飛翔の命日
数日後――
〈タカシ……泣いてるの?〉
〈自分の為の線香というのは……どうにも目に沁みてしまうね〉
〈ふぅん。あ♪ スズちゃんだ~♪〉
掃き出し窓から庭に下りた紗がトコトコと犬小屋に近づいて来た。
「ショウのおうちに かくれんぼ♪」
まだ読経は続いているので、どうやら飽きて出て来てしまったようだ。
〈ホントに入るの?〉クゥ~ン。
「ショウと おひるねするの♪」
〈タカシ、替わってよぉ〉〈そうだね〉
〈スズちゃん、このままでいいの?〉
〈そうだね……ああそうだ。瑠璃?〉
〈どうした?〉
〈紗がお昼寝すると犬小屋に入ってしまったんだよ。
澪に伝えてくれるかな?〉
〈そうか。冷えぬよう頼む〉ふふっ♪
〈うん。そこのところはシッカリとね。
犬で良かったと思うよ〉
〈そうか。
ところで、ショウの極小欠片処理は進んでいるか?
先日、茶畑殿に依頼した分は見つかったと連絡があった。
嶋崎殿の親御様もユーレイ捜しならばご協力くださるそうだ〉
〈親御様? ユーレイなのかな?〉
〈そうだ。トウゴウジ殿と名乗られた〉
〈あ……〉
〈知っているのか?〉
〈知り合いの知り合い、かな?
欠片の話を聞くのは毎日やっているよ。
夜にキラキラ昇るのは綺麗だね。
ショウが喜ぶから、どんどん聞いてるよ〉
〈ならば良かった。
新たに依頼する分や遠方は在るか?〉
〈うん。大きさを選んで話せないからね。
聞いて昇らなかったら待ってもらう、って形になっているよ〉
〈おとなしく待ってくれるのか?〉
〈うん。
急かしたり我が儘を言い始めたら、他の欠片達が宥めたり、諭したりするんだ〉
〈賑やかそうだな〉
〈確かに賑やかだね。
ショウはそれも喜んでいるけどね〉
〈全て昇華したら寂しがりそうだな〉
〈そうだね……それは少し心配してるかな〉
〈まぁ時を要する事だ。
ショウも成長するだろう〉
〈確かに日々成長著しいよ。
どんどん人らしさが増しているみたい。
他人の心をシッカリ理解するようになってきたね〉
〈そうか。ああそうだ、通訳は必要か?〉
〈それがね、古い方でも外国の方でも普通に話せるんだよ。
心で話すからかな?
それとも僕達が犬だから?〉
〈さぁな。
私にとっても初めての事だからな〉
二人が神だからだとは言えない。
〈ん? 澪が気づいたらしい。捜している。
伝えに行くからな〉
〈うん。お願いするよ〉
―◦―
法要が終わり、利幸が出て来た。
「ショウ、散歩だぞ~」
〈あれれ? サクラ待たないのかな?〉
〈瑠璃が来ているから来る筈だよね〉
「紗ちゃん、一緒に行かないか?」
「ん……」
起き上がったが、まだ半分 夢の中だ。
「ショウの散歩に行かないか?」
「行く♪」
「ショウの毛だらけだな」ぽんぽん。
「顔洗って着替えるかぁ?」
抱き上げて連れて行った。
ショウは塀の穴から顔を突き出して彩桜を待っていたが、利幸と紗が先に戻り、散歩に出発した。
〈トシ兄どーして急いでたんだろ?
ゆ~っくり歩いてるのにねぇ?〉
〈ん~、なんとなく解るけど、ショウにはまだ無理かな?〉
〈ん?〉
〈ショウも大人になって親になったら解るかもね〉
〈ふぅん〉「あ、ショウ待て待て」〈ん?〉
「すずちゃ~ん、あっそびましょ♪」
「いっしょに あそぼ~♪」
女の子が2人駆けて来ている。
「ど~しよ……」「行けばいい」「うん♪」
〈タカシ、いいの?〉
〈大丈夫だよ。
莉子ちゃんと夏菜ちゃんのお家なら、瑠璃の結界の中だからね〉
〈結界? 街のと違うの?
街もご飯入れみたいなのでフタしてるよね?〉
〈ショウはよく知ってるね。
街の結界は、怨霊退治の時に御札を投げる女の子がしたんだと思うよ〉
〈シュッてカッコイイよねっ♪〉
〈うん。凄いよね。
その街の蓋みたいなのを瑠璃が家を中心に、ご近所さんや散歩コースを含めて囲っているんだ。
紗を護ってくれているんだよ〉
〈ルリ、祓い屋さんになれる?〉
〈なれるけど、ならないと思うよ〉
〈ふぅん……〉なんとなく利幸を見上げた。
「なんだよ? 物言いたげに見るなよな」
〈べつに~。
だってトシ兄お話しできないもん〉
〈そうだよね〉くすっ♪
「彩桜を待ちたかったのかぁ?」
〈そ~だけど今頃?〉
〈まぁ聞いてみようよ〉〈ん♪〉
「まだ紗ちゃんには会わせたくないんだ。
なんとな~くなんだけどな」
言いながら、いつものコースから外れた。
「なんかなぁ、男のカン?
彩桜と紗ちゃん、気が合うと思うんだな」
〈野生のカンじゃないの?〉〈そうだね♪〉
「せめて学校に入って他の男を見てからじゃねぇと、今会ったら彩桜1択になっちまうだろ? と思うんだよなぁ」
〈よくわかんないけどタカシもなの?〉
〈利幸の気持ちも解るし、そうなりそうな気もするけど……僕は、そうなってもいいと思ってる……かな?〉
〈かな?〉
〈うん……まだ紗は幼いからね。
僕にもよく分からないんだ〉
「彩桜は確かにいいヤツだ。
生意気にシッカリ生きてやがるし、勉強もできそうだ。
でもなぁ……まだだと思うんだよなぁ」
〈あ♪ なんとな~く、こうかも♪
スズちゃんを取られちゃうって思ってる? 違った?〉
〈合ってるだろうね〉
〈み~んなで仲良くしたらいいでしょ?〉
〈そう、、だよね〉〈ん? ねっ♪〉
〈うん〉〈あ♪ サクラだ~♪〉〈え?〉
対岸の土手道を大きなリュックを背負った彩桜が走っていた。
「ん? ショウどうした?
止まって何見て――彩桜!?」
彩桜も気づいた。
「あ♪ トシ兄とショウ♪」
「そのまま来るんじゃねーぞっ!
橋渡れよなっ!」
川の上を走りそうだったので、そう叫んだ。
「うんっ!」キョロキョロ。「あっち♪」
どちらの橋もそこそこ遠いが、ショウ達の進行方向側の橋に向かって走り始めた。
「速ぇ……」〈行こっ♪〉グイッ。「わっ!」
〈サクラ~♪〉グンッグイッ。「待てっ!」
〈ショウ♪ お誕生日おめでと♪〉
〈あ♪ そ~だったぁ♪〉
〈ケーキ持って来たんだ♪〉
〈わ~い♪〉
「デカイのにピョンピョンすんなっ!!」
〈トシ兄なにしてるの? 重た~いよ?〉
〈待ってあげてね〉くすくすくすふふっ♪
「ショウ♪」〈サクラ~♪〉ばふっ♪
抱き合ってぴょんぴょん♪
「そんなに会いたかったのかぁ?」ゼェハァ。
「リード離してあげて~」
「そうはいくかよ。人目が――」「どこに?」
「ん? 無いかぁ?」キョロキョロ。
「だ~れも居ないよ?
だからコッチ来たんでしょ?
ショウのお誕生日は飛翔さんの命日だから。
……そぉじゃなくて俺を避けて?」
歩き始めた。
ショウは彩桜を見上げながら楽し気な足取りでついて行った。
「んなコトあるかよ」
追い付いて並んだが、目を逸らした。
「図星なんだ~」
「違うって!」
「スズちゃん、、でしょ?」
「え?」
「ショウから聞いてるし、見かけたから知ってるよ。
でもね……俺、まだ会っちゃいけない気がしてるんだ。
理由なんてわかんないけど」
〈タカシど~して?〉〈さぁ……〉
「トシ兄、理由わかる? 教えてよ」
「い、いや……俺はただ年齢的にまだ早いと思ってるだけだからよぉ」
「ふぅん。なんにしても安心してよ。
まだ会わないから」
「そっかぁ? あ、そーいや彩桜、どこ向かって走ってたんだぁ?」
「去年ケーキ食べたトコ♪」
「ああっ!! 走ったりしてケーキは!?」
「だいじょぶ♪
紅火兄に中身揺れない箱作ってもらったから~♪」
「彩桜の兄貴達、マジスゲーよな」
「でしょっ♪」
―◦―
その夜――
飛翔がふと目を覚ますと、犬小屋の入口に ぼんやりと光る小さな白狐が浮かんでいた。
〈あ……狐儀殿、こんばんは〉
白狐がゆっくりとお辞儀し、小さな水晶玉が十程入った籠を背後の宙から出して犬小屋の中へと突いた。
〈ショウの遠方の欠片と交換願います。
此方は生き人に会いたいと願っている分なので御座います〉
〈瑠璃が話していた遠方係さんとは狐儀殿だったのですね〉
ふふっ。
〈此方としても生き人とはあまり接触したくは御座いませんので、丁度良いのですよ。
では、お預かり致します〉
狐儀は微笑み、もう一度お辞儀をすると、飛翔が外に出した玉を浮かせて一緒に消えた。
飛翔の二度目の命日のお話でした。
つまりショウは2歳になったんです。
ですがショウフルルは子神ですので、犬としては大きくなりましたが精神的にはコドモなままです。
ショウと力丸の魂内の想いの欠片は、海外分をキリュウ夫妻とオフォクスが、国内の遠方のユーレイ分を狐儀が、近場のユーレイ分は瑠璃が、生き人分を茶畑探偵事務所が昇華させてくれているようです。
そうして順調に昇華できているようですが……それでも残ってしまったのが翔一朗だったんですね。
翔一朗はショウの中からアパートの篤子を見ていたんでしょうか?