから、手綱での指示と、動きに合わせての体重移動だけで跳びますよ」
「そうですか……」
竜騎は竜桜が竜牙だとは気付いていないようです。
毎日 乗っていた筈なんですけどね。




