白儀と狐松父子
翌朝、彩桜は学校に行けずにいた。
『彩桜? 具合が悪いのか?』
リーロンが襖の向こうから声を掛けた。
「入っていいよ~」
「なんだ、起きてたのか。
シッカリ準備してるのにナンでだ?」
「俺が行くと、ややこしくなりそぉで……」
「部活のか?」
「うん」
「狐儀なら考えてるよ。たぶんだけどな。
行っていいと思うぞ?
とにかくナンか食えよ。
早朝メシ食わずに犬達と走ったんだろ?」
「うん……」
「纏めて持って来てやる」
そして無理矢理にだが食べ始めた。
「あ~、やっぱ白儀は辞めるみたいだな。
朝の職員会議? ナンかそんなので挨拶してやがる」
彩桜も神眼を向けた。
「おいおい、泣くなってぇ」浄化で涙を消す。
「だってぇ」ぐすっ。
「それよかマズイぞ。教室の方」
「祐斗……堅太まで……」
「ほら、行かねぇと余計ややこしいだろ」
「そうですよ。何をしているのです?」
白儀の姿で現れた。
「あ、狐儀」「狐儀師匠どぉしてっ!?」
「白儀が引退するだけですよ。
私は彩桜を見守ると主様に誓っております。
ですので後は考えておりますよ。
参りましょう」
分身し、片方は姿を戻し、髪だけは黒に近い茶にして短く整えた。
「で、スーツ? ナンでだ?」
「ほぼ私のままの方が後任です。
社会の草谷先生が今年度内は教頭代理をなさいます。
ですので草谷先生が担当しておられました1年2組の副担任と、3年生と1年生の社会科のうち半分となります1年生分を。
それと白儀が担当しておりました2年生の社会科とを新任の狐松が受け持つのです。歴史研究部の顧問もね」
「それじゃ、ずっと狐儀師匠?♪」
「はい。教頭に成ってしまいましたのでね、何事が起こるのか知れたものではありませんので、こういった場合の予備として、櫻咲高校の教頭の息子で藤慈様の見守りをしていた慎介を教師にしていたのです」
「ほえ? 櫻咲の教頭先生も狐儀師匠?♪」
「そうですよ。
両教頭は双子という設定なのです」
「良かったぁ♪ それじゃ俺、学校行く♪」
「おい、ヤバいぞ。早く行けよな」
「では彩桜は部長として私達と話していたとしましょう」
「うんっ!」
一緒に部室である和室へと瞬移した。
そして教室へと走る。
「祐斗 堅太! 待って!!」
「「彩桜!?」」
「先生達と話してただけ!
俺、消えたりなんかしないからっ!」
「そっか♪」「良かったぁ~」
「良くないわよ!」「謝りなさいよ!」
「けど彩桜は女子のせいで呼び出し食らったんだからなっ!」
「せいってヒドい!」
「だってせいだろ!」「もぉヤメてぇ~」
祐斗は騒ぎから離れた。
「教頭先生、本当に辞めてしまうんですか?」
「ええ。もう辞めてしまいましたよ。
それだけではなく話さなければなりません。
今日は臨時の部活をしますので、放課後、和室に集まってください」
始業のチャイムが鳴った。
「では、席に着いてくださいね。
このクラスの副担任を引き継がなければなりませんので、草谷先生、狐松先生、前にお願いしますね」
「「はい」」
廊下を走る3人を見て何事かと追って来ていた草谷も一緒に教壇に立った。
―・―*―・―
その頃、白久はテレビ局の『お偉いさん』達と話していた。
前日の山南牧場での話し合いでは結論に至れなかった為だ。
「――では、未成年の少女達が起こした今回の件については、無かった事にして頂けるのですね?
彼女達の声も消して頂けるのですね?」
テレビ局側は地方の上層部だけでなく東京からも来ており、白久は多勢に無勢状態ではあったが、全く怯まずに主張も要求も堂々と話してきた。
「無条件で、とは申せませんが?」
しかし何としてもウンと言わせようと画策している多勢側は、卑怯な程に言葉を濁したり、論点をすり替えたりと、巧妙に誘導しようとするのだった。
「……願わくば、末の彩桜が中学を卒業する迄は、お待ち頂きたいのですが」
「当方としましては今すぐにでも独占取材させて頂きたいところなのですが?」
「成人している6人でしたら」
「少年だからこそ良いのですよ。
キリュウ兄弟の旬は今ですのでね。
揃ってデビューして頂けるのでしたらご要望には必ず――ん?」
外が騒めいていた。
ノックと言うより何かがぶつかったらしい音がしてドアが開いた。
「世界の宝を芸能界で独占されては困りますな」
「秋小路様っ!?」
「経済界にとりましても非常に困りますので、彼を虐めるのでしたら全てのスポンサーを降ろさせて頂きますよ」
「松風院様も!?」
「各々の分野での若きエース達を添え物のように粗末に仰るのでしたら、私共も金輪際、提供なんぞ致しませんよ」
「春日梅様まで!?」
「我々、地元企業も随分と貢献している筈ですよね?」
栄基社長を先頭に、地元企業の会長や社長達が連なっており、続々と入室していた。
ズイッと前に出た来光寺会長が白久にピースサインしてニカッと笑った。
「そ、そんなぁ」
「私共は輝竜君を高く評価しているのです。
共にと願い、握手を求めているライバルではありますが、彼等兄弟が望まぬ事を無理強いなさるおつもりでしたら、即座に一致団結いたしますよ」
3グループを代表すると秋小路が進み出た。
「そもそも未成年者保護の観点から、少女らの姿や声は報道できない筈ですよね?
指摘されて初めて気付いたとでも言い訳なさるつもりだったんですか?
卑怯にも程がある。
到底、許せるものではありませんよ」
栄基は地元の代表だと秋小路に並ぶ。
「何故バレた? という顔をしておるな。
仲良し兄弟が次男の苦悩に気付かぬなんぞ有り得ぬよ。
次男が隠して悩んでおるから仕込んだ。
これをな♪」
代表者2人を助さん格さんとした御老公様のように真ん中に立った来光寺が小さな機械を突き出した。
「丸聞こえだったぞ♪」
白久が襟裏を探ろうとした時、ポケットからシルバーンが顔を出し、抱いていた小さな棒状の機械を白久に見せてニッと笑った。
「ナンだぁ?」
答えずにテーブルに乗って社長達にも見せる。
「まあ可愛いこと♪」「お手柄だな♪」
コバルディもシルバーンと並んで別の機械を見せる。
「だから何だよソレ?」
視線を天井のエアコンに向けてニッ。
「カメラか!? それリモコン!?」
頷いて、2匹共ポケットに戻った。
「その映像は私共の方に届いておりましたよ。
私共が集まれたのは、輝竜兄弟の優しさに触れ、恩義を受けた者達からの連絡があったからこそなのです。
私共だけでなく大勢を敵に回しますよ?」
「そろそろ観念してはどうかな?」
茫然自失していた局のお偉いさん達は、ついつい『ハハア~ッ』と土下座してしまった。
「キリュウ兄弟には、既に多くのファンが世界中に居ります。
彼等を苦しめれば、その全てが敵となると肝に銘じておいてくださいね」
「これにて一件落着だな♪」
カッカッカッ♪ と高笑いを残して来光寺がご機嫌に去り、地元の面々も笑顔で続いた。
「ありがとうございましたっ!!」
立ち上がった白久はテーブルに額が着く程の礼をし続けた。
大きな感動に肩を震わせていると――
「お~い白久♪ 年越しコンサート、楽しみにしてるからなっ♪」
「ちゃんと兄弟揃って来いよなっ♪」
「ナンで居るんですかっ!?」
唐突に聞こえた英語に驚いた白久が顔を上げると、トレービとジョージが笑っていた。
「「ベソかいてやがる~♪」」
「それはっ――いや、だからナンでっ!?」
「明日から東京で仕事だから、今夜は泊めてもらおうと思ってな♪」
「黒瑯の料理が恋しくてなぁ♪
で、駅から出たらモノモノシイ行列が急いでたからな♪
面白そうだから、ついて来てみたんだ♪」
「ついでに友達見つけたから連れて来た♪」
「友達? ってアルニッヒ様!?」
「なかなかに良いものを見させてもらった」
「大いに味方しますからねっ♪」
「リカイネン様まで……」うるっ――
「また泣きそうだから連れて帰るぞ?」
土下座軍団は微動だにしない。
「おい、返事くらいしろよな」
「たぶん聞き取れてないんですよ」
「ったく邦和は~」「白久、訳しやがれ」
―◦―
白久は支社を素通りしてトレービとジョージを連れて帰宅した。
アルニッヒとリカイネンも一緒に。
「ナンで白儀!? まさか狐松!?
狐儀まで一緒に何してるんだよ!?」
4人を各々に客間へと案内して、居間で待とうと行くと、教頭達が寛いでいた。
正体は狐儀とその分身達なのだが、白久はまだ その事には気付いていない。
「久し振りですね、白久君。
私の弟と息子ですよ」
櫻咲高校の教頭・狐松が微笑む。
「弟だったのか!?
俺達バリにソックリだとは思ってたけどな」
高校の入学式直後、金錦と話していた狐松を見て『どーして白儀!?』と叫んだのが初対面だった。
「双子ですので。
ですが弟は養子に出されてしまったのです」
「そっか。ナンか大変だったんだな……」
「この度、弟が教頭職を辞する事になりましたので――」
「えええっ!? あれだけ止めたのに!?」
「落ち着いてください、白久君。
息子が社会科と部活顧問を引き継ぐ運びとなりましたので、これを機に、揃って ご厄介に――」
「ってウチにか!?」
「「「はい」」」
「ま、それはいいけどな」うんうんうん。
「そんじゃあ彩桜の見守りは、この狐儀ソックリなヤツに?」
「はい♪
ですので、その諸々を叔父から引き継いでいたのです」
「そっか。弟を宜しくお願いします!」礼!
―◦―
台所ではリーロンが声を出さずに大笑いしていた。
【オニキス、煩いですよ】
【だってフェネギっ】あははははっ♪
【ドラグーナ様をお護りする為なのですよ?】
【あ~そっか。すまねぇ。
これからも父様を頼む!】
【その為の策ですので勿論です】
【そっか♪ ありがとなっ♪】
輝竜兄弟の中学時代を白儀が、高校時代を狐松が見守っていたんです。
狐松の息子・慎介は藤慈が小学生の頃、兄達が卒業して見守り役が居なくなったので作った存在です。
藤慈は東京の高校に行きましたので、慎介も上京して大学でも見守りを続けました。
(その頃、理俱が紅火を見守っていたんです)
その慎介を後継にしたのは、活動的な彩桜を追うのに教頭では不自由さを感じたからかもしれません。
フットワーク軽く動ける若い教師になれば彩桜を見守り易くなるのは確かですよね。
白久の方も、どうにか無事に解決できました。
社長やら会長やらに好かれてますね♪




