門前逃走
―◦― 約5年前 秋 ―◦―
人世からは見えない神世の晴れ渡る下空を二神の男の子が飛んでいた。
〈ねぇ兄様、アレ何だろ?〉大騒ぎ?
〈余計な事に首突っ込むなよ。
浄化域なんだから放っとけ放っとけ〉
〈兄様は気にならないの?〉
〈言いつけ守らないと父様に滅されるだろ。
俺達王子は反逆者を見つけて捕まえるのが役目なんだからな〉
〈うん……ちゃんと巡回するよ〉
―◦―
兄弟が通過する少し前――
〈私にのみ意識を向け、心に言葉を乗せ、お話しください〉
〈は、はい……こうでしょうか?〉
――病死したばかりの男・飛翔の魂が、死を司る男神に導かれて昇っていた。
死司の男神がフードで隠していた顔を見せ、ダンディそのものな笑みを飛翔に向けた。
あ……髭がカッコいい。
神様に不謹慎かもしれないけど……。
そして真顔になると目を伏せた。
〈何も存じなかったとは申せ、誠に申し訳ございませんでした。
全てはフェネギ様より伺いました。
神世の為、生きとし生ける全ての魂の為、貴方様には現世にお戻り頂きます〉
〈えっ……?〉
〈神世での御記憶は抜き取られ、封じられて御座います。
故に全てをお話し出来ませぬが、これよりお話し致します通り、現世に戻り、龍神様と貴方様の娘神様を御護りくださいませ〉
〈龍神様? 娘神様?
紗も神様なのですか?〉
〈貴方様も神で御座いますよ。
再び生きておりましたならば龍神様にもお会い出来ましょう。
彼方に見えておりますのは『浄化の門』。
魂を無垢に戻す神々の領域への入口で御座います〉
前上方に差し示した杖を右方に軽く振る。
〈そして彼方に見えております大木は『永遠の樹』。
無垢なる魂に再び生を与えます、再生の神々の領域への門のひとつで御座います。
浄化の門に一歩入りましたならば、私を突き飛ばし、永遠の樹へとお逃げください。
フェネギ様がお待ちで御座いますので、『現世の門』へと降り、現世に入りましたならば、リグーリ様と共にお住まい近くへと降り、新たなる御身体をお探しくださいませ〉
〈フェネギ様……リグーリ様……〉
〈他の神が邪魔立てせぬよう私が阻止致しますので、他の神には会わないでしょう。
御安心くださいませ〉
〈そう、ですか……〉
〈それでは、浄化の門へと急ぎま――〉『待て、ディルム』
「あ、はい。如何なさいましたか?
ルロザムール様」〈敵方の神で御座います〉
初老の男神が現れ、睨み据えた。
「その男の死と引き換えに娘を生かせたとは真か?」
「はい。
死司の最高司(:職域毎の最高神)ナターダグラル様よりの御許しは頂いて御座いますが、何か問題が御有りなのでしょうか?」
「その男と娘が何者なのか知らぬのか?」
「存じておりませぬが……もしや堕神――」
「言うな。
それ以上この者に聞かせてはならぬ。
ふむ。知らぬのも当然と言えば当然か。
では、新たなる命を下す。
戌井 飛翔を浄化の神に渡したならば、即、戌井 紗を導け。
生きさせるなんぞ許せるものか。
よいか。即、浄魂させるのだぞ」
「慎みまして速やかに」深々と礼。
ルロザムールの姿が消え、御付きの神達の気配が全て消える迄、ディルムは礼をしたまま留まっていた。
それは上位神に対する礼儀でもあったが、見張りが居る限り動かぬ、見張りなんぞ不要だというディルムの意志の表れでもあった。
御付きの神達は、それを服従心と捉え、去ったのだった。
〈では速やかに、現世にお戻りください〉
飛翔を連れ、上昇を再開した。
〈紗は――〉
〈死を引き寄せぬよう努めますが……どうか再び生き、御護りくださいませ。
私は、門の中央の神へと貴方様をお連れ致します。
中央の神へと一歩進みましたならば反転し、全力で永遠の樹へとお逃げください。
中央の神は動きは致しませんが、両の神は武神で御座います。
ですが貴方様ならば……どうか思いの儘に〉
〈思いの儘……?〉
〈此処は神世。貴方様は高位神様。
龍神様の盾であり剣と呼ばれし大いなる賢神様で御座います。
ですので思いの儘に〉
〈あの樹まで……紗の為に……〉
頷く代わりに目を閉じ、決意を示した。
〈では、門に入ります〉
「浄化を司る神様、成仏の程、宜しくお願い致します」
「死魂の導き神様、新たなる魂のお導き、ありがとうございます。
さあ、此方へ」両手を広げた。
柔らかな光を湛えた大理石に似た床に飛翔が足を着け、一歩――
「まだ成仏なんかしないっ!!」
奮い起たせる為に声を上げ、反転した。
その勢いでディルムが弾かれて飛ぶ。
心の内で謝りつつも眼下に見える樹へと全力で飛んだ。
しかし、門の両神が前を塞いだ。
僕が戦う? どうやって?
何の武道の心得も無い。
どちらかと言えば体育は苦手だった。
唯一、戦えそうなのは高校・大学と続けていたアーチェリーだけ。
国体で優勝した腕の見せ所――などと悠長な事を考えてはいられなかった。
眼前に2神が迫り、剣を振り翳した。
思わず構えた手に、光が弓矢を成す。
驚く暇も無く、2神の剣が天の彼方へと光矢に連れ去られていた。
僕が射ったのか……?
これが思いの儘……そうか!
2神が次々と出す武器を悉く弾き飛ばし、少しずつ2神との位置を入れ換えるように樹へと回り込んだ。
『捕らえるのです!』
その声に門を仰ぎ見れば、複数の武神が手に手に武器を構え、飛来していた。
光矢で応戦しつつ、背を向けている樹へと後退する。
〈全てが敵では御座いません!〉
〈今は逃げきる事こそ大事!〉
〈神の力、少し開かせて頂きます!〉
門神達の制止を聞かず前に出た若い3武神が光矢を掻い潜り、飛翔に迫った。
弓が伸び、振るわれた3剣を止めた!
〈流石で御座います! では!〉
飛翔の内で何やら蓋が開いた感覚が起こり、そこから強い光が溢れ出たように思えた。
〈我等を弾き飛ばし、連射なさいませ!〉
弓で軽く押すと、3神は声を上げて勢いよく飛ばされてくれたので、飛翔は連射しつつ全力で樹に向かった。
―・―*―・―
「僕、書物大庫に行っていい?」
弟は王が住む都に入ったとたん、すぐ近くに見える大神殿を指した。
「またかよ」
「だって勉強したいんだも~ん」
「さっきの所には間違っても行くなよ?
俺達は事が起こる前に通過したんだからな」
「うん♪
『異常ナシ』って報告するんでしょ?♪」
「トーゼンだろ。
何かあったなんて報告なんかムリムリ。
当たらず障らず目立たず生きるしかないんだからな。
さっきの、後で知ったらメーイッパイ驚くんだぞ?」
「わかってるって~♪」
『これはこれはダイナストラ王子様とショウフルル王子様。
今日も仲良く巡視の任で御座いますか?』
兄弟は内心ビクリとしたが、にこやかに振り返り、兄ダイナストラが頷き答えた。
「ええ。王子としての大事な任ですので。
あとは報告を残すのみ。
ですので弟には先に勉強しているよう話していたところなのです。
ところで何事かありましたか?」
「いえいえ、ご無事でしたら何も。
では私はこれにて」
でっぷりとした中年男神は、大きな顔を愛想笑いで埋め尽くして去って行った。
「腰巾着大臣さん、さっきのの報告かな?」
「たぶんな」
「兄様も勉強する?♪」
「するかよ。
とにかく俺達の報告が先じゃないとダメだよな。
急ぐから俺は行くぞ」
返事を待たず飛び去った。
残された弟ショウフルルは、とりあえず降下して書物大庫に入り、暫くは大人しく本を読んでいたが――
やっぱ気になるよね~♪
――騒ぎのあった場所へと飛んで行った。
―・―*―・―
どうして、あのラインで留まったのかな?
神であった頃の記憶が少し戻ったことで攻撃が的確になり、武神達を引き離せた飛翔は、横並びな武神達に見送られる形で永遠の樹に着いた。
〈其れは此処が再生の神の領域だから〉
飛翔が声の主を捜すと、太い幹の向こうで真っ白なふさふさが揺れていた。
〈此方に〉
〈フェネギ様?〉回り込んだ。
〈様なんて要らない。友なのだから〉
純白の小さな狐が宙にチョコンと座り、尾を揺らしていた。
〈何度も現れてくれたよね?〉
困れば現れる小さな白狐・狐儀に姿を重ねる。
その目が嬉しそうに細まった。
〈戦い逃げる為に、少し開いてもらったのだろう? アーマル〉
〈アーマル……? あっ――〉
内で何かが弾け、光が迸った!
〈――そうか……フェネギが狐儀であったか〉
心からの笑みを友に向けた。
『ユーレイ外伝』最初のお話は、飛翔と友神達、ダイナストラ王子とショウフルル王子の2筋で始まりました。
ユーレイ探偵団本編エンディングとユーレイ外伝プロローグから遡って約5年前の秋、飛翔は娘・紗の命を狙う死神と契約し、身代わりとして病死しました。
そして1回目の門前逃走を果たしたのです。
通称『死神』こと死司神を含む職神達は王の直属で人神のみです。
そこに人姿で潜入している獣神が居るんです。
獣神達は人神には人姿を隠しています。
獣のクセに姿を2つも持っているとは、と要らぬ諍いが起こる事を防ぐ為です。
中間管理職なルロザムールは人神です。
ではディルムは? それはこれからのお話で。