王になりたい
それからのティングレイスは、まさに心を入れ換えたかのように真剣に修行に励んで100年が経った。
しかし励んだと言っても、相変わらず話し始めると疑問は尽きず、言葉遣いを改めることもなかった。
「お前、何故そうも馴れ馴れしく出来る?」
普段あまり相手をしないダンデライラが、ラナキュラスとソニアールスを相手に話すのを止めないティングレイスの前に浮いて見下ろした。
「俺達兄弟はお前より400以上も歳上だ。
しかも指導している。
なのにお前の話し方は友だ。
対等だとでも思っているのか?
それとも人神だから獣神より上だとでも思っているのか?」
「あ……えっ……ぅ……」
「こんな境遇に置かれている俺達が人神を好んでいるとでも思っているのか?
何故お前は此処に固執する?
人神の師を探せと何度言われた?
獣神ならば生まれて数日で出来る事を200年掛けても出来ないのは故意なのか?
居座る目的は修行ではなく、俺達の動向を監視する為なのか?」
「そっ、それだけは違う!!
あ、その、、違います!!」
「では何だ?」
「僕……ずっと劣等生で……何やってもダメで……イジメられてばかりで……だから……人神の中に入れなくて……人神なのに……人神の友達なんていなくて……」
ティングレイスが手の甲で涙を拭ったその時、ソニアールスが抱き締めて頭を撫でた。
「友達が欲しかったんだね」
ティングレイスは頷いて続けた。
「施設の下働きのおばさんが牛の女神様で……四獣神様のお話……してくれて……憧れて……どうしても会いたくて……」
「それで命懸けで父様達の所に?」
また頷く。
「僕なんて……消えてしまっても……誰も気づいてもくれないだろうし……。
だから副都行きの荷馬車に隠れて外に……あとは出会った獣神さんに聞きながら……」
「でも父様に帰されちゃったんだね。
キミも王都が嫌いなのに」
大きく頷いた。
「だから……行く所なんて……」
「ならば尚更だ。
態度を改め、修行に集中しろ。
使えそうな力が3つ眠っている。
見つけ出して開けば捗る。
劣等生からも脱せる」
ダンデライラはティングレイスの肩をポンと叩くと「頑張れ」と小声で言って消えた。
「友達ならボクがなってあげるから兄様達には敬語使おうね」
「うん♪」
「ま、僕も末っ子だからな。
ソニアと同じでいい。
けど兄様姉様は敬えよ?」
「うんっ♪」
「じゃあ治癒は一旦 置いといて~、自分探ししてみよ~♪」
「ダンデライラ兄様が言ってた眠ってる力を探すんだ。
でもたぶんイチバン苦手分野だろうなぁ」
「え?」
「お前って、おとなしく己を見つめるとか、直ぐに脱線するだろ。
で、アレ何コレ何ソレ何? って喋りだしたら止まらないし」
「う……」
「だから期限を決める。
ひと月で1つ見つけろ」
「ええっ!?」
「驚いてる暇があるとでも?」ポコッ。
「頑張ってね~♪」よしよし♪
ティングレイスは青ざめつつ大慌てで瞑想を始めた。
〈で、やっぱ僕が嫌われ役?〉〈うんっ♪〉
―・―*―・―・*・―・―*―・―
また100年が過ぎた。
「中級治癒、もう十分使えるねっ♪」
「300年かぁ……長かったな」
「でもこれで医者を名乗ってもいいでしょ♪」
「確かにな」
「上級できたら?」
「名医」「うんうん♪」
「僕、上を目指したい!」
「そんで何するんだぁ?」
マムアイビーが寄って来た。
「僕……王になる!!」
「「「「「「「え?」」」」」」」
兄弟姉妹一斉にティングレイスを見た。
「治癒にしようって決めた最初は、誰か治癒で助けられたらって漠然と思ってたんです。
けど、ずっとここに住ませてもらって、たくさん教えてもらって、やっぱり神世は間違ってるって思ったんです。
だから王になって変えたい!
獣神の地位とか、禁忌の見直しとか、そういうの正しくしないといけない。
神なんだから」
「目キラキラさせて意気込んでるのはいいけどな、現実的にどうするつもりだ?」
「治癒を高めて、邪道かもだけど使えるってトコ見せて、貴族の養子にしてもらいます!」
「確かに、そうすれば近道よね。
あとは前任者に認められて譲位か、貴族から選出ですものね」
エーデリリィも寄って来た。
「でも……大丈夫?
人神の中に入るの……辛くない?」
ラベンベールが背後から触れないように、そっと包んだ。
「が、頑張り、ますっ」真っ赤っか~。
「でも、そうなると~」
「上の学校にも行かないと、だよね?」
「それに、武の方も必須となる。
養子は護衛としての役割もあるのだからな」
ダンデライラが前に浮いた。
「術の修行と並行して鍛えてやる」
「そんじゃあ学校の方は調べてやる。
確かタダで学べる方法があった筈だ」
マムアイビーがポンポンして消えた。
「あとは上流階級に相応しく躾けないとな。
ビシバシいくから覚悟しとけよ♪」
クレマーガルがニヤリ。
―・―*―・―・*・―・―*―・―
そうしてまた100年。
何でも教えてくれる兄弟に囲まれてティングレイスは、修学と術の修行と武術の基礎鍛練を必死にこなしてきた。
中等をやり直し、高等から大学に進み、と長くかかったが、努力が実り良い成績で卒業できた。
「卒業証書です!
ありがとうございましたっ!」
広げて龍達に見せた。
「頑張ったな♪」「また一歩前進ね♪」
「おめでと~♪」「術も卒業しろよな」
「もうすぐよね? そちらも頑張って」
「はいっ!」
「返事だけはいいんだよなぁ」「うんうん」
「鍛練も続くんだよね?」「あ、そうね?」
「基礎鍛練ばかりで退屈だったろ?
これからは剣の鍛練を加える。
他の武器も望むのならば加えよう」
―・―*―・―
学業中心の生活から、修行と鍛練中心の生活へと変わって半月。
この日も術の修行後、庭でダンデライラを待ちながら剣の素振りをしているとソニアールスが出て来た。
「ダンデライラ兄様、神王殿に呼ばれちゃったからボクが相手するねっ♪」
「できるの?」
「少なくともキミよりは♪」
「剣……2本?」
「心配しないで。双剣だけどグレイには1本しか使わないから」
背でクロスしている剣を両手に持って見せ、右手の剣を鞘に戻した。
「ソニアも左利き?」
「兄弟み~んな右利きだよ♪
父様が右利きだからね♪
初心者に利き手は使わないよ♪
それにグレイも右利きだから、この方が構えとか見易いよね?
かかっておいで♪」
「じゃあ……遠慮なく!」地を蹴る!「あ!」
ティングレイスにはソニアールスが動いたようには見えなかったが、剣は確かに弾かれ、背後の地に突き刺さった。
「はいはい♪ 拾ってドンドンねっ♪
兄様から言われてるコト思い出して♪」
えっと……脇を閉めて、
相手の剣だけじゃなくて
全体を視野に入れて、
強い相手には神眼も発動して……
あと……何だっけ?
「一度正確に構えて、身体の芯を確かめる。
うん。いい感じだよ♪」
「いくよっ!」「いつでもど~ぞ♪」
また剣が弾かれた。
「さっきより随分良く――ボーッとしない!」
両手を見詰めて立ち尽くしていたティングレイスをソニアールスが抱えて飛び離れた刹那、ティングレイスが立っていた場所に、高く飛ばされていた剣が落ちて突き刺さった。
「怪我ない? 大丈夫?」
「……うん。大丈夫」
「手に力を集めて剣と繋ぐって兄様から習わなかった?」
「あ……うん。習った」
「飛ばされても、繋いでる力で剣を引き戻すんだよ。見ててね」
剣を鋭く投げ、軽く手首を引くように撓らせると、剣は勢いよく、しかし素直にソニアールスの手に戻った。
「凄い……」
「グレイだって もうできるよ♪
治癒と同じだから♪」
「ソニアって……凄いねっ♪」
「あのねぇ、何度も言ってるけど400歳も上だし、忘れてるかもだけどボクもドラグーナの子だよ?」
「あ……そうだったねっ♪ あ……」
「また何か思いついたの?」
「うん」
「じゃあ休憩ねっ♪
質問は3つまで。いい?」
「うん。
獣神はどうして国を作らないの?」
「自由に生きたいから。
自由ってのは、勝手気儘じゃないよ。
守らなきゃならないルールはあるんだ。
それは絶対。命に関わるから。
その上で好きに暮らしたいんだ。
国ができちゃうと、なんか見えない鎖に縛られちゃうでしょ?
それに種族ごとにイチバン大切なコトがチョイ違ったりするからね。難しいんだ」
「でも人神の国に属してなければ虐げられたり、禁忌に縛られたりもないよね?」
「そうだね~。
属してるのはね、争いたくないから。
それにボク達は獣じゃなくて神なんだよ。
神である為には許せないといけないんだ。
正直言って、人神みんなで今ここに攻めて来られても、ぜ~んぜん平気だよ。
禁忌を使わなくても、武器が無くても身体ひとつで捩じ伏せられると思うよ。
もちろんボクだけでね♪
だからこそ許せないといけないんだよ」
「でも……牛の女神様は、ドラグーナ様こそが神の王だ、って言ってたよ?
獣神の王こそが真の神の王だって」
「そう呼んでくれてる獣神が多いのは知ってるけどね、父様は引き受けた覚えなんてないよって笑ってたよ。
もう随分と会ってないけど……」
ソニアールスは遠い空を見上げた。
今回は、冒頭で100年が経っていて、以降パカパカと200年経ちました。
修行を始めて400年。
ゆっくりですが確かに成長しているグレイです。
本当なら人神であるグレイに触れることも禁忌なので可能な限りギリギリ触れませんが、家族として受け入れた龍神兄弟は家の中でだけ触れたり、コソッと軽く回復を掛けたりもしています。
王になって神世を変えたいと言ったグレイと、王となったグレイとの違い。
何があったのか? は、これから少しずつです。
m(_ _)m




