スケートボード競技会①
心配も憂いも無くなると楽しい時は瞬く間で、青生がスケボーの競技会に出る土曜日になった。
「それじゃ行ってきまーす!」
祐斗は元気良く玄関を出ようとした。
「祐斗 待って!」
「母さん何? 彩桜と約束してるんだけど?」
「智水が来るって電話してきたのよ」
「智水叔母さん何しに?」嫌々爆上がり。
「そんな顔しないでよ。
理由なんて知らないわ。
近くまで来てるってだけで切れたから」
「でも僕、約束してるから」
「陽咲もピアノレッスンで居ないから お願いよぉ」
「母さんの妹だよね?」
「でも子供の頃から苦手だったのよぉ」
「絶滅危惧種レベルの強烈教育ママゴンだもんね」
「直接そんなこと言わないでよね」
「言えないよ」大溜め息。
「彩桜に電話する」渋々。
「けど1時間も居ないからね。
いつもみたくピアノ弾いたら出掛けていいんだよね?」
「たぶん……ね」
そして10分程後――
「あ~ら祐斗君、大きくなったわね~。
中学に入ったのよね?
私立? 大学までエスカレーターかしら?」
「公立です。櫻咲(高校)に入りたいから」
「そう櫻咲に。大学は?」
「ヤマ大を目指します」
「ピアノは続けているのかしら?
それとも勉強で忙しいかしら?」
「弾きますね」
叔母の横で居心地悪そうにしている1つ年下の従弟をチラリと見てピアノに向かった。
彩桜から習った難曲を自分でも上出来と思える程に弾き上げると、パン、パン、と変な手拍子みたいな拍手が聞こえ、
「上手になったわね~。
それじゃあ伴奏は祐斗君で決まりね♪
いいわね? 拓斗」
振り返ると何故か勝ち誇った笑みを浮かべた叔母が一気に喋った。
何を勝手に!?
叫ぶのはグッと堪えて母に視線を送った。
「智水、どういうこと?
ちゃんと説明してよ」
「拓斗はバイオリンを習っているの♪
上達が早くて天才的ですって♪
それでね、ゼロから始めてたった1年なのに、来月の発表会に もう出られるって決まったの♪
その曲がピアノ伴奏をつけてもいいって♪
だから祐斗君か陽咲ちゃんに弾いてもらおうと思って来たのよ♪」
なんだか とんでもなくハイだ。
「そんな勝手に……祐斗も陽咲も忙しくしてるの。
それに東(の街)に通わせるなんてできないわよ」
「あら、ご自慢の息子を晴れ舞台に立たせてあげないの?
勉強ならウチの家庭教師に一緒に見てもらうから心配要らないわよ。
超有名グループのトップクラスの家庭教師なのよ♪」
「必要ないわよ。
祐斗は毎日ちゃんと勉強してるんだから。
とにかく祐斗は伴奏しません。
同じ音楽教室で選びなさい」
「伴奏できるピアノクラスの子達はもう決まってしまってるのよぉ。
だから わざわざ来たんじゃないの。
それなら毎日 私が拓斗を連れてくるわ。
それならいいでしょ?」
「良くないし」ぶすっ。
「あらま! 私が認めてあげたのに!」
「僕、今日も約束があるのを遅らせているんです。
もう行きますけど勝手に決めないでください」
「祐斗君……」拓斗が泣きそうに見上げた。
「拓斗も来る?」「うん!」
「連れてっていいですか?」
「伴奏してくれるのなら♪」
「拓斗ゴメン」「ママぁ」
「智水、拓斗君が可哀想じゃない。
それとこれとは別になさい。
今夜はウチに泊まらせてあげたら?
それこそ良い勉強になるわよ」
「それなら私も一緒に行動してもいいかしら?
姉さんもね♪」
祐斗は困り顔の母と今にも泣き出しそうな従弟を見て溜め息と怒りを飲み込んで、
「好きにしてください」
従弟の手を引いて外に出た。
「祐斗君どこ行くの?」
「屋内スケボー場。すぐ近く。
競技会があって友達のお兄さんが出るんだ」
「いいな~。
ボク、スケボーってしたことない」
「だろうね。勉強には関係ないもんね」
「うん……」
「バイオリン、楽しい?」
「あんまり……」
「後で頼んでみるよ」
「え?」
「聴いたら変わると思うから」
―◦―
両母親は少し離れて追っていた。
「何を話しているのかしら?」
「仲良くしてるんだから何でもいいじゃない」
「良くないわ! 悪影響があったら――」
「あのね、私の子なのよ?
変に張り合ったり、我が儘言ったり、いい加減にしなさい」
「張り合う? 私が?」
「ソックリな字の名前なんて付けなくてもいいじゃない。
親戚中から紛らわしいって言われてるの聞こえてないの?
音楽家に育てたいから『タクト』なのはいいとして、そう読める字なんて沢山あるでしょ?
習わせてたピアノはどうしたのよ?」
「バイオリンの方が上でしょ♪
だから転向よ♪」
「ほら、張り合ってるじゃない。
祐斗を追い越せないから変えたんでしょ?」
「姉さんと話しても仕方ないわ」フン!
「認めたようなものじゃない」溜め息。
祐斗と拓斗が建物に入った。
「何? 大きな体育館?」
「屋内スケートボード場。
けっこう有名よ」
「拓斗をそんな所に!?」
「私は行くけど?」「行くわよ!」
―◦―
会場に入った祐斗は彩桜を探して客席に視線を走らせていた。
『パーク競技ジュニアの部、最終ランは中学1年生、輝竜 彩桜君です』
「ええっ!?」
慌ててスタート地点を見ると、フルフェイスのヘルメットで顔を隠してはいるが、間違いなく彩桜がスタンバっていた。
「どーして!?」
「祐斗君、どうしたの?」
「あれ、友達なんだ」
「スゴいねっ♪」
「うん。彩桜は凄いんだよ」
もう滑り始めている彩桜を目で追う。
客席の方が高くなっていて、大小のお椀を不規則に繋いでいるようなコース全体を見下ろす形になっている。
その為、競技者が唐突に宙に飛び出して驚くという事はない。
ヘルメットのフェイスガードが濃色なので表情は全く見えないが、とにかく彩桜は楽しそうで、勢いよく滑走しては壁の上端より高く飛び出してクルクル回ったりポーズをキメたりしている。
実況者が技の名前らしい言葉を叫んだり、高い速いと騒いでいるが、ルールも何も知らないし、それ以前の競技を見てもいないので、ただ凄いとしか言いようがなかった。
「1分弱かな? それを3回?
あっという間なんだね。
間に合って良かった……」
「カッコイイねっ♪」
競技を終えた彩桜が駆けて来た。
競技中に祐斗を見つけていたらしい。
「祐斗♪ 来てくれて ありがと♪」
「彩桜……どうして?」
「昨日、青生兄に くっついて来て遊んでたら出るコトなっちゃった~」
「で、どうしてフルフェイス?」
「初心者だから恥ずかしくて~」テレテレ。
「とんでもなく熟練者じゃない」
「ね、ナンか似てるから従弟くん?」
「あ、うん。従弟の拓斗。
叔母さんが急に来て。
だから遅くなったんだ」
「そっか~。はじめまして♪」
「はじめまして♪」
「拓斗、バイオリン習ってるんだって」
「今日は? すぐ帰る?」
「ううん。ウチに泊まるって」
「じゃあウチ来て♪」「いいの!?」
「頼もうと思ってたんだ♪」「来て来て~♪」
話している間にシニアの部が始まっていた。
「青生先生は?」
「ず~っと後~。
まだまだだから何か食べ行こっ♪」
「「うんっ♪」」
―◦―
「あの怪しげな子……不良じゃないでしょうね」
聖水と智水は楽し気な3人の後をつけている。
子供達は通路の売店に向かっているらしい。
「決めつけないで。
キリュウ夫妻か兄弟って知らない?」
「聞いたこともないわ。誰?」
「そんなのでよく音楽家を目指させてピアノやバイオリンを習わせられるわね。
クラシック界の超有名人よ」
「私は拓斗しか見ていないの。
拓斗が有名人になれればいいの。
だから他人なんて興味ないわ」
「そう言いながら張り合うクセに。
興味ないのなら、バイオリン教えてくれそうだけど断ってあげるわね」
「なっ、何それ!?」
「怪しげとか不良呼ばわりした子がキリュウ兄弟の末っ子。
世界の宝と言われている天才少年よ」
「拓斗のライバルね!」
「あなたってホント……もういいわ」
―・―*―・―
毎週土曜日の午前中は常務が琢矢を指導すると決めていたのだが、ふらりと来た琢矢から この日は都合が悪いと言われて水曜日に仕事の時間を割いて指導をしたのだった。
なので常務は出掛ける予定で家に居たのだが、琢矢から電話で呼び出されてしまった。
そんな訳で、この日も二人は支社長室で向かい合っていた。
「少し休憩だ」立ち上がる。
「あのっ」
「質問か?」座り直した。
「勉強の、じゃないんですけど……」
「何だよ?」
「常務は大学は? 専攻は建築?」
「全く別分野だ」
「どうしてこの会社に?」
「おい、面接かよ?」
「そうじゃなくて! 俺、畑違いだから……」
「そっちに進みたかったのか?」
「そうでもないんですけど……」
「その理由も親と同じ道が嫌だったとか?」
「たぶん、それです」
「俺も親と同じ道が嫌で、だから誰にも文句を言われない学部を選んだ。
だが……東京に離れた間に、この街が少しずつ荒れていくのが悔しくて歯痒くて、その道も捨てたんだよ。
ヤンチャしてる奴らの殆んどが、其処にしか居場所を見つけられなくて仕方無くワルしてる奴らだ。
だから一流企業の門戸を開いて、此処にも道があると示したかったんだよ」
「それでウチに?」で、元ヤンだらけに?
「俺はアタマしてたからな」「ええっ!?」
「イチイチうっせーな。
良くする為にアタマを引き受けた。
だが所詮は高校生だ。
大した事なんて出来やしない。
だから社会人になってから頑張ったんだよ」
「そうですか……」
「で、継ぐのは嫌なのか?」
「常務の方が継ぐべきだと思います」
「イ・ヤ・だ」
「どうして!?」
「琢矢は これから頑張るんだろ?」
「それは……はい」
「俺は親父サンに世話になった。
だから裏切るような真似は出来ん。
全力で琢矢を次期社長に育てる」ニヤリ。
「けど――あっ、常務はどれだけ資格取ったんです?
資格の種類とか読んでて、それが聞きたくなって約束キャンセルして来たんですよ」
「ったく。来週でもいいだろーがよ。
俺の都合は無視かよ。
ま、さておきだ。
会社で必要な資格は全て取った。
上位のもな。
だから参考書や問題集があるんだよ」
「全部……どのくらいの期間で?」
「就職すると決めてから始めて、経験値不要なものは全て新人の間に揃えたな」
「て、天才ですかっ」
「努力の賜物だ。だから頑張れ。
元ヤンチャ達も頑張っている。
ナメられるな」
「げ……」
「凶器だらけだからな、認められなければ……ま、分かるよな?」
常務は笑って立ち上がり、琢矢の肩をポンポンとして机に向かった。
やっと文化祭騒ぎが収まったのに彩桜はまた騒ぎの種を自ら蒔いています。
目立って大丈夫なんでしょうか?
祐斗の方は、ややこしい叔母と気弱な従弟が登場です。
拓斗にも笑顔になってもらいたいものです。
常務も屋内スケートボード場に行く予定だったんですけどね。




