消えた鞍木
竜騎の馬とトレーナーの鞍木を動物病院に残して彩桜は登校した。
馬について幾つか聞かれた後、鞍木は事務室で待たされていた。
そうして、陽もすっかり高くなった頃――
「鞍木さん、竜牙号の左前脚は完治しました。
ですが不整脈もあります。
心因性ですので、暫くお預かりしてもよろしいですか?」
――馬を治療した青生が事務室に来て微笑んだ。
「私はただのトレーナーですので……それにたぶんクビですので……」
「それはどういう? 馬主さんは何方です?」
「馬白海輸社長のご子息、竜騎様です」
「その方は今? お仕事中ですか?」
「学校だと思います。第二中学です」
「弟と同じなんですね。
未成年ですので保護者の方に――」
「私が支払いますので!」
「どうやら深いご事情がおありのようですね。
今夜はウチにお泊まりになりませんか?
溜め込むと鞍木さんも心因性の何かになってしまいますよ?」
「そんな……ご迷惑をお掛けするなんて……」
「ずっと以前、迷子になっていた弟をお連れくださいました執事さんですよね?
今夜は長兄も戻りますので、その時のお礼をさせてください」
「弟さん? もしかして先程の?」
「はい♪
迷子になったのは3歳の誕生日でした。
今は中学1年生です」
「やはり坊ちゃんと同じ……あっ――」
「どうかしましたか?」
「ずっと住み込みでしたので……」
「でしたら尚更です。ウチにどうぞ。
広いだけの古い家ですが、部屋は余っていますので♪」
「は……?」
「お荷物を運ばないといけませんよね?
行きましょう」
通常の外来診察は瑠璃がしているので、青生は鞍木が思い浮かべていた厩舎に瞬移した。
――「ええっ!?」
「病院にいらした時と同じですよ。
ああ、怖いとか思わないでくださいね。
便利でしょう?」
「確かに……」無理矢理に業務用の笑顔に。
紅火が現れた。
「部屋は用意した。全て運べばよいのか?」
「増えた……双子なのですか?」
「ただの兄弟ですよ。弟の紅火です。
残さないといけない物はありますか?」
「ベッドや箪笥などの大きな物は全てご用意いただきました」
「では中身だけを運ぶ」
玄関まで皆で下がり、紅火が何やらバッと天井に向かって広げると、その透明なシートは壁を突き抜けており、ゆっくりと床まで下りてからキュッと縮まり丸まった。
風呂敷包みのような塊を抱えて紅火は消えた。
「浄化。うん、彩桜ほどじゃないけど上出来かな?
どうぞお確かめください」
『中にどうぞ』と手で促した。
―・―*―・―
窓の外に目を向けている彰子から溜め息が零れた。
「今日、何回目?」
廊下に出た彰子を追った清楓が並ぶ。
「えっと、なんでしょう?」
「とぼけないで。
猪瀬さんは彰子さんを好いているのよ。
誰にも反対なんてされていないでしょう?
どうして溜め息なんかを?
飛び込めばいいじゃないの」
「そんな簡単に……」どんどん赤くなる。
「逃げてしまったら、それこそ大きな魚よ?
半年なんて瞬く間なのだから、これからも悩み続けて過ぎてしまうのか、それとも恋人として幸せに過ごすのか、なんて考えるまでもないわよね?」
「それは……そうですけど……」
「結果は分かっている告白なのだから悩まなくてもよくないかしら?
今日は金曜日。
お休みにデートできるように今日こそ告白なさいな」
「清楓さんは?」
「私は涼楓と牧場デートするわよ♪
ローズさんも白桜とデートするそうよ♪
邪魔しないであげてね♪」
また溜め息をついてしまう彰子だった。
―・―*―・―
「白竜、部活終わったら馬のお見舞いに行くだろ?」
「行かない。
馬は脚を怪我したら安楽死しかない。
もうあんな馬なんか要らない」
「そんな……白竜のせいだろ。
見捨てるなんてヒドイじゃないか!」
「ウルサイ!! もう俺の視界に入るな!!」
「白竜!?」
「輝竜の仲間になればいい!!」
悟が言い返そうとした時チャイムが鳴った。
「俺は白竜を親友だと思ってるから」
席に戻りながらの悟の声はチャイムに掻き消された。
悟が席に着いて教科書を出していると、隣の席から小さく折りたたんだ紙が届いた。
開けて見ると『大丈夫?』と書かれてあった。
『本心じゃないの分かってる。大丈夫』
と下に書いて返した。
―◦―
以降、竜騎とは話せまま、視線すらも合わせられないままに部活も終わり、悟は仕方なく帰宅した。
「母さん、今日も勉強会に行くから。
日曜の夜には帰るけど、テスト週間も通うからね」
「ウチはいいけど、ご迷惑じゃないの?」
「うん。旅館みたいな家だから大丈夫だって。
あ、父さんお帰り。
じゃあ行くから」
「ショー君、悟ったらね――」
「悟の前で、その呼び方はヤメてくれ」
「でも将軍様の将でしょ♪
それより聞いてよショー君♪」
「悟、少し待てるかな?」「うん」
「昨日もお友達のお家に泊まったでしょ?
今日も明日も泊まるそうなのよ~」
「馬白さんのお屋敷か?」
「違うよ。(百合谷東)7丁目の輝竜さん家」
空沢家は百合谷東4丁目。
「それなら行けばいい」「ショー君!?」
「輝竜さんなら勉強もシッカリ教えてくれるだろう?」
「お兄さん達も奥さん達もヤマ大の院卒で博士ばかりなんだ♪」
「シェフも居るし何も心配要らないよ」と妻に。
「シェフ?」
「ロイヤルグランホテルのシェフだよ」
「春からレストランするんだって♪」
「私もお邪魔しちゃおうかしら~♪」
「何か手土産でも持って行くか?」
「そうね♪」
「恥ずかしいからヤメてくれ!」
父、打ち合わせは後でと目配せ。
「はいはい♪ それじゃ行ってらっしゃい♪」
「ホントに来ないでよ?」
「はいはい♪」
「行ってきます!」
何度か振り返りつつ外に出た。
「空沢君……」
「え? あ、聖良さん?
今日は心配してくれて ありがと。
どうかした?」
隣の席の聖良 銀河だった。
前の家なら近所だったが、今は近所ではないので通りかかるとは思えない。
「えっと……親友なんでしょ?
あんなふうに言われたら私だったら落ち込んでしまうから……」
「ま、茶飯事? よくあるんだよ。
白竜は素直じゃないから。
俺は慣れてるから大丈夫。
心配して来てくれたんだよな?
もう暗いから送るよ」
「これからどこに?」
「2組の輝竜ん家。泊まるんだ」
「夏月ちゃんが毎日行ってる家よね?」
「えっと、その子、歴史研究部?」
「うん。河相さん」
「あ、分かった! うん、たぶんまだ居る」
「一緒に行っていい?」
「いいけど、歩き?」
「あ……遠い?」『お~い、悟だろ?』
「え? あ♪ お兄さん!♪」
家前の狭い道と広い道との交差点に車が止まっており、悟達と対面している運転席と助手席には、街灯に照らされた彩桜そっくりの顔が並んでいた。
「乗ってくかぁ?」「はい!」「来い来い♪」
「行こう! あっ、荷物 貸して」
つい無意識に手を取って駆け出していた。
待たせては悪いので駆けてはいるが、体育を見学がちな銀河を気遣って軽くにしている。
車近くになって、そっと握り返されて気付いたが、今更なので離さずに駆けた。
「彼女かぁ? ま、乗れよ♪」
「ありがとうございます!♪」
―◦―
「白久兄 青生兄お帰り~♪」
「悟君、いらっしゃいです♪」
「直帰途中で拾ったんだ♪」
「今日もお願いします!♪
で、同じクラスの聖良さん。
河相さんに会いに来たんだ」
「アトリエに居るから来て来て~♪」
「悟君は庭に来てください♪」
「え?」「あっ」
銀河が悟の鞄の持ち手を掴んだ。
「それじゃ一緒に行こ~♪」
銀河も大きめの鞄を持っていたので彩桜が持ち、庭に向かった。
【青生兄、白久兄と直帰?】
【うん。馬白社長の港屋敷からね】
【ほえ? どして4丁目?】普通、通らない。
【神眼で見つけたからだよ】
【そっか~♪】
「あ……馬?」暗いけど4頭?
「竜牙がね、ぶつかって ごめんなさいって~」
「リュウガ?」
「今朝、一緒に走ったでしょ」「白竜の!?」
「うん♪」「脚は!? 怪我は!?」
「治ったの~♪ 競技も大丈夫♪
でも心因性の不整脈あるんだって。
だから入院なの。
白久兄と青生兄、馬白海輸の社長さんトコに説明しに行ってたの」
「馬もストレス?」
「うん。お馬さん、繊細なのぉ」
「そっか。リュウガ、避けられなくてゴメン。
早く良くなって、また走ろうな」
小さく嘶く。
「嬉しいって~♪」
―・―*―・―
その頃、竜騎は浜の厩舎に居た。
1人で自転車で来たのだった。
厩舎を覗き、横の小さな家に入る。
「そんな……鞍木……本気だと思ったのか……?」
生活感が消えた暗い家に立ち尽くしていた。
鞍木の居場所は分かっていますが、クビだと言った竜騎にとっては行方不明です。
という意味での副題でした。
鞍木と輝竜兄弟には繋がりがありました。
今も金錦は毎週 帰っていますが、当時、大学生・院生だった兄弟も毎週 帰っていたんです。
瞬移ではなく車移動なので近いとは言えない距離ですが、彩桜が寂しいだろうからと可能な限り帰っていたんです。
彩桜と鞍木・竜騎が出会った日は春休み中でした。
新たな繋がりを得ていく悟に対して孤立を深めていく竜騎。
少し素直になれたらいいのに、と思ってしまいますが、それが難しい竜騎なんです。




