一目惚れしました
翌日――月曜日に着任した順志が建築物改善部長として、ほんの少しだけ慣れてきた水曜日。
前日は京海の護衛役をした白久が祝前日だからと飲みに行ってしまい、護衛役を押し付けられてしまった。
やっぱ白久がグレ高卒者を更正させるのに
採用してるんだろうなぁ。
目つき悪いんだよなぁ。
僕が邪魔で氷垣さんが見えないって
睨みなんだろうなぁ。
初日に課長達が挨拶に来たっきり
昨日は誰も来なかったのに
今日は矢鱈と大した用もないのに
他部所の主任やら班長やらが
ひっきりなしだったもんなぁ。
あ~~~っ! 変な汗かく!
ほぼ大卒者な建築物改善部は普通に挨拶を交わして通り抜けたが、エレベーターに下階で乗った建築部の男達からの視線が順志に鋭く突き刺さっていた。
目が合わないようにと斜め上を向いたまま背で京海を庇い、1階では最後に降りた。
わざと遅れ気味に玄関を出ると、つい大きな息が突いて出てしまった。
「ありがとうございます、岐波部長」
「昨日も こんな感じだったの?」歩き始めた。
「いえ……常務さんには皆さん普通に……」
「そっか。伝説のアタマだもんな」
「その……アタマって?」
「街の不良のトップだよ。
萱末高校って『グレ高』と呼ばれてる学校の3年がアタマになるのが普通なんだけど、白久は秀才高の1年でアタマになったんだ。
で、3年間。不良達に不良させなくて、それで『伝説のアタマ』。
地元に残ってた同級生達から聞いたんだけど、白久の卒業以降ジワジワと悪くなってたらしいんだ。
でも、白久が東京から戻ってからは、またおとなしくなったらしい。
小さな悪さくらいはしてるみたいだけどね。
あ、バスが来たね」
普段は歩きな順志だが京海に合わせてバス停に向かっていた。
丁度良いタイミングで着いたバスに乗り、一人席に京海を座らせて順志は横に立った。
「で、続きね。
前は、この街にも組事務所があったんだ。
僕が中学生の頃だったかな?
小学高学年? ま、そのくらいになくなったんだよ。
だから、それまではグレ高卒の元ワル達の就職先は組事務所だったけど、行き先がなくなったんだろうね。
周辺に出るようになったらしい。
医者にならなかった白久が地元の建設会社に就職したのは、きっと元ワル達を救う為なんだろうね」
「それらしい高校生達が勉強を習いに来てましたよ。
教えているのは青生先生でしたけど。
でも常務さんの後輩さんですよね?」
「いろいろやってるなぁ、アイツ」
「大学を目指してる人もいて……私も高卒資格試験を受けて、通信で大学の勉強もしようと思ってるんです」
「え?」
「両親が働けなくなって中退したから……」
「だから理想の履歴書を書いたんだね……」
「あっ、でも私もう前を向いてますから。
過去は消せないけど仕切り直せるって。
嘘を重ねた過去を償うだけではなくて、前を向かないと生きているとは言えないって。
そう、大切な人達が教えてくれましたので」
「そうか……僕も そういう言葉を部下に掛けられるようにならないと、、だね」
何を言いかけたのだろうと京海が首を傾げた。
「いや……後で――あ、少しいい?」
指差す窓の向こうには、賑わっているコーヒーショップが見えた。
「はい♪」
降りる予定より1つ手前のバス停から少しだけ引き返した。
店内は混み合っていたのでテイクアウトして、すぐ近くの公園へ。
「ここでいいかな?」ベンチを指す。
「はい」
ベンチの端と端に腰掛けて、暫く。
ちびちび飲んでいたコーヒーが半分になってしまったので、思いきって順志が口を開いた。
「白久のこと……好きなの?」
「えっと……いえ。うん。いいえ、です。
素敵な方ですけど、奥様を大切になさってますし……人生の先生? そんな感じで尊敬しています」
「そう……だったら僕に……これからは僕に護らせてもらえないかな?
昨日の今日で? と思われてしまうのは分かっているんだけど……」
コーヒーを持つ手を見詰めていた視線を上げて京海に真っ直ぐ、真剣に向けた。
「一目惚れを確かめるには丸1日 仕事を共にすれば十分だと思うんだ。
嫌なら部所を変えてもらうよ。
その……付き合ってもらえないかな?」
「私……と?」
「はい。僕は京海さんが好きなんです」
「学歴詐称、中卒ですよ?」
「そんなのどうでもです。
あの履歴書で採用した誰かよりも、ずっと真剣に京海さんを見ています」
「えっと……でも……」
「やっぱダメかぁ~」
天を仰いでズルッと落ちかけた。
「そうじゃなくて!
あの……嬉しくて……嬉し過ぎて困るくらいで……でも……」
「でも? 何でも直すからっ」
「いえ、それも違って……その、おつきあいしたら部所を離される、とか……」
「あ、それは無い。
もしもあっても白久に変えさせるから」
キリッと座り直した。
「でしたら……」真ん中まで近付いた。
「もう嘘なんてつきません。
どうかよろしくお願いします」
「結婚を前提に、と言っても?」
「嬉しいです」
笑顔を慌てた様子で下に向けると、カップの蓋に涙が落ちた。
「えっ、ちょっ、ええっ――」あわあわっ!
「すみません……嬉し涙、です……」
「ビックリしたぁ~」
今度はズリ落ちずに間を詰めてハンカチを渡した。
「……すみません」ふふっ♪
「うん、笑ってて」ははっ♪
―・―*―・―
〈サクラ~♪ サクラ~♪〉ワンワン♪
〈ショウ♪〉ガッと店の戸を開けた。
〈やっと来れた~♪〉
〈おさんぽコース長くなったんだね♪〉
〈うんっ♪〉
〈でも誰と来たの? あ、響お姉ちゃん♪〉
「もうっ! ショウってば!
お散歩しながら首輪外して走らないでよぉ。
お姉ちゃんだったら泣いちゃうわよ?」
〈嬉しかったから~♪〉フリフリフリフリ♪
「あっ♪ サクラお兄ちゃんとショウ♪
ヒビキお姉ちゃん、こんにちは♪」到着♪
「紗ちゃん、こんにちは♪
あ♪ 明日のお散歩、お願いしてもいいかな?
お姉ちゃん、私達と一緒に東京だから」
「うんっ♪
サクラお兄ちゃん、いっしょね♪」
「ん♪ あ♪
ソラ兄、響お姉ちゃんが来たの見えた?♪」
「あ……」
座敷に来たソラが何かを背中に隠した。
「どうしたの? それ、ギター?
どうして?」
隠しきれる物でもないので見せた。
「ううん、ベース。
ヤスさんが来れない時に弾けたらと思って……ね」
「練習してくれてたの!?♪
ありがとうソラ♪」
「まだまだなんだけどね、自分のが欲しくなって……安物だけど買ったんだ。
でも、借りて練習してたのと違ってて……だから弦だけでも、って張り方 教えてもらおうと、ね」
「それなら教えてあげるわよぉ。
でも買ったって、お金は?
霊体じゃないわよね?」
「ここでバイトさせてもらって。
今、空気清浄機をたくさん作ってるんだ。
その手伝いを店番しながら。
彩桜クンと交替したから練習しようと思って……」
「一緒に張り換えましょ♪」
「うん。ありがと」真っ赤っか~。
「それじゃ俺、ショウ連れてっていい?
デュークずっとショウを待ってたんだ」
〈デュークに会いた~い♪〉
〈彩桜、犬用クッキー出来たぞ~♪〉
〈冷めた?〉〈だから呼んだんだ♪〉
「ショウ♪
デュークと一緒にクッキーね♪」
〈うんっ♪〉
「ランちゃん行こっ♪」「うんっ♪」
「響お姉ちゃん、座敷にど~ぞ♪
ソラ兄、ソレ明日中に調整してもらうから練習したら置いてってね♪
行ってきま~す♪」
―◦―
久世家で拓斗待ちの祐斗も一緒にデュークと遊んでいると――
『ここが家。入って』
――隣家の門辺りから声が聞こえた。
「あれ? 啓志お兄さん?」
「「お帰りなさ~い♪」」 ワン♪×2。
声の主は門から入って庭木の向こうに顔を見せた。
「居たんだ……」『誰が?』
「隣の――」『挨拶しないとな』「待って!」
姿が見えなかった人物が久世家の門前に来た。
「あ……女の人だった」「瑠璃姉みたい~♪」
「だから待ってって言ってるのにっ」
啓志が慌てて出て行って腕を引く。
「もしかしてキリュウ兄弟の……」
目を見開き、指している手が震えている。
「えっとぉ、輝竜 彩桜ですけどぉ」
「どうかしたんですか?」
紗は彩桜の後ろに逃げた。
「啓志! 隣だったのかっ!?
どーして教えてくれなかった!?」
胸ぐら掴んで叫んでいる。
「だから待って、離してっ」
「お姉さん、離してあげてぇ。
俺達が何かしてしまったのなら謝ります。
ごめんなさい!」
「彩桜君、違うんだ……離せ淳!!」
「あ……」離した。
「いい加減にしろ」ぽこっ。
「ごめんなさい。興奮して……」ぺこぺこ。
「彩桜君ごめんね。
淳はキリュウ兄弟の熱烈ファンなんだよ」
「前に言ってた会いたがってる先輩?」
祐斗が思い出した。
「そうなんだよ」
「来ていいのに~」
「キャパ大きいもんね」「うんっ♪」
「行っていいのかっ!?」ガシッ!
「門扉を壊すな。輝竜家はもっと向こう。
今日は駄目だよ。早く こっち」「う……」
啓志が引っ張って行く。
『あれ? 啓志、その人……?』
「あ……」「誰だ?」
啓志が立ち止まったので淳は横に並んだ。
順志としても、もう少し己の気持ちを確かめてからと考えていたんですけど、ほぼ男な社内の雰囲気から、そんな猶予はなさそうだと告白を急いでしまいました。
白久がどこまで考えて配属したのかは謎ですが、相性が良さそうだくらいは考えていそうです。
兎にも角にも、めでたく順志は京海と恋人になり、啓志と淳もキリュウ兄弟が縁で恋人になったようですね。
キリュウ兄弟の事となると興奮してしまう淳ですが、普段はシッカリ者で頼れる主任らしいです。




