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祐斗とデューク



 輝竜家のアトリエでジオラマを作る日々が続き、1ヶ月と少しが過ぎた。


 キリュウ兄弟として、これまでの日常が失われてしまうかと懸念していたが、クラシック界では数日間は騒がれたものの、海外の、報道クルーが入っていなかったホールでの出来事だったので、一般的には取り上げられる事は無く平穏そのものだった。


 この間に学校では体育祭と中間テストがあり、全力を出すと決めた彩桜は体育祭で大活躍。

たった今、帰り間際の連絡終礼で担任から纏めて返してもらったばかりの答案は全て満点だった。

早くジオラマ作りをしたい一心で答案を鞄に押し込み、席を立とうとした彩桜の肩を後ろから誰かが遠慮がちに突っついた。

つい癖で気付かなかった振りをして駆け出そうとしたら、今度は手首を掴まれてしまった。


「あの……輝竜君……」


仕方なく振り返ると、後ろの席の久世(くせ) 祐斗(ゆうと)が背の低い彩桜を見下(みお)ろしていた。


「何?」

もう負けないと目に力を込めて真っ直ぐ見上げてから首を傾げた。


「……ちょっと、お願い……」


掴まれている手を振り(ほど)くのは簡単だが、彩桜は渋々ついて行った。


 前後の席ってだけで嫌なのにぃ。

 何の用なのぉ?


 もしかして卒園直前の あの時みたいに?

 空気ヤメた俺が目障りだからとか?


 あの時とは逆で俺が手 掴まれて

 引っ張られてるけど……何なのぉ?


 体育館裏!? 

 ベタ過ぎてイヤーッ! 俺 帰るのっ!


我慢の限界に達してしまった。


「俺、帰る。文化祭まで時間無いから」

ムッとして久世の手を振り(ほど)いた。


「ま、待って。お願い、だから」


「だから何なの?」警戒全開。


「その……ごめん。って許してもらえるなんて思ってないけど、今までずっと……ホントに ごめん」


「そ……。

 もぉいいよ。俺とっくに忘れたから。

 それだけだったら帰りたいんだけど?」


「違うんだ。

 輝竜君、あの……今も、動物と話せる?」


「それが何? 話せたら、どぉなの?」


「僕の犬が小屋で丸まって出てこないんだ。

 何も食べてくれなくて震えてるんだ。

 もう3日目なんだよ。

 話して、、もらえない?」


「……いいよ。たぶん急いだ方がいいよ。

 すぐ行こ」

久世の家は近所でよく知っているので、彩桜は久世の方を見ずにスタスタと向かった。



 久世家に着くと門扉を開けてもらって、柵で囲まれている大きくて丈夫な犬小屋へ真っ直ぐ向かった。

鞄を小屋に立て掛けて、中を覗き込む。


〈どぉしたの? コレ聞こえるよね?〉

治癒を纏わせた手でギリギリ届く背を撫でた。


〈……イタイ……〉


 神様じゃないフツーの犬だね。

 ノイズが強いね。

 ドラグーナ様、助けてね。


〈どこ? 足に何か刺さった?

 お腹痛い? それとも――〉


〈あのね……おなか……あし……しっぽ……〉


彩桜は もっと読み取ろうと、上半身を犬小屋に突っ込んで治癒を強めた。


〈どこかから落ちた?

 もしかして交通事故!?

 車って分かる?〉


〈くるま……うん。

 おっきくて、かたくて、すごく はやいの?〉


〈ソレに ぶつかった?〉


〈ん……おさんぽ……バンッ〉


〈ひとりで、お散歩してたの?〉


〈ヒナちゃん〉


〈護ったんだね。偉いね。

 俺、彩桜。キミは?〉


〈デューク〉


〈うん。デューク、よく頑張ったね〉


〈サクラ、ありがと。すこしラク、なった〉


〈俺の兄貴なら、もっと、ちゃんと治してくれるよ。行かない?〉


〈びょういん?〉


〈病院だけど痛くしない お医者さんなんだ。

 俺と一緒に行こうよ〉


〈サクラ、なおして〉


〈俺じゃ弱いから。

 兄貴だと治すの強いから。

 俺と同じ治し方なんだよ。

 ね? 行こうよ〉


〈びょういん、こわい〉


〈怖くないよ。俺より優しいよ〉


〈サクラより? ないよ〉


〈兄貴と俺、年の離れた双子だって、よく言われるんだ。

 俺も一緒に治すから行こ?〉


〈サクラも? だったら……でも……あ、ヒナちゃんは? びょういん?

 イタイの、された? ないて、ない?〉


〈祐斗君に聞いてみるね〉


〈ユート、そこ、いる〉


〈うん、居るよ。とっても心配してるよ。

 ちょっと待っててね〉

もそもそ這い出た。


「ちょっと臭うかも。ゴメン。

 ヒナちゃんて?」


「妹。

 陽咲(ひなた)も部屋に閉じ籠ってるんだ」


「そ。デュークは大丈夫って言ってあげて。

 それとデュークがヒナちゃんを心配してる。

 デュークは――」『祐斗!!』


「あ……マ――母さん……」


「あの家の子と遊んじゃダメって言ったでしょっ!!」

両手に買い物袋で走って来ている。


 当人 目の前なのにソレ言う?


「待って、母さん。

 僕が頼んで来てもらったんだ。

 デュークが――」

「なんてこと!!

 汚ならしいし臭いし!」


「ごめんなさい、帰ります。

 デューク、ごめんね」〈夜まで待ってね〉

「待って彩桜君!」


「ううん。これ以上ムリだよ。帰るね」

鞄を取ろうとしたが、先に祐斗が奪った。


「返してよ」


「待ってよ。彩桜君も母さんも。

 彩桜君が汚れてるのはデュークの具合を見てくれたからなんだ。

 デュークが もう3日も丸まったまま動かないし食べないの知ってるよね?

 僕の代わりに汚れたんだよ。


 母さんとママ友たちは彩桜君も、お兄さん達も不良だって言ったよね?

 親に捨てられてお化け屋敷みたいなボロい家で暮らしてる、どうしようもないワルの兄弟だって。

 それなら、これ見てよ」

彩桜の鞄から答案用紙を引き出した。


「まっ――」  「あぁ~」


「全部100点なんだ。中間テスト。

 不良なんだよね? なんとか言ったら?


 僕は母さんの嘘を鵜呑みにして、彩桜君をイジメたんだ。加害者なんだよ。

 突き飛ばして、蹴り倒して、水かけて、地面もベチャベチャになってるのに、まだ寒かったのに、起き上がれないように何度も何度も蹴ったんだ。

 彩桜君は抵抗もしなかったのに、何度も。

 それっきり彩桜君は来なかった。

 卒園式も、入学式も。


 こっちに戻ってからも僕は……。

 だからもう僕は母さんの言葉なんか信じないからね。

 彩桜君、デューク連れて病院に一緒に行ってくれない?

 行かなきゃなんでしょ?」


「うん。いっぱい骨折してる」

「どうして分かるの!?

 あなたがしたんでしょっ!!」


「母さん……いくらなんでもデュークは猟犬だよ? 人をケガさせるかもだけど、人にケガさせられたりなんかないよ。

 バカバカしい言葉だと思わないの?

 それよりヒナと話したの?

 少しは冷静になってよ」


母親は悔し気に口を引き結んだ。


「誰か兄貴 呼んで小屋ごと運んでいい?」


「そう、だね。うん」『祐斗?』「え?」


門扉の向こうにスーツ姿の青年が立っていた。

「どうかしたの?」


(たくみ)お兄さん……もう帰り?」


「うん、まぁね。あ……」彩桜を見て固まった。



―◦―



 その頃、きりゅう動物病院では午後の診察時間に急患が入り、青生が処置で手が離せないのは勿論の事、藤慈とジョーヌも来院している飼い主と以降の予約者への対応で慌ただしくしていた。


〈瑠璃先生、遅いですね……〉


〈牧場は初めてだから心配は否めないけど大丈夫だと思うよ。瑠璃なんだから〉


〈それにしても指名だなんて……どうした風の吹きまわしなのでしょう?〉


〈そうだね。駅前の大きな動物病院がそういうのは専門だと思うんだけどね〉


〈青生兄様の方も難産なのですか?〉


〈うん……でも、もう産まれるよ。

 子犬に大型犬が強く出てしまったけど自然分娩できそうだ〉


〈そうですか♪ 良かった……〉

〈青生、此方も産まれた。もう大丈夫だ〉


〈そう。後もお願いね。

 こっちは大丈夫だからね〉


〈そうか。すまぬが頼む〉


〈うん〉〈良かったですね♪〉〈そうだね〉



〈藤慈、連絡は一段落したよね?〉


〈はい。どうかしましたか?〉


〈藤慈に頼むのは心苦しいんだけど……〉


〈はい? 私、先日のステージで、またひとつ殻を破れた気がするのです♪

 飼い主の皆様への説明も緊張せずに出来ましたよ♪

 ですので、もう大丈夫です♪〉


〈黒瑯は遅番かな?

 紅火はお稲荷様の所だろうか?

 どちらも家に居ないんだよ。

 彩桜に……神眼を向けてもらえるかな?〉


〈はい♪ あっ……〉


〈顔を合わせたくないのなら、小屋の中から犬だけを連れて来てもらえないかな?〉


〈いえ。行って彩桜を護ります!

 私の……たったひとりの弟ですから!〉







本気を出すと決めて『空気』をやめた彩桜でしたが、これまで学校では大きな変化はなく、徹 ソラ 兄達とアトリエで楽しくジオラマを作る平穏な毎日を過ごしていました。

紗とも順調に仲良しこよしになった新たな日常は、卒園間近だった彩桜が東京に逃げた原因を作った少年・祐斗に呼び止められた事から大きく変化しそうです。


青生が敵意を露にする者も友達候補だと話したのを思い出してくれれば――なんて思ってしまいます。



対人恐怖症が改善傾向な藤慈の方も、唯一の弟・彩桜の為に気持ちを奮い立たせて向かおうとしています。



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