山南牧場の白桜
そして文化祭の代休な水曜日。
取材攻撃から逃げたいのもあって歴史研究部員と堅太は自転車で街の北、北渡音地区にある山南牧場を訪れた。
「牧丘さん、おはよございます♪」
「ああ、彩桜君おはよう。
馬舎に行くかい?
それとも鶏かな?」
「馬に乗りたいです♪」
「それなら こっちだよ」
「ありがとございます♪
あれ? 牧丘さん、足……怪我ですか?」
リーロンと一緒にチーズを求めて来た時はデスクワークをしていたので、歩くのを見るのは初めてだった。
「もう1年近くなるんだけどね、たぶん一生ものだよ」
「後遺症ですか……」ちょっと治癒~。
手前の『馬舎1』と壁にペンキで大きく書いてある厩舎に入った。
「まぁ、どうにか仕事は大丈夫だし、命拾いしたんだから十分だよ。
ほら馬達が見てる。
こっちのは観光やイベント用で、おとなしくて人慣れしてる。
気の合うヤツを選んだらいい」
「はい♪」
彩桜は牧丘の足に瑠璃の治癒を感じたので話を聞きたかったが、馬達の視線に負けてリーダーぽいと感じた白馬に近寄った。
〈恐がらないでね~〉にこにこなでなで♪
「ブラシ借りていいですか?」
「その辺にある物なら好きに使っていいよ」
「ありがとございま~す♪」
壁に掛けてあったブラシを手に柵の中に入った。
〈人なのに話せるの?〉
〈あれれ? ノイズが無い?
ちょっと待っててね~♪〉
【ドラグーナ様、起っきて~♪】
〖どうかしたの?〗
【すぐ起きた~♪
あのね、このお馬さん、神様?】
〖そうだね、馬神様だよ。天馬族だね。
記憶は……抜かれていないね。
封じられているけど……うん、雑な封印だから大丈夫そうだよ。
お名前が判ればいいんだけど、俺は馬神様に知り合いは――あ、もしかしたらテトラクスの友達かも知れないよ〗
【あっりがと~♪】
〈ね、テトラクス様って知らない?〉
〈えっ……〉
何か引っ掛かりがあるのか、前足で地を掘るようにツンツン掻き始め、ハッとして尾を大きく振った。
〈……狐……狐のテトラクスだよね!〉
〈当ったり~♪ お友達?♪〉
〈懐かしい? うん。懐かしい!
足を怪我して絶望していた僕を助けてくれたんだ!
治癒してくれて、また走れるようにしてくれたんだよ!
一緒に野を走ったんだ!
そうだよ! 雲の野を――えっ……?〉
〈うんうん♪ 神世の雲地の野原ね♪〉
〈神世…………ああっ!!〉
息を呑んで固まった後、苦笑を浮かべて大きく吐いた。
〈大丈夫?〉
〈うん。
ありがとう、解けたよ。
僕はルルクル。
君も神だよね?〉
〈俺は人なの。ただの人~♪
ドラグーナ様の1/7の器なだけなの~〉
〈獣神王様の!?〉
〖俺は引き受けていないからね〗
【また言ってる~♪】にゃはは♪
〈ね、乗っていい?
外で ゆっくり お話ししよっ♪
友達も馬に乗りたいって来たんだ♪〉
〈皆と話すよ〉〈うんっ♪〉
―◦―
馬が決まった頃には牧場の馬担当者達が教えに来てくれていたので、各々に指導者が付いて外に出た。
「彩桜ってマジで何とでも話すんだな♪」
堅太が振り返ると彩桜は居なかった。
「どこ行った?」
「あれ」
祐斗が指した遥か彼方を疾走している。
「サッと乗って行っちゃったよ」
彩桜を指導しようとしていた女性が牧丘の方に行って肩を竦めた。
「父さん。私、馬舎を掃除するわね。
あの子、今すぐにでもジョッキーになれるわ。
白桜とも話せてるみたいよ。
あの走り渋りクンをあんな風に走らせてしまうなんてね」
「どんな道に進むのか……楽しみな子だな」
「他にも何かあるの?」
「この前テレビが騒いでたろ?
キリュウ兄弟の末っ子だよ」
「とんでもない子ね……」
―◦―
〈この姿になって初めてだよ!
こんなに思いっきり走ったの!
走るって気持ちいい!♪〉
〈良かったね~♪
ちゃんと思い出せた?〉
〈走ったら思い出せたよ♪
獣神狩りなんてしてなかった幼い頃、僕は人神の罠に掛かって怪我したんだ。
テトラクスはドラグーナ様から馬の里に行って助けてあげてね、と言われて来たんだって。
だから僕にとっては一番 大切な友達♪
怪我した記憶が残ってたのかな?
堕神にされたんだから、この身体は なんともないのにね。
怖くて走れなかったんだ〉
〈これからは い~っぱい走ってねっ♪
あ♪ リーロンだ♪〉【オニキス師匠♪】
【え? 彩桜?】キョロキョロ。
【こっち~♪】ソッチ行く~♪
【馬に乗ってたのか。
ん? この馬……堕神じゃねーかよっ!】
【うんっ♪ ルルクル様、お友達~♪】
【この話法、出来る筈だが?】
【思い出し途中なの~】なでなで♪
【そっか。で、オフォクス様トコには?】
【まだ~。今夜、連れ出す?】
【だな。そうしよう。
話しといてくれ】【ん♪】
〈ルルクル様♪
さっきのヒト、分かった?〉
〈うん。今度こそ獣神だよね?〉
〈うんっ♪
ドラグーナ様の子供のオニキス師匠♪〉
〈龍神様なんだ……そこまでは見えてなかったよ。
僕、まだまだだね〉
〈だから今夜オフォクス様トコ行こっ♪〉
〈オフォクス様!?
テトラクスの兄神様の!?〉
〈うんっ♪
修行して、ちゃんと神様ならないと帰れないから~〉
〈そうだね。連れて行ってください。
お願いします〉
〈ルルクル様、神様でしょ?
人な俺に丁寧いらにゃ~い。
友達だし~〉
〈ありがと♪ じゃあ友達♪
僕にも『様』はナシでね?〉
〈うんっ♪ あ……呼ばれてる?〉
〈そうみたい。戻るね〉〈ん♪〉
―◦―
「歌音、障害の競技コースで」
「ええ」
彩桜と白桜が牧丘の所に着くと、彩桜を指導してくれようとした女性が馬を駆ってコースに向かった。
「彩桜君、よく見てて。
その馬、白桜も日曜の競技会にエントリーしてるんだよ。ダメ元でね。
彩桜君が乗れば白桜は跳べる。
だから出てくれないか?」
「ほえ?」〈ルルクルがハクオウ?〉
〈正確には僕と一緒に居る馬が白桜だよ。
彩桜となら走るのも跳ぶのも楽しい♪〉
〈じゃあ出る?〉〈出たい♪〉〈ん♪〉
「白桜、出たいって♪」
「そうか。
それじゃあ練習用の初級コースに――行ってしまったな。競技コースに……」
歌音が戻った。
「いきなりなの?」
「いや、行ってしまったんだよ」
「軽くクリアしたわね」
「で、嬉しそうに駆けて行ったな」
「白桜が あんなに走れるなんて……」
「競走馬の血は生きてたんだなぁ」
「まさしく人馬一体?」
「どっちも『桜』だからか?」
「そうかもね♪ 戻って来たわよ♪
またコース♪ あんなに跳んで♪
白桜って鹿だったの?♪」
「おいおい それじゃあ――」「あ!」あはっ♪
ぱかぽこ周遊を終えた祐斗達が戻った。
「アレやっぱ彩桜か! スッゲーな!♪」
「彩桜もモンゴルに行ったのかな……?」
前で並んでいた堅太と祐斗が同時に言って顔を見合せた。
「モンゴル?」
「金錦お兄さんが子供の頃モンゴルに行った思い出を描いたのが、僕が貰った馬の絵なんだ」
「行ったつーか、ありゃモンゴル育ちだろ」
「保育所で一緒だったのに?」
「鞄に入って東京じゃなくモンゴルに行ったとか?♪」
「それ、信じてしまいそうだよ」
後ろの凌央と直史は、直史の手を心配した指導者に降ろしてもらっていた。
「凌央君は乗ってていいのに?」
「運動は苦手なんだよ。もう十分」
腰を撫でている。
「僕は もっと苦手♪」あははっ♪
「僕を慰めようとしてくれてるの?」
「そうじゃなくてホントでしょ?♪
馬さん、僕が落っこちないように歩いてくれて、ありがと♪
また乗せてね♪」なでなで♪
「そうか。君も ありがとう。
僕のバランスが悪くて大変だったね」
優しく ぽんぽん。
『また来てね、だって~♪』
「「あ、彩桜」君♪」
「いつでも乗りに来てね、って言ってる~♪」
「うん♪ 乗せてね♪」「ありがと」
「黒菱、凌央は照れ屋なだけだからね♪」
凌央が撫でている黒馬が小さく嘶いた。
「知ってる、だって~♪」にゃはっ♪
凌央がチラリと彩桜と黒菱を睨む。
が、その頬は恥ずかしいながらも ちょっと嬉しそうに、ほんのり桜色に染まっている。
「ね、僕の馬さんは?」
「赤麗は、直史カワイイって♪」
「ありがと~♪」にこにこなでなで♪
―・―*―・―
その頃、駅前の黒光りビルの支社長室では支社長と社長の御曹司とが向かい合っていた。
通常、指導は土曜日なのだが、御曹司が ふらりとやって来て今週末は都合が悪いと言ったので、支社長は仕事を中断して指導を始めたのだった。
「これまでは社内各部所の業務内容と業績を説明してきた。
今日からは社員達が持っている、または目指している資格について説明し、取得できるように指導する。いいな?」
支社長の眼差しは鋭い。
「もしかして、この本……?」
射貫かれてビビる御曹司。
「参考書や問題集だ」
「こんなに!?」
テーブルにドンと積まれている山を指した。
「いっぺんになんて言うかよ。
卒業までに少しでも取っとけ。
親の会社は嫌だとか贅沢な理由で他の会社に就職しようってんだから、来年は資格どころじゃないだろ」
「……はい」
「先ずは、これを読んで資格の種類と内容を学べ。
で、最初に目指す資格を選ぶんだ。
今日はそれだけだ」1冊渡した。
「って、常務は?」
「其処で仕事をする」机を指す。
「あ……はい。
あの~、そろそろ常務のお名前を……」
「一度、名乗っている」机に向かった。
「って、いつ!?」
「5年半前、本社を案内した」
「えええっ!?」
「人の顔と名前は即座に覚えろ。
琢矢はいずれ社長を継ぐんだからな、それも利に繋がるんだよ。
兎に角だ、今は無駄口叩いてないで早く始めろ」
キンッと睨んだ。
「はいっ!」ヒーッ!
牧場に遊びに来て出会った堕神馬の白桜。
彩桜は一緒に競技会に出る事になりました。
日曜日って……いつ練習するんでしょう?
凌央と直史は火曜日に歴史研究部に入りました。
凌央は美術部から移り、直史は掛け持ちです。
堅太はバスケ部ですが……きっと入りたいんでしょうね。
中渡音第二中学校の掛け持ち可能な部は、活動頻度が低く、部員が集まり難い華道・茶道・書道・歴史研究の4部です。
あの和室を部室として使っている部ばかりなんですよね。




