小さな犬と小さな馬
山南牧場の事務所奥の小部屋でイベントについて詰めていると、事務所のドアが開く音がしたので牧丘が対応しに行った。
『やあ君達か。
今日は揃って どうしたんだ?』
『兄貴、来てませんか?』
『そういう事か。どうぞ奥に』
――と聞こえたので白久も小部屋を出た。
代わりにという訳ではなさそうだが、牧丘が小部屋に入った。
「黒瑯、遅かったな。何かあったのか?」
「ナンかなぁ、変な女がチーフ捕まえて、ランチ作ったシェフを専属にしたいから譲れとか言いやがってな。
気になるから居残ってたんだよ」
「その女は?」
「忙しいからオーナーんトコ行けって追い出されて、ホテルの方でも一悶着。
で、支配人室に。
ま、物みたく売られやしねぇと思って、そこまでで帰ったんだ」
「ったくナンでもカンでも欲しがるヤツだな」
「って、やっぱ彩桜が言ってた秘書か?」
「おそらくな。行ってたからな。
そんなイケスカねぇヤツなんか、そうそう居やしねぇしな。
で、リーロン。お嬢さん達は?」
「『馬舎1』で待機。
緊張してっけど二人一緒なら大丈夫だと思ってな。近くに紅火も居たし」
「そっか。もうすぐ青生達も健康診断しに来るから大丈夫だろ」
「たぶん彩桜も来るぞ」
「ま、今日くらいいいだろ。
紅火は怒るだろーがなっ♪」
「金錦兄は?」
「午後イチの講義終わったら来るってよ」
「車でか?」
「ンなワケねーだろ」
「って……あの移動、白久兄も知ってたのか?」
「瞬移だろ? 兄貴から聞いたよ。
青生と紅火も一緒にな」
「受け入れたのか?」
「ま、ガキの頃から妙な力なんざ茶飯事だったからな。見慣れちまってるよ。
その延長線上だろ?
なら俺も そのうち出来るだろーからなっ♪
便利になるんなら大歓迎だ♪」
「そっか。
で、オレ達どーしとけばいいんだ?」
「あの部屋でフードコーナーのを詰めててくれるか?」
「ん。あ……」窓の方を見ている。
「ん? お前ら、何してるんだ?」
言いながらドアを開けた。
「そ、その~」
「学校休みの日だけバイトとかって」
「あるかな~と思って……」
グレ高生3人が窓から覗いていたのだった。
「動物が気に入ったのか?」
「まぁ」「はい」「そんなトコです」
「ま、いいから入れ」
「「「ありがとうございます!」」」
「で、今日は学校は?」
「いや……」「その……」「それが……」
「あ~、そっか。
先輩が怖くてサボったな?」
肩を竦めるように首を縮めて小さく頷いた。
「ソレも後で行ってやるから心配すんな。
けど、もうすぐ ややこしくなっちまうからなぁ。
黒瑯、先にコイツら紅火んトコに連れてってくれ。手伝わせていいからな」
「ん。そんじゃ行くぞ。リーロンも」
―・―*―・―
「では社長、私だけで参りますね♪」
「さっきもだが何をしている?」
「好きにさせてくださいね♪
お嬢様のた・め・に♪」
山南牧場の事務所前に止めた高級車から降りた京海は、軽い足取りで事務所に入って行った。
「社長、差し出がましいとは思いますが、なぜ好きにさせているんです?」
運転手が前を向いたまま尋ねた。
「今から解決する。大きな力を得たのでな」
「大きな力? 社長ほどの方が……?」
「私は小さいよ。
合図があるまで此処で静かにしていなければならないくらいにね」
「そう、ですか……」
―◦―
事務所内では牧丘だけが対応していた。
「私は どうしても白桜を手に入れたいの。
金額でしたら幾らでもよ。
白桜は どこにいるのかしら?」
「白桜は新たな主さんの所ですよ。
幾ら積まれても貴女には売りません」
「そんなこと仰っていいのかしら?
こんな田舎の ちっぽけな牧場なんて、すぐに潰して差し上げられるのよ?」
「そんな……」
「さ、お幾らなの? 私に売りなさい」
『幾ら積まれようと売りませんよ。
白桜は弟の友達なんですから』
「誰っ!?」
背後からの声に京海が振り返ると、ドアを背に男が立っていた。
「あなた、さっきの……」
「ええ。さっきの、でいいですよ。
3時間近くも一緒に居たんですけどね。
俺の名刺なんか見もせずに捨ててましたからね」
人差し指と中指で角を挟んだ名刺を顔の横でヒラヒラ振ってニヤリ。
「それがどうしたのかしら?
小者の名刺なんか集めていたら、すぐに山のようになってしまうわ」
「それはそれは、大した御方ですね。
それでも白桜は売りませんよ。
もう家族なんですから」
「私だって惚れ込んでるのっ!」
「ほぅ、では乗馬もなさるのですね?
白桜は競走馬ではありませんから、一般的な馬主のつもりではありませんよね?」
「あなたは乗れると言うの!?」
「乗れますよ。では厩舎に」
「スーツで乗れと!?」
「俺はスーツでも構いませんが、着替えたいのなら乗馬服もありますよ」
「乗る必要なんてないわ!!
馬を見ていたいだけなんだから!!」
「動物がお好きですか?」
「当然でしょっ。馬なんてペットにできない動物を買おうとしてるんだからっ」
「一般的な動物、犬とかは? 触れます?」
「動物好きかどうか試そうとでも?
好きに決まっているでしょう?」
「視線が定まっていませんが、周りにいないかを確かめているんですか?」
「探してなんか――イヤッ!!」「おっと」
動かしながら話していた手に乗せられたものを見て投げてしまった。
「コイツと目が合ってから投げましたよね?
ただの小さな犬ですよ?」
「驚いたからよ!」
「では改めて」
ただの愛玩犬だと確かめさせようと京海の目の前に近付けると目を剥いて仰け反り、もう一度 手に乗せようとすると牧丘の後ろに逃げてしまった。
「吠えも噛みつきもしませんよ?
今日は朝からずっと俺のポケットに入っていたんですけど、鳴き声とか聞きましたか?」
「動物虐待よ!」
「コイツらが勝手に入るんですよ」
肩に乗せるとススッとスーツを伝って下り、器用に開けてスルッとポケットに入った。
「ほらね」
何もしていないと両手を軽く挙げると、ポケットからピョコッと顔を出した。
「可愛いでしょう? 豆チワワ♪」
もう一方のポケットからもピョコッ。
「増えたっ!?」
「だから、今日ずっと入ってたんですよ。
馬は好きだけど犬はダメってヤツですか?」
「そうよ! 馬だけが好きなのっ!」
「そうですか。
だったら後ろのコは大丈夫ですよね?」
「えっ? ギャアアッ!!」「ダメッ!!」
「ヒアッ!?」「蹴っちゃダメでしょっ!」
「そのハシタナイ御御足を下げてもらえませんかね?
彩桜が顔を上げられないじゃないですか」
京海の後ろには白いミニチュアホースの子馬が来ており、蹴ろうとしたところに彩桜が飛び出して庇ったのだった。
「あっ」
慌てて足を揃えて、捲れ上がったタイトスカートを直した。
「彩桜ぁ、も~い~ぞぉ」「うん」
顔を上げた彩桜は小さな白馬を抱き上げて白久の後ろに逃げた。
「お馬さん、あげないもん」
「白桜じゃない馬なんて要らないわよ!」
「『馬だけが好きなのっ』も嘘、と。
そろそろ本当の事をお話し頂けませんか。
白桜を手に入れて、どうしようと?
お屋敷には白馬が居るのでしょう?
見たいだけなら十分なのでは?」
「白桜は別なの!
それにウィンローズは――何でもないわ!
私の馬が欲しいだけ!」
「何を言いかけたのやら……」
「だったら白桜、見たら分かるの?」
「もちろんよ!」
「ふ~ん。コッチ来て」
ドアを開ける為に馬を下ろした。
「玉桜も行こ~ね♪」なでなで♪
彩桜が外に出ると、玉桜はトコトコと追って出て寄り添うように並んだ。
「白桜に会わせるから早く来てよ」
「馬主のお誘いなんですけど行かないんですか?
俺は行きますよ」
「行くわよ!」
―◦―
「あれは……キリュウ兄弟の……?」
運転手が呟いた。
「君も知っていたのか。
彼らが『大きな力』だよ」
「確かに大きいようですね。
あの氷垣が翻弄されているように見えます」
「間違いなく翻弄されているよ。
ヒールで足場の悪い所を歩かされている」
「馬を見るんでしょうか?」
「あの中に昨日の馬術競技会で優勝した白桜という馬が居るのだろうね」
「えっ? では、お嬢様は……?」
「負けたと……嬉しそうにしていたよ」
「は?」
「小さな馬を連れていた少年が勝った。
昨日、彼と話して彰子の気持ちが解ったよ」
「そうですか。
何を話しているのか聞いてみたいですね」
「そうだな……」
『では、聞かせて差し上げましょうか?♪』
「「えっ?」」幽霊!?
―◦―
「キリュウ兄弟と親しいからって!
あなただけは許さないわよ!」
難なく前を歩く2人と1頭を必死の形相で追っている。
「ど~ぞご自由に」
〈ちゃんとお話し聞けないヒト?〉
〈だな。俺の名刺も見ずに捨ててくれたよ♪〉
〈そっか〉
〈ちっこい馬、どんどん寄って来てっけど此処のかぁ? 朝 見てねぇぞ?〉
〈サクラ牧場のコ達。
イベント、借りない?〉
〈おっ♪ ソレいいなっ♪〉
「少しは待ちなさいよ!」
〈ったく~〉
〈牧場に あんな靴で来るからぁ〉
〈だよなっ♪〉
〈イベントは通路に板 敷かないとねぇ〉
〈お♪ そ~だなっ♪〉
やっぱり彩桜も来ました。
早退して、牧場に来る前に東京に行っていたようです。
東京の何処に? は後程。
小さな馬が いっぱい。
私ならパラダイスなんですけどねぇ。
小さな犬でも小さな馬でもダメ。
動物嫌いな京海というお話でした。




