旅立ち――の前に
試験を終え、神王殿から家に向かったティングレイスは途中までは飛んでいたが、尾行している者から離れたい気持ちもあり、末っ子達の部屋に直接瞬移した。
「あれれ? お帰り~♪」「あ、お帰り」
〈ただいま♪ 合格したよ♪〉
「着けろって言われたけど何だろう?」
帰り際に貰った腕輪を見せた。
「神王殿に入る為の鍵だよ」
受け取ったラナキュラスは表面を確かめ、ソニアールスに渡した。
「うんうん。お揃いだね♪」〈呪いナシ♪〉
「手首じゃなく二の腕用だよ」
「着けてあげる~♪ はい♪」
「あ……着けると形 変わるんだ。
なんとなく見覚えあると思ったんだよね。
なんか……お揃い、嬉しい……」
「でもソレ上位♪ だってソレ」
「殿の奥まで入れるヤツだから」
「やっぱり~な任務なんだね~」
「え? 分かるの? そういうの」
「ほら、込められてる石が多くて」
「ボク達のには無い色のが有る~」
「きっと謁見も許されてるんだよ」
「謁見も……」じっと見る。
「それじゃあ、もうここには……ね?」
「龍と接触してないって事にしないとな」
「うん。暫く会えないけど……」
「ずっと友達だからな。忘れるなよ」
「うん……」
「父様と弟妹達をお願いね」
「見張りが見失って慌ててる。急いで」
「そこの路地を入ったってことにねっ」
「荷物運んだ家に先回りしろ」
「うんっ。今まで……ありがと!」
〈ありがとうございました!!〉
兄姉達にも伝えて、深々と頭を下げてから瞬移した。
―◦―
そして翌朝――
静かだな……でも、もう朝だよね?
まだ起きる時間じゃないのかな?
でも……やっぱり起きよ――「え……?」
ティングレイスの眠気は吹っ飛び、背筋に冷たいものが伝うような思いで見慣れない部屋をぐるりと見回した。
「そっか……僕ひとりなんだ……起きなきゃ。
今日からは医者じゃないんだよね」
支度金の為に貯めてくれていたお金で龍の兄弟の家に近い場所に小さな家と最低限の家具を買い、引っ越していたのを思い出した。
見張り……やっぱり居るね。
兵士さんも大変だね。
この距離なら余裕でソニアと話せるけど
声を拾われたらダメだから我慢しなきゃ。
荷物は持って来たまま纏まってるから
もう神王殿に行こうかな。
少しの間だけだもん。
会えなくても耐えられ――耐えなきゃ。
それじゃあ……行ってきます!
―◦―
神王殿に行くと、前日の試験官が門前に立っていた。
「あの……もしかしてお待たせしてしまいましたか?」
「いやいやなんの。丁度 外を見たら君が見えただけ。
さ、陛下がお待ちだ」
サッサと門の内へ。
「えっ……」
固まっている場合ではないので慌てて追う。
「控えて居ればよいだけ。
御言葉を頂いたならば早速だが出立してもらえるかな?」
「は、はいっ」
こういう時の作法や王様の話し言葉とかは
クレマーガル兄様から習ったから大丈夫。
あの兄様、普段は乱暴な話し方だけど
そういうの詳しかったな……。
貴族のお屋敷にも病院から派遣されて
高貴な方々とも話したけど、
教えてくれた時のクレマーガル兄様の方が
ずっと高貴に見えたんだ。
だからソニアに、どっちが本当? って
聞いたら、『ボクもできるよ♪』って……
『高貴』って見えない衣を纏ったみたいに
雰囲気変わって……本物の王子様だ! って
圧倒されちゃったよ。
ソニア……僕も全力で演技するからね!
必ず遣り遂げて帰るからねっ!!
「君の任は最重要任務だからの、その証となる物が授与される。
高き誇りを胸に、忠実に全うするとだけ誓えばよい。では入るぞ」
謁見の間の扉がゆっくりと両側に開いた。
『宰相、近う』「はっ」
ええっ!? 宰相様が試験官したの!?
また固まっている場合ではないので、頭の中で『冷静に冷静に――』と繰り返しながら、その背を追った。
宰相に横に並ぶよう促され、そこに跪き、頭を垂れると、宰相は前日の試験結果を報告し始めた。
ティングレイスは話の内容をしっかり聞きつつも神眼で周囲を観察し、その場の神達の力も読み取った。
やっぱり人神って劣化してるんだ。
王様でも この程度だなんて……。
ソニア達の本当の力は分からないけど
表面に見せてる力だけでも遥かに上だよ。
「――と申しておりましたが、稀に見る優秀さ故、採用致しまして御座います」
「ふむ。して、前任の措置は?」
「報告が遅れまして申し訳御座いませぬ。
ダグラナタンは浄化もしくは死司の職を目指したいと望みました故、師を付け、神醒の神殿に向かわせまして御座います」
「遺恨の元と成らねばよい」
「は。心得まして御座います」
「ふむ。では、ティングレイスに証を」
トレーのような平たい箱を恭しく掲げた者を先頭に、高貴そうな人神達がティングレイスを囲み、マントと帽子を着けた。
ん?
帽子に違和感を感じたティングレイスは心を閉ざした。
「退殿の際にお返し致しますが、お確かめください」
差し出されたのは台座に乗った剣だった。
入口で預けていたティングレイスの剣は、豪華な装飾を施された鞘に納められていた。
「他は何も手を加えておりませんが、如何致しましょう?」
「振るう感触が変わると慣れる時間が必要となりますので、どうかそのままに。
我が儘を申すなど畏れ多き事で御座いますが、平にお許しをお願い申し上げます」
「ふむ。気に入った。
旅に際し、望む物は有るか?」
「物では御座いませんが、術を頂きたく存じます。
その為に書庫にて閲覧のお許しを頂きたく存じます」
「宰相、鍵は与えておるな?
ふむ。では望みのまま閲覧すればよい。
他には? 何でもよいぞ」
「いえ。新たな術さえ得られれば他に望みなど御座いません。
既に身に余る光栄が眩し過ぎる程で御座います」
「然うか。益々気に入ったぞ。
では善き報告を待っておる。
四獣神とは古来より、神世の、そしてこの王都の四方の守り神であった。
そこに初めて加わる人神として、今世の芯である本都の守り神と成れるよう励めよ」
「はい。謹みまして」更に頭を下げる。
「高き誇りを胸に、任を全う致します事をお誓い申し上げます」
謁見の間を退室したティングレイスは直ぐにも書庫に向かいたかったが、宰相の部屋に案内されてしまった。
「まさか陛下が前任者の事を出してくるとは想定外でな。
気になっておろうから少し説明しておくべきかと思うたのだ。
前任ダグラナタンは上級貴族の子でな、全てに於いて優秀と推挙され、任に着いたのだ。
確かに学校の成績も常に最上位。
非の打ち所なんぞ全く見当たらなかったのだが……何を仕出かしたのか四獣神を怒らせてしまったのだ。
四獣神揃って陛下の御前に現れる程にな」
「同じ轍を踏みたくは御座いません。
伺える範疇でお教え頂けませんか?」
「それなのだが……陛下と四獣神のみで話し合われたのでな、内容は誰も知らぬのだ」
「そうですか……その時、前任者様は?」
「その時は、四獣神が囲んで連れて来たのを見たのみであったが……。
後に陛下より、人神には手出し出来ぬ故、触れぬよう空間ごと運んだと話しておったと伺った」
その時、扉前に待機していた執事が急ぎの連絡だと紙を宰相に渡した。
「君が住んでおる地区は獣神が多いのか?」
「そうなのですか?
確かに見掛けはしましたが」
「何故、其処を選んだのだ?」
「安かったから。それだけです。
病院に勤めるまでは、とにかく貧乏でしたので、そこにしか住めなかったのです。
あ、ですが貧乏も悪いばかりではなく、働きながら学びましたので沢山の経験という宝物を得られたと思っております」
「そうであったか……苦労したのだな。
では獣神には慣れておるのだな?」
「そこに住む以前にお世話になりましたので。
幼い頃、育てて頂いた施設に下働きの牛のおばあさんが居たのです。
学校で虐められて涙を堪えて帰ると、隠しているつもりなのに来てくれて……慰めてくれて……何度もおばあさんの背で泣きました。
ですので慣れております」
「そうか……いや、申し訳なき事と承知しておるが、周辺を調べさせてもらったのだ。
特任であるが故と許してもらえようか?」
「当然の事と存じます」
「帰路の途上で見失ったとあるが、これは?」
「いつも通り、周囲に気配が無くなった所で直接 家に瞬移してしまいました」
「いつも通りとは?」
「病院からの帰りに鍛練の一環として、いつもそうしていたのです。
術が使えるように、そういう小さな事を積み重ねるのも有効と本で読みましたので」
「ふむ。
過去に関しては調べぬと約束しよう。
今の君が優秀過ぎるのでな、嫌気が差して逃げられては困るからの。
では書庫に案内させよう。
出立はいつにするか?」
「では、昼でよろしいでしょうか?」
「そのような短時間でよいのか?」
「はい。あ、今回限りではありませんよね?」
「王都に戻ったならば何度でも入ればよい」
「ありがとうございます!」
旅立ち……は、次話になりそうです。
こういう点、ややこしいのは人世も神世も同じなようです。
龍神兄弟と過ごすうちに人神としてはズバ抜けた存在となったティングレイス。
四獣神に会いたいと逸る気持ちを宥めつつ神王殿の書庫に向かいます。




