寄付金横領
〈――ええ。
たぶん通帳とかの物的証拠は残さないと思うんですよ〉
〈ネット銀行とかってヤツかぁよ?〉
〈ですね。
コッチのパソコン探ったんですけどアクセスしてないんですよ。
だから自宅のかと。
彼女の家、探せます?〉
〈見つけたぁよ。禍プンプンだからよぉ、簡単に辿れただぁよ〉
〈あ、見えました。
スッゲー豪勢なマンションだなぁ。
そのノートパソコン、お願いします〉
ずっと静かにしていた黒瑯は、サイオンジや皐子達と話していたのだった。
つまり今、支援団体事務所内に居るユーレイ達も、黒瑯と話して極小カメラを設置し、タイミングを見計らって姿を見せたのだった。
〈皐子さん、もうヒト押し出来ますか?〉
〈やってみるわね♪〉〈サクラ~♪〉〈あら♪〉
ドアの外でカリカリしている。
〈それじゃ展開待ちねっ♪〉〈ソラも居る~♪〉
〈〈〈ショウ!?〉〉〉
彩桜とサーロンが慌てて浄破邪結界を廊下にも拡げた。
〈来ちゃった~♪〉〈ランちゃんも!?〉
〈サクラお散歩、忘れてた~〉〈あ……〉
〈彩桜、護れるから落ち着いて〉〈あ、うん〉
〈ショウ、開けて入れるよね?〉〈うんっ♪〉
ドアノブが回ったのが事務員の十万にも見えたらしい。
「誰よ!?」
「寄付しようといらした方だったら、かなり失礼な対応なのでは?」
「ウルサイわねっ!」〈ナンか大騒ぎ~♪〉
テッテッと楽し気に入って来た。
「犬!? 喋った!?」
〈僕、喋る犬のショウ♪〉
【ソラ♪ お兄はオニキスからクッキーもらって、満腹おやすみなさいしてるから大丈夫だよ~♪】
「ショウも、あの事故で命を落としたんですよ。
紗ちゃんを護り抜いた忠犬ですから生まれ変われたんですけどね」
〈うん。僕、車でペッタン。
でも紗ちゃん元気だからいいの~♪
あ♪ あの時の運転手さんだ~♪
成仏しなかったんだね~〉
「家族が心配でね。見守りたくてね」
〈そっか~〉
「スズのパパ、ユーレイなパパ。
おなじこと言ってた。
みまもるからねって。
でもジコあってから、きてくれてないの。
ショウと いっしょじゃなくなったのかな?
あえなくなっちゃったの……」
〈スズちゃんゴメンね~〉
「紗ちゃんが事故で失ったのはショウなんですが、ショウと一緒にいらしたユーレイのお父さんにも会えなくなってしまったようです。
紗ちゃんは悲しみを抱えて過ごしていますが当然ながら対象者ではありません。
私の知り合いの女性も、婚約者だった為に対象外です。
同じように悲しみ、臥せった為に職を失ったのに。
ですから直接 届けに行きたいんです。
貴女を疑って此方を通さない訳ではないんですよ」
「でもさっきは――」「チョイと借りるだぁよ」
「今度は誰っ!?」「パソコン、借りるだぁよ」
「ええっ!? それ私のじゃないの!!」
「だ~から借りるって言ったんだぁよ」
「返せ!!」飛び掛かろうと――ガシッ!
ユーレイ達に捕り押さえられてしまった。
「プライバシーの侵害よ!!」
「ですから中立的に同席させていただくわね」
「弁護士の茶畑です」パッジがキラリ☆
ショウが開けっ放しにしていた入口に立っていた。
〈ショウ、僕を呼んだ?〉〈うんっ♪〉
「どうして馬!? 何なのよ もうっ!!」
「その白桜も事故に遭ったんですけどね、どうにか無事だったんです。
運転していた牧場主さんは足に後遺症が残っているんですけどね。
つまり遺族ではありませんから、何の援助もありません。
助かったものの、後遺症に苦しんでいる方も多いんですよね。
直接 届けたい理由、ご理解頂けませんか?」
「対象にすればいいんでしょっ!
離してよ!! それ返してよ!!」
「収益金、つまり現金となった途端、目の色が変わったように思えましたが?
その理由をお話し頂けませんか?」
「言いがかりよ! 理由って何よ!」
「ま、お話しくださらなくても、この入金の履歴ですとねぇ……」
「十万君……説明してくれないか?
この額は……違うんだよね?」
「一旦、複数の口座に振り込み、それを集約ですか。しかも段階を踏んで。
考えたものですね」
〈ねぇ、正直に話した方がいいと思うよ。
話して、その人の魂も解放してあげてよ。
キミは浄化されるべき存在なんだから〉
白桜は真っ直ぐ見詰めて語り掛けながら、一歩、また一歩と近付いて行った。
〈もうとっくに、神でなくても見えるくらいになっているよ。
浄化で楽になって昇ってよ〉
「私は滅されない!! 偉そうに何よ!!」
〈僕が何なのかも分からない?
喋る犬や馬が居ると思う?
僕達は獣神。全てお見通しなんだよ〉
「やっぱりそうなのね~♪
悪足掻きなんて無駄よ。
正体を現しなさい!」皐子は楽しそうだ。
十万の内で膨らんだ禍からの悪気を打ち消し続けていた彩桜とサーロンから放たれた浄破邪の矢が鋭く飛んだ。
2本の光矢が達した刹那、禍は身体を捨て、上へと逃げようとした。
――が、強固な結界に阻まれた。
【【この気、紅火か?】】【うん♪】【はい♪】
【魂縛、禍糸切断】
紅火の低い声がし、露になった禍と十万との繋がりがプツンと切れて弾け消えた。
「祓い屋の出番だぁよ!」
サイオンジの声で一斉に禍を囲み、破邪や浄化を具現化した武器を盾に変えて迫った。
禍は窓近くに追い詰められ――
『止めてあげる!』
――磨りガラスを通り抜けて飛来した御札に包まれて動きを封じられてしまった。
〈せ~のっ!〉
一斉に突き立てられた具現化武器からの浄破邪に包まれた禍は、光点に変わり、瞬きながら昇るように消滅した。
それを見届ける前に動いた彩桜とサーロンは十万を浄破邪で包んでいた。
〈見つけた!〉〈この黒点だね?〉〈うん!〉
浄破邪を強めつつ狙いを定め――
〈〈滅禍!〉〉
――動いていた黒点が染みに変わろうと拡がったところに浄破邪針を撃ち込んだ。
空かさず彩桜は回復治癒に転じ、サーロンは浄破邪を更に強めて維持した。
彩桜を白桜が、サーロンをショウが支えて力を強める。
『ねぇソラ、窓開けてよ』コンコンコン。
サーロンがビクッとしたのを見て、サイオンジが苦笑しつつ出て行った。
『ヒビキチャンよぉ、学校はサボりかぁよ?』
『もう夕方もいいトコよ?
終わったに決まってるでしょ。
ソラが戦ってるって感じて走って来たのよ』
『生き人が大勢なんだが入るかぁよ?』
『そうなの?
じゃあ後でいいから来てって伝えてもらえる?
さっきから返事もしてくれないのよ』
『今は後処理で、全力な浄破邪してっからよぉ、伝えておくよぉ』
『ジョー破邪? 上級の破邪?』
『浄滅破邪の略だぁよ。
最上級にゃ違いねぇがなぁ。
ソラにとっちゃあ覚えたてだぁ。
必死だぁよ』
『そっか。
確かに大きくて強そうだったもんね~』
〈頑張ってね♪ ソラ♡〉〈わっ、うん!〉
『確かに必死そうだわ』あはっ♪『じゃあ先に帰るわね♪』
『止めてくれて ありがとなぁよ』
『次は呼んでね~♪』
足音が駆け去った。
【お~い紅火。そろそろ解いてもいいぞ~♪】
【む】
【彩桜 サーロン、ビルごと浄化できっかぁ?】
【うん♪】【はい♪】
そうして、すっかり爽やかな気に包まれた。
―◦―
「これが彩桜達の戦いだ。
彼女に取り憑いていた黒い禍は滅された。
横領は禍がしていた事だ。
それでも彼女を責められるか?
彼女は償わねばならないと思うか?」
「つまり僕達も償わなくていいの?」
「然うだ。
彩桜は償いなんぞ求めていない。
友を欲している。
過去の出来事は禍がした事だと知っている。
友として楽しく過ごしてもらいたい。
常識の外で戦う彩桜と平穏に『普通』を共有してくれれば、他に何も望まない」
「紅火お兄さん……」
「俺も友に然う伝える」
「彩桜とサーロンが学校では普通で居られるように協力させてください。
えっと……償いじゃなく友達として」
「有り難う」
―◦―
白久も千谷に説明していた。
ただし『禍』を『悪霊』に変えて。
「つまり悪いのは悪霊で、彼女は何も覚えていないかもしれないんです。
俺達は警察に突き出すつもりもありません。
説明なんて無理ですからね。
証拠を出せと言われてもね。
俺達はただ、この寄付された善意が、悲しみに暮れ、生活に困っている方々に行き届けばいいんです」
「覚えていないのなら……このパソコンごと預かってもよろしいですかね?」
「いいんじゃないですか?
お手伝いが必要でしたらウチの社員を派遣しますよ。
勿論ボランティアでね」
「何から何まで、すみません」
「おじさんも浄化する~♪」
「ずっと浴びていたので失礼します」
「ああそうか。そうなるのか……」
「千谷さんに気付かれればオシマイですから。
少々ぼんやりするように悪気を浴びせていたと思いますよ。
ん? お前ら離れて大丈夫なのかぁ?」
「瑠璃姉 来てくれた~♪
白桜と一緒に治癒してる~♪
白久兄ホントに支社長だから信じてあげてくださいね♪
頭に豆チワワだけど~♪」
「またお前ら乗ってたのかっ!
ポケットに戻りやがれっ!」
【頭部を護ってたんだが?】
【文句あんのかよ? オイ】
スルッと下りつつ睨んでポケットへ。
【ありがとーございますっ!!】
【【ヨシ】】フン。×2。
「ん? 億野君は?
出掛けていたのかな……?」
【最初に見た時!】【2人居たよね!】
これにて一件落着――かと思いきや、です。
もう一人の事務員・億野は何処へ?
ということで、まだ彩桜達は帰れません。
浄破邪は浄滅破邪ですが、浄治癒は浄清治癒の略です。




