ダグラナタン
ティングレイスが森の内と外とを行き来するようになって10日が過ぎた。
「ぜんぜん進んでないなぁ……」
「どうかしましたか?」
クラベルスとの剣の手合わせを休憩した時、ティングレイスが都の方を向いて呟いたので、瞑想していたテブロークも目を開けた。
「うん……。
もうひと組ここに向かって来てたんだけど、もう4日も止まったままなんだ。
病気や怪我かもしれないから様子を見に行ってもいいかな?」
「では、お供致します」
テブロークが立ち上がった。
「ありがと♪」腕を掴んで消えた。
―◦―
「此処は……副都のすぐ東の村ですね」
テブロークが見渡し、目印となる建物を確かめた。
「やっぱり何かあったんだね。あっちだよ」
小さく瞬移した。
「宿屋ではなく民家?
それにしては……」今にも崩れそうだ。
「アンタら、都の兵士さんだろ?
仲間を迎えに来たのかい?」
隣家の庭で洗濯物を干していた老婆神が腰をトントンとしている。
「あ、おばあさん。はじめまして。
そうなんですよ。
友達が2神、行方不明なんです」
「その空き家で若いのが寝泊まりしてるけどねぇ、たぶん今は――ああ、起きて来たねぇ」
家の方を見ると、見覚えのある2神が大あくびをしながら出て来たところだった。
「あ♪ やっぱりキミ達――」バタンッ!!
「逃げましたね」
「途中放棄? でも元気そうで良かった♪
最果てに着ければお咎めナシだよね?」
「私は何方からの命なのかすらも存じません。
しかしおそらく、そうなのでしょう」
「そろそろ僕に気を許してくれないかなぁ」
「敵視なんぞ致しておりません。
今は師と仰いでおりますので」
「師より友達がいいんだけどなぁ」
「は?」
「僕、人神の友達いないんだ。
四獣神様は友達になってくれたけどね。
だからクラベルスさんとテブロークさんにも友達になってもらえるように頑張ってるんだ♪
おばあさん、あの家の持ち主さんは?」
「アタシだよ。
住んでた息子が、すぐ西の都に行っちまってねぇ、帰って来やしないからボロ屋敷になっちまったんだよぅ」
「じゃあ、友達を泊めてくれたお礼に掃除しますね♪ 浄化!」
家に向かって両手を突き出し、光を放った。
「おやおやまぁ……ピカピカになっちまったよぅ」
「おばあさんにも――」背後に回り「――治癒♪」
「おやまぁ……」
「どう?」
「身体が軽くなったよぅ」にこにこ♪
「良かった~♪
友達、連れて行っていいですか?」
「もちろんだよ。ありがとうねぇ。
おや、出て来たよぅ」
テブロークが2人を連れ出していた。
2人は観念した様子で項垂れている。
「ね、処罰されると思ってるんでしょ?
最果てに行けばいいんだよね?
それじゃあ行くよ♪
おばあさん、お世話になりました♪
また来るねっ♪」
兵士達に抱きついて瞬移した。
―◦―
「はいっ♪ ここが最果てだよ♪」
「「えええっ!? あっ!!
失礼致しましたっ!!」」
テブロークに敬礼っ!!
「私は貴殿らの上官ではない。
それに此処は王都でもない。
此処では……ただ生き延びる為の仲間だ」
「「生き延びる……?」」
「あの森の向こうには、禍を生む滝が在る。
四獣神様が戦っておられる場所だ。
あの森は弱者を喰らうそうだ。
だから私達も任務遂行の為、此処で鍛えて頂いている。
此処には、都や主要な街から禍が転送されて来る。
四獣神様がそうして人神を御護りくださっておられるのだ。
人神は何も知らずに安穏と暮らしているというのに。
その禍が時折、森の此方側にも転送される。
四獣神様が直ぐ様いらしてくださるが、逃げる為にも神力を高めねばならぬ」
「という訳で、生き延びるには鍛練と修行しかないんだ。
指導は僕がするから頑張ってね」
2神がヘナヘナペタンと座り込んだ。
「あらら~」
「あまりに情けない姿だな。
如何なる任で来たのだ?」
「ティングレイス男爵を追え、と……」
「ただそれだけの指示しかなくて……」
「途中放棄して潜んでいたのだな?」
「歩いて最果てまでなんて」
「途中で死んでしまいますよぉ」
「ん?」「あれは……」
苦笑していたティングレイスとテブロークが森の方を見た。
「きっとまた禍が生まれたんだ。
四獣神様が戦ってる」
「向かわれないのですか?」
「僕はまだ足手纏いだから……。
でも、いずれ一緒に戦えるように鍛えているんだよ♪
さ、みんなも――ん?」
今度は子供達の木の手前を見る。
「誰か……気を消してる誰かが居る?
いけない!!」消えた。
「クラベルス!」
木の下で瞑想していたクラベルスがテブロークを見、何事かと飛んで来た。
「どうした? この2神か?」
「いや、何やら不穏な気を感じる」
「確かに……」
―◦―
「ヤメロ!! その子から手を離せっ!!」
「チッ。見えているのか……」
姿を消した人神が掴んで刃を突き付けていた子狐を投げた。
瞬移したティングレイスが受け止める。
「大丈夫? 治癒、回復」
年長らしい子白龍が飛んで来たので渡した。
「みんなで逃げて。僕に任せてね」
子白龍が頷き、視線を向けると、子神達は揃って消えた。
人神は姿を見せ、腕や腹の辺りを払っていた。
よく見ると周りには毛や鱗が落ちている。
「あの子達に何をしたっ!?」
「龍の鱗や毛は術の補助具だ。高く売れる。
狐の毛皮も売れそうだよな」
「なんて酷いことを!! 許さない!!」
「貴様がティングレイスか?」
「僕が目的なら、どうして!?」
「獣神と馴れ合うなど許せるものか」
一歩踏み出した。
「動くな!!」
「ギャアギャア煩い奴だな」森を見た。
「そっちに行くな!!
森に殺させるぞ!!」
「ああ、そういえば前にも聞いたな。
さっきもガキ共が通せんぼだよ。
だから見せしめに剥いでやったんだ。
前は、無視して入ってブッ飛ばされたよ。
だから腹いせにガキ共をブッ飛ばしてやったら左遷されたよ。
同じ事をしただけなのになぁ」
「同じじゃない!!
四獣神様はキミを護る為に突き飛ばすしかなかったんだ!!
あの子達は逃げようと思えば逃げられた!
本当はキミよりずっと強いんだから!
でもキミが森のエリアに入ってしまわないように、逃げずに留まったんだ!
キミに何をされても泣きもせずに堪えていたんだ!
だから――もう限界だから止まれって!!」
止まりはしないだろうと、とうとう剣を抜いて飛んだ。
「へぇ、抜いたね。切れば?
伯爵家を敵に回したいのならね、男爵殿」
踏み込んだ。「うわっ!?」
狙いを定めて待ち構えていた根に捕らえられられた人神は一瞬で森近くに引き寄せられてしまった。
「だから止まれって言ったろ!!」
〈ごめん、切らせてねっ〉
ティングレイスに怯んで躊躇い留まった根を伐り、襟首を掴んで瞬移した。
「そこまでだな、ダグラナタン」
「幼い子への虐待、及び、男爵閣下への暴言の罪にて拘束します」
草地では師団長2神が待ち構えていて、手袋を着けた手に光る縄を出し、ダグラナタンに巻き付けた。
「その縄、何?」
「神力封じの縄です」
「森のように吸い取って死に至らしめたりはしませんけどね」
「それで、この人神どうするの?」
「王都に連行しなければなりませんが……」
「うん。一緒に行くよ。
あ、その前に。ちょっと待っててね」
消えて……ドラグーナを連れて戻った。
「また来たのか……こんな果てまで」
「そっちじゃなくて、こっちに早く!」
子供達の木に近い高木に連れて行った。
「早く治療してあげてください。
僕は彼を王都に連れて行きます。
気づくのが遅くなって すみません!」
子供達の状態に気づいたドラグーナが鱗を瑠璃色に変え、木ごと治癒の光で包んだ。
「彼の負の感情だったのか……」
「え?」
「禍の根源は、神の負の感情なんだよ。
さっきの禍は強大でね、こっちに気を回す余裕すら無かったんだ」
「僕が離れてさえいなければ……」
「早く見つけてくれて ありがとう。
ちゃんと皆居る。グレイのおかげだよ」
ティングレイスが着いた『最果ての任』の前任者ダグラナタン登場です。
上級貴族の御曹司。
学校の成績は優秀――って、きっと他の子が抜かないようにしていたんじゃないかと思ってしまいます。
やっぱりダメっ子だった子爵の息子達も加わり、ティングレイスの周りも賑やかになってきました。




