コンパス啓志
その夜遅く、神世では――。
毎日の事だが、マディアはエーデラークとして執務をしていた。
〖マ~ディア♪〗
イーリスタ父様♪
〖うんっ♪ あのね、人世で~、アイツが知らない結界ってない?
と~っても強い結界♪〗
それなら……リグーリの教会かな?
僕も あんまり知らないんですけど。
〖誰の子? 僕、会ってる?〗
最初にアイツ封じた後、
死司服を預けた爺様ですけど、
もう兎と亀で走ろうとしてましたよね?
あ、トリノクス様の子です。
〖ん~~~、コレかなっ♪
邪な支配を拒絶してるんだね~♪
コレならアイツも入れないねっ♪
ここに決~めたっ♪〗
そんなの分かるんですかっ!?
何を決めたんですかっ!?
〖作ってる途中の道の先から感じてるんだよ~ん♪
でねっ♪ 今回は~、道ぜ~んぶ壊しちゃってもいいよ~ん♪〗
えっ?
〖次に繋がればいいんだからねっ♪
今回は~、次のホンモノ道の出口になる『扉』を残すのが目的なんだ♪
だから、3本ぜ~んぶカモフラ道♪
あと、作りかけっぽく中途半端なのも伸ばすかも~♪〗
どうして そんな事を?
〖一気に、たっくさん作る為♪
前にオフォクスが行った時の道が~、痕跡あるトコに繋いだら早くて確かだったんだよね♪
だから人世に『扉』を残したいんだ♪〗
そうなんだ♪ 前進してるんですね♪
〖もっちろん僕がしてるんだからねっ♪
思いっきり道だけを壊してねっ♪
着地点は残してねっ♪〗
はい♪
〖それじゃソッチのお昼くらいにねっ♪
連絡するからねっ♪〗
はいっ♪
〖なでなでよしよし♪ まったね~♪〗
―・―*―・―
そして朝。
神世での、そんな話なんて知る由もない人世は、少し高くなった陽の平穏な光に照らされていた。
秋らしく高く澄んだ青空を仰ぎ見て、祐斗は玄関から駆け出た。
「お兄ちゃん待って! ヒナも行くっ」
「どうしてヒナも?」
「ヒナもピアノ教えてもらうのっ」
お稽古バッグを抱いて出て来た。
「騒いだり寝たりするなよ?」
「しないってば~♪」
「昨日 寝たクセに」「祐斗♪」
「巧お兄さん、行こっ♪」
デュークの家をチラッと見て微笑み、反対側に来た陽咲の方を向いて立ち止まった。
「あれ? 啓志お兄さん?」
庭木で見えていなかった巧も気付いた。
「啓志さん、どうしたんです?」
祐斗にとっては巧とは反対側の隣に住む啓志も慕っている『兄貴』で、勉強を教えてもらったり相談したりと、何かと頼っていたのだった。
その啓志が自宅の門扉を掴んだまま無言で空を見詰めていたのだった。
「いや……何でも。
やっぱり……やめておくよ」
「「何を?」」
「行くのを……」家に入ろうと歩きだした。
「だったらヒロお兄ちゃんもヒナ達と一緒に行かない?」
「そうだね。
啓志さんが俺達にジオラマを教えてくれたんだから、きっと彩桜君達も喜ぶよね」
「だねっ♪ 啓志お兄さん行こうよ♪」
「まさか、あの家の彩桜君?
あの家に行こうとしてるのか?」
建物が高いので民家の並びの向こうの上に見えている輝竜家を指している。
「はい♪」「うん♪」「うんっ♪」
啓志の指が震え、それを隠すように下ろして背後に回した。
「あ、そっか。
啓志お兄さんは まだ誤解してるんだね」
「タクお兄ちゃん、昨日の動画は?」
「うん。持って来るよ。
引き止めといて!」走って家へ。
「啓志お兄さん、ママ友軍団の話は間違いなんだよ。嘘ばっかりなんだ。
キリュウ兄弟は凄いんだ。
本物の音楽家なんだよ。
キリュウ夫妻が親なんだから」
「……知ってる。
だからずっと迷ってて。
でも勇気が出なくて……」
「もしかして……啓志お兄さんもなの?」
「えっ?」「これ見て!」
タブレットを操作しながら巧が駆け寄った。
「親子共演! 初めての!」
「あ……本当だったんだ……」
画面を見詰める目から涙が流れ落ちた。
「知ってたって、そういうことなの?
噂で聞いたとか?」
啓志は深呼吸して、涙を拭った。
「会社の先輩から聞いたんだ。
最初は、僕の家の近所にキリュウって家あるんだろ? ってだけだった。
どう答えようかと迷ったけど頷いたら、やっぱり、って先輩は大喜びで。
凄い動画を見たからファンになったって。
それから毎日その話で……今週に入ってからは会ってみたいって、毎日……」
「確かに、これ見たらファンになるよね」
「ヒナもファンだよ♪」「ヒナは黙って」
「どーして?」「ったく。空気読めよな」
「啓志さん、あまり親しくなくて困ってるなら俺達が会わせようか?
俺、昨日 藤慈君に謝って友達になってもらえたから」
「僕に その勇気があれば……」
「やっぱり啓志お兄さんも、なんだね?
僕も彩桜君に謝ったんだ。
それでデューク助けてもらって、友達にもなってもらって、これから一緒にジオラマ作るんだよ。
啓志お兄さんも行こうよ。謝ろうよ」
「祐斗……そんな簡単な――」
「簡単じゃなかったよ!
でもデュークが死ぬと思ったからっ!
必死で引き止めたんだ!」
「俺も……昨日、悩んで迷って、挙げ句、早退して……でも、ここまで帰って来ても、まだ決心できてなかったんです。
ここで、必死な祐斗を見て決心したんです。
おばさんに責められてる彩桜君を見て、彩桜君の盾になった藤慈君を見て……。
俺が あの兄弟に背負わせてしまった重たい、凄く嫌なものをズンッて感じて……一生 許してもらえなくても謝り続けようと決めたんです」
「巧も……そうだったのか……」
「藤慈君は俺のせいで泥で窒息して死んでたかもしれないのに許してくれたんです」
「彩桜君もだよ。
土 吸い込んで咳き込んでた。
血も吐いてた。
泥の中の赤いの、忘れられないよ」
「そうか……そうだな。
許してもらえなくても謝らなければならないよな。
行くよ。何度でも行って紅火君に謝るよ」
「行こっ♪」「ったくヒナは~」「ん?」
―◦―
輝竜家に近付くと、店前を女性が掃いているのが見えた。
「誰だろ?」「銀虎さん……」
聞こえたのか、『銀虎さん』が向いた。
「コンパス啓志!?」
「そんなニックネームだったの?」
「いや、その……」
「今さら何しに来たのよ!
紅火が許しても私は許さないわよ!」
箒を振り上げて向かって来ようとした その時、店の戸がスッと開いて、紅火がヌッと出て来た。
「若菜、問題無い」肩をポン。
「だって……」
「問題無い。店を頼む」ぽんぽん。
「……わかったわ」
紅火は、店の戸をガタギシと閉める若菜に優しく微笑んで見送ってから、啓志に向き直った。
「あのっ、謝ろうと思って来たんだ。
酷い事して――」「何かあったか?」
紅火が一歩一歩、啓志の反応を確かめているかのように ゆっくりと近付いていた。
「っ……」
無意識に後退っていたのを、靴底がジリッと鳴った音で気付いた。
「啓志お兄さん……」「頑張って……」
祐斗と巧の囁きを背中に受けて、俯いてしまっていたのに気付いた。
振り絞った思いで顔を上げると、学生時代には無表情にしか見えていなかった顔に慈愛の情を感じた。
「紅火、君……その、、あの時……すみませんでしたっ!」
「何の事だかは知らぬが、道で頭を下げられては迷惑だ。
一応、客商売なのだからな。
此方に」
啓志の肩を押し上げて起こすと、店横の、かつては勝手口だった(とは言え大きい)塀の戸を開けて入って行った。
「付いて来てくれるか? 皆も」
「はいっ!」「啓志さん、行きましょう」
「お兄ちゃん待って~♪」
呆然としていた啓志は、祐斗達に手を引かれ、巧に背を押されて輝竜家に入った。
「すっご~い♪
豪邸って言うんでしょ?♪
お庭も広~い♪
あ♪ 犬いっぱいいる~♪」
「もうっ、恥ずかしいからヒナは黙って!」
「ど~して恥ずかしいの?」
「いいから黙って!」
「あ♪ サクラお兄ちゃんだ~♪」
「勝手に走らないでっ!」
紅火にコンパスを刺した同級生・啓志は祐斗の家の西隣に住んでいます。
巧が東隣です。
輝竜兄弟が暮らす百合谷東町7丁目の住人達が当面、続々と登場します。
そこに神の動向も挟まりますので違和感がバリバリ共存ですが、そういう地星ですのでご了承ください。
m(_ _)m




