桜龍神の涙
ん? 怨霊の臭い……かな?〈ゎわっ!?〉
ぽかぽかな日射しに微睡んでいたショウは、ショウの意思ではなく走り出していた。
〈タカシ!?〉
〈うん。紗が危ない!〉
夏菜の家に向かっている紗の背中が見え、その向こうに季節に添ぐわない古めかしい黒コートの男が見えた。
男は帽子も目深に被っており、ニヤリと笑う口元だけが見えていた。
〈紗!!〉ワン!!
紗が振り返り「ショウ♪」男は踵を返した。
路地に折れた男の気配が消える――
飛翔は男の行方を捜したが掴めず、ショウは紗を見上げて表情を確かめた。
〈無事で良かったね~〉
〈そうだね。
でも怨霊が結界に入れるなんて……〉
〈やっぱり怨霊だったんだね?
臭うと思ったんだ~〉
〈紗は……死神だけでなく怨霊にまでも狙われてしまったのか……〉
「ショウ♪ いっしょに遊びたいの?
カナちゃんち行こっ♪」
リードは着けていないので、紗は首輪を掴んで引っ張って歩いた。
〈さっきの怨霊、おっきくて速いヤツ?〉
〈だと思うよ。モグラと呼ばれていたね〉
〈僕よりず~っとケモノ臭い?〉
〈うん。野獣って感じだね〉
紗が夏菜の家の呼び鈴を押そうと首輪から手を離したので、ショウは少し離れて玄関先に伏せた。
〈スズちゃんに、あの臭いに気をつけてって言えたらいいのにね〉
〈僕達は犬だから強く感じるけど、きっと人には感じられない臭いだと思うよ〉
〈そうなの!?〉
〈うん。人の嗅覚は鈍いからね。
だから、紗から離れないようにするよ〉
〈結界は? ルリには言わないの?〉
〈それもお願いしないといけないね〉
―◦―
昼に帰宅した紗は、昼食後、今度は莉子の家に行くらしく、澪と話す声が聞こえた。
「ショウ、どしたの?」
〈やっぱりショウも飛翔さんも……警戒?〉
声に塀の穴を見ると、彩桜が心配そうに見ていた。
〈今日は早いねっ♪〉てってってっ♪
〈うん。大急ぎで来たんだ。
怨霊の臭いしたから〉
〈スズちゃんを狙ってるんだ〉
〈そっか……あっ〉
〈スズちゃん行っちゃったぁ〉
〈ショウ、紗を追うよ!〉
既に飛翔が鎖を外していた。
〈待って!〉彩桜が塀を越えて来た。
〈リード持ってるから一緒に!〉繋いだ。
〈うんっ!〉
彩桜とショウは足音も立てずに駆けて行った。
彩桜は近所の人達と挨拶を交わしながら紗を追い、車も通る広めの道から私道に入る姿を遠くに捉え、足を速めた。
〈あれっ? 紗ちゃんは?〉キョロキョロ。
〈突き当たりT字路を右!〉彩桜が先に走る。
〈ん!〉タッ――〈この臭い――〉〈怨霊!〉
目指す突き当たりに紗が駆け出て来た。
後ろを振り返り泣いている。
「紗ちゃん!」彩桜が抱き止める。
ワン!! ショウが二人の前に立った。
〈目を見ちゃダメ! 怨霊の基本!〉
〈ん!〉〈ありがとう彩桜君。紗を頼む!〉
「紗ちゃんコッチ!」連れて逃げた。
目を閉じたショウが二足で立ち、光るアーチェリーを構える。
「ほう……」クックック♪
黒い男が、さも愉快そうに笑った。
〈なぜ娘を狙う!?〉禍々しさの塊を捉える。
〈素直に話すとでも?〉クククッ♪
〈ならばっ!〉射った!
モグラの前の空間が歪み、波紋のように揺れ、そこに当たった光矢は弾けて消えた。
〈怖いねぇ。しかし当たらないよ?
君より上位の神の力だからね〉クックッ♪
続けて射った光矢も全て弾け消えた。
〈無駄だと分からないのかな?
ああそうか。見えていないんだね。
さて、遊んでいる暇は無いんだ。
ランマーヤを貰って行くよ。
その地に縛られていて――〉〈やめて〉
モグラは背後からの薄紅光に包まれた。
その光が胸の辺りを包むように集まり、龍の手を成した。
〈お願い……そんな事させないでマリュース。
そんな事に君の力を使わせないで……〉
背後から伸びる桜色の龍の手は、優しくモグラを抱き締めた。
〈モグラもマリュースから生まれたんだから俺の友だよ。
もちろんティングレイスもね。
今でも……ちゃんと俺の友だよ〉
〈まさか……封印が解けたのか……?〉
〈これ以上ティングレイスに罪を重ねさせないで。
モグラも……もうやめて。
マリュースに戻ってよ。お願いだから〉
モグラは肩が濡れたと感じた。
雫……? まさか涙か?
龍神の涙とは――ん?
魂に染み入ろうとしているのか!?
これは……サイと同じ……安らいでいく――
《戻れモグラ》〈あ――〉
見えない手で引き抜かれたモグラが消えた。
〈グレイ……〉
桜龍神は悲しげな目を天に向けた。
〈アーマル、もう目を開けていいよ〉
〈〈えっ?〉〉
〈ランマーヤも無事だよ〉
モグラの気配が無くなっていたので飛翔が目を開けると……誰も居なかった。
〈彩桜君? 青生君だったのかな?〉
〈怨霊と話してたみたいだったよね?〉
〈そうだね……〉
〈ショウ、彩桜を知らぬか?〉
〈あ、瑠璃。あっ!〉〈スズちゃんだ~♪〉
しがみついて泣いている紗を抱き抱えた瑠璃が駆けて来た。
「私に紗を預けて此方に走った筈だが?」
〈僕達は目を閉じていたんだよ〉
〈怨霊のモグラ来てたんだよぉ〉
『俺、だいじょぶだよ~』
莉子の家の門柱からピョコっと彩桜が顔を見せた。
「瑠璃姉、あとお願いねっ」
にこにこぴょんぴょんと寄って来ていたが、顔を伏せ、素早く駆け抜けた。
〈彩桜?〉泣いていた?
〈俺、帰る~。
紗ちゃんの怖い記憶、消してあげて~〉
〈しかし今後も警戒せねばならぬのだろう?
消さずとも――〉
〈たぶん……もぉモグラ来ないから。
俺まだ紗ちゃんと会っちゃダメだから。
お願い瑠璃姉。じゃねっ〉
〈ふむ――〉目覚めた……か?
〈飛翔、紗の記憶を封じる〉
〈え? どうして?〉
〈友の家に来られぬようになるからな〉
〈でもモグラの姿を覚えていないと――〉
〈もう来ぬ……そうだ〉
―・―*―・―
彩桜は半べそで駆けていた。
〈彩桜様――〉
生け垣の根元近くに白い尾がチラリと揺れた。
〈狐儀っ!? 助けて! 俺 変なんだっ!〉
〈社にお連れ致しましょうか?〉
〈うん! 連れてって!〉
〈畏まりました〉
―・―*―・―
人世からは見えない天高く、神世の中心に在る神王殿まで一気に引き上げられたモグラは、気を失ってしまっていた。
「……?」もそっ。
「目覚めたかモグラよ。
ドラグーナの封印は解けておったのか?」
「陛下……あっ」
モグラは慌てて起き上がると、玉座に向かって跪き、頭を垂れた。
「どちらとも……確かめられず申し訳御座いません」
「ふむ。ま、ドラグーナならば巧妙に隠せも出来るであろうし、解けておらずとも それなりの力を発揮できるであろうよ。
して、ドラグーナから何か得られたか?」
「いえ……申し訳御座いません」
「何を話しておったのだ?」
「友と……」
「はぁあ?」
「僕――ぃぇ私を……友だと……」
「マリュースを、であろう?
ならば納得だ」
「いえ……。
マリュースから生まれた私を友だと」
フンッ。
「陛下も……今でも友だと……」
「言う筈が無かろう!!
騙して堕としたと知っている!!
なのに友だなどと言える者は居らぬ!!
神も人も同じだ!! 居る筈が無い!!
友情なんぞと脆いものが信じられるか!!
戯言を抜かすなっ!!」
「ですが確かに。
涙を流し『ちゃんと俺の友だよ』と――」
「もうよい下がれっ!! 人世に行け!!
サッサと誰ぞ浄化域に送れ!!
無自覚なうちに力を奪うのだっ!!」
「……はっ」
―・―*―・―
狐儀はキツネの社に彩桜を運んだ。
運良くキツネは帰っており、彩桜を光で包むと深く眠らせて状態を探ってくれた。
「主様、彩桜様は?」
狐儀は眠る彩桜に寄り、頭を撫でた。
「歪に隙間が開いておった。
完全に閉じ兼ねぬ状態であったが故に塞ぎ直したが……此の開こうとする力、導くつもりだ」
「然様で御座いますか……」
「此度の襲撃は偶然ランマーヤを見付けただけ。
誰かを特定して狙うたものではない。
その場で潰すも、拐うもよし。
手段も厭わず、理も無し。
ま、相手は堕神だからな。
動きが激しくなってきおったな。
敵神め、焦り始めたか……」
「ようやく人世の現状をほんの少し把握した様子で御座います」
「ほんの少し、か……」
「故に堕神狩りが激しくなるかと。
しかし神世ですら、大して把握してはおりませぬ。
人姿に徹した獣神が紛れ込んでいる事にすら気付いておらぬとマヌルヌヌ様も仰っておられました」
「婆様に会うたのか?」
「いえ。
リグーリに伝わりまして御座います。
話していて、泣いている彩桜様を見つけたので御座います」
「通じておるのならば、婆様とも策を練らねばならぬな」
「はい」
敵方の動きが激しくなり、ショウ達も巻き込まれていきます。
というところで第1章は終わりです。
〈あれれ~? 次から僕達の出番ないの?〉
緊迫感とか無さそうですけど。(苦笑)
龍神ドラグーナの子は千。
神の王ティングレイスの子は三千。
他の四獣神の子供達もそこそこ居るし~。
全て登場なんて有り得ませんが、これから大勢登場します。
たぶん。m(_ _)m




