イベントの前に
ミツマル建設のショールーム完成直前イベント初日の土曜日。
秋が深まりつつある涼しい晴天の下、夜明け前から当日準備に励んでいた者達が、顔を出した陽に向かって大きく伸びをした。
そして完成した会場を見渡して、満足気な笑みを浮かべた顔を見合せた。
「部長、これで完成でいいんですよね?」
順志には巧の声が聞こえていないのか、一点を見詰めたままだ。
「順志兄さん?」肩とんとん。
「ん? あ、何?」
「何を見て――あ……氷垣さん、誰かと楽しそうですね。
あ~、ヤキモチ?♪」
「そんなんじゃ――」「行きましょう♪」
―◦―
「そーなんですよ。バイトも勉強も全力!
仕切り直したんですよ、小学校からやり直しで」
「学校ある日は勉強で、週末は前日入りで夜明け前からバイトするンです」
「これからの季節が大変だって言われましたけど~」
「そう言ってるけど目がキラキラよ♪」
「「「お姉さんも、です」」」
「あら♪」
「あの時とは大違いにいいですよ」
「だなっ♪」「あ……あれ」
「え? もうっ」
英雄が指差す方を振り返った京海が恥ずかしそうに苦笑した。
「お邪魔しま~す♪ ほら部長♪」
「だから違うって――」
「ヤキモチ妬いてたんですよ♪」
「あ~スンマセン」「牛トコ戻ります」
「お幸せに~♪」退散した。
「氷垣さん、彼らは?」
「輝竜さん家で勉強を習っている高校生よ。
元ヤンチャ君達♪
牛の世話のバイトしてるの。
知ってる顔を見つけて声をかけて……そういうのダメ?」
最後のは順志だけに。
「いや、だから、妬いてなんかないし。
まだ日が浅いのに、もう知り合いが居るんだな~と見ていただけだよ。
それを巧が勘違いして――ん? 巧は?」
「向こうに♪ 走って行きましたよ♪」
「女学園の馬が到着したのか」
「あの運転手さんも元ヤンチャさんだそうよ♪
さっきの高校生達が尊敬してる先輩♪
戦女神様に仕切り直しさせていただいて大学を出て、お隣の会社の会長様の専属運転手になったそうなの」
「隣って、来光商事の?
凄いな……」
「来光寺会長様は春日梅グループの会長様とお友達なの。ご親友だそうよ♪
春日梅グループと秋小路グループ、松風院グループは、実は親密。
とても仲が良いのよ♪」
「敵対してるんじゃないのか?」
「仕事の上では競い合うけど、個人的にはお友達よ。
それでも仲が良いと知られれば、世間は談合だとか勝手なことを言うわ。
だから公私全て敵対しているフリをしているのよ」
「だから京ちゃんは両方の窓口なんだね」
「そうなの♪
常務さんがきっと上手に纏めて、栄基様も一緒に走り出すわ♪
春日梅様も加わってくださるかもね♪」
「どんどん大きくなる、か……」
「この街はどんどん良くなるわ♪」
「そうだね。僕も頑張らないとな」
「あのお嬢様達は、紺が秋小路家の清楓さん♪ 赤が松風院家の彰子さんよ♪」
「本当に仲がいいんだな……。
今度はバス?
ああ、輝竜家の皆さんか」
「囲まれてしまったわね♪」
―◦―
「常務、おはようございます!」一斉!
「いや、私は――」「ソッチは兄貴だっ!」
最初に降りた金錦にミツケン社員達が挨拶すると、運転席から白久が叫んだ。
「え?」「双子?」「いや三つ子だ」
「もっといる!?」「分身の術!?」
「っせーなっ! ただの兄弟だっ!
それよか、あの二人を連れて来い!」
順志と京海を指している。
「はいっ!」巧が走った。
「ね、もぉいいの?」「何がだよ?」
「白久兄に聞いたんじゃにゃいよぉ」
「も~いいだろ♪」「何やってるんだよ?」
白久が運転席から出て後ろを見ると、弟達が金錦や常務な白久を真似た鹿爪らしい表情を緩めて笑顔になったところだった。
紅火はそのままだが。
「だから分身の術とか言われたのかぁ。
兄貴と紅火の事だと思ってたよ。
黒瑯と彩桜はフザケてやるとしても、青生と藤慈まで何やってるんだよぉ?」
「楽しいですよ♪」ふふふ♪
「そうだよね♪」くすくす♪
「ったく~」
「でもどぉして金錦兄の真似っこなの?」
「そりゃあ営業の俺とは別にしとかねぇと自由にウロウロ出来ねぇだろーがよ」
「じゃあ営業のヒト達に?」
「支社全部だったんだが、このイベントの準備やらで建改部にはバレちまったんだよなぁ」
「オレが知らねぇ集団は営業じゃねぇのか?」
黒瑯が窓の外を指している。
「ゲ……」「降りよーぜ♪」
小中学生達が降りきったので黒瑯を先頭に兄弟もバスから降りた。
白久が兄弟の最後に降りた。
「開場には2時間チョイ余裕があるよな?」
「はい。ですが準備は整いました」
住環境総合改善課長が にこやかに答えた。
「あら♪ お父様とお母様♪」
「もう来てしまったのね……」
「お迎えしましょう♪」「そうね♪」
清楓と彰子が黒い高級車へと駆けた。
白久もその後を追う。
「ようこそお越しくださいました。
朝早くから すみません」
各々の車から降りた夫妻に娘達が寄り添い、白久の近くに集まった。
「いえいえ、此方こそお世話になります」
「昨夜はホテルに泊まりましたの♪」
「ディナーは輝竜シェフをとお願いしてね♪」
「ありがとうございます」にこにこ♪
執事と運転手達がトランクから大きな箱を出して来た。
「では彼方に」
にこにこな白久が先導してバス近くの集まりへと向かった。
―◦―
「えっ……」「京ちゃんどうしたの?」
青生と瑠璃に支えられてバスから降りた男女を見た京海が驚きの声を上げた。
「父さん、母さん。啓志まで……」
次々と降りている。啓志に続いて淳も。
祐斗と堅太がバスの横に置いた脚立に上がり、彩桜がその間を何かを持った手を挙げて走ると、横断幕が広がった。
それを脚立の2人がバスの窓に貼り付けた。
『岐波 順志さん♡氷垣 京海さん
ご婚約おめでとうございます!』
「「あ……」」瞬間的に真っ赤になった。
「開場までの間に、独身社員達を落ち着ける為にも二人の婚約式を執り行います」
「白久! 婚約式って何だよ!?」
「言った通りだ♪
野郎共が勝手な想像して妄想膨らませてやがるからな、落ち着けるんだよ♪」
「他人の婚約を……フザケるなっ!」
「至って真面目だ。
お前、氷垣君のご両親を心配してたろ。
会わせてもらえない理由は何だろう、とな。
だから悪ぃが調べさせてもらった。
俺は今、氷垣君の保護者だからな。
ンなトコで怒ってねぇで氷垣君を追えよな」
順志は何か言いた気に白久を睨んだが、言われた通り京海を追った。
「お父さん、お母さん。
こんな遠くまで……それに起き上がって大丈夫なの?」
京海は椅子に座らせてもらった両親の手を取った。
「大丈夫だよ。
今日はとても気分がいいからね」
「あのっ、はじめまして!
ご挨拶に伺うのが間に合わず、申し訳ございません!
京海さんと結婚させていただきたく思っております、岐波 順志と申します!」
駆け寄った順志は勢いよく礼をして一気に言った。
「京海をどうか宜しくお願いします。
岐波さんの事は輝竜さんから伺いました。
京海の最近の暮らしぶりも来る道すがらね。
苦労ばかりかけてしまった……だから、これからは二人で仲良く。
僕達の事は気にせず暮らしてください」
「お顔を見せてくださいね」
「あっ、はい」「お母さん、その声……」
順志が顔を上げると京海の両親は笑顔で、気分が良いと言ったのは方便ではないと感じた。
「治してくださったのよ、女神様がね」
視線は瑠璃に。
「私も治していただいたの♪
後で見せるわね♪」
「「京海お姉様♪」」「えっ?」
「後、なんて仰らずに♪」
「今、お着替えなさってくださいね♪」
清楓と彰子が京海の手を引いて、バスの向こうの大型テントへ。
「京太郎さん、私達をお忘れではありませんよね?」
彩楓と皐子が進み出た。
「あ……」
「春日梅家は京太郎さんを勘当なんてしておりませんわ」
「好きな人が居るのなら、ひと言そう言ってくれさえすれば、と京太郎さんのお父様はずっと仰っておられましたよ」
「言い出せないのは私達にも よく解りますけれどね。
ですが京海さんの これからを思うのでしたら、もう逃げ隠れせずに援助をお受けくださいませんか?」
「見つける度にお逃げになられるから追跡をおやめになられただけ。
お父様は京太郎さんが落ち着かれた町に何度も足を運んでおられたのですよ。
会いたい話したいと何度も仰って……」
「病床でもずっとよ。
春日梅のことは京海さんには話さなくても、もう入院費は私達にお任せくださいね」
「ありがとう……ございます……」
「では決まりね」
「京海さんが出ていらしたわ」
「ではまた他人ということで」
彩楓と皐子はサッと夫の横に戻った。
ミツマル建設主催の山南牧場でのイベントの前に、建築物改善部長・順志とその秘書・京海との婚約式をと白久は画策していたようです。
忙しかった筈なのに京海の両親について調べて、連れて来ています。
動けるくらいに治したのは青生と瑠璃でしょうけど。
京海の父・京太郎は春日梅家の人らしいですね。




