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二人三脚に向けて



 週が明けて火曜日の午後、晃典(あきふみ)は白久と約束した通りミツマル建設を訪れた。

少し早く着いてしまったと思いつつ、同行者と共に1階ロビーの受付カウンターで名乗ると、すぐに白久が降りて来た。

「お越しくださり ありがとうございます。

 どうぞ此方に」

にこやかな白久に案内されて最上階へ。支社長室の応接ソファーに落ち着いた。


 お茶を運んで来た事務の女性が退室すると、いきなり白久は腰を直角に折った。

紗桜(さくら)様、騙す形となり誠に申し訳御座いません。

 私が支社長なんです」


「は……?」


「警戒されてしまうのを恐れるあまり、明かす機を逸してしまいました。

 申し訳御座いません!」


 白久が腰を折り続けているので居心地が悪かったのか、豆チワワ達がポケットから顔を出し、テーブルへと飛んで晃典の前に座って見上げ、揃って首を傾げた。

つい、ショウの大騒ぎを思い出した晃典が小さく吹き出した。

「いや、気にしなくていいよ。

 僕の目の確かさが証明されたんだからね」


 晃典の声に笑いが含まれていると感じた白久が不思議に思って、ほんの少しだけ視線を上げた。

「ああっ! 重ね重ね失礼を!

 シルコバ出るなつったろっ!」回収!


「そう慌てなくても。

 ウチの大型犬の大暴れに比べたら可愛いものですよ。

 その小さな犬達は、いつもポケットに?」


「はい。

 恩師から、常に近くに居させるようにと押し付けられてしまいまして」苦笑。


「輝竜君は恩師の言葉も大切にしているんだね。

 いかがでしょう? 常務――」「え?」

声を出した白久に微笑んで続けた。

「ああ、若いから驚いたかな?

 ウチの社長の長男なんですよ。

 この件に関しては社長代理なんです」


という事で、ようやく名刺交換に。


「輝竜君も常務……それでさっきは」ふむ。


「あの、失礼とは存じますが、もしかして伝説の?」

御曹司は嬉しそうだ。


「あ~、ご存知でしたか」苦笑。


栄基(さかもと)常務、伝説とは?」


「ウチにも元ヤンチャ達が大勢いるでしょう?

 彼らからよく『伝説のアタマ』の話を聞くんですよ。

 僕は東京で育ちましたから全く知らなかったんですけどね。

 かつて、3年間ヤンチャ達にワルをさせなかったリーダーが居たそうなんです。

 今は『伝説の救世主』になっているそうですよ」


「伝説の……」白久をまじまじ。


「そんな救世主だなんて大袈裟ですって。

 確かにウチにも元ヤンチャ達が大勢 居ますけどね、採用試験に通った者ばかりですから~」


「僕は二人三脚でしたら賛成です。

 食いも食われもしない関係。補い合い、共に栄えようと励む建築と土木のタッグは僕も理想とするところですので。

 ただ、ひとつ試させていただいても?」


「はい、なんなりと」ニコッ。


「紗桜さん、例の案件を」


「これを、ですか?

 しかし土木部分をとの話だったのでは?」


「建築部分も請け負えるとなればウチが取れるのでは?

 二人三脚なら可能だと思うんです」


「では……こちらです」

鞄から書面を差し出した。


ハラリハラリと(めく)り、文字を追う視線が素早く動く。

「予算等が書かれていないのは、それも先方から試されているからなんですね?」


「その通りです。

 訳されていないのも試されているのだと思います」


「そうでしょうね。

 この建築部分を……そうですね、1時間 頂けますか?」


「まだ数日の猶予がありますよ?」


「建築部分に関しての説明は少ない。

 数日お時間を頂いても、そう変わりありませんよ。

 それよりも、この試されようは期日前に返答なさった方が良いと考えます。

 このコピーを頂いても?」


「どうぞ」


立ち上がった白久に栄基が続けた。

「その言語、英語ではありませんよね?

 それだけは分かるのですが……」苦笑。


「独語ですね。

 邦和人で読解できる人は少ない。

 それを知っていて原文を送り付けるなんて意地悪ですよね」


「読めるのですか?」


「そこそこ得意な外国語ですよ」

複合機から机へ。内線を掛けた。


『このFAXイキナリ何だよ!?』


「だから説明だよ。

 読めないだろうからな。

 レインボーメロディーランドって遊園地があったの覚えてるか?」


『イベントの牧場近くだったろ?

 連れてってもらった記憶はあるよ』


「ならヨシだ。そんじゃあ説明な♪

 その跡地に巨大アウトレットパークを作りたいらしい。

 メインはファミリー向け。

 あとデートスポットだ。


 周辺環境、道路等は整備される。

 その前提で、図の敷地内の基礎をそのままに案を3つ頼む。

 予算は提示されていない。

 つまり試されてるんだ。

 だから最安、標準、理想で頼む。


 時間は1時間。ラフでいい。

 氷垣君と協力して大至急だ。

 上がったら俺の部屋に一緒に来てくれ」


『1時間な。いつもいつも無茶言うよな。

 けど全力で上げてやるよ』


「おう♪ 頼んだぞ♪」



 応接ソファーに戻ると、栄基と晃典は別の紙を読みながら小声で話していた。

「失礼しました」

と内線の騒がしさを詫びて腰掛けると二人は白久に視線を移した。


「これは娘の婚約者が訳してくれたんですけどね、確かめてもらえますか?」

晃典が差し出した紙には手書きの文字がビッシリ並んでいる。


「つまり、挨拶に行った彼氏は婚約者になったんですね?」


「そういう事です。

 その時にウチの犬が、その彼を気に入って大騒ぎだったんですよ」


「そうですか♪

 素晴らしく正確に翻訳されていますよ。

 ただし専門用語はカタカナになっていますから補足しておきますね」

コピーを取って朱書きを加え始めた。



―◦―



 建築物改善部長室では部長と秘書が意見を出し合っていた。

「今時アウトレットパークなんて ありふれてますから遊園地を生かすべきですよ。

 今、この辺りには遊園地はありませんから」


「しかし廃業したのは20年近くも前だから、レストラン等の基礎を活かすだけでも大変だよ?

 高さのある遊具は全て撤去するしかない」


「それなら低い物、例えば、このレールに移動用の乗り物を走らせるのは?

 小さな子供を連れて歩き回るのは大変ですからね。

 それと中央を広場にして屋台みたいなファストフード店を配置すれば休憩もできますよね?」


「真ん中を広場……その周りに列車?

 小さな子供が退屈しない程度の遊具は残すとして……緑多めにすればピクニック利用もできるかな?

 それなら全天候型にしないとね。

 南に開けたコの字型にショッピングエリア。

 建物の屋上から屋上へと半透明の屋根。

 買い物をするにしても荷物を持って雨の中、歩いて移動は大変だからね」


「季節を感じられる木、例えば桜とか楓とかがあればピクニックも楽しくなりませんか? アルコールはお断りですけど」


「それを許すと桜の時期は特に宴会場になってしまうからね」はははっ♪


「屋上から桜を見下ろすと、どんな感じなんでしょうね?」


「見下ろす桜も紅葉も、きっといい名物になると思うよ。

 夜景が期待できないから、それが素敵なデートスポットになるよ。

 一緒に見たいと僕が思うから」


「それなら花火も一緒に♪」

照れつつ進める。時間は少ないので。


「それなら屋上はビアガーデン?

 広場は子供達の為に。

 アルコールは屋上で♪

 とにかく屋上は平らにしないとね」


パソコンの画面では着々と二人の理想のアウトレットパークが出来上がりつつあった。



―◦―



「では、これで」

朱書きを加えた紙を渡した。


「土木用語も詳しいんですね」


「建物に絡む基礎なんかは当社でもしますのでね。

 ですが専門的に、となると弱点としか言いようがありません。

 今、当社は2大グループから業務提携をとの話が来ています。

 土木も建築も超一流な巨大グループを相手に、無謀だとは百も承知の上で吸収されるつもりは皆無と三人四脚を申し出ているんです。

 此方がグループ各々の案。

 そして此方が私が提示しようとしている案です」


「こんな重要なものをよろしいのですか?」


「はい。

 だからこそ二人三脚で共に走ってくださる相棒を求めているのだとお分かり頂けると思いますので」



―◦―



「標準案は こんなところかな?

 理想案としては大きなカートごと乗れるエスカレーターと動く通路。

 向かい合う建物には桜の高さに渡した通路。

 あとは駐車場を……地盤次第だから2つ案を作ろう」


「最安案は地上なのよね?」


「遊園地の駐車場をそのまま使うよ」


「そうなると駐車場に面した側も正面みたいに見えるように入口を大きくして……」


「いい感じだね。

 駅からのバスが着く側がコの字の開けた側。

 広場ではフリーマーケットなんかのイベントも出来そうだね」


「広場目当てのお客様が増えてしまいますね」


「人が集まらないと始まらないと思うよ。

 あと少し細かい所を詰めたら行こう」


「はい♪」







ソラの大仕事、彩桜の大仕事に続いては白久の大仕事です。

巻き込まれた順志と京海にとっても大仕事です。

イベントもあるのに、大きな話にも首を突っ込んでしまいました。


既に息ピッタリな二人三脚をしている順志と京海。

これから二人三脚で踏み出そうと誘う白久と乗り気な栄基。

社運を賭けた二人三脚と三人四脚の行方を追います。



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