終わっても大騒ぎ
翌早朝、トレービとジョージは超ご機嫌で東京に戻った。
文化祭も終わったので普通の生活に――とは、なかなかいかないもので、文化祭の代休な月曜日に歴史研究部が片付けをしている最中には既に彩桜への取材申し込みが輝竜家とキリュウ事務所に殺到していた。
しかし、どちらにも受け付けてもらえなかった為に火曜日には学校に集中し、昼頃には とうとう学校としても取材どころか電話すらも拒絶せざるを得なくなっていた。
とは言え、彩桜自身は白儀と兄・義姉達が盾になってくれていたので、月曜日に帰宅した時に囲まれただけで、その後は巻き込まれずに友達と楽しく過ごしていた。
部活は月に一度の学校での活動に戻り、次回は11月なので、寂しく感じた祐斗達は火曜日の放課後も文化祭前と同様に輝竜家のアトリエに集まって読書したり意見を交わしたりと楽しんでいた。
徹も部活卒業式をしてもらったが勉強の為に輝竜家に来ているので休憩時間には顔を見せていた。
「今週末どうするの?
あ、明日も代休だったね」
祐斗が読んでいた本から彩桜に視線を移した。
「牧場、行く?」「「牧場?」」
彩桜の言葉に凌央と直史も顔を上げた。
「馬、乗れる?」祐斗から『乗りたい』が溢れ出ている。
「乗れると思う~♪」
「歴史と何か関係あるの?」「僕、行きたい」
「直史が行くなら僕も行く」「うんっ♪」
「歴史ねぇ……邦和での酪農の歴史なら教えてもらえるかもね~♪」
「受験には関係ないよね?」「凌央君てば~」
「そぉだね~」
「ところで彩桜は どんな勉強してるの?」
「ん~~、宿題くらい?」「ウソだろっ」
「えっとぉ、本は読む~」「ふ~ん」
「たっくさん本あるから~、ず~っと読んでたのぉ」
「沢山?」「どこに?」
「ウチの2階♪」窓の外を指した。
「そういえば1階しか知らない……」
「見せてよ。隠すなんて卑怯だぞ」
「凌央君てば~」
「行こっ♪」
「あっ、彩桜クン!」
渡り廊下で庭から声を掛けられた。
「あ♪ ソラ兄~♪
ソラ兄も来て来て~♪」
「どこに?」ベースの練習しに来たんだけど?
「2階の書庫♪」「行く!♪」
1階より少しだけ狭くなっている筈の2階は大広間になっているらしいが、天井までの書棚が並んでいるので広さは全く分からなかった。
「凄……」「図書館だね♪」「床抜けない?」
「補強してるから大丈夫♪
ソラ兄の好きな古文書はコッチ~♪」奥へ。
追って行ったソラの嬉しそうな声が聞こえた。
彩桜が戻って来た。
「兄貴達の教科書とかもあるし~、図鑑とかも、いろんな言語の本も~。
外国の古い図鑑って面白いよ♪」
「外国の、って言葉は?」
「だから覚えた~♪」
「話すのは? 英語フツーに話すよね?」
「父ちゃんと母ちゃんに会いに行く為♪
いろいろ覚えたら行けると思って~♪」
「東京に行ってた間は?」
「青生兄の大学の本い~っぱい♪」
「凌央君? どうしたの?」直史が覗き込む。
「僕は負けない……負けないからなっ!」
「うんっ♪ 一緒に頑張ろ~ねっ♪」
彩桜と一緒に直史も両手をグッ。
「一緒にって――」「凌央君♪」「何!?」
「ケンケンしないの~」背伸びよしよし♪
「だって上からっ!」
「彩桜君は、そんなつもりないよ。
それに事実、今は彩桜君の方が上でしょ?
だから凌央君、頑張るんだよね?」
「うっ……そう、だね……」
「彩桜君、学校の勉強に役立つのどれ?」
「金錦兄と青生兄の教科書かな~?」
言いながら取りに行って戻った。
「ちょっと見てみて~♪ はい♪」
歴史の教科書を広げてパラパラ。
「あっ……絵が……」「解りやすいね♪」
「コッチが金錦兄ね♪
授業中に描いてたみたい~♪
チャートだったり、イメージだったり、参考書みたいでしょ♪
で、青生兄のが~♪」パラパラパラ。
「文字がビッシリ!!」「凄いねっ♪」
「合わせて読んでみる?
すっごく前の教科書だけど~」
「「「読む!♪」」」
「紅火兄トコ行ってコピーしてもらうね♪
何でも見てて~♪」
「楽器と本が友達か……」
凌央が本の背を撫でる。
「僕達のせいだよね……」
祐斗が書棚を見上げた。
「凌央君、祐斗君。もうソレ禁句ね。
彩桜君は喜ばないよ?」
「うん」「そうだよね」
「ね♪ これ図鑑じゃない?」
直史が大きな本を引っ張り出した。
「あっちにテーブルがあるね」
「元は廊下?」「かもね」
畳が敷き詰められている窓際に行って古いが上等そうなソファーに腰掛けた。
「これって……和語?
まるで漢語だけどカタカナがあるよね」
「漢字が旧字体だから戦前のだよ。たぶん」
「世界地図?」「みたいだね」
「ちょっと形が変だね♪ 面白いね♪」
「ソレ、この家を建てたヒトのなんだ♪
だから大正時代の本♪
ココ、百合谷さんって大富豪の別宅だったんだって♪」
「百合谷って」「町の名前だよね?」
「僕達の小学校もだよね♪」
「うん♪ 百合谷町ぜ~んぶ百合谷さん家だったんだって~♪
ココは趣味の家で、あのアトリエはホントにアトリエだったんだ。
で、和館は茶室とか書室とか。
コッチは1階が客間で2階は宴会場ってトコかな?
お店トコは厨だったんだって~♪」
「和館……」一斉に窓の外を見た。
「1階はリーロンと奥さんが住んでて、半分はチーズ工房なの♪」
「2階は?」
「百合谷のお嬢様が来るトコ♪」
「百合谷家、まだ続いてるんだね?」
「ううん。ユーレイさん♪」
「「「え!?」」」
「みんなもユーレイ会ったんでしょ?」
毎日ソラ兄にも会ってるし~♪
「会ったけど……」
「高市皇子様ね♪」「持統天皇様もね♪」
「ユーレイさんは怖くないよ♪
ちゃんとヒトだから~♪
……それより、生きてるヒトの方が怖かったりするよね……」
「「「えっ?」」」
自分達の事かと彩桜の方を向くと、彩桜は窓の外、門の方を見ていた。
「また来てるね」「シツコイよな」
「彩桜君、大丈夫だよ!」
この日だけでも数えるのも嫌になるくらい追い返しているのに、またカメラやマイクを持った大人達が見えた。
「ありがと――あ、響お姉ちゃん」「え!?」
ソラが窓に駆け寄った。
「ソラ兄、行っちゃダメだよ。
若菜姉ちゃんに任せるしかないから」
店から若菜が出てレポーター達を丁寧に追い返そうとした。
そこにお巡りさんも来たのでレポーター達は渋々離れて行った。
〈ソラ? また来てるの?〉
〈うん、見てたよ。大丈夫?〉
〈大丈夫よ♪ さっきのってテレビ?
何なのかしらね?〉
〈彩桜クンのジオラマとピアノが凄かったからじゃないかな?〉
〈確かに天才ピアニストよね~♪
それじゃ、このお店じゃないのね?〉
〈お店の物には理解が及ばないと思うよ〉
〈良かった~♪
祓い屋としては、あ~ゆ~人種には知られたくないのよね〉
〈確かにね。響、この後は?〉
〈女だけのお茶会♪〉
〈あ、そ〉
〈拗ねないでよぉ〉
〈拗ねてないし。
ボクは彩桜クン家の書庫に居るからね〉
〈ん♪ じゃあ後でね♪〉
〈うん。行ってらっしゃい〉
―・―*―・―
響は妖秘紙と修行スイーツを貰った後、茶畑探偵事務所を訪れていた。
「受験票が届いたんだけど……」
テーブルに出した。
「邦和名は天海 翔だけど、本名がSora Okasakiって……」
「そこは間に合わなかったのよねぇ」
「ごめんなさいね」
「誰かの養子にとかは? ダメですか?」
「お祖母様には話したの?」
「いえ、まだ……ソラが大人になってるなんて言えなくて……」
「それも解るけど、結婚式までには話さないといけないわよ?」
「ですよね」溜め息。
「受験票に関しては誤魔化すしかないわね」
「データは『Amami』に修正してるけど、票は そのままになってるとか?」
「あっ、それでいきます!
っと、それと この身元保証人の稲荷 厳狐さんって?」
「響ちゃんも よく知ってるでしょ?」
「お稲荷様、キツネ様よ♪」
「キツネ様が身元保証人!?」神様が!?
「ソラ君も納得してくれるでしょ♪」
「ユーレイなんだから、元々の戸籍が無いのくらいは解ってるでしょうからね♪」
「そっか……うん。それは話さないとね」
―◦―
そして夜。
響は部屋に現れたソラに受験票を見せた。
「そのローマ字表記は印刷ミスなの!
データは正しいからねっ!」
ソラは響から受け取った受験票に目を通した。
そっか。これが彩桜クンが頑張って
取得してくれたボクの籍なんだね。
「そんなに慌てなくても気にしないよ。
ちゃんと願書 出してくれて ありがと♪
この小さく書いてるのって?
人の名前?」
「普通に願書 出せないでしょ!
ユーレイなんだからっ!
だから身元保証人が必要だったの!
キツネ様がなってくれたのっ!」
「えっ? あのキツネ様がボクの?」
「そーなのっ!」
「響、いろいろ ありがと♪
だから落ち着いてね」ほっぺチュッ♡
「あ……うん……」ぽ♡
「それで試験は いつ?」
「再来週の日曜……」
「え?」ぱちくり。
「言い忘れ! ごめんなさい!」
「ちゃんと勉強してるから大丈夫だよ♪」
「へ? いつ? 輝竜さん家で?」
「ここで夜中に響の教科書で」にこにこ♪
「そうだったのね……」真っ赤っか~。
「ん? ・・・あっ!
響の寝顔なんて見てないからっ!」
「それはそれで~」
互いの赤い頬を見て更に赤くなる二人だった。
―・―*―・―
「えええっ!?!」
「暁津先輩、大声なんか出して どうしたんですか?」
啓志は この日も遅くまで残業していた。
「岐波! どーして教えてくれなかった!?」
「何をです?」
「キリュウ兄弟が母校の文化祭で演奏!!」
立ち上がってパソコンのモニターを指している。
「ですから行きませんかって言いましたよね?」
「キリュウ兄弟が出るとは言わなかったろ!!」
「ですから……」抽斗ゴソゴソ。
「はい、これ」紙を持って行った。
「音楽ステージのプログラムです。
見せましたよね?」
「キリュウ兄弟とは書いてないだろっ!!」
「ここ。輝竜 彩桜君。
キリュウ兄弟の末っ子ですよ」
「え"・・・こんな字だったのか!?」
「はい。
ファンなのに知らなかったんですか?」
「ぐ……」
「百合谷東町に家があるって知ってて?」
「ヴ……」
「で、残業中にネットニュース?」
「ウルサイ! 情報収集だっ!!」
「冬にまた演奏するらしいですから、紅火君にチケット頼んでおきますね。
外国でしょうけど」
「そうか♪ 世界の果てでも行くぞ!♪」
「果てなんかでしませんよ。
年2回しかステージに出ないそうですから、メジャーな国の都市ですよ」
「年2回だけ!? たった2回!?
それにしても……そんな話が聞ける程 親しいのだな?
いつ私を紹介してくれるんだ?」
「紹介って……彩桜君にも彼女が居ますよ?」
「は?」
「他は既婚者だし」
「なっ――」バタッと突っ伏した。
「もしかして本気で嫁候補に名乗りを挙げようとしていたんですか?」
「ううっ……」
「泣かないでくださいよ……」よしよし。
「岐波ぁ~」ガバッと抱き着いた。
「ちょっ――暁津先輩!?」
「私を嫁にしてくれぇ~!」
「ええっ!?
あ、もしかして近くに住みたいからとか?」
「チッ。バレたか」ストンと座った。
「しかもウソ泣きって……コドモですか」
「しかしソッチの望みが皆無なら、私には岐波しかいないのも確かだ」うんうん。
「また勝手なこと言って……」席に戻った。
「私は真剣だ。大真面目だ。
岐波、私ではダメか?」
「……ダメとかって……そもそも考えてもなかったから答えようがありませんよ。
そろそろ帰りますけど、先輩は?
続きは、、飲みに行きます?」
「行くっ♪」
文化祭は終わりましたが、その余韻と言うか、影響と言うか、が続いていますので、この章として続けます。
代休が連休になっていないのは曜日分散の為です。
文化祭直後の月曜日は片付けやら反省会やら各文化部が活動を希望するので毎年恒例で代休になっています。
他の行事等の代休は月曜日ばかりに集中すると授業数の少ない科目が月曜日に入っていた場合、極端に減ってしまうので、直近ですと、体育祭の代休は火曜日になっていたんです。
文化祭は2日間でしたので月曜日と水曜日に。
ちょっと違う邦和事情でした。




