最果てを飛ぶ③:東南~東
神世の『最果て』を飛ぶマディアの前方に森が見えてきた。
「これまで草原と疎らな木々は見てきたが森とは珍しいな」
「はい。『最果て』で唯一の森です」
最果ての殆どが、こんもりした低木が点在するだけの乾いた地で、空までもが低い位置は黄色く霞んでいる。
草原も砂塵を被っているような色なので、禍の滝を囲む森の緑は眩しい程に目立っていた。
マディアが高度を上げると、森は岩壁で切り取られたかのように少し欠けている真円のリング状だと見てとれた。
「滝か?」
「はい。森は滝を囲んでいるんです。
どちらも人神が作ったものです」
「何故?」
マディアは速度を落とし、滝と森について話し始めた。
―・―*―・―
「また失敗~」
どうしても神用にしか出来ないチャムはドレスを纏めてブワッと放り上げた。
「放り投げれば叶うとでも思っているのか?」
「えっ? あ♪ メイお姉さま♪」
「メイは双子の妹だ。
私とも会ったではないか」青龍銀狐に。
「ああっ!♪ ラピお姉さま♪」
「リグーリにも『ちゃま』は やめてやれ」
「それで怒ったのね~♪」
「だけではない。
幼いのは知っている。
が、甘えていられないと理解した上で結婚したのだろう?
結婚したのだから、もう子供ではない。
現実から目を背け、エィムの邪魔をするのならば神力を抜いて封じるぞ」
「邪魔なんてしないもんっ!
エィムには私の力が必要なのよ!」
「だから神力を抜くと言っている。
今のエィムならば、その程度の神力なんぞ受け入れても余りある程に大きな器となっている。
エィムは敵神の懐に飛び込もうとしている。
エーデラークをしているマディアのように。
マディアは私の同代末子、エィムの兄だ。
妻エーデリリィ様は私達の姉だ。
エーデリリィ様は敵神に封じられている。
その封珠は敵神が隠し持っている。
マディアは個神的には、その辛い思いを心の奥底に隠して封珠を奪い返そうと狙っているが、全ての獣神の為に成すべき事を優先している。
強い姉様でも捕らえられてしまったのだ。
今のチャムを連れたままでは、忽ちエィムも同じ道を辿る事となる。
マディアと同じ辛さなんぞエィムには味わわせたくない。
リグーリが怒った理由が解ったか?」
「う……ん……」
「この程度、解らぬようではエィムにも愛想を尽かされるぞ?」
「私……強くならないと、なのよね?
でも どうしたらいいの?
エィムに嫌われたくない。
お荷物なんかになりたくないの!
でも……エィムが冷たいのは、やっぱり私がお荷物だからなのよね?
でも……でも……どうしたらいいのかぜんぜん分からないの!」
「エィムはキツネの社に通うそうだ」
「私も一緒に!」
「ふむ。
狐と龍の違いは知っているか?」
「術移?」
「それは ごく一部だ。
だが、その点から考えてみろ。
術移が出来るのは狐だけだ」
「それは聞いたけど~」
「獣神は種族毎に得意なものがある。
総じて強いのは龍だ。
しかし、一点一点を見れば他種族の中により強いものが居る。
炎の扱いならば鳳凰、護りならば亀といった具合にな。
飛び抜けたものを持たぬのが龍だ。
しかし、ほぼ全てが飛び抜けた種族の次に位置している。悪くても その次だ。
それが龍の特徴だ」
「狐は?♪」
「少しは考えろ」
「う~~~」
「瞬移は誰でも出来る。
神の欠片持ちの人ですら可能だ。
しかし術移は狐神だけだ」
「瞬移はみんなで~、術移は狐だけ~。
引き算したら~~、狐は術♪」
「引き算、か……」
「ね♪ 術なんでしょ♪」
「……至れたのだから説明せねばな」
「その前に1つ!♪」
「何だ?」
「お姉さまなら このドレス、人用にできる? できるわよね♪」
「当然 可能だ。
人として生きているのだからな」
「見本♪ お手本?
とにかくお願いしま~す♪」
【リグーリ、私にも無理だ。
父様もご覧ですよね?
社に送ってよろしいですね?】【待て!】
オフォクスの叫びを無視して、ラピスリはチャムを社に置いて動物病院に戻った。
【ルリ~♪ お帰り~♪】尻尾ぴよぴよ♪
「ショウ、起きていたのか」
【お腹すいた~】
「ふむ。待っていろ」
【うん♪】
―・―*―・―
マディアが禍の滝と神喰の森について説明しながら飛んでいると、黄金と白銀の龍が飛んで来て留まった。
「兄達です。
同じように話してもよろしいですか?」
攻撃されないよう距離を保つ為に留まった。
「マディアの兄弟は多いのか?」
「はい。僕を含めて1000です」
「そんなにも!?」
「はい……それも後で説明します」
「ふむ。攻撃はせぬと話せばよい」
「ありがとうございます」
〈ゴルシャイン兄様、シルバスノー兄様。
ただ飛んでいるだけです。
攻めたりしませんので通してください〉
〈マディア……ふむ。そうか。
元気にしているのならば、それでいい〉
〈うん。僕は元気だよ♪
獣神だってバレちゃったけどね〉
〈堕神にされる心配は無いのだな?〉
〈うん。
ナターダグラル様に護って頂いてるんだ。
他の人神とは違うんだよ。
獣神をご理解してくださっているから、獣神が住んでいる場所を知っておきたいって。
だから飛んでるんだ〉
〈そうか〉
〈兄貴? 人神なんか信じるのかぁ?
マディアの首、輪っかなんか嵌められてるじゃねぇかよ〉
〈あ~、コレね。
他の人神が怯えるから着けてるんだ。
それだけだから気にしないで〉
〈ふ~ん……ま、今回は通してやる。
けどな、ヤな事あったら逃げて来いよ。
頑張り過ぎるなよ?〉
〈うん♪ ありがとね♪〉
〈私もシルバスノーと同じ気持ちだ。
逃げるのは悪ではない。負けでもない。
此処が在るという事、兄弟が居るという事を忘れるな〉
〈うん♪ ありがと♪
それじゃあ行くね♪〉
兄達が道を開けるように両側に動いた。
その真ん中を通り抜ける時、マディアは思いついて軽く吼えてみた。
ぎゃお~るるるっ♪
グ~ス。 ギャス♪
兄達も吼えて答え、サッと寄ってマディアの尾をポンポンとして見送った。
「マディア……鳴き声か?
何か言ったのか?」
「獣神ですから。
さっきのは、ただの挨拶です。
僕が兄達に甘えただけですけど」
「……滝で暮らしたいのか?」
「兄弟も好きですけど……」
「ん? けど?」
「執務も好きなんですよね♪」
「そうか……」儂ではなく執務なのか……。
ん? また何か言いたげ?
エーデの近くに居たいだけって
言いたいけど言えないもんね。
でも~♪ 吼えたり鳴いたりは
聞き取れないんだね♪ 収穫だね♪
「マディア」
「はい」またビックリ~。
「兄弟が千とは……?」
「あ、はい。
ずっと前の王が四獣神の――特に父の力を恐れて、都を禍から護る為にと子を要求したんです。
最初は後継として育てていた子を王命だと問答無用に連れて行ったそうです。
それから、全ての都を、街を、村や街道に至るまで網羅しろと次々と要求してきて……僕達の頃には職域にまで。
父は交替しないと無理だからと10子ひと組としたので1000もになったんです。
それでも父の力を削ぐ事は出来なかったんですけどね」
「そうか……ふむ。
離されていたから、よく知らぬ兄姉が居るのだな?」
「はい」
「あの滝に千もが住んでおるのか?」
「いえ……龍の里と合わせても100にもなりません。
殆どが獣神狩りが始まった直後に捕らえられて、封じられて眠らされたまま、『護り』を続けさせられているんです。
あとは堕神にされています。
父の子かどうかなんて人神には区別なんて出来ませんから、『護り』の場所から離れて捕まると他の獣神と一緒に堕神にされるんです」
「そうだったのか……」
滝の兄達にも会え、吼え声はザブダクルには聞き取れないと大収穫続きのマディアです。
マディアの兄弟の殆どが封じられ、また、堕神にされていると知ったザブダクルは、またマディアが悲しむのではないかと、勘が鈍いなりに模索し始めました。
チャムの方は……チャムなりに頑張っているんですけどね。