何事も起こさせない!
『馬頭雑技団』ことキリュウ兄弟は、馬場から忽然と姿を消した。
『演技は一時中断します。
西側客席の皆様は、落ち着いて席を立ち、下段の方から順に、ゆっくり降りてください。
慌てる必要はありません。
係員の指示に従って、ゆっくり降りてください』
「皆も落ち着いて離れろ。
崩したりしねぇからな」
「その声……常務?」「支社長ですよね?」
「いいから離れろって。
けっこう重いんだからな」
大きく揺らぎ、悲鳴が上がった西側客席だったが、崩れはしなかった。
それと言うのも、馬上に立っている輝竜兄弟が客席を下から支えていたからだ。
青生だけは支えているのは片手で、バイオリンに付けたマイクを通して放送を繰り返している。
〈このオンブ紐、なかなか便利だなっ♪〉
〈オンブ紐ではない〉ムッ。
他の兄弟はバイオリンと弓を背中でクロスさせている。
両手を空けての演技も想定して紅火が作った格納ベルトなので身体にフィットしており、服と同じ布でカバーして目立たなくしている。
「彩桜君……」女子達が集まって来た。
背が低い彩桜は、開けている客席裏から見れば奥まった場所に居る。
つまり、もしも崩れれば最も危険な場所で支えていたのだった。
「早く出て。ホントに危険だから」
「でも彩桜君は?」
「大丈夫だから出て。
みんなが残ってたら組み直せないでしょ」
最外周を囲っているメッシュフェンスが1箇所だけ取り外されたので、其処から出るようにと鼻先を振って示した。
「早く行って」
馬頭で表情は見えないが普段聞かない静かな低めの声に、彩桜は怒っているのだと感じた女子達は、ようやく客席下から出た。
「補強、始めます!」
道具と補強支柱を運んで来た社員達が、客が全て降りたのを確認して客席下に入った。
―◦―
〈サイオンジ! 上!〉
〈怨霊じゃあなさそうだなぁよ〉
祓い屋ユーレイ達は下にも注意を向けつつ、ゆっくりと降りて来ている禍々しく黒い塊を睨んだ。
―・―*―・―
【オフォクス! オフォクス!
聞こえてお願い! オフォクスってば!】
月のイーリスタは作り掛けの道に頭を突っ込んで叫んでいた。
その道は廃教会に残している出口へと向かわせているもので、今、人世に連絡できる可能性の有る唯一の道だった。
【オフォクス オフォクス オフォクスってば!】
〖えっと~、誰?〗
【月のイーリスタ! オフォクスは!?】
〖父ちゃまは、お社かなっ?
最近ぜ~んぜん会ってないのよね~♪〗
〖それはチャムがサボっているからだろ。
イーリスタ様、オフォクス様をお呼びしましたのでお待ちください〗
―◦―
【エィム、如何した】【父ちゃま~♪】
現れたオフォクスは抱き着いたチャムを押し退けた。
【もうっ、父ちゃまってばぁ】
【チャムは黙って。
月のイーリスタ様がお急ぎのようです】
【ふむ。この痕跡か】
近寄り、床より少し上の宙に手を当てた。
〖やっとオフォクス!♪〗
【今後はお話し叶うのですね?】
〖一時的かも! それより!
禍が人世に行っちゃったかも!
1コ消えちゃったんだ!
誰も滅してないのにっ!〗
【では此方で対処します】〖ありがと!♪〗
手を離し、エィムに向いた。
【行けるか?】
【はい!】【私も~♪】
【チャムは来なくていいから】
【行くんだもん!】エィムの腕に絡み着いた。
【邪魔だけはしないで】
探っていたオフォクスが目を開けたので頷き合い、瞬移した。
―・―*―・―
〈サイ、下を頼む〉
〈キツネ殿よぉ、ありゃあ何だぁ?〉
〈禍だ。
人が生むは怨霊、神が生むのが禍だ。
運悪く負に引き寄せられたらしい〉
〈神様にしか対処できねぇんだなぁ?〉
〈その通りだ〉
〈そんなら頼むなぁよ。おっ――〉
現れた青龍がオフォクスを見て、纏う青光はそのままに銀狐に変わった。
〈娘様かぁよ?〉
〈然うだ〉
〈そんじゃあオイラ達は下に行くだぁよ〉
オフォクスだけではなく、ユーレイ達に向けても言った。
―◦―
サイオンジは下側の指揮を任せていたソラに並んだ。
〈サイオンジ、今度は――〉下の1点を指す。
〈悲しみ、嘆き……発生源は同じかぁ。
困ったモンだなぁよ。
嫉妬と違って同調する霊の多い感情だぁ。
こりゃあ怨霊化は免れねぇなぁ。
皆! 覚悟して備えろ!〉
―◦―
彩桜に拒絶されたと女子達は泣いていた。
「あなた達、反省ではなさそうだけど、今度は何?
いい加減にしてよね」
「イベントを台無しにした賠償なんて君達には求めないから、もう帰ってくれないかな?」
賠償という言葉でビクッとした女子達は言葉も返せず頷いて立ち上がった。
「あの~、この状況は?」
男が順志の肩をトントン。
「後程でお願いします。
あーっ、撮らないで!
この子達は未成年ですので!
説明しますのでお待ちください!」
「おい下がれ。向こうで待とう」
テレビ局員達は離れた。
「ったく~」
「お客様が見てるわ。
補強は……まだ掛かりそうね……」
「君達、早く行きなさい。
そんなにも好奇の目に晒されたいのか?」
『兄さん!』『部長!』 「ん?」
啓志と巧が走って来た。
「その子達、どこかに保護して!」
「まだ帰さないで!」
「どういう――」「「いいから早く!」」
「モニター小屋でいい?」「「それで!」」
「私の両親に預けるわね」「「はいっ!」」
「ついて来て」
シュンとしている女子達は、おとなしく京海に付いて行った。
「で?」
「怨霊が出たんだ」声を潜めた。
「今、大勢が戦っているんです」同じく。
「どこで?」怪訝全開。
「兄さんには見えないよ」
「でも戦っているんです!」
「その原因、元凶が彼女達なんだ。
彼女達が膨らませた負の感情に引き寄せられて、触れてしまった霊が怨霊化したんだよ。
すぐ近くなんだけど、普通の人達には見えない所で祓い屋の皆さんが命懸けで戦っているんだ。
大勢が気づけば恐怖とかいろいろで、もっと負の感情が膨らむ。
連鎖して大変な事になるんだ。
だから何も起こってないって思わせないといけないんだよ」
「まだ解消できていない彼女達を帰したら、負の感情を撒き散らして街で怨霊を発生させてしまいます。
ですから留めていてください。
祓い屋さん達は、この辺りに集まっていますので」
「啓志と巧には見えているのか?」
「ほんの少しだけ。
空でキラキラしてるくらい」
「でも見せてもらえたんです!
信じてください!」
「まぁいいか。
この場をどうするかが僕達の使命って事だよな?」
「「はい!」」ホッ×2。「「「ん?」」」
バイオリンの音色と歌声が流れてきた。
西側の客達が回り込んで来た。
「ここに居たのか~」「でもどうやって?」
「ずっと支えてたの!?」「力持ちだね♪」
手拍子が起こる。
テレビカメラも撮りながら来た。
真ん中の少し背の低い馬頭がバイオリンを奏でており、他6人が座席を支えたまま歌っている。
1曲終わるとバイオリンのマイクに向かって話し始めた。
『ビックリさせちゃってスミマセン。
ここ、複雑にバッテン補強してますから、迷路みたくて面白そぉだと思って鬼ごっこしちゃったコ達が居たんです。
バッテンにぶら下がったり、支柱にぶつかったりしちゃったからズレちゃって、グラッてなったんです。
もぉ少しで補修が終わります。
設計ミスとかじゃありませんので、安心して座ってくださいねっ♪
東のお客様も、南のお客様も、北のお客様も、補修終わったら再開しますので、今は音だけですけど楽しんでくださいねっ♪』
―◦―
モニター小屋に入った女子達は、彩桜が話し始めたところからモニターを見ていた。
「鉄筋の丈夫な座席に、あれだけの人が座っていたんだから、総重量はトン単位。
10トンなんてものじゃないだろうね」
京海の父・京太郎が穏やかに話し始めた。
「えっ……?」異口同音。
「輝竜さん達が支えなかったら命はなかったと思うよ。
君達も、社員さん達も。
僕の娘も、娘の婚約者もね」
「無事で良かったわね。
もうこんな事しちゃダメよ。
考えて行動しなさいね」
『そうですね。
行動に対する結果を想像するだけでも今後は違ってくるでしょうね』
「教頭先生!?」一斉!
「部活顧問ですのでね、当然ながら来ておりましたよ。昨日もね。
さて……誠に残念ながら顧問として対処しなければなりませんね」
話しながら壁に立て掛けていたパイプ椅子を開いては並べていった。
「お座りなさい」
渋々か嫌々か、ぐずぐずと腰掛け始めた。
【フェネギ!
この忙しい時に何処行きやがった!?
まさかラピスリ追ったのか!?】
【白儀として動かねばならなくなっただけです。
ラピスリ様でしたら間も無く戻られますよ。
禍は滅し終えましたので】
【早く戻ってくれよなぁ?】
【そのつもりですよ】
―・―*―・―
【イーリスタ様……イーリスタ様?】
廃教会に戻ったオフォクスはイーリスタに報告しようと何度も呼び掛けていた。
【オフォクス父様、通じないのですか?】
【父ちゃま~♪】ハグ♪
怨霊化していた霊達を浄化の門に導き終えたエィム達が戻った。
【随分と経ってしまったのだな。
やはり一時的に繋がっただけの様だ】
【そうですか……】〖オフォクス~〗【あ♪】
チャムが道の痕跡にペタンと座った。
【えっと、神力で拡声♪】光を纏う。
〖オフォクス~~〗
【イーリスタ様、禍は滅しました】
〖そっか~、良かったぁ~。
あのね~、僕がヘロヘロになっちゃったから~、繋げるの限界なの~〗
【然様でしたか】
〖だから~、これから改良して~、糸電話みたいなの~、作るからね~~〗
【此方の口は、この痕跡なのですね?】
〖そ~だよ~。
禍が通れちゃうから~、先にソレ修正して~、それからだからね~〗
【然様で。イーリスタ様のみが頼り。
お待ち致しております。
では、ごゆっくりお休みください】
〖嬉し~コト言ってくれちゃって~♪
頑張るからね~♪ まったね~♪〗
【あっ! シルバーンとコバルディは引退すると証を預かっております!】早口!
〖やっぱりね~。でも無事で良かったぁ~〗
フツッと繋がりが途絶えたと伝わった。
彩桜君親衛隊7人の負の感情は、月から禍までもを引き寄せてしまいました。
輝竜兄弟も、ミツケン社員達も、ソラを含む祓い屋達も、神達も、何事も起こさせない! と必死に奮闘しました。
危うく大事故を起こしそうになった彩桜君親衛隊メンバーは事の大きさを理解しているのでしょうか?
あ、瞬移できない白久を馬ごと運んだのはルルクルです。




