『好き』だけでは動けない
【ウィス兄様、ジョーヌは一緒じゃなかったんですか?】
【私が呼び掛けた時は、まだペットをしているからと言っておりましたよ】
【そっか。ジョーヌも苦労してるんだな。
そーいやラピスリも来てねぇな。
急患でも来たのかな?】
【確かめますか?】
【いやぁ、あんま覗き見するのもなぁ】学習した。
【そうですね……】
社では、ただ待っているのも、と瞑想する者や、雑談をし始める者やらで様々になっていた。
オニキスとウィスタリアは瞑想している者達の進み具合を見て回りつつ、話していたのだった。
―・―*―・―
社に行けていない青生と瑠璃は、運び込まれたジョーヌを診ていた。
【瑠璃、ジョーヌ様としては どうなるの?】
【修行が十分だから神に戻れるそうだ。
フェレットの魂もジョーヌ様が内に持ち、生き続けられるらしい。
つまり、この身体だけが老衰で死を迎えるという事らしい】
内に居るラピスラズリから聞いているとして話している。
【この背中のは何?】
【死印だ】
【って、昼間の禍神が付けたの?】
【いや……これは身体が限界だと、自然に浮き出たものらしい。
此処に来てから浮き出たのだからジョーヌ様が頑張れば数ヶ月は保つが、これ迄のようには動けぬだろうな】
【とにかく高階さんには老衰だと話さないといけないんだね……】
【……そうだな。
ドラグーナ様は?】
【どうやら彩桜のドラグーナ様に引っ張られているらしくて、俺の中に非ずな感じなんだよ】
【ならばジョーヌ様にはラピスラズリ様から話して頂こう】
【うん。高階さんの様子を見て話してみるよ】
【すまぬが頼む】
頷いた青生は処置室を出た。
【ジョーヌ、聞いていたのだろう?】
【はい……】
【限界となった身体を捨て、神に戻るか?
それとも、もう暫く その身体を保つか?
偽装してフェレットを続ける道もあるが?】
【それは……】
【高階さんに寄り添って生きたいのだろう?】
【ですが……】
【ペットではなく、人として、夫として生きてみないか?】
【えっ!?】
【確かに、呼ばれても直ぐには動けぬ時もあるが、私は青生に支えられて飛んで行っている。
今の彼女であれば奇跡を受け入れられるだろう。
やってみないか?】
【僕……は……】
―・―*―・―
大陸へと術移したラナクスは父オフォクスに声を掛け、タオファの社に入った。
【あら珍しい、お久しぶりね】
タオファは驚きからか揺らめいた瞳を隠すように細めて、冷ややかに微笑んだ。
【父様の社に大勢が集まっているそうです。
職神の我々も呼ばれておりますが、父様もお願い致します】
【ふむ……確かにな】神眼で確かめた。
【ただ……その前にタオファと話したいのですが……】
【社の方は急いではおらぬ様だ。話せばよい】
【では兄様、外に】ふわりと飛んで出た。
ラナクスは父に一礼して妹を追った。
―◦―
【それで?】
伏し目がちなラナクスの表情を覗き込むように腰を折って見上げた。
【これからもユーレイに偽装して人世に居るつもりなのか?】
【堕神は多いんですもの。
これは重要な仕事だわ】
諦めたように背筋を伸ばし、肩を竦めた。
【獣神狩りは終わった。
王が、そう宣言したのだ】
【では、もう増えないのね?
既に堕神な皆様は?】
【それは未だ……しかし近い内に――】
【全ての堕神や欠片が神に戻れる迄、私は神世には戻れません】
【そうか……】目を閉じた。
【お話は それだけ?】
【いや……これからだ。
……今、神世の獣神は人神のみの術に苦しめられている。
特にマディアが……。
マディアは敵神の懐に居る。
潜入ではなく、妻を封じて隠されている為に逆らえずに従っているのだ。
マディアを救う為、研究域に潜入してはくれまいか?
人神のみの術を調べてはくれまいか?】
【それで月からの道を壊したのね……】
【来ていたのか?】
【ええ。お父様が月から戻られた時に。
やっと事情が分かったわ】
【ならば研究域に――】
【それなら5代下の妹を行かせるわ。
桜華を連れて行って】
【どうしても神世には――いや、私を避けているのか?】
【……そうね】
【そうか……。
悪いのは私だ。
今更、と言われても仕方の無い事だな。
ただ、、これだけは言わせてくれ。
私は……あの時の私もタオファが好きだった。
迎えに行ける その時迄、待って欲しいと言いたかった。
しかし言えば束縛してしまうと考えた。
離れた後、何度も後悔の念に襲われた。
苛まれたどころではなかった。
断ち切れぬ想いに何度も呑み込まれた。
……好き勝手を言ってしまったな。
すまない】
【本当に勝手ね】
下方を彷徨うラナクスの視線を追って伏せた視線を流し、そのまま背を向けた。
【私よりも修行を選んで、ハーリィと一緒に最果ての向こうに行ってしまって。
修行するって私には言ったのに、誰かを捜しに行ったんだって聞いたわ。
嘘ついて行くなんて……相手は女性なんでしょ?
だから私は人世に降りたの。
ラナクスとの思い出ばかりな神世なんて捨てるしかなかったの。
……束縛してほしかったわよ。
約束してくれてたら待てたのに。
待てていたなら、きっと今頃は研究域で指導神をしていたのでしょうね。
見つけた女神と結婚した?
それを言いに来たの?
そうなのよね?
……もうっ! 何とか言ってよ!!】
【……そうだったのか……】
【それだけ!?】
怒りのまま勢いよく振り返ると、ラナクスは深々と頭を下げていた。
【生き方を狂わせてしまったのだな。
すまなかった。
あの時――トリノクス様とマリュース様が堕神とされ、ドラグーナ様の子達がドラグーナ様を護ろうと動き始めた頃、力の不足を感じた私は修行せねばと旅立った。
その途上でマディアを捜しているハーリィと会ったのだ。
だからハーリィと共に修行を兼ねてマディアを捜していた。それだけだ】
【それ……だけ……?】
【それだけだ。
出会ったのはハーリィだけだ。
私は……結婚なんぞしておらぬ。
伝えられなかった想いを伝えたかった。
叶うならば――いや、叶わなかったな。
二度と姿を見せぬと約束する。
邪魔をした】
ゆっくりと頭を上げつつ背を向けて社へと踏み出した。
【どうしてっ!?】
【……私とは話したくもないのだろう?】
【やっと現れたと思ったら一度も目を合わせてくれないなんて!
どうしてよ!?】
【それは……私の弱さ、なのだろうな】
【何よ! 格好つけて!
そんなにも私が嫌いなの!?
神世に連れ去ってくれないの!?
どうして現れたのよ……どうしてっ……】
【連れ去って、、よいのか?】
【ラナクスの馬鹿ぁ……ぁあっ……】
【タオ、ファ……?】
恐る恐る振り返るとタオファは泣き崩れていた。
【タオファ!】
その姿を見たとたん思考は止まって真っ白になり、気付いたら抱き締めていた。
【忘れられるワケないでしょっ】
【私も同じだ。忘れるなんぞ有り得ぬ。
しかし、あの時は何が起こるか、現れるかも知れぬ場所に大切なタオファを連れては行けなかった……】
【一緒に行きたかったのっ】
【そう、すべきだったな……。
今からでは遅いだろうか?
私と共に生きてはくれぬだろうか?】
【わざわざ聞かないでよぉ。
もっと強引に連れてってよぉ。
こんな……我が儘で無茶苦茶ばかり言ってるんだからぁ】
【共に行こう】術移しようと立ち上が――【待てラナクス】
父の声はタオファにも聞こえていたらしく、ふたりはバッと離れて背を向けた。
【此処には桜華を残せばよい。
ただ……ロークスが呼んでおる。
……邪魔をして、すまぬ】
邪魔をした申し訳なさで星空を見上げている。
【い、いえ……忘れておりました。
申し訳、御座いません】
まだ泣いているタオファを背で隠す。
【後で絆を結ぶ。それで許してくれ】
視線は斜め上のまま。
ずっと感情を見せなかったタオファの心からの叫びを聞いて、父も動揺していた。
心咲が好きなジョーヌは今、タオファが好きなラナクスは過去に『好き』だけでは動けないと考えて悩んでいました。
でもラナクスとタオファは落ち着いたようですね。
神としてはまだまだ若いのですから、こうでなくっちゃ♪ です。
ジョーヌの方は次回です。m(_ _)m