生き返ったSora
その日の夜――
【彩桜、瑠璃から聞いておるか?】
【うんっ♪】
稲荷が彩桜の部屋に行くと、膨らんだリュックを背負った彩桜が嬉しそうに立ち上がった。
【どこ行くの?♪】腕に掴まる~♪
【南米だ】術移。
――【眩し~っ!】
【確かにな】【キツネ様】【うむ】
褐色の肌が艶々している男性ユーレイが昇ったばかりの朝陽を背に飛んで来た。
【彩桜。南北米大陸の総括、つまりサイのような役目の者だ。
ホンガンジ、22歳 男性の籍を得たい。
留学生として邦和国 最高峰の大学院に潜入させる。急ぎ頼む】
【畏まりました。ご希望の国は?】
【国は任せる。
手続き等に生身の人間が必要であればと思い、この子を連れて来た。
彩桜、ソラに偽装するぞ】【ん♪】
【では仲間に声を掛けると共に、適合者をサーチします。
スラム等で見つかるでしょう】
暫し待つ。
【良件があるようです。
……この北の島国バルバドスに移動致しましょう。
場所は思い浮かべますので】
【ふむ】纏めて術移。
――ひんやりした薄暗い部屋。
【その少年には見せたくありません。
キツネ様だけ此方に】
【待っておれ】【うん♪】
奥へと進み、次のドアを抜けると更に室温が下がり、壁の低い位置に大きく深い抽斗が並ぶ部屋に出た。
其処で待っていた女性のユーレイが会釈をして抽斗を示して消えた。
【霊安室なのだな?】
【はい、病院の遺体安置室です。
小さな島に住む『世捨て人』と呼ばれていた老人が15~7年前の嵐の翌日、浜に打ち上げられていた母子と思しき女性と少年を見つけたそうです。
母親は既に亡くなっており、埋葬したそうです。
少年は生きており、育てたそうです。
どちらも誰にも知らせずに。
少年は青年となり、漁師をして暮らしていたそうです。
市場で仲良くなった者達から、天気が良ければ毎日 来ていたのに5日も現れていないと捜索願いが出された翌日、青年は住んでいたのとは違う小島に打ち上げられ、意識の無い状態で発見されました。
市場の者達も青年の住所等は知らず、ただ、老人が住んでいる島の方から来るとだけは判ったので行ってみると、老人は『天が与えてくれた孫が帰らない』と泣いていたそうです。
それが2ヶ月前の話です。
この青年です。凍結されています】
壁に納められていたベッドを引き出して銀色のシートを少し捲った。
【邦和人、か?】
【邦和系人も多いので何とも……】
【彼の籍は?】
【申請中でした。
日付が変わる迄は生きていましたので。
魂は昇りました。
未だ死亡の届けは出せていません。
役所が開いていませんので】
【然うか。早朝であったな】
【はい。
今日バルバドス国籍が得られる予定でした】
【ふむ。老人は?】
【此方です】隣のベッドを引き出した。
【老人も亡くなってしまったのか……】
【はい、昨夜早くに。自然死です。
魂は青年と共に昇りました】
【然うか……】両者に掌を合わせた。
【この青年の籍を利用しましょう】
【ふむ。
後程、儂は邦和から来た友として、老人の遺体を引き取る。
老人の情報は?】
【流します】手を繋いだ。
【ふむ。
先に青年の遺体を社に運ぶ。
聞き忘れておったが、青年の名は?】
【空です】
【何と言う巡り合わせか……】
【では、そのままで?】
【此方は翔なのでな】
―◦―
ドン、ドン!! ドンドンドンッ!!
遺体安置室の重たいドアが派手な音を立てていた。
そこに数人が駆け寄る。
「これは……」
「言った通りでしょっ!
誰か生き返ったんですよ!」
「全て凍らせている筈なのに……」
「早く鍵を!」
「開けます!!」
ドアを開けると、ドッと銀色の塊が廊下に倒れ込んだ。
『さ……むぃ……』
激しく震える銀シートを剥ぐと、褐色の手足を縮込めた白い薄地の病衣だけの青年が現れた。
「急いで運んで! 温めて!」「「はい!」」
―◦―
【彩桜君、大丈夫ですか?】
大騒ぎだった病室が静かになったところでホンガンジが現れたのを見て、褐色の肌のソラな彩桜が満面笑顔になった。
【あ♪ ホンガンジさん♪
俺、ちゃ~んと防護できたよ♪
ホンガンジさんって邦和のヒト?】
少し考えて頷いた。
【両親が仕事の都合で移住した時、僕は母のお腹の中でした。
ですので両方の国籍を持っていました。
邦和名は本田 元治です。
家では和語だったんですよ】
【コッチにも祓い屋さん いるの?】
【神様を内に持つ者は殆ど生まれません。
キツネ様が邦和に引き寄せますので。
ですが時々、引き寄せれば海に落ちるからと、僕がお預かりする事があります。
他には仕事や結婚での移住ですね】
【へぇ~♪
俺、これから どぉなるの?】
【万事手筈は整えております。
学歴がありませんので、北米にて留学する為の試験を受けていただきます。
全て英語ですが大丈夫ですか?】
【父ちゃんに会いたくて、いろいろ勉強したから大丈夫です♪】
【お預かりした荷物は北米のカミコウジに渡しておりますので。
カミコウジも僕と似たような境遇で、和語は普通に話せます。
僕の相棒で神谷 宏次という邦和名です】
【ん♪
ホンガンジさんとかカミコウジさんって、もしかしてキツネ様が付けたの?】
【はい♪ コードネームです♪】
―◦―
昼近くに、父親の友人を捜している老人として稲荷は病院を訪ねた。
「この方が、此方に入院していると聞いたのです。
父の友人で百歳くらいなのですが」
名を書いた紙と古い写真を病院の受付の男に見せた。
「丘前 邦男?
ああ、クニ爺さんか。
残念だが、一足遅れだ。
昨夜、亡くなってしまったよ」
「遅かったか……」
「長いこと小さな島で独り暮らし。
よく長生きできたものだよ。
遺体、引き取ってくれるのかい?」
「はい。国に戻って葬儀を行いたい」
「邦和だよな?
書類を集めるから待っていてくれ」
男が奥に行って少しして、別の男が慌てた様子で走って来た。
「クニ爺さんが育てた子も引き取ってくれませんか?
海で遭難して運び込まれて、やっと意識が戻ったんです」
死人として安置していたとは言わなかった。
「動ける状態ですか?」
「すっかり元気ですよ」
「ならば連れて帰りたい」
「国籍が取れたかを確認します」
その男も奥に戻った。
【キツネ様】ホンガンジが並んだ。
【この向こうで何をしておる?】
【遺体移送の手続きです。
それとSoraの出国手続きも。
細工は完璧ですので、ご安心を。
あの男はSoraを押し付けたいが為に元気だと嘘をつきました。
彩桜君自身は元気ですけど検査等をしなければ医師達がウンと言う筈がありませんので。
ですのでSoraの退院は、まだ先です。
出国手続きにも日を要します。
北米のカミコウジが動いております。
米国籍を得、邦和に院生留学する為の特別な試験を受ける事になります。
此方にはSoraは許可待ちで入院、稲荷氏はホテルに滞在しているという事にして、北米に行ってください】
【ソラ役は?】
【僕が具現化と偽装で。
北米ではカミコウジがご案内いたします】
―・―*―・―
煌麗山大学の教授である御榊は、同じく教授である本田原の家に呼ばれていた。
「ショーちゃん、どうした風の吹き回し?」
「入手超困難なワインが手に入ったのよ♪
真愛、好きでしょ?」
「ラベル見せてよ♪」瓶を奪う。
本田原は笑ってキッチンへ。
「へぇ~♪ どうやって手に入れたのよ?
親経由とか?」
「そんなとこね。
チーズとナッツとチョコでいい?」
「チョコビスケある?♪」
「ホント好きよね、お子様菓子。
よ~く知ってるから買ってあるわよ」
キッチンから運んで来た。
「ありがと♪ で?」
「ん?」
「なんか話があるんでしょ?」
「そんな睨まなくても話すわよ。
真愛が惚れ込んでる紗桜さん、外国人と結婚するらしいのよね~♪」
「まさか輝竜教授情報!?」
「ナ・イ・ショ♪」
「もおぉ~っ。
響ちゃんと輝竜教授! 同郷だって知ってるんですからねっ!」
「だから院に呼んだの?」
「知ったのが後!
私、そこまで卑劣じゃないわよ。
ちょっとした悪戯とか、輝竜教授に近づく為なら画策するけどね。
で? その相手が何?」
「頭イイらしいのよね~♪」
「あのお嬢ちゃんが結婚するくらいなら相当な天才じゃなきゃ駄目よね。うん。
何大なの?
ハーバードとかケンブリッジとか?」
「そこまでは知らないわよ」
「名前は!?」
「ソラとしか聞いてないわ。
LじゃなくてRのSoraね」
「明日、調べてみましょ♪
夫婦揃って。うん。いいわね♪」
ソラが生き人として大学院に入る準備は着々と進んでいます。
邦和は夜更け。眠たい彩桜はセルフ治癒で回復しつつ頑張っています。
尚、バルバドスの人達は英語で話していますが、私が書けませんので和語表記です。
この先も和語でない登場人物がワラワラですが、全て和語表記です。
あしからずご容赦ください。
m(_ _)m