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順志と京海の婚約式



 テントから出て来た京海は、アクアグリーンのトップから裾にむかってマリンブルーへと、美しい海を思わせるグラデーションになっているミドル丈のドレスを身に纏っていた。

髪は緩いアップに纏められており、ドレスに合わせた濃淡のある青い造花とパールの髪飾りが陽に煌めいている。


「お~い始めるぞ~」手招き。

「順志、ボ~ッと突っ立ってねぇでエスコートくらいしろよな」


ハッと気付いて慌てて走った。

そしてエスコートして戻ると横断幕の下に並ばされてしまった。



「おい白久、このまま立ってるだけとか有り得ないよな?」

暫く放置されてシビレをきらした順志が白久を睨んだ。


「仕方ねぇな。支社長が祝辞を述べてやる」


「って、本当に放置するつもりだったのか?」


「まさか♪ アレ待ちしてただけだ♪」

白久の視線の向こう、厨房から黒瑯とリーロンが平たく広い何かを運んで来ていた。

主役の前に、その何かを置く為らしいテーブルが形に合わせて並べて置かれた。


 着く前にと、白久が常套句を並べた祝辞をにこやかに語り、最後に真顔になって

「お二人仲良く、これからもずっと、出会いの場となった社の躍進にお力添えをお願い致します」

と深く礼をしてタイミング良く締め括った。


 黒瑯とリーロンが到着した。

二人が運んでいたのは、淡い色合いのクリームの小花と、色とりどりの果物ダイスを内包した小粒のビー玉のようなゼリーが散りばめられた四角いケーキで、その台座には横断幕と同じ文字に続いて『建築物改善部・営業部』と書いてあった。


「では、お二人の初めての――でもないか。

 このイベントの企画やら、もう幾つか共同作業してるよな。

 ま、とにかくだ。

 切るラインは示してある。

 切り分ける共同作業をお願いします」


「あのなぁ、普通はナイフをチョンと入れるだけだろ?」

と、言っている順志の前に、積み上げた小皿が置かれた。

京海の前にはフォークが沢山。

「って、まさか!」


「それでは皆様、お並びください。

 婚約したお二人と言葉を交わしつつ、幸せのお裾分けをお受けください。

 ただし時間はありませんので短めに、ひと言ずつですよ~♪」


「飲み物はコッチ。返却口はアッチだ♪」

黒瑯が示したテーブルでは輝竜家の妻達が微笑んでいた。


「ケーキを挟んで向かい合ってくれ♪」


「うん……」順志が動いた。


「んで、ナイフはコレだ♪」「武器かよっ!」

刃の両端に柄が付いている長~いナイフを立てて見せて、ゆわんゆわんと揺らした。

「嫌なら俺が氷垣君と切るぞ♪」「バカか!」

白久が持っているのとは反対側の柄を差し出すと、順志は奪うように掴んだ。


「はい、氷垣君」「ありがとうございます♪」

「重いだろうから一緒に」「大バカかっ!!」


「そんじゃ退散~♪」笑いながら逃げた。


「ったく~」「大きいのに軽いのね♪」

「確かにね」「切りましょ♪」「だね」


「婚約した二人が切るのはケーキだけではありません。

 悪いもの全てを断ち切って参ります。

 このイベントの成功も願ってお願いします!」



 笑顔満開の中、切り易いと感動しつつ進めていると、美しい弦の音色が流れてきた。

「キリュウ兄弟……」「流石だよね」「ええ♪」


 切り分け終えると流れるように部下達に手渡し、短い祝辞を貰っていった。


 最後に巧が来た。

「どうしても真っ先に祝いたくて、結婚式の後の二次会とか待ってられなくて常務に相談したんです。

 みんなも前がいいって。

 だから婚約式なんですよ。

 おめでとうございます、氷垣さん、順志兄さ――じゃなくて部長♪」

笑って離れた。


「あとは氷垣君のご両親に運んでもらえるかな?」

白久が弾きながら視線で示した。



「お父さん、お母さん。はい♪」


「京海、とっても綺麗よ♪」


「ありがと♪ お母さん♪

 あっ、お父さんも見て♪」

くるんと後ろを向いた。


「京海……あの痕は……?」「あら綺麗ね♪」


ドレスの背中は大きく()いており、白い肌が真珠のように陽を照り返していた。

「だから~、女神様に治してもらったの♪」


「そうか……本当に女神様だね……」


また向かい合った。

「今日ね、もしもトラブルがあったら大変だからって、準備の時間が2時間も前倒しになったの。

 まさかこんな嬉しいことになるなんて……」

零れそうになった涙を堪えた。

そして深呼吸。

「これからイベントなんだから泣いちゃダメよね♪」


「あ~、ソレなんだがな、手は十分過ぎるくらい足りてるんだよな。

 営業部が総出で来てくれたからなぁ。

 だから二人はそのまま、両ご家族と一緒に、あのログハウスモドキで待機しててくれるかな?

 トラブルがあったら呼ぶからな♪」


「謎のブースが増えてると思ってたんだよ。

 物置小屋だろうと納得してな」


「確かに婚約式の為の物置だったんだがな♪

 空いたから使ってくれ♪

 あ~、その椅子、車椅子だからな♪」

言うだけ言うとサッサと(きびす)を返した。


「これが車椅子?」

背凭(せもた)れを確かめようと回り込んだ。


「こうすると持ち手になるのか」

背凭れの両端、支柱に埋め込まれている持ち手を引き上げて倒すと、右側の半筒状の穴になった箇所に押せと言わんばかりの赤いボタンが見えた。


 押してみた。

すると、脚の下方、飾り彫りが美しいブーツ状に太くなっている部分が上がり、車輪が現れた。


「キャスター?」

「素敵な車椅子ね♪ 押して行きましょ♪」


「そうだね。失礼致します」


板を敷き詰めている通路に乗せて押し始めると、順志の家族も後に続いた。



『主役の退場を以て、婚約式はお開きとしまーす!♪

 者共、開場準備に掛かれー!♪』


(とき)の声のような返事が上がる。



「常務さん、楽しそうね♪」


「面白がってるよなぁ」苦笑。


「でも感謝してるわよね?

 順志さん、目がとっても嬉しそうよ♪」


「感謝しかないよ。いいヤツだからね」

苦笑から笑顔に。

『ログハウスモドキ』に入った。

「何だよ、このモニター……」


「とっても沢山ね♪

 あら、常務さんからのメッセージ?」


『部長は責任者として全体を見てくれ』


「ったく~」また苦笑に戻った。



―◦―



 そして開場時刻間近――


「順志さん! 駅が大変!」モニターを指す。


順志は確かめるとスマホを手にした。

「白久!

 お前のバスもシャトル便に――え?

 もう出した? 誰が運転してるんだよ?

 社外の知り合い? 日給出すって?

 他にバスは? って、ちょっと待ってくれ」

京海にも聞こえるようにスマホをスピーカーに繋いだ。


「もう一度さっきのを頼む」


『押さえてあるからバス会社に連絡してくれ。

 だから見積りが甘いと言ったろ?

 この街はイベントに飢えてるんだからな』


「東京と同じに見てたのかもな。

 ありがとう」京海に目配せ。


京海がバス会社に掛け始めた。


『駐車場も臨時のを開けたからな。

 中も最初から全域オープンだ♪

 そんじゃ、開場時間だから俺がゲートを開くからな♪』


「いいとこ取りしやがって」


『今すぐ走って来れば間に合うぞ♪』


「いや、頼む」『そっか♪』


「あっ、兄さん、これ」

啓志が駅前モニターを指している。


「ん? 白久!」


既に通話は切れている。

「ったく!」リダイアル。


「横断幕 外してから走れよなっ!」

繋がったとたん叫んだ。


『えっ……と、順志兄さん?』


「え? 巧か?」


『はい。常務から渡されて』


「その白久は?」


『ゲートでお客様をお迎えしています』


「わざとか……」『え?』

「白久のバスだよ。

 街中で僕達の婚約を祝ってくれるらしい。

 バスが戻ったら恥ずかしい横断幕を外してもらえるか?」


『はい♪』

スマホを離したらしいが笑い声が伝わる。


「ったく~。まぁ何かあったら掛けて」


『はい♪ それでは♪』「うん」オフ。



「京ちゃんバスは?」


「2台増えます♪」


「距離的に丁度いい回転になるかな?

 全く休んで居られないけど大丈夫?」


「楽しいですよ♪

 街の皆さんに、こんなにも喜んでいただけるんですから♪」


「遊園地が無い街になって20年か……。

 確かに白久が言うようにイベントに飢えているらしいね」


「入場無料で小動物と遊べて、馬にも乗れて。

 コスモス畑があって、セレブなホテルのランチプレートがワンコイン♪

 人気上昇中のサクラ牧場のチーズケーキとソフトクリームも♪

 それが、この週末だけとなると、この大騒ぎも納得です♪


 あら?

 オランダ? それともアルプスの少女?

 ほら、そんな感じの民族衣装みたいよ」


京海が指しているモニターを順志も覗き込んだ。


「こんな企画あったっけ?

 あ! 祐斗達!

 そうか。歴史研究部かぁ。

 またコスプレ部してるんだな?」


「コスプレ部?」


「歴史研究部って中学の部活なんだけどね、彩桜君が部長になったらしい。

 文化祭でも邦和の古代衣装でのプリ撮が大盛況だったんだよ」


「そうなのね♪ あ♪ 荷馬車♪」


「そうか。その衣装で麦わらを積んだ馬車の荷台に乗せてもらえるのか。

 これはこれで憧れだよね」


 モニター画面中央に荷馬車が止まった。

荷台の後ろ端に椅子のような段差があり、座面はクッションシートになっていた。

そこに後ろ向きに並んで腰掛けると、こればかりは安全の為に已む無しとシートベルトが横一文字に渡されて、馬車は出発した。


「こっちの荷台は大きな牛乳缶よ♪」

もう1台 出発した。牧場を周遊するらしい。


「乗りたい?」


「え? でも……楽しそうよね♪」


「後で普段着でお客様に紛れようか?」


「ええ♪」







開場前に2時間の余裕を作っての婚約式は楽しく無事に終わり、イベントが始まりました。


彩桜達、歴史研究部は荷馬車で牧場周遊を企画したようですね。



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