サイオンジとトクの結婚式
平穏が戻った月曜日の2時間目の授業中――
〈ソラ? 計画通り、お師匠様と奥様を調査だって教会に向かわせたんだけど?〉
困り顔のトウゴウジが現れた。
『現れた』と言っても普通の人には見えないのだが。
〈あ! 忘れてました!〉
〈響ちゃんは?〉
〈月曜の午前中は授業がない筈だから……見つけました!
一緒に行きますので!〉
〈待ってるわね♪〉手をヒラヒラさせて消えた。
〈響! 行くから出かけないで!〉〈ん♪〉
〈でも……どうしよう……〉地理の授業中だし……。
〈狐儀師匠にお願いしよ♪〉
一緒に教科書を見ていた彩桜が向いてニッコリ。
〈今、狐松先生で授業してるのに?〉
〈分身♪
入れ替わり、人には見えな~いナイ♪
早くお願いしてみてみて~♪〉
ニコニコ彩桜に躊躇いつつ頷いて、
〈あの……狐儀様。
少し抜けたいんですけど、サーロンお願いしてもいいですか?〉
ごく小さくペコリとした。
〈分身は?〉授業は平然と続行中。
〈まだ不安定で、離れると消えそうなんです〉
〈私で……宜しいのですか?〉
〈狐儀様がいいんです! お願いします!〉
〈そうですか。
では瞬移と同時に席に着きますので〉
〈ありがとうございます!〉瞬移!
人には見えない速さで狐儀サーロンが席に。
〈狐儀師匠、嬉しそ~♪〉
〈そのような……〉
〈だって狐松先生が分身~♪〉
〈そうしましたけど何か?〉
〈あのね、ソラ兄これからも時々サーロンしてもらいたいって♪
お願いできるの狐儀師匠だけだって♪〉
〈そうですか……〉ふふ♪
〈ほら嬉しそ~♪〉
〈きちんと授業を受けてくださいね〉
〈は~い♪〉
―・―*―・―
大慌てで響とショウを連れて廃教会へと瞬移したソラはクラクラしながら扉を開けた。
〈おんやぁ? ソラど~したぁ?〉
教会の真ん中でサイオンジが笑っている。
〈ちょっと……全力だったので……〉
落ちるように腰掛けた。
響とショウも並んで座る。
〈な~に慌ててるだぁよ?〉あっはは♪
〈トクさんは?〉
〈奥を調べるとか言って嘉藤と行ったよぉ〉
サイオンジが奥、つまり前を向いた。
その時、お馴染みのユーレイ達がワラッと席に現れ、入口扉が勢いよく開いた。
〈何だぁ?〉
〈さ、始めるわよ♪
ソラくん、サイオンジの衣装お願いねっ♪〉
〈はい! 具現化!〉〈こりゃ何だぁよぉ!〉
「間に合ったかな?」前にミュム。
「は~い♪ 予約ピッタリ♪
先生は真ん中で待っててね♪」
ウェディングドレス姿のトクと腕を組んだ寿が楽し気にミュムに手を振り、踏み出した後は、しずしずとサイオンジに向かって進んだ。
〈サイオンジ、トクさんとの結婚式なんだよ。
大切な時なんだから、ちゃんとしてね〉
サイオンジを引っ張ってシャンと立たせた。
〈皆して騙したのかぁよ?〉
〈正直に話したら照れて来ないでしょ?〉
〈……まぁなぁ……〉
苦笑を浮かべたが、観念したらしくビシッとした。
〈ソラ、どうして私にまで内緒にしてたの?
式場の下見っきりじゃないのよぉ〉
席に戻ったとたん響からジト~っと睨まれてしまった。
〈ゴメン。
でも内緒じゃなくて忘れてたんだよ。
毎日いろいろあり過ぎて。
だからボクも、下見した日の夜にナンジョウさん達と打ち合わせて、エィム様に予約したっきりなんだ〉
〈サイオンジとトクさんの結婚式なのに?〉
〈うん……毎日、生霊絡みで戦ってたから……〉
〈それ解決したの?〉
〈うん、今朝。やっとね〉
〈なんにも話してくれなかったぁ〉ぷん。
〈響は大学だったから……〉
〈そっか。昼間だけ動く生霊?
アリよね~、時間帯縛り。
昨日のも同じ?〉
〈同じだよ。
あと響が寝てる夜中もだったけどね。
複数だったから。
だから一緒に動けた昨日は相棒したよね?〉
〈次からは話してよね。
もう私、卒論と趣味で取ってる授業だけなんだから、都合なら何とかするから〉
〈趣味?〉
〈心理学とか、邦和神話学とか~〉
〈これから探偵として活かす為?〉神話も?
〈そうよ♪〉〈あ……〉〈ん? あ♪〉
誓いの口づけ真っ最中だった。
〈既に懐かしいわよね~♪〉
〈もう冬が近いんだね……〉
窓の外では鮮やかに色づいた教会を囲む木々の赤や黄の葉が風に舞っていた。
〈綺麗ね……どっちも♪〉
窓から前に視線を移した響の瞳が感動で揺れ煌めいている。
〈響も……綺麗だから〉
〈またソッポ向いた~〉あはっ♪
〈外を見ただけ!〉
〈そ♪ あ、そういえばエィムは?〉
〈昇格試験だって〉
〈また!?〉
〈うん。だから今日がいいって。
最短で駆け昇るって仰ってたよ〉
〈エィムって実は凄い神様なのかな?〉
〈凄い神様だと思うよ。
ミュム様もだけど、あの姿は偽装だと思う。
本当は大人の神様だと思うよ〉
〈へぇ~♪ あれ? 外に誰か居る?〉
〈あ……〉
姿を消してはいるが、フィアラグーナの孫達が愉し気に窓から覗き込んでいた。
〈ソラ、見える?〉
〈見えないけど……神様がいらっしゃるみたいだね。
ミュム様のお知り合い?
そんな感じだよね?〉龍神様だらけだよ。
〈確かにチラチラ見てるわね~♪
頑張って表情は崩さないけど♪〉
ミュムを観察してニコニコ♪
【お祖父様! 兄様姉様!
恥ずかしいのでお静かにお願いしますっ!】
〖いいじゃねぇか、めでたい日だ♪〗わはは♪
【頑張れミュム~♪】【笑顔でね♪】
〖いいぞ♪ 賑やかに祝ってやれ♪〗あはは♪
ソラには、そんな声がチラチラと聞こえる。
サイオンジには、より明瞭に聞こえているらしく、噴き出すのを堪えて真剣そうにミュムと向かい合い、締め括るのを待っていた。
―・―*―・―
彩桜達は2時間目と3時間目の間の休み時間。
〈体育なっちゃうけど大丈夫?〉
体育館に向かいながら。
〈誰に尋ねているのです?〉フフン。
〈狐なっちゃダメだよ?〉
〈当然です〉フン。
〈じゃあ張り切って元気に行こ~♪〉
狐儀サーロンと祐斗の手を引いて駆け出した。
「廊下を走ったら――」「もう体育館♪」
笑いながら更衣室へ。
―・―*―・―
主役達が出口を向いて踏み出したその時、ソラと響の目の前に白いレースを固めたような籠が現れた。
〈これ……〉手に取る。〈花弁?〉半透明の?
〈キラキラ綺麗なフラワーシャワーね♪
先に出て扉を押さえておきましょ♪〉
外には落ち着いた色合いの秋の花が風に揺れ、紅葉の向こうに透けて見える陽も、隙間の爽やかな青空も全てが穏やかに暖かく、この式を祝ってくれていると思えた。
それらを見ていたソラと響が笑顔を交わして、新郎新婦に道を空けようと両側に離れ――
〈〈おめでとー!♪〉〉
――ちょうど達した主役達に祝福の花弁を放った。
〈なかなか落ちない?〉〈神世の花なのかな?〉
今度は外に現れたユーレイ達が天使の如くに浮かんで並び、舞う花弁で道を成す。
〈トクさん♪ ブーケトス♪〉〈あら~♪〉
照れながらも放ったブーケは、ふわりと放物線を描き、間を空けて並んでいた寿とトウゴウジの間に。
左右から手を伸ばした二人が同時に受けた。
〈よーしホウジョウ♪ 次だからなっ♪〉
ナンジョウが弟の背をバシッと叩く。
〈〈おい……〉〉
ホウジョウだけでなくキンギョもナンジョウを睨んだ。
〈え"?〉
〈兄さん?〉〈い、いや……〉
空かさず妹に睨まれ、キンギョはそそくさとナンジョウから離れた。
〈トクちゃん ありがと♪
私、早く相手 見つけなきゃね♪〉
ブーケをトウゴウジに押し付け、花弁舞う道をゆっくり飛んで来た親友に抱きついた。
〈先生、やっぱり格好いいわね♪
トクちゃん泣かせたら許さないんだから~〉
〈泣かすもんかぁよぉ〉
笑いが起こる中、とっくに全てを思い出していたサイオンジは、心の中で寿に謝罪していた。
〈先生?〉
〈なぁんも、なぁんもだぁよ〉
〈私も幸せ掴んじゃいますからね♪
見ててくださいねっ♪〉
〈ああ。そうさぁなぁ〉
〖サイはモテモテだなっ♪〗変に鋭い。
【龍神様よぉ、ヤメてくんなぁよぉ】
最も大きな笑い声は魂内のフィアラグーナで、空に浮かぶ龍神達も笑っているのが見えているサイオンジは、困った苦笑がどうしても浮かぶのだった。
―・―*―・―
「サーロン行けー!」「頑張って~♪」
タッと軽やかに助走を始めた狐儀サーロンは跳び箱に手を突かず、クルクルと宙返りして難無く着地した。
「スゲー♪」「カッコイイ~♪」
「お~い女子は男子見てないで柔軟してろ~。
よそ見してたら捻挫者が増えるぞ?
都辺先生が戻るまで静かに待て~」
「は~い」一斉。
と、返事をして少し離れたが見ている。
その間に跳び箱は彩桜と狐儀サーロンが20段にしていた。
「元気先生、跳んでいいですか?」
スタート地点には彩桜。
「無茶するなよ?」「は~い♪」
余裕綽々な満面笑顔で宙を『走り』抜けた。
歓声が湧く。女子からも。
「久世、跳べるか?」「やってみます!」
正統派な跳び方で越え――「あっ」
越える時の些細なバランスの崩れは着地で少しだけ大きくなって膝を突いてしまった。
その祐斗を、彩桜と狐儀サーロンが両側から受け止め支えて立たせた。
「祐斗、右手」
違和感があって隠そうとした手に、耳打ちした彩桜がサッと触れて、駆けて行った。
「先生。僕、限界みたいです」
「そうか。よく頑張ったな」
肩をポンとされて、祐斗も見学者の並びに加わった。
狐儀サーロンがまた軽く跳んで歓声。
「手、どうかしたのか?」堅太が囁いた。
「同時に突けなかったから彩桜が心配してくれただけだよ」
ヒラヒラと無事だと示した。
「そっか♪ ってアレ!」
「全部 持って来たんだね……」
「全部なんか出したヤツ初めてだぞ? 本気か?」
「「はい♪」」
【私と藤慈君が使ったきりでしょう】【へぇ~♪】
「倉庫の土台くらいにしか思ってなかったぞ」
確かに、その『土台』があると持ち上げ易い。
「ちゃんと跳び箱だし~♪」「はい♪」
埃まみれだったのは浄化済み♪
「って一気に30段かぁ?」「「はい♪」」
「どんだけだよ?
お~い今度は安全最優先で普通に跳べよ?」
「「普通?」」
「もういいから無事に着地しろ」
「「は~い♪」」
先に彩桜。
普通ぽく手を突いて――
「高っ!」「クルクルパッ♪」
「おい直史それじゃあ――」チャイムが鳴った。
――高く宙返りして着地した彩桜が助走中の狐儀サーロンとハイタッチ♪
狐儀サーロンが跳ぶ。
「またまたスッゲー♪」
綺麗なお手本のように越えて美しく着地した。
「引き分けだ。片付けろ~」「「はい♪」」
「女子も終わりだから解散しろ~」
30段を2人で軽やかに運んで行った。
「マジかよ……」「すっごいねっ♪」
「他のを片付けないと!」「だな!」
体育館入口も騒めいていた。
「あ~、次も1年だったか~。
お~い輝竜! 15段残してくれ!
久世、鷹前、他のもそのままでな。
あっ、瑞田先生。ですよね?」
頷いて近寄った瑞田が戻って来る山を見た。
「あ~、また輝竜かぁ。今度は何段を?」
「翔も、なんですけどね。
30段フルですよ」
「そりゃあ見たかったな」
とか話している間に跳び箱は7段でセッティングされており、残り半分は少し離して置いてあった。
「負けない……負けないからなっ!」
「白竜、早く着替えようよ」
「4組も早く着替えろ~」
「ほら早く!」悟に引っ張られた。
着替えるのも早い彩桜と狐儀サーロンが更衣室から出て来たのと すれ違い、竜騎は更に闘志を燃え盛らせていた。
この章では、主格二人(美雪輝と愛綺羅)からの真っ黒オバケ(=生霊)との戦いを終えて平穏が戻ったけれども、何だか毎日が『普通って? 平穏って?』な輝竜兄弟と従兄弟達の生活を追っていきます。
次の大騒ぎへの繋ぎと言えば繋ぎですけど、そうなると、これでも『嵐の前の静けさ』ということになるんでしょうね。
その最初は慶事で、ソラが うっかり忘れていたサイオンジとトクの結婚式のお話でした。
中学校には有り得ない跳び箱を寄贈したのは稲荷で、金錦が入学した直後だったそうです。(白儀 談)




