やさしい病院
民家と民家の隙間へと瞬移した藤慈は立っている者達をすり抜けて走り、彩桜の前で盾となってスーツ姿の青年をキッと睨み上げた。
「弟には手出しさせませんよ。
私は……あの頃とは違いますので」
「藤慈君、だよね?
俺、これから謝りに行こうと思って……会社、早退したんだ」
「え?」
弱々しく肩と視線を落とした同級生に拍子抜けした藤慈は彩桜の方を向いた。
「この状況は……?」
「俺、そのお兄さんのは知らない。
俺はデュークを青生兄トコ連れて行きたいだけなの」
「では先に運びましょう。話は後ですね」
「うんっ!」「待ちなさい! 勝手に――」
「デューク号は重傷です。
急がなければ命を落としますよ?
ですが私達の事よりも、2階から見ている女の子とお話しなさっては如何ですか?」
静かに、丁寧に、しかし怒りを滲ませて藤慈は話した。
「小屋ごと運ばせて頂きます」
返答が無いので、宣言して彩桜と一緒に見るからに重そうな犬小屋を軽々と持ち上げて走り出した。
「アンカー……抜いた?
あっ! 待って僕も!
巧お兄さん待ってて! うわっ速っ!」
祐斗も追い掛けて全力で走った。
―◦―
彩桜と藤慈は、祐斗が追い掛けて来ているので振り切るまでは そのまま走ると決めて、大きな犬小屋を抱えたまま走り続けた。
しかし揺れを抑えなければならなかった為に、結局、動物病院の裏に隠れるまで振り切る事は出来ず、急いで其処に下ろした犬小屋に彩桜が入ってデュークを抱き、手術室へと瞬移した。
〈デューク、怖がらなくていいんだよ〉
浄化して治癒を当てた。
―◦―
藤慈は祐斗を待って正面入口から入り、事務室のモニターで手術室の彩桜とデュークの様子を見せた。
「どうやら交通事故に遭ってしまったようですね。
デューク号は妹さんを護って怪我をしたようです」
〈ソレ僕と同じだねっ♪〉
「おや?」
机の上で少し大きくなった子犬が尻尾を振っている。
〈健康診断で来た~♪
でねっ、アッチから入ったの~♪〉
「受付カウンターを越えたのですか?」
〈うんっ♪〉キャン♪
『ショウ? どこに入っちゃったの?』
「飼い主さんが捜していますよ?」
〈カナデ~♪ 僕コッチ~♪〉キャンキャン♪
「聞こえるのですか?」ふふっ♪
抱き上げて待合室に向かった。
「紗桜様。
見つけましたが、ちょうど順番ですので、このまま診察室に連れて行きますね?」
「はい、お願いします。
ショウ、かくれんぼはお家でね?」
キャン♪
「では、もう暫くお待ちください」
診察室ではなく手術室へ。
〈サクラ~♪〉フリフリ♪ キャンキャン♪
「ショウ♪」やっと会えた!♪
〈そのコは? そのコも事故?
僕、スズちゃんの覚えてるよ♪〉
「デュークはヒナちゃん護ったんだ。
偉いよねっ♪」
〈うんっ♪ デュークも僕も偉い~♪
ん? アオ先生とっても優しいよ♪
怖くないよ~♪〉
「藤慈兄、俺より話せてるみたい。
ショウをデュークに くっつけて」
「はい♪」
―・―*―・―
「おばさん、俺は祐斗君を追いますけど、一緒に動物病院に行きませんか?」
「でも……」「ママ! 行こっ!」
勢いよく開いた玄関ドアから女の子が飛び出して来た。
「陽咲? 何が――」「早く行こっ!」
「待って、門を――」「もうっ、早くして!」
「こっちだよ、陽咲ちゃん」「うんっ!」
一緒に駆け出した。
「待ってって言ってるでしょっ!」
「ママは荷物 置いて自転車で来て!」
―・―*―・―
外来をひとまず終えた青生が手術室に入ると、ショウが嬉しさ爆発で跳び着いた。
〈デューク♪ アオ先生だよ~♪
ほらね、サクラと同じでしょ♪〉
〈……うん、おんなじ、におい……やさしい、におい……〉
〈ねっ♪
アオ先生♪ 僕、おさんぽしたい♪
いいよねっ♪〉
「そうだね。
ショウなら慣れているからいいよ。
でもまだ家の近くだけね?」
〈うんっ♪〉
「すこぶる健康だね。
藤慈、紗桜さんに伝えてくれる?」
「はい♪」
藤慈が奏に健康診断の結果と散歩について話していると、巧と陽咲が駆け込んで来た。
「お掛けになってお待ちください」
息を切らしている二人に微笑むと、奏を会計の方に案内した。
会計を終えた藤慈は通じている事務室に入り、処置は見せられないからと言って祐斗を連れ出して待合室の二人に会わせた。
「巧お兄さん……ヒナも……」
「うん。デュークは?」
「手術室。これからなんだ。
ヒナ、何があったの?」
泣きそうな陽咲の隣に座って抱き寄せて頭を撫でた。
「おさんぽしてたらデュークより おっきな犬に吠えられて、ヒナびっくりして動いちゃって……そしたら後ろから車が来てて……ぶつかる、って思ったけど……デュークが倒れてたの」
「車は?」
「そのまま行っちゃった……」
「帰れたの?」
「うん。デューク、起き上がって……3本足で痛そうにしてた。
犬小屋に入って動かなくなって……こわくなって……」
「泣かなくていいからね。
ちゃんと元気になるから。
それで ずっと閉じ籠ってたんだね?」
「デューク、死んじゃうと思って……こわかったの……たぶんデューク、ヒナをひっぱって、だから車に……」
「大丈夫だから泣かないで。ね?」
手術室に行っていた藤慈が戻って来た。
「デューク号は骨折と打撲の箇所は多くありますが、空腹で弱っているだけですので元通り元気になりますよ」
「「良かったぁ……」」
「体力が回復するまでの3日程、入院となりますが、よろしいですか?」
「「はいっ」あ……お金……」「俺が払うよ」
「彩桜と私の、、友人割引で無料です」
フイッと目を逸らして、そのまま背を向けた。
「もう暫くお待ちください」
―・―*―・―
青生が治療している間、ずっと彩桜はデュークの前足を握っていた。
もちろん治癒を込めて。
〈肋骨は治ったよ。刺さっていた内臓もね。
痛みは どうかな?〉
〈おなか……へった……〉
〈彩桜、フードをふやかして〉〈ん♪〉
〈ズレてしまった背骨を戻して、足も元通りにするからね〉
〈ほんとに、びょういん?〉
〈病院だよ。痛くなくする所だよ〉
〈いやな、におい、ない〉
〈ああ、消毒薬の臭いかな?
嫌がる動物が多いから使わないよ。
背中、どうかな?〉
〈イタイの、いなく、なった〉
〈それじゃあ足だね〉
―・―*―・―
「母さんは?」
「自転車で来てって言ったのに……」
「あっ――違う人か……」
藤慈が出て来て対応しているのを巧はジッと見詰めた。
藤慈が診察室へと案内して受付に戻ろうとした時、裏口から瑠璃が戻った。
「瑠璃先生、外来の方がお待ちです」再び奥へ。
「ふむ。青生は?」
「急患が続いてしまって……」
「それにしては待合室が空いているな」
「可能な限り明日以降に変えて頂きました」
「そうか。有り難う」
瑠璃は応診鞄を藤慈に託し、浄化光を纏って診察室に入った。
―◦―
〈青生、重傷の猟犬か?〉
瑠璃は預かった拾われ子猫達の泥や鼻水を浄化して、毛布で包んでミルクを与えながら青生に問い掛けた。
〈うん。でも大丈夫だよ。
牛のお産で疲れているのに、外来を任せてしまって すまない〉
〈何という事も無い〉
〈でも、どうして瑠璃を名指しだったんだろうね?〉
〈2月の交差点の事故で牧場主を助けたらしい〉
〈馬が乗っていたトラックかな?〉
〈そうらしい。
青生が何度か私を呼んでいたから覚えたそうだ〉
〈それだけで?〉
〈馬が助かったのは奇跡としか思えない、と。
だからずっと捜していたそうだ〉
〈ようやく見つけたんだね?〉
〈そうらしい。
今後は度々呼ばれるだろう〉
〈そう。二人で良かったね〉
〈ん?〉
〈片方が応診に出ても大丈夫だから。
協力できるって嬉しいから♪〉
〈そうだな〉ふふっ♪
藤慈は本当に立ち直ったらしく、巧を友達だと認めました。
二人分の友達割引と言ったので、彩桜も祐斗を友達だと話したようですね。
消毒薬ではなく浄化。手術ではなく治癒。
きりゅう動物病院は神力で治療する動物にとって とても優しい病院なんです。
重傷のデュークも すぐに元気になりますよ。
ジョーヌは?
薬の配達に出ています。
ジョーヌも神ですので神眼で状態を見て、必要なら治癒を当てられますので。




