鳴り止まない拍手
第2楽章が終わり余韻が消えようとしている中、早々に兄弟は礼をした。
〈少し、このままでね〉
〈頭上げて引っ込んじゃダメ?〉
〈この曲をご存知の方にお詫びを込めないと、俺達が勝手に変えてしまったからね〉
余韻が消えると同時に、待ってましたと言わんばかりの拍手と歓声が湧き上がった。
〈ゲ〉〈え?〉〈は?〉〈む?〉〈これは……〉
〈兄貴達! ごめんなさぁいぃ~っ!〉
〈どうして謝っているの?〉〈だってぇ~〉
――と、話しながら鳴りやむのを待っていたが顔を上げろと急かすかのように増すばかりだった。
『おい、お前ら顔を上げやがれ』
〈トレービおじさん、またマイク持ってるぅ〉
〈叱られる前に上げようよ〉〈うん……〉
渋々上げる動作までシッカリ揃ってしまう。
それを見て、喝采は更に大きくなった。
〈〈〈〈〈〈あ……〉〉〉〉〉〉
「やっちまったな。
スタンディングオベーションだ……」
兄弟皆が思った言葉を白久が呟いた。
『お前ら、第2楽章で総立ちにしやがって。
どーしてくれるんだよっ。
罰として第3楽章も前に立ってろ♪』
「トレービおじさんヒドいよぉ」
『文句言った彩桜は歌うのも決定だな♪』
「えええっ!?」
もう割れんばかりになっている。
困り顔の兄弟が、もう一度 礼をすると、トレービとジョージに舞台袖へと連れ拐われた。
「第3楽章もイケるよな?♪」
「ダメだなんて有り得ねぇよな♪」
「もしかしてチケットは、お二人からだったんですか?」
彩桜を宥めながら青生が尋ねた。
「い~や。ニコ(ラウス)、知ってるか?」
「母さんが、ショーコから頼まれたから買っておいてくれって出て来たけど?
ペア7組だったから、そうなんだろうね」
「ニコの母さんって……」
「とっくに死んでるよな?」
トレービとジョージ、顔を見合わせる。
「「つまり、化けて、か?」」
「化けて、と言うかユーレイとして普通にうろうろしているよ。
ショーコとも よく会っているらしくて、いつも楽しそうだよ」
「「平然と言いやがるよな……」」
「という事は、俺達がステージに上げられたのと、チケットとは無関係なんですね?」
「無関係だよ。
ズラッと来てるの見つけてステージ上で決まったんだからな♪」
「オケの皆が彩桜を気に入ってな、来てたら上げてくれとは頼まれてたんだ♪
で、見つけて大喜びさ♪」
「彩桜だらけだ♪ ってな♪」
「第1楽章、ザワザワだったよな♪」
兄弟の溜め息が揃った。
―◦―
ソラの方は、ホンガンジとカミコウジから大学院受験の為に裏側で起こった事を話してもらっていた。
〈大学院に行くのに、そんな準備が必要だったなんて……〉
〈生き人として、というのが大半かな?〉
〈籍が無ければ結婚もできないからね〉
〈彩桜クン、何も言ってくれなかった……〉
〈縁の下で満足しているみたいだね〉
〈ソラが喜べば自分も嬉しい、かな?〉
〈でも悪気なんて無いから許してあげてね〉
〈けっこうシャイなんだよね、彩桜って〉
〈怒ってなんかいませんけど……〉
〈それならいい。
彩桜は望んでいないけど、知らないままというのは今後の為に良くないだろうと勝手に判断して話しに来たんだ〉
〈とにかく、彩桜は頑張ったんだよ。
さりげなく、でも、いつか、でもいい。
感謝を伝えてやってくれ〉
〈はい。それは勿論。
たぶん『いつか』になると思いますけど必ず伝えます。
お話しくださり、ありがとうございました〉
〈第3楽章が始まるね〉〈出て来たね〉
ソラは、これまでとは少し違う感慨深さと、感謝と敬意を込めた眼差しで彩桜を見詰めた。
〈そっか……彩桜クン、あんなに全力出すの躊躇ってたのに、ボクの為に全力出してくれたんだ……〉
その呟きを聞いたホンガンジとカミコウジは交わした微笑みを彩桜にも向けた。
―◦―
第3楽章が終わった。
第2楽章と同じく謝罪の意を込めて頭を下げたままの兄弟だったが、拍手も歓声も止む気配は感じられなかった。
『お~いキリュウの息子達よぉ、いい加減にしろ~』
『アンコールだとよ~』
〈どぉして どっちもマイク持ってるのぉ?〉
〈でも本当にアンコールらしいよ〉
〈俺達に、じゃないでしょ。楽団にでしょ〉
〈聴けなかったソリストへ、かもね〉
〈とにかくハケねぇか?〉兄弟一致で同意。
顔を上げ、もう一度 軽く下げてクルリと舞台袖へと――
『『どこ行くんだよっ』』
トレービとジョージの笑い声に驚いて振り返ると、楽団員達も笑っていた。
ジョージがニコラウスにマイクを渡した。
『この公演はアンコールを用意していないんだよ。各楽章が長いからね。
皆様は、今回限りかもしれない君達の音をもっと聴きたいと仰っているんだよ。
オーケストラの皆さんは控え室のどの楽器を使っても構わないと言ってくれている。
間は繋ぐから選んでおいで』
ニコラウスの優しい言葉と微笑みに背中を押されて兄弟は動こうとした。
『サッサと戻らなかったら、次の回も居残らせるぞ♪』
『だな♪
ここのオーナーも大喜びだからな♪』
兄弟は慌てて楽団控え室に向かった。
「繋ぎは第3楽章のピックアップでいいかな?
トレービ、ジョージ前に――」
『『アイツらの後でなんてムリだっ!』』
「プロのソリストとして――」
『『ソリスト生命を断つ気かっ!!』』
客席の拍手は続いているが、歓声が笑い声に変わった。
『明るくて短いヤツなっ』
『今朝のウォーミングアップ曲は?』
「それでいこうか?」
楽団員達は笑いながら頷いた。
―◦―
「どーすんだぁ?」
「弦ばかり? 管弦? 管ばかり?」
「バイオリンじゃないのがいいなぁ」
「黒瑯は不得手だったか?」
「違ぇよっ! 他のにしたいだけだっ!」
「持ち替えてみる?
偏ると貸してくださる皆さんに悪いし。
今回限りでいいみたいだし」
「弦楽で始めて、順次 木管に替え、後半で金管を加えるか?」
「だんだん派手にか♪ ソレいいなっ♪
で、曲は?」
「だんだん……それなら交響曲かな?
7人だと無理があるかな?」
「ま、ナンとかなるんじゃねぇか?♪」
「む?」「あっ、彩桜 泣かないでっ」
隅で背を向けている彩桜に紅火と藤慈が駆け寄った。
「だって……俺のせいで……」
「そんな事ありませんよ。
あと少し頑張りましょう?」
「でも……」
「泣くな彩桜。
彩桜の所為ではない。
俺達が音楽から逃げたからだ」
他の兄達も彩桜を囲み、頭や肩を撫でる。
「彩桜、せっかくのステージなんだから一緒に楽しもうよ。
離れで楽しむみたいに。ね?」
「だよ。
オケの人達とも仲良くなったんだろ?
客を満足させなかったらオケの人達も落ち込むぞ?
終わったら味を確かめたい店が近くにあるから一緒に行こうぜ♪」
「内装も見ねぇとなっ♪
あの倉庫の改装参考になっ♪」
「ソレいいなっ♪
ほら彩桜、コッチ向けよ。
誰も怒っちゃいねぇよ」
クルッと向かせた。
「兄貴達ぃ~」うっ、うっ――
「彩桜、私達は良い機会を得られたと思っている。
両親に反抗するつもりは無かったのだが、結果的に そうなり、聴かせる機を逸してしまっていた。
共演する機を与えてくれて感謝している」
「金錦兄ぃ~」ぐすっ。
「分かったなら顔洗えよなっ♪
みっともねぇぞ♪」
「白久兄てばぁ~」
「向こうに洗面所があったから行こう。
楽器、お願いね」
青生が彩桜を連れて動いた。
「ソッチ頼んだぞ、青生!」
微笑みを向けて頷き、彩桜の背を押して部屋を出た。
〈彩桜、涙の跡は浄化するからね。
そろそろ笑ってね?〉
〈青生兄……俺……〉
〈どうしてアメリカに来たのか、ホンガンジさんとカミコウジさんから聞いたよ。
頑張ったんだね〉
〈・・・え? ああっ!
来てたの忘れてた!! ソラ兄にも――〉
〈だから早く終わらせようよ〉〈うんっ!〉
邦和が本拠地なニコラウスは和語が話せますが、ジョージとトレービは覚えようという気すらありません。
ですので二人が居ると基本 英語です。
トレービは伊語も出ますけど、とにかく私が無理ですので全て和語表記です。
ニコラウスの母はスザクインです。
ニコラウス自身も祓い屋です。夫婦で。
娘のショーコ(本田原教授)も祓い屋。
マリノフスキー家は祓い屋一家なんです。




