樵のタカギの想い
力丸の魂に混ざり込んでいる『想いの欠片』の1つである『樵のタカギ』の過去を調べていた狐儀が翳していた手を下ろして微笑んだ。
〈タカギ殿が此の山で生きておられたのは130年程も前。明治の世ですね〉
〈《明治?》〉
〈世が乱れ、将軍の世が終わり、文明開化と浮かれた頃を生きておられたのでしょう?〉
《ああ、そうだ。そんな世の中だったよ。
騒がしいのが嫌で山暮らしを始めたんだ。
サッパリ散切り頭にはしたんだがな♪》
〈でしたら、とうに小屋は無くなっているのではないかと存じますが?〉
《そうかぁ……。
その場所までは行ってもらえるのか?》
〈では、参りましょう〉
――景色が変わった。と言っても木々に囲まれていることに違いはなかったが。
《ここ……あ! あの小さな滝!
そうだよ、ここだ!
懐かしいような、つい昨日のような……》
〈小屋はどちらに建っていたのですか?〉
《滝からだと……あっちだ!》〈うわっ!?〉
力丸が引っ張られるように走り出し、狐儀は笑いながら追い掛けた。
〈待てよっ! 人が居る!〉《あ……》
〈ではハイキング中の親子になりましょう〉
〈えっ? あ、お師匠様が人に……〉
〈木通取りに来たとでもしましょうか〉
背のリュックをポンポン。
〈え? わっ!? 俺、元に戻ってる!?
あっ、お師匠様っ〉
「こんにちは」
「え? あ、こんにちは。
こんな所にハイキングですか?
珍しいですね」
親子らしい男性二人が作業の手を止めた。
「ええ。野生の秋の味覚を求めて」
リュックから木通を出して見せる。
「ああ、それなら向こうの谷に沢山成っていましたよ」
「うん。いっぱいあったよな。
栗と柿はまだそうだったけどな」
二人は谷の方を朽ちた木材で差した。
「そうですか。ありがとうございます。
此方で何をなさっているのですか?
茸狩りですか?」
「ああ……言われてみれば茸だらけだな。
朽ちた小屋がこれ以上崩れないように片付けてたんですよ。
爺様の爺様が住んでたらしくて」
父親は苦笑を浮かべた。
「戦後 来る暇がなかったとか、今頃になって言ってくれて、俺は巻き添えだよ」
息子は帽子を取って、首に掛けていたタオルで額の汗を拭き、肩を竦めた。
「あの石組みは窯ですか?
あ、リキ、ご挨拶なさい」
「あ、えっと、こんにちは」
狐儀の後ろに隠れていたが顔だけを出した。
「そちらも親子で、でしたか。
どうやら炭焼きをしていたようですね。
爺様もその頃を知らないらしくてね。
爺様の爺様は、熊撃ち猟師の流れ弾に当たったとかそんな話をしてましたが、ホラなんだか、どうなんだかですよ」
「きっと本当なんでしょう。
窯が在るんですから」
「そうかもですね。
でも……そろそろ下りないといけないな。
あなた方も一緒にいかがです?」
「そうですね。
谷には来週行ってみます」
そのまま話しながら下山した。
狐儀と父子の話を聞きながら――
〈あの二人、タカギの子孫?〉
《と聞かれても困るが……でも安心?
なんだかホッとするから子孫かもなぁ》
〈流れ弾に当たって死んだのか?〉
《木を伐っていて記憶が途絶えてるから、きっとそうなんだろうな。
うん。背中が焼けるように痛かったな。
一瞬だけだったがな》
〈その時、炭焼小屋は?〉
《炭を作ってたよ。だから気になってたんだ。
きっと嫁さんが始末してくれたんだろうな》
〈子供は?
居たから子孫が生きてるんだよな?〉
《うん……確かに居たな。息子が二人居た。
学校に行きたいとか言ってたなぁ》
〈学校って……行きたいトコかよぉ〉
《俺は行った覚えがないから知らんよ》
〈ふぅん。
で、炭焼小屋は無事に朽ち果ててたけど、まだ他に望みがあるのか?〉
《へぇ、優しいんだな》
〈あのなぁ。俺も神だからな。
神ってのは人の望みを叶えるのが――あれ? 女神様だ〉
小さな駅の前で待っていた瑠璃が微笑み、四人に向かって会釈した。
「では私共は此方ですので」瑠璃の車を指す。
「今度そのヘラ池に連れて行ってくださいよ」
「ええ。季節の良いうちに」
「あ、喬木と言います」名刺を出す。
「ありがとうございます。
私は名刺を持っていないのですが……」
「では連絡先として私の名刺を」
瑠璃が名刺を差し出した。
「え? 獣医さん? へぇ」
「従兄がお世話になりましたようですね。
ヘラ鮒釣りのお仲間として、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします」
喬木父子が駅に入り、狐儀達は瑠璃の車で出発した。
〈女神様どこ行くの?〉
〈街の外だ〉
〈どーして?〉
〈その欠片の本当の望みを叶える〉
〈へ?〉
〈家族と会いたいのだろう? 喬木 与助〉
《あ……》〈どーしてそこまで!?〉
〈フェネギ様と話していたからな。
そこで調べ、呼んでおいた〉
結界の外に出た。
〈リグーリ様、急な頼みを聞いて頂いて ありがとうございます〉
〈ラピスリ様のお願いなら、いくらでもで御座いますよぅ〉
老死神が頬を染めて頭を掻く。
〈それで、見つかりましたか?〉
〈此方で御座います〉
掌に小さな光球を3つ出した。
そこから光が湧き出し、人の形を成した。
〈では此方も〉〈え……?〉
狐儀が力丸の頭をぽふっとすると、力丸の姿が大人の男に変わった。
「おミツ……正太、正次……」
「アンタ」「「父ちゃん」」
「会いたかった……会いたかったんだぁ」
家族が抱き合い、涙を流す。
言葉を交わし合い、更に涙する。
〈あのっ! お師匠様っ、女神様っ!
俺このままなんですか!?
嫌ですからねっ!!〉
〈神は人の望みを叶えるのが仕事なのでしょう?
もう少し我慢なさい〉ふふふふ♪
〈お師匠様ってばぁ〉
老死神がもう1つ光球を出した。
〈では喬木 与助、家族と共に天に参ろうぞ〉
「よろしいんですかぃ?」
〈与助自身は、とうの昔に成仏したんじゃよ。
これがお前さんじゃ。
重なり、皆共に彼の世に参ろうぞ〉
後から出した光球を示した。
「はいっ!
そんじゃあ、おミツは俺を迎えに来てくれたのか?
正太、正次。一緒に行くからなぁ」
三人が笑顔で頷く。
与助が嬉しそうに大きく頷き返すと、光に包まれて浮き上がり、見る間に人影は光の粒に変わって老死神の掌の光球へと吸い込まれた。
与助の家族も同様に光の粒となって各々の光球に吸い込まれた。
「あ……俺の中から消えちまった……」
「想いの欠片が想いを遂げ、成仏と同じく昇華したんじゃよ。
では、これにて参るからのぅ」
老死神は光球を消し、力丸の頭を撫でた。
「これからも頑張るんじゃぞ」
微笑んで少し上昇し、消えた。
「お師匠様……タカギって何だったんですか?
これからも、って……?」
「力丸の魂は雑に作られております。
本来ならば浄化の際に分離されるべき人の想いの欠片や、神の力の欠片が無数に混ざり込んでいるのです。
其れ等が魂の濁りと成るが故に、修行に集中出来ぬのでは、とバステート様も仰っておられました」
「だから、これからも頑張って昇華させて消してかないといけないのか……」
「力丸。ショウも同じなのだ。
ショウの欠片の件で、私はフェネギ様にご相談し、力丸もだと伺った。
双方の欠片を昇華させる為、協力し合うと決めたのだ。
ショウの為にも、己が力で この姿に戻る為にも、頑張れるな? ダイナストラ」
「女神様……」
撫でてくれている手を追うように見上げた。
「俺、頑張ります!
早く狐から卒業してあの家に帰りたいし、ちゃんと仲間にしてほしいから!」
「長い道程だ。失速せぬようにな。
これは私からだ。
それではフェネギ様、私は此処で」
「はい。ご協力、感謝致します」
瑠璃は、離れた手を目で追った力丸に笑顔を向けたまま、車と共に消えた。
「行っちゃった……」
「其れは人用です。
食べたら山に帰りますよ?」
「え? あ!」がさがさ。
「甘い匂いだ♪ ふわっふわ~♪」
慎重に2つに割った。
「はい♪ お師匠様も♪」
「おや、どうした風の吹き回しです?」
「要らないなら俺が食う!」はぐっ♪
「うまっ♪ すんごいぞ♪ うんまっ♪」
「シフォンケーキですよ」
「よ~し! また貰えるように頑張るぞ♪
シフォンケーキうまっ♪
あ、さっきの木通、後でくださいね♪」
「はいはい」ふふっ♪
こんな感じで『想いの欠片』を1つ1つ……
いや、無理でしょ。
ですので瑠璃と狐儀は次策を考えたようです。
まぁ、これを全部書いていると物語が違う方向に流れてしまいますし、終われそうにありませんので以降略ということです。
探偵団ぽいと言えば、そうなのかもですけどね。