音色を楽しむ
拓斗は彩桜に渡された楽譜を練習し始めた。
1フレーズ毎に彩桜が手本を弾き、攻略ポイントだと説明してから拓斗が弾く。
構え方や指の運び、弓の当て方などの些細な修正も的確で、弾き易くなっていく毎に拓斗は笑顔になっていった。
「それじゃ頭から半分、通してみよ~♪」
「うんっ♪」
頭出しは祐斗のピアノから。
彩桜が弓で指揮者のように拍子を取る。
『せ~の♪』と彩桜が口パクして二人同時にピアノに重ねた。
「あっ」
『初めてだからトーゼン♪』笑顔で口パク♪
頷いて続けた。
そして何度か間違えたり、音が抜けたりしたが、前半を弾き終えた。
「間違ってもいいんだよ♪
知らん顔して続けたらバレないから~♪」
「そうなの?」
「こんな曲なんです。って堂々としてれば、そぉ見えるし聞こえるから~♪」
「彩桜ってば♪ でも その通りだよね♪」
「祐斗君も そうなの?
間違うと怒られるよ?」
「そゆ教え方あるの知ってるけどね、音楽は音色を楽しむものだから~♪」
「いいの? ホントにいいの?」
「拓斗、毎日 叔母さんが僕ん家に連れて来てくれるって言ってたよね?
だから ここで練習しようよ」
「したい! 彩桜お兄さんと練習したい!」
「だからぁ、お兄さんヤメてぇ~」
笑って後半に移る。
―◦―
その頃、小ホールでは――
「この絵……」
智水は1枚の前に30分以上 立ち止まっていた。
「ね? 引き込まれるでしょう?」
他の絵を見ていた聖水が歩み寄った。
「そうね……」
「心の刺が浄化されて消えるでしょう?」
「心の刺……そうね。その通りね……」
「智水も魅了されてしまった?」
「そうなのかも……」
困ったような笑みを浮かべた。
―◦―
居間では――
「うん。各々が躓いた箇所が判ったからね。
明日から克服していこうね」
「「「はいっ!」」」うるっ――
「おいおい泣くなよなっ♪」ポンポンポン♪
「嬉しくて……」「感動しちまって……」
「こんなの初めてで……」
「「おいおい」」あははっ♪
玄関側のドアが開いた。「只今戻りました」
「藤慈が礼服? 何処行ってたんだぁ?」
「結婚披露宴ですよ。
先日の同窓会で招待して頂いたのです♪
青生兄様、その方々は?
白久兄様は お友達ですか?」
「今日からの生徒達だよ。高校生なんだ」
「勝利サンは、その保護者ですよねっ♪」
「そうですか♪」にこにこ♪ 『只今』
「あ♪ 金錦兄様お帰りなさい♪」
金錦、居間に到着。
「青生、また増えたのだな」フッ♪
「はい。出会いは縁ですから」
「そうだな。中学生達は?」
「今日は模試なんです」
「競技会には間に合わず、すまない。
聞かずとも優勝なのだろう?」
「はい、彩桜もジュニアの部で」
「その彩桜は?」
「アトリエでバイオリンを教えています。
後で合奏しますか?」
「ふむ。そうしよう」フフッ♪
「では着替えて参ります」「私も そうしよう」
「荒巻さんと君達も聞いてもらえる?」
「えっと」「何を?」「ですか?」
「音楽だよ」
顔を見合せ、頷き合った。「「「はいっ」」」
「白久、音楽って堅苦しいヤツかぁ?」
「ん~、ま、ど~とでもですよ♪」
「ふ~ん……」
「青生、瑠璃さん呼んでくれるか?」「え?」
「会いたいんでしょ?♪」「違っ、おいっ!」
「呼びますね」くすっ♪ 〈行かぬぞ〉
〈そう言わず、ね?〉〈少しの間だけだぞ〉
〈うん♪ お願いね〉〈仕方のない奴だな〉
青生の返事は笑い声だった。
―・―*―・―
拓斗達が母親達に練習した曲を披露していると、中盤で音が重なり、兄達が弾きながら出て来てピアノを囲んだ。
その曲を終え、母親達が目を潤ませて拍手していると――
「もっかい弾くから入れ~♪」
――居間と庭に居た者達が入って座った。
もう一度、同じ曲を奏でた。
「拓斗君、他にも何か弾ける?」
首を横に振る。「覚えてなくて……あの――」
「ん? 何でも言って~♪」
「お兄さん達の聴きたいです!
音楽教室は楽しんでないから……みんな、ぜんぜん楽しそうじゃないから。
楽しいの聴きたいです!」
「僕も聴く方に行くねっ♪
拓斗、行こっ♪」「うんっ♪」
祐斗と拓斗が手を繋いで席へ。
「そんじゃあ最初は、ご婦人方の為に穏やかな癒しの曲を。
その間に お前ら、リクエスト考えとけよ♪」
白久が話している間に兄弟はピアノの前に並んでいた。
『クラシック界の超新星』を演じているかの如くな真顔での弦楽七重奏が、穏やかに場に満ち、皆を優しく包み込む。
弦の余韻が消え、拍手が湧く。
「その辺、眠くなってたろ♪」弓でクルクル♪
「えっ?」「寝てなんかっ!」
「俺、ちょっと寝た……」
「寝ていい曲。つーか寝てもらう為の曲だ♪
癒しの曲なんだからなっ♪
で、リクエストは?」弓で差す。
「って何ができるンですか!?」
「あ~、確かになっ♪」「ハイ♪」挙手♪
「ナンだよ堅太?」
「こないだのアイドルのヤツ♪
メドレーでもいいし♪」
「またかよ~。紅火、オケは?」
「完成した」ヘッドセットマイクを配る。
「用意周到だなっ♪ そんじゃヤっか♪」
兄弟は頷き合うと、楽器を隅のスタンドに置いてピアノを下げると後ろの幕を閉じた。
そして位置に着く。
オケの音も抜群に良い。
バシッと揃って動き始め、彩桜の伸びやかな高音が響く。
「毎日ずっと一緒なのにマジで いつ練習してるんだろなっ♪」
「ホントだね♪
金錦お兄さん、週末しかいないのにね♪」
「すっごいね♪ ホントなんでもだね♪
さっきの、笑うのガマンしてたよね♪」
「してたなっ♪」
「頑張って真面目してたよね♪」
「楽しいって、わかったよ♪
ボク、バイオリン続ける♪」
「秀飛、大丈夫か?」前の背中をつんつん。
振り返ったキラキラ眼が三日月に細まる。
「うんっ♪」すぐ前向きに戻った。
秀飛の両側も同じくだ。
「白久サンも、青生先生も……」
「面白ぇなっ♪」「だよなっ♪」
暫く唖然としていた高校生達も笑顔になった。
3曲続けて歌い踊っても息すら乱れていない兄弟は、要塞3点セットが乗った台座を引き出し、ギターやマイクスタンド等も出して並べた。
「ずっと踊るのもアリだが、『何が出来るんだ?』に答えねぇとなっ♪
曲のリクエストは?」
祐斗が手を挙げた。「全世界水泳の!」
「あ~、夏に流れてたイメージソングな♪
難度高いヤツ選びやがったなっ♪」
兄弟、嬉しそうに楽器を選ぶ。
耳馴染んだイントロが夏の思い出を連れて鮮やかに流れ、白久の歌声が力強くスポーツ感を醸し出す。
歌って踊っていたアイドル感は何処へやらだ。
「生きてくのに不可欠な水だが、人は水の中じゃあ息できねぇ。
だから挑む泳者への試練となる。
逆流なら尚更だ。
それでも尚、挑み続ける者には試練すらも微笑む、かも知れねぇ。
つまり、だ。
世間の風とか他人の目なんかに惑わされず、流されず、己の道を突き進めってコトだなっ♪
この曲、結構イイコト言ってるんだぞ♪」
歌い終えた白久が語ってニカッと笑った。
「バンド……やってみたいな……」呟いた。
「勉強しろって言われねぇか?」コソッと。
「言うかよ。
お前らの立ち位置は、まだ道を探してる段階だ。何でもやってみろよ。
道を見つけたら突き進みゃいいんだよ。
高校生なんざガキなんだよ。
まだまだ可能性は無限大なんだからな♪」
「さっすが常務~♪」「ソレ言うなっ!」
逃げる末っ子、追う次男。
「次、どうしようか?」ドタバタ無視な三男。
「管楽器がまだだよな」平然としている四男。
「む」「入れ換えますね♪」五男六男、動く。
長男は、その全てを包み込むように微笑んでいる。
「兄弟って……いいわね」
「智水も もう1人産んでみる?」
「そんな……」
「彩桜君、どう見ても随分と年下でしょう?」
「そうね……」
「私も2人いて幸せ――あ、ヒナ!」思い出した。
バッと扉が開いた。
「ママも お兄ちゃんもヒドい!
私もファンなのにぃ!」
「ヒナごめん。
まだ続けてくれるから座って」「ん♪」
演奏者もプレイヤーですので、本領発揮な音楽も挟み込みました。
拓斗も高校生達も笑顔になりました。
そして智水も何かが変わったようです。
金錦と紅火が踊るのが想像できない?
ダンスも芸術ですので真剣に踊りますよ。
前に前にと目立とうとするのは白久と黒瑯ですけどね。




