黄色
スザクインが進捗を確かめるからと消えたので、ジョーヌは少し考えたいと思って最初に見た湖の近くを神眼で確かめると、誰も居ない丘を見つけて瞬移した。
黄色い小花が風に揺れている草原に寝転がり、ゆっくりと流れる雲を眺めて物思いに耽る。
亡くなった誰かの人生を
僕なんかが塗り替えていいんだろうか……?
もう魂は、とっくに浄化されて
しまっているのかもしれないけど……
想いの欠片と話せたらいいのにな……。
でも……神世が遠いんだよね。
此処の景色も、風の匂いも、空の色も、
やっぱり龍の里に似ていて大好きだけど……
此処が故郷だと心咲さんのご両親に
言えたらいいんだけど――
「ジョーヌ様、ですよね?」
「えっ?」
名を呼ばれた事に驚いて、いつの間にか閉じていた目を開けると、自分とよく似た雰囲気の青年が覗き込んでいた。
「ユーレイさん、ですか?」
「はい。
ジュール=アルベール、祓い屋です。
僕は、この丘の下、街からは少し離れた家で育ちました。
両親のチーズは、とても評判が良かったんですよ。
リヨンの大学で発酵を学んで、チーズ作りを継ごうと戻ったら……あの頂だけが見えている山が僕の棺になってしまいました。
僕の籍は行方不明者として眠っているだけです。たぶん永遠に。
ですので使ってください。
僕の続きの人生、お願いします」
「本当に……いいんですか? 僕なんかで」
「僕達、なんだか似ていませんか?
名前も、姿形とか雰囲気も。
死んで漂っていた僕は、ルナール様に助けられて祓い屋になれました。
あ、邦和ではキツネ様でしたか?
両親は祓い屋のサポートをしています。
ルナール様が連れて来てくれたんです。
ですので今の僕は幸せなんです。
ただ、生きている間に恋愛すらも出来なかったので……その続きをお願いしたいんです。
そっくりですので♪」
「僕が暮らしている街ではユーレイさん同士とか、ユーレイさんと生き人さんの結婚が流行っていますよ。
いつ亡くなったとか、何歳だったとか、そういうのは意識していないんです。
ユーレイだからこその、今の その人を見て恋愛し、結婚しているんです。
ですのでジュールさんも、これから素敵な女性を見つけてください」
「良いことを聞きました♪
ありがとうございます♪
では、それはそれとして、ジョーヌ様。
この場所、いかがですか?」
「僕が育った場所に似ています。
ですので大好きです。
此処が僕の故郷だと婚約者のご両親に言えたなら……と考えていたんです」
「でしたら僕の籍、活かしてください。
死んでも生きてもいなくて忘れられて埋もれさせられている僕の籍を生きさせてください」
「本当に? 名前を変えても?」
「いいんですよ。
ね、父さん、母さん」「えっ?」
驚いて振り返ると、スザクインがジュールの両親を連れて来ていた。
「私達からも」「お願いします」
「神様に見つからないように気配消すの、大変だったんだからぁ」
「それじゃあ……」
「はい♪ 僕も連れて来てもらいました♪」
「他にも候補はあるんだけど~、ジュールがノリノリなのよね~。
入れ替え処理も殆ど終わっちゃってるし~、かなり面倒だから~、堂々と此処が故郷だって言ってくださらないかしら~?」
スザクインが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「あ……」
「やっぱり……もっと都会の方が格好いいですよね。
ものすごく田舎ですよね……」
「そ、そうじゃなくっ!
あの……此処、大好きです。
ですので、ありがたく使わせて頂きます。
何かお礼が出来れば良いのですが……」
「龍神様なんですよね?♪」
「はい……」
「見たいです♪
乗りたい――あ、それは無理ですよね」
「いえ、どうぞ」
龍になって伏せた。
「でも、こんな事でいいんですか?」
「おとぎ話の竜が大好きなんです♪
綺麗な黄色だ~♪」
「黄色い花に埋もれてるの、ピッタリね♪
ジョーヌ様、カワイイわね♪」
「あの、皆さんも よろしければ」頬染まる。
「それじゃ遠慮なく♪」
ジュールの両親を連れて乗った。
「具現化して風を感じるべきねっ♪」
スザクインは自身とアルベール一家を具現化した。
「では、上昇しますね」
飛んでいると、どうしても楽しくなってしまうと感じて、落ち着けようと頑張っていると、スザクインが『あっ』と声を上げた。
「どうかしましたか?」
「ジョーヌ様の綴り、確かめもせずに
『Jaune Allencois』にしてしまったのよ~」
「姓は適当でしたので、お気になさらないでください。
いい加減な出任せなのに、ちゃんと当ててくださって、ありがとうございます」
「名前の方よぉ。
これじゃあ『黄色』様だわ~」
「まんまですね……」ジュールが背を撫でる。
「僕、どう見ても『まんま黄色』ですので、お気になさらずです♪
たぶん親も黄色と名付けたんだと思います」
「そう? 良かったぁ」ホッ。
「僕、怒るように見えます?」
「ぜ~んぜん♪」あはっ♪
「ですよねっ♪」あははっ♪
―・―*―・―
邦和は夜遅く。
ソラは彩桜の部屋から響の部屋へと行ったが、響は既に眠っていたので、仕方無くサイオンジ公園に戻った。
〈あっ、サイオンジ!〉
〈ソラ、ど~したぁ?〉
何処かに行こうとしていたが、留まって振り返った。
〈彩桜クンの龍神様、目覚めたみたいです〉
〈今んトコ、5/7だぁな。
他にも聞けたかぁよ?〉
〈祓い屋みんなの中に神様が居るって。
サイオンジにも?〉
〈まぁなぁ〉《おいサイ! 誤魔化すな!》
〈……居た〉〈だぁよぉ〉やれやれだぁよ。
《おいボウズ、俺の心友を早く目覚めさせろ。
ガイアルフ! サッサと起きやがれ!》
〈えっと……〉誰?
〈フィアラグーナ様だぁよ。
輝竜家のドラグーナ様の父神様だぁ〉
〈えっ……?〉ぱちくり。
〈ソラのガイアルフ様はキツネ殿と、カケルの神様の父神様なんだとよぉ。
まぁだ誰にも話すなぁよ?〉
〈はい。でも起こしていいんですね?〉
《起こせ》〈だとよぉ〉
〈はい〉
―・―*―・―
ジョーヌが心咲の部屋に帰ると、心咲はまだ起きていた。
「あ♪」
「ただいま。先に寝ていいんだよ?」
ぼんやりとテレビを見ていた心咲を後ろから抱き締めた。
「……でも……」この香り……?
「心配なら話し掛けてね?」
「うん……」
「どうかしたの?」
「ううん。
夕飯、すっかり夜食だけど温め直すね」
ジョーヌの腕から抜け出た。
「うん、ありがと♪」
心咲は無言で、途中で止めていた調理の続きをし、味噌汁を温め直し始めた。
「心咲?」
「ね……」
「……うん」
「どうしてフローラルなの?
香水でしょ? ……女性の」
さっきの草原だ!
「ねぇ、何とか言ってよ」
「それ、止められる?」
「うん……止めたわ」
「それじゃあ行こう」手を取って瞬移。
――「眩しっ、昼間!?」
「目が慣れるのを待つよ」
座って、心咲の手を引いて座らせた。
「……フローラル?」
「うん。花の名前は知らないんだけどたくさん咲いてるんだ」
「うん、見えてきたわ。花畑?
えっ……広い……とっても黄色……」
夕が近いらしい陽射しに揺れる小花が一層 黄色く煌めいている。
「巡視の後、あちこち見て回ってたんだ。
寝転がって風を感じながら考えてた。
で、此処を僕の故郷にするつもり♪」
「じゃあフランス!?」
「うん。向こうの湖も見せたいな♪」
背に乗せて飛んだ。
「綺麗ね……」
「僕が育った龍の里に よく似てるんだ♪
だから此処にしたんだよ。
此処の方が緑が豊かなんだけどね。
葡萄畑と牧場と、なんだか可愛い街並み。
高い山と青く澄んだ川。
どれも気に入ったんだ♪」
「確かに……ジョーヌっぽい感じね♪」
「ジョーヌ=アレンソワは、のどかで美しい片田舎で育った」
飛び始めた。
「どこに?」
「すぐに大きな街が見えるよ」
「ホント……あれがパリ?」
「パリは もっと向こうだよ。
それに ずっと大きい都会だよ。
リヨンの大学を出て、それから邦和に。
どうかな?」
「ちゃんと考えてくれてたのね。
それなのに私ったら……ごめんなさい!」
「黙って下見して、僕の方こそ ごめんね」
「あ……そっか。欧州周遊旅行……」
「うん。勉強しとかないとね。
フランス生まれフランス育ちなんだから。
次の休みに一緒に下見しない?」
「うんっ♪
今度はオシャレして来なきゃ」
「ん?」
「だって初めてのフランスにパジャマで来ちゃったんだもん」
「それも、ごめんっ」あははっ♪
「もう、ホントよぉ」あははっ♪
こうしてジョーヌも戸籍を得ました。
ジュールが名乗りを挙げてくれたので輝竜兄弟は巻き込まれませんでしたが。
スザクインは、これからもチョコチョコ登場しますので詳しく紹介するなら その時に。
とにかく、戸籍の件は落着しましたので、この章は終わります。
m(_ _)m