非常識は悪くない
アトリエに勝手に入り込んだ美雪輝達はピアノをペタペタと触った後、見つけた階段を忍び足で上がって行った。
「さっきから何?
騒がしくて邪魔なんだけど?」
先頭で顔を出した美雪輝を凌央が睨んだ。
「勝手に入って来たんだろ?
泥棒みたいな真似しないでよね」
「何よ! アンタ達こそでしょっ!」
怒りも露に上がりきって仁王立ち。
「僕達は許しを得て来ている。
勉強の邪魔だから出て行って」フンッ。
視線はパソコンに戻した。
尚樹と星琉は無言で、美雪輝達と目が合わないようにパソコンに頭を寄せた。
「今日は2組の日なんだから!」
「どーして他の組が居るのよ!」
「2組が泊まりに来てるのは知ってる。
そう決まった時その場に居たんだから。
でも僕達が来てはいけないとは聞いてない。
2組の邪魔をする気もない。
許しを得たと言ったよね?
もう忘れたの?
僕は君達が嫌いだ。君達もだろ?
無駄に時間を費やすのも嫌いだ。
2組の所に戻れよ」
「そのパソコン! 彩桜君のでしょ!」
「SAKURAって見えてるんだからね!」
「そうだけど何?
彩桜から借りたんだけど?
君達みたいに勝手に触ったりしない。
ピアノを触っていたよね。
彩桜がとても大切にしているんだけど?」
「うん。毎日キレイにしてる」
「調律もしてる」視線はパソコンのまま。
「君達が起こした事で歴史研究部はここで部活できなくなった。
正式な部活は月1しかできない。
日々の部活としては放課後、屋上で少しだけ集まっているんだ。
その許可を得るのも彩桜が頑張ったんだ。
彩桜は部長だから、その活動報告をしてからの帰宅になる。
以前はここで部活しながら楽器の手入れをしていたのに、帰りが遅くなったおかげで今は夜中に手入れしているそうだよ。
いくつ楽器があると思ってるの?
何時間もかかるんだからね。
彩桜に迷惑ばかりかけている事、少しは反省したら?
そんなにも彩桜に嫌われたいの?
これ以上、彩桜を妨害するのなら僕達も手段は選ばない。
何が何でも阻止するからね」
「ちょっと!」「妨害ってヒドい!」
「妨害以外の何?
彩桜はお兄さんが作った歴史研究部を大切にしている。
汚点を付けた君達が好かれるとでも?
また何やら企んでいるらしいけど、手伝いも応援も必要ないから近寄るな」
「汚点て!?」「近寄るなってヒドい!」
「謹慎処分。白儀先生が辞める程の。
最悪の大きな汚点だよ。
そんな事すら言われないと解らない?
彩桜は騒ぎの元は自分だと思ってる。
君達なのに。
だから次に何か起こったら転校すると――」
「えええっ!?」一斉!
「煩い。転校すると決めている。
それも外国に。
彩桜のご両親はオーストリアに居る。
親戚が漢中国に居る。
そのどちらにでも簡単に行ける。
それに世界の宝だから、どこの国にでも喜んで受け入れてもらえる。
彩桜は本気だ。
だからもう近寄るな」
自分も本気だと睨む目に力を込めた。
「アンタに命令されるスジアイないわよ!」
「入ってよくなったら入部するんだもん!」
「ここまで言われても入る気なの?
ま、入ってもいいけど、部の方針や目標には従って、ついてきてね。
活動にも真剣に参加して。
コスプレ部じゃないんだから」
「方針?」「目標?」
「活動って何してるの?」
「部の方針は、真剣に歴史を探究する。
目標は、全員揃って櫻咲に進学する。
学びの部だからね。
それに先輩方は全て櫻咲に行っている。
だから僕達も目指している。
君達の理解力と記憶力だと二軍スタートになるのは確定だね。
二軍は僕が指導するから覚悟しといて」
「私達は彩桜君に――」「近寄らせない」
ギャアギャア騒ぐのを放置し、静かになったところで続けた。
「成績が悪ければ部活は休止させられる。
退部させられる事もある。
これはどの部も同じ。
ただし歴史研究部の目標は高い。
学びの部だと言ったよね?
在籍し続けたいなら真剣に勉強しろ。
部の活動は月1。
月テーマを決めて、年テーマの進捗を話す程度しかできない。
だから日々、屋上に集まって真面目に考察している。短時間だから集中してね。
君達は、あの装束も単なるコスプレだとしか思っていないだろうけど、歴史背景や染め方、織り方、縫い方とかの細かい点まで調べて作っているんだ。
真剣に探究した成果なんだよ」
「中学生がそこまで――」「するんだよ」
「真剣に調べるって楽しいよ」
「うん。時間、忘れるよね」
少し震えているが尚樹と星琉も視線を向けた。
「彩桜の学力、運動能力、演奏能力、そのどれか1つだけでも、どれだけの大人が太刀打ちできると思う?
その彩桜が部長なんだから、非常識に凄い部で当然だろ。
ついて来れるのなら入ればいい」
「そっか……ここも常識の外なんだ……」
「そうだね。常識なんて枠なんかに収まりたくないね」
「そっか……」
「分かったらクラスに戻れば?
庭を捜している」
言われて耳を澄ませば名を呼ばれていた。
「行くけど、その前に。
私も枠の外に行きたい。
まだ真剣っての、したことないけど、やってみたい。
だから……入部させて。
教えてください、、波希君」
「そう……いいけど、早く行ったら?」
少し表情を緩めて視線をパソコンに戻した。
「うん……お願いします」
美雪輝は生まれて初めて精一杯の真剣さを込めて頭を下げた。
胸の内に火が灯ったような気がすると感じつつ。
「美雪輝?」「どーしたの?」「大丈夫?」
「行くよ」
「うん……」
サッと下りようとして止まる。
「波希君……その、、ありがと!」
駆け下りた。
「待って美雪輝!」「行こっ!」「うん!」
―◦―
当然ながら彩桜はとっくに見つけていてアトリエに入る前から神眼でずっと見ており、凌央を助けに行くべきかと渡り廊下まで出て来ていた。
〈やっと変われたようですね〉
〈狐儀師匠も見てたのぉ?〉
〈当然です。
今の気持ちが維持できるのなら、仲間としてもよいのでは?〉
〈そぉだねぇ……うん……あっ!〉
アトリエの扉が動いたので逃げた。
「あっ♪ 砂原先生♪」
「あなた達どこに居たの?」
「それはナイショです♪
アタシ達、新しい部 作るのヤメます♪
歴史研究部のキンシンが終わったら入って、真剣にタンキューして勉強するって決めました♪
まだ真剣ってよく分かんないけど、やってみたくなって♪」
「そう……それならいいけど……」
「常識の枠から出たいんです♪
先生も枠、キライですよね?」
「そうね。確かに収まりたくはないわね。
でも非常識は――」
「悪いとは限りません♪
歴史研究部は非常識にスゴいんです♪」
「確かに、そうね。
山勢さんに気づかされるなんてね」
「こーゆーの、目からウロコ?
アタシ、さっき教えてもらったんです。
真剣とか、そーゆーのバカにしてたけど面白いのかも、ってのも♪
はるかカナタで手が届かない彩桜君に近づく前に、手を、こう、何?」
握手を求めるように伸ばして振った。
「手を差しのべる?」
「そうソレ!
サシノベルしてくれた波希センセーにテッテーテキに教えてもらいます♪」
「1組の波希君が手を?」
「はい♪ キビしく教えてくれるって♪」
「喜んでて大丈夫?」冷ややかな子よね?
「ちょっと燃えてるんですよね~♪
クリアしたら彩桜君だし♪
あ♪ そーだ♪
部活じゃなく彩桜君親衛隊しよっ♪
みんなに呼ばれてるアレ♪」
振り返ってニッコリ♪
「うん♪」「それなら♪」「しよ~♪」
―◦―
「僕は踏み台?」
アトリエのすぐ下で騒いでいるのを窓から見ていた凌央が呟いた。
「中ボス~♪」「うんうん♪」
「あのね」「わわっ!「ごめんなさい!」」
「確かに僕は中ボスだよね」
パソコンの方に戻った。
「彩桜がラスボスだからね」フッ。
とっこ、とっこ、と軽い足音が上がって来た。
「おにーちゃんたち、おひるだよ~♪」
両手に兎な飛鳥がニコニコ近寄った。
「「もうそんな時間!?」」「うん♪」
「邪魔されて終わったね……」溜め息。
「でも彩桜君を助けた有意義な時間だったと思うよ」
「うん。凌央君て凄いね。
僕なんて怖くて何も言えなかった……」
「目も見れなかったよ……」「うん……」
「助けてくれたよね?」
「「そうでもないかも……」」
「助けてもらったよ。行こう。
先に食べないと、また大騒ぎになる。
飛鳥、待たせてゴメンね」よしよし。
「いこ~♪」
「下りる方が危ないから持つよ」
「ん♪ いいこしててね~♪」渡した。
「凌央君て」「優しいね」
「このくらい普通じゃない?」
フイッと背を向けてスタスタスタ――
「あっ!」「待って!」駆け下りる!
凌央はどんどん歩を速めた。
飛鳥は楽しそうに走っている。
「「待ってくだしゃれ~」」速っ!
凌央は随分と変われました。
まだまだ素直な表現は無理みたいですけど。
美雪輝も変わるキッカケを掴んだようです。
リーダー的な美雪輝が変われれば他の6人も変われるでしょうか?




