予知した不穏
〈サーロン、もぉ大丈夫?〉
〈うん、随分マシになったよ。
落ち着いてきたから、そろそろ帰宅したってしないといけないよね?〉
〈晩ごはんの後、音楽の時間なの~。
サーロンもベースする?
それともピアノ?〉
〈え……知ってたの?〉
〈夜中に練習してたでしょ?〉
〈うん……祐斗クンとの連弾が羨ましくて……〉
〈じゃあ連弾しよっ♪〉
〈まだ聞いてもらえるレベルじゃないからっ〉
〈クラスの友達だけだから~♪
遊びみたく弾こ~♪〉
〈遊び?〉
〈うん。サーロン旋律ね♪
伴奏するから自由にね♪〉
〈ボクに出来るなら、みんなとも弾いたら?〉
〈ソレしよ~♪ ありがとサーロン♪〉
―◦―
そんなこんなあって夕食後、中学生達は下の席に、他は上の席でキリュウ兄弟の演奏を聴いた。
「祐斗♪ サーロン♪ ピアノで遊ぼ~♪」
兄達が父のピアノを動かしている間に、前に出た彩桜がピョンピョンしながら呼んだ。
「サーロン行こっ♪」「ぅわわっ!」
祐斗が手を引いて前に。
「サーロン真ん中ねっ♪ 祐斗、高音?」
「ん♪ 任せて♪」
「俺、低音~♪
サーロンのタイミングで始めてね♪」
「えっと、うん」
数日前に彩桜と祐斗が連弾していた曲の旋律を弾き始めた。
「これなら得意♪」祐斗が入る。
「楽しも~ねっ♪」彩桜も入った。
分厚くなっても軽く弾む音色は、不安そうだったサーロンの表情も明るくしていった。
華やかに終わると、3人並んで笑顔で礼♪
「次、真ん中したいヒト~♪
1本指打法でもいいからね~♪」
何人か手が挙がった。
「コッチ前から順番ねっ♪
植咲さんど~ぞ♪」
「えっとね、この曲、複雑だから旋律しか弾けなくて……」
「じゃあ植咲さん旋律ねっ♪」
「うわ~、上って副旋律?
スゴく動いてる……」
「祐斗、下の和音?」「それで!」
「決っまり~♪ それじゃ、せ~のっ♪」
中音の旋律は穏やかで緩やかな大河のように流れるが、高音側は細やかな音符がキラキラと陽を受けた小波のように煌めいていた。
支える低音の和音は、ただ音の厚みを増す安定感だけでなく、大地のような受け止める器の大きさを感じさせた。
―◦―
「この低音の響き……猪瀬さんみたいですね」
彰子が小さな声で言って微笑んだ。
「そうなんですか?
身体が大きいからですかね」
「そうではなく、受け止めてくださる感じが……大きな方だと……」
「ありがとうございます。
そうなれるように頑張ります」
「そんな……もう十分、大きな方です。
あら、終わってしまいましたね」
「もう一度、聴けるみたいですよ」
今度は彩桜だけで同じ曲を弾き始めた。
「あんな難しい曲でも楽しそうですね。
流石キリュウ兄弟だ」
「音楽、本当にお好きなのですね。
何か演奏なさるのですか?」
「演奏は全く。聴く専門です。
あき――えっと、彰子様は?」
「普通に呼んでください」
ちょっと頬を膨らませて睨む。
「すみません。彰子、さん?」
「はい♪ 何でしょう?」
「お嬢様でしたらピアノとかバイオリンなんて英才教育を受けていますよね?」
「もうっ、そんなことありません」ぷん。
「ああっ、すみませんっ」
「確かにピアノもバイオリンも習いました。
次々と増えていって……全てお祖父様からの押しつけで……。
私が苦しんでいるのを見るに見かねた両親が、好きなもの1つだけになさいと。
ですので乗馬だけにしたのです」
「それで会長様が苦手に……そうですか」
「ですが……」
「はい?」
「いえ、なんでも……聴きましょう?」
「そうですね……」気になりつつも微笑んだ。
今回ばかりはお祖父様に感謝しなければ
なりませんよね?
私……彩桜さんの音色よりも
猪瀬さんとのお話しの方が……と
思ってしまっています。
これって…………なのでしょうか……?
そんな事を思いつつ、目を輝かせている八郎の横顔を盗み見る彰子だった。
―・―*―・―
翌朝8時に1年2組は解散となり、家族との用や習い事などがある者は帰宅したが、馬術競技会を見たい者は居残っていた。
競技者達は先に出発したのでサーロンが彩桜の代わりにホスト役を頑張っていると、稲荷堂に響が来た。
〈ソラ、響も馬術競技会で彩桜を見たいそうなのですが如何しますか?
私がサーロンをしましょうか?〉
〈あっ、はい! お願いします!
店に行きます!〉隠れて瞬移!
――作業部屋にソラ役の狐儀が居た。
〈すみません! 偽装解除!〉姿を戻した。
〈では、此れを――〉
ソラに妖秘紙を渡してサーロンとして家の中へ。
ソラは店の中へ。
「響お待たせ。はい、これ」
「ありがと♪ で、行ける?」
「うん大丈夫。バスだから。
彩桜クンの友達が大勢だけど、響の方こそ大丈夫?」
「それじゃあ車でついて行こうかな~」
「だったらボクも響と一緒に♪」
「ん♪ 何時出発? 車で来なきゃ」
「10時。店も閉めるから前で待つよ」
「ショウも連れて来るねっ♪」
嬉しそうに店を出た。
まだ……踏み込めないんだね。
でも勇気出してくれたから一歩前進だよね。
「あ……また何か見えた……けど何だろ?
妖秘紙の予備、持って行こう」
駆けて行く響の後ろ姿を見送りながら呟いた。
《何やら不穏だな。しかし未だだ。
警戒だけは保っておけ》
〈はい! ガイアルフ様!〉
《フィアラグーナも呼んでおけよ?》
〈解りました!〉
《ヨシ。気に入ったぞソラ》
〈ありがとうございます!〉
お兄じゃなさそうだけど……
そっちも気をつけないとね!
―・―*―・―
〈エーデラーク……〉
〈あっ、はい! ナターダグラル様、お目覚めになられましたか?〉
〈尋ねるという事は、また寝言でも聞いたか? 何を聞いた〉
〈何度か呼ばれました。
他はルサンティーナ様を――〉
〈それだけならばよい。
今、何処に居るのだ?〉
〈会議で神王殿に居ります〉
〈儂としてか?〉
〈はい〉
〈ふむ。終わったならば声を掛けよ〉
〈畏まりました〉
―・―*―・―
午前10時近く。
ソラは『本日休業』の立札の横で響を待った。
響の赤い軽自動車が店前に停まると、紗と飛鳥が寄って来た。
「どうしたの? 兎達なら預かろうか?」
「ソラお兄ちゃん、スズ、こっちがいい」
「大勢だもんね。白久お兄さんには話しておくから乗ったらいいよ」
「ソラ、乗せてあげて?
一緒に行こうね♪」
「「うんっ♪」」 ワン♪
ソラが後部座席のドアを開けて、乗り込むのも手伝った。
真ん中になったショウも尻尾が大喜びだ。
〈タカシ~♪ オモテねっ♪〉〈あっ〉
入れ替わっても尻尾は嬉しそうなままだった。
―◦―
満席のバスと、輝竜家の妻達が乗った大型ワンボックスカーに続いて響の車も出発した。
「ソラ、彩桜クンはもう行ってるのよね?」
「うん。競技は午後だけど朝から行ったよ。
どうかしたの?」
「ほら、あれ。彩桜クンじゃないの?」
エアコンの送風口を調整しているのか、バスの後方で立ち上がって上に手を伸ばしながら誰かと話しているのが見えた。
「サーロン、クンだよ。
彩桜クンのイトコなんだ」
自分に『クン』は恥ずかしい。
「なんか、ぎこちない? 仲悪いの?」
「違う違う! 邦和人じゃないからクンとか慣れてないって普段は付けて呼ばないんだ」なんだか早口。
「漢中国人?」
「うん。彩桜クンと同じ中1」
「あ~♪ 羨ましいんだ~♪」
「違うからっ!」ホントはボクだからっ!
「彩桜クンを取られてジェラシー?♪」
「だから違うって!」ボクなんだってば!
「も~焦っちゃってカワイイ~♪」「響!?」
「サクラおにーちゃん、ソラおにーちゃんもサーロンおにーちゃんも だいすきだって♪」
にこにこ飛鳥が助け船。
「そうなのね~♪ 良かったねソラ♪」
「トーゼンだし」ムッ。「もう親友だし」
「分かったから機嫌直して~♪」
「うん」
ボクじゃない狐儀様のサーロンでも
みんなは変わりないんだね。
彩桜も そうなのかな?
それって、なんか……嫌だな……。
ふと、そんな事を思ってしまったソラだった。
彰子と八郎、ソラとガイアルフは順調そうです。
ソラが予知した不穏とは……?
この回は静かだった愛綺羅達なのか、目を覚ましたザブダクルなのか?
また馬術競技会で何かが起こりそうです。




