アヌビスの欠片
稲荷堂のカウンター席で響がプリンパフェを食べている間は、ソラは物見水晶の説明をしていたが、『ミニ木魚』の説明に移った。
「それは怨破打神槌。
槌と鎚があるんだ。
見た目は塗ってるから同じなんだけどね。
木と金属、どっちが相性いいかで決まるんだよ。
八郎さんが使ってたのは金属の方」
書きながら説明。
「だから高い音がしたのね~♪
もしもソラが使うなら木ね♪」
「そうなると思う。
祓い屋ユーレイの皆さんが霊力と呼んでるのは、本当は神力。神様の力なんだ。
輝竜さん達の龍神様だけじゃなくて、祓い屋になれる力を持ってる人達には『堕神の欠片』が入ってるんだよ。
ここまではミュム様とリグーリ様から聞いたよね?
その力を増幅させたり使い易くするのが祓い屋道具なんだ。
響が使ってる魂筆も妖秘紙も、響の神力を効率よく引き出してるんだよ。
それで、この槌は神力を地の気と絡ませて波動で攻撃する武器なんだ。
特にパワー系の神様向き。
八郎さんは猪神様だから最適なんだよ。
持ち歩く時はペンくらいの大きさにするんだ。
使うぞと神力を高めて取り出すとミニ木魚サイズ。
神力を込めたマレットで打つと槌に変わる」
「地面を叩いた波動で攻撃ねっ♪」
「うん。八郎さんは本当に凄い祓い屋だよ。
響も凄いけど」
「ソラも凄いよ♪」
「そんな事――」「配達を頼む」「はい!」
ソラの後ろに来た紅火が具現環を差し出した。
「サイオンジ様から。急ぎだ」「はい!」
クルッ。スタスタスタ。
「帰りは夜でも構わない」
逃げるように、しかし威風堂々と奥へ。
「行こう響♪」
「うん♪」
「あ、その前に」
手にしたパフェの器を浄化して消え、戻った。
「行こう♪」
―◦―
恋人繋ぎで歩きながら話していて、
「でも、どうして急に店に?」
ふと湧いた疑問を口にした。
「最近あんまりソラと話せないから……」
「ゴメン!」
「ううん。
これからの生活の為に貯金してくれてるって解ってるから、私の我が儘。
ただね、お父さんが……」
「えっと……反対とか?」
「それはナイナイ!
ソラが来ないから私がフラれたんじゃないかって……」
「じゃあ帰りに寄ろう。
何か修理が必要なら預かれるし」
「うん♪ ありがと♪」
そしてサイオンジ公園に着いた。
〈相変わらず仲良しコヨシだなっ♪〉
1歩入ったとたんナンジョウが現れた。
〈夫婦ですから〉
〈ソラも言うようになったなぁ〉しみじみ~。
〈サイオンジに届け物なんですけど?〉
〈そんなら向こう――〉
〈来てくれたかぁよぉ。コッチに頼まぁよ〉
〈はい♪〉〈響ちゃ~ん♪〉
〈ん? ヨシさん、どうしたの?〉
〈いいトコに響ちゃん♪
結界補強、手伝って~♪〉〈いいわよ♪〉
ソラはサイオンジに、響は寿について行った。
〈ナンジョウさんは指導者じゃないんですか?〉
〈あっ! 待ってくれぇ!〉
〈その具現環はサトルのだぁ。
夕方には使えるよ~にするからよぉ〉
ソラが具現環の霊体をサトルの手首に移した。
〈ありがとうございます!
ところでグゲンカンとは?〉
〈ソラ、説明 頼んだぞぉ〉スイッと何処かに。
〈はい♪ ボクもユーレイなんです。
こうして身体を成したり、何かの霊体を物質化するのが具現化で、それを簡単にするのが具現環です〉
〈それでは僕も家族と暮らせるのですか?〉
〈本当に生き人として暮らすには、戸籍とかハードルが結構あるんですけど、家の中だけで具現化して、お子さんを抱いたり、遊んだりとかは可能です〉
〈それで十分ですよ!
ですが無収入では……〉
〈生き人の祓い屋さんとか、ユーレイを理解してくれている職場でなら働けます。
僕も輝竜さん家のお店で働いているんです。
篠宮さんは、どんなお仕事をしていたんですか?〉
〈ロイヤルグランホテルで接客、案内係をしていました〉
〈黒瑯お兄さんがシェフしてるホテルの!?〉
〈は?〉
〈輝竜シェフですよ!〉
〈お話しした事はありませんが凄腕シェフのお名前は存じていますよ〉
〈春からレストラン開くんです!
働けるようにお願いしましょう!〉
眠り期から目覚めて間がないのに思い出しが早いと内心では感心している。
〈はい! ありがとうございます!〉〖お?〗
〈〈えっ?〉〉〖師匠! 何故 欠片に!?〗
〈ガイアルフ様のお師匠様なんですか?〉
沙都留にも獣神秘話法が聞こえているのには驚いたが後回しに。
〖然うだ!〗〖ガイアルフも起きたか♪〗
戻ったサイオンジが頭を掻いている。
〖フィアラグーナ! 説明しろ!〗
〖俺達と同じだよ。
アヌビス様も堕神にされ、浄魂されて欠片だ。
サトルには小さな欠片しかない。
だから探して増やさないとな〗
〖ふむ。ソラ! 探せ!〗
〈お子さん3人にも同じ欠片が入ってますよ〉
〖回収だ! オフォクスなら出来る!〗
〈だからサイオンジはキツネ様を迎えに行ってたんですね?〉〈だぁよぉ〉
フィアラグーナが騒いでいたらしい。
〖オフォクス! サッサと遣れ!〗【はい】
―◦―
響が戻る前にと輝竜家に瞬移して家族を一室に集めた。
ここでも、驚いている家族にソラが説明した。
ただし回収理由は父親を保ち易くする為という事にした。それも嘘ではないので。
「うん。お父さんを保てるのなら……」
「力は写しが入るから変わりないよ」
「それなら喜んで」ニコッ。
「とっていいよ♪」にこにこ。
お昼寝している弟を抱き上げ、妹と一緒に魔法円の中央に立った沙都莉は、キツネと並んでいる父に微笑んでから目を閉じた。
正面に沙都留を連れたキツネ、真後ろに瑠璃が立ち、詠唱が始まる。
「これからユーレイと暮らすんですから、このくらいの不思議体験は大丈夫ですよね?」
淡い浄化光で母親を包んだソラが小声で尋ねた。
母親が頷く。
「確かに不思議体験ですが……怖いとか、嫌な感じは全然。
むしろ嬉しくて……感謝で胸いっぱいです」
子供達から父親へと光が飛ぶ。
詠唱が終わり、子供達を包んでいた光が内へと吸い込まれた。
「ありがとう。沙都莉、沙優莉、沙都志。
これから、しっかり生きるからね」
「お父さん!」「パパ♪」
娘達が駆け寄り、父が抱き締めた。
「ん? 瑠璃さん、お稲荷様、何事だ?」
大きな箱を抱えた白久が廊下で首を傾げる。
「一件落着したところだ」ふふっ♪
キツネもニヤリ。
「おい白久兄、止まるなよな。
あれ? 見覚えあるな……ロビーとか駐車場で見た顔!
えっと~、篠宮さん?」
「輝竜シェフ、僕なんかを覚えてくださっていたんですか?」
「オレって、けっこう頭イイんで♪」
「今朝からずっと篠宮さん家に居たからだろ」
箱を置いた白久がペシとツッコミ。
「それに新居で会ったろーがよ」
「会ってねぇよ!
オレが昼メシ作りに帰った後だろ!」
「あ~、そっか♪」ペシペシ♪
「いつまでペシペシしてるんだっ。
晩メシ抜きにするぞ」
「それは困る!」ナデナデ♪ 「あのなぁ」
部屋の中からも、廊下の後方からも笑いが湧いた。
「黒瑯お兄さん。
ユーレイなんですけど、レストランで雇ってくださいませんか?」
「あ~そっか、他所じゃムリだよな。
接客のプロか♪ ヨロシクお願いします!♪」
「「ありがとうございます!」」
「けど黒瑯、春までどーすんだぁ?」「あ……」
「それまでに祓い屋として一人前にしねぇとなぁ。修行に専念するだぁよ♪」
「お金のサポートはお任せください♪」
サイオンジと億野がハイタッチ♪
「「ま、ナンとかなるよなっ♪」」
白久と黒瑯も真似てハイタッチ♪
〈ソラ? 私、家の前なんだけど?〉
〈あっ、行くからっ!〉隠れて瞬移!
――紗桜家の門前。
「ゴメン! お待たせ!」
「ん♪ お姉ちゃん、お父さん居るよね?」
門扉を開けながら。
「居間に居たわ。翔君いらっしゃい」
「ソラも入って♪」「失礼します!」ワン!♪
奏と遊んでいたショウが全力で走って来る。
〈ソラ逃げて!〉〈え?〉〈お兄だから!〉
「わわっ!」ワフワフワンッ♪
背を向けて門扉を閉めていたソラがショウの叫び声で振り返ろうとした時、その背中にショウが跳び着き、そして――
「また!?」「あ~あ……」「ごめんなさい!」
――生暖かさが冷えるのとポタポタと垂れる水滴を感じながら額に手を当てるソラだった。
「お姉ちゃんタオルとお父さんのジャージ!」
「そうね!」家の中へ!
「ソラはお風呂場!」
「だよね」とりあえず浄化。
〈ソラ~、ゴメンねぇ〉
〈ショウは悪くないよ。
油断したボクが悪いんだから〉苦笑。
―・―*―・―
【白久兄~♪ マンション浄化完了~♪】
部屋で考え事をしていた白久に彩桜の明るい声が響いた。
【ありがとなっ♪】
【ねぇねぇ白久兄~】
【どーしたぁ?】
【十万さんにお手紙渡したんでしょ?】
【家の募集のかぁ? 渡したぞ。
けど12軒じゃ足りねぇって聞いてな、地図を見てたんだよ】
【ウチの北側の空地は?】
【買ってるぞ。藤慈が畑にな。
それに1軒じゃ焼け石に水だろーがよ】
【そっか~】
【遺族だけじゃなく後遺症で苦しんでる人も居る。
中には働けなくなった人もな。
含めて全部解決しなきゃなんねーだろ。
皆が皆、篠宮サンみたく復活しねぇだろーしな。
負の種なんか蒔かないよーにしねぇとなぁ】
【雇ってあげてぇ】
【肉体労働の会社なんだが?】
【事務とか管理とか設計とか~、リモートできないのぉ?】
【リモートなぁ……考えとくよ。
ん? だとしたら……そうか!
そんならもっと広い土地が必要だよな!】
【駅北は? 草ぼ~ぼ~空地だらけだよ?】
【そうか! チョイ集中させてくれ♪
ありがとな彩桜♪】
【ん♪】
沙都留の潜在神力の高さに驚き連続のソラです。
魂内の神はエジプト神話に登場するアヌビスの名を継承した大神で、同じく継承大神なバステトの夫です。
フィアラグーナの師でもあり、ガイアルフも世話になったと言うくらいなので相当な大神様なんでしょう。
そんな沙都留だからこそユーレイとして人世に戻って来れましたが、普通は そうはいきません。
可能な限り戻してもらったとして、喜ぶ家族がいる一方で、どうしてウチは? と新たな悲しみに暮れる家族も出てしまいます。
白久は既に その事を考えていますが、それでも少しでも助けられるのならと、踏み出したものを止めたくもありません。
別な闘いも覚悟して進み続けると決めたようです。
その白久の闘いは水面下で進みますので、次章に移ります。
m(_ _)m




