最果てを飛ぶ②:西~南~東南
マヌルの里を過ぎ、無事に離れられた事に安堵したマディアは話を再開した。
「人神は獣神をひと括りに見ていますが、獣神は種族毎に性格や、思考の傾向や、最も大切なものが異なります。
今は全ての里が結界で隠していますが、以前は鳳凰だけは堂々と見せていたんです。
鳳凰は気位が高くて、戦闘力を誇っていて、他の獣神を見下しているんです。
以前は激しく、今では少しだけ。
鳳凰の里は王都の南の『最果て』に在り、周囲も含めて『最果て』の中では最も良い環境なんです。
傲慢な人神達は当然の如く その地を欲しました。攻め込んで来たのです。
大軍で里を囲み、王に献上せよとの居丈高な要求に、鳳凰達は我慢の限界とばかりに、人神の軍が動くよりも先に攻撃してしまったのです。
『禁忌だ! 撃て!』の声で放たれた弾は網と化し、飛んでいる鳳凰達も、里も覆い尽くしました。
その網は神力封じだったので鳳凰達は何も出来なくなりました。
龍の里は鳳凰の里の近くに在ります。
ですが鳳凰は一方的に龍を毛嫌いしていました。
同じように大きくて強いからだと思います。
まだ若かった父は、そんな鳳凰なのに助けに行ったんです。
相手の武器は神力封じだと知った上で攻撃すれば、父なら圧勝です。
ですが父は人神達を説き伏せたそうです。
話した内容は教えてくれませんでした。
鳳凰達も口止めされているのか、それとも屈辱的だと思っているからなのか、何も話してくれません。
ただ、遠くから一部始終を見ていた鼠達から、爪の先すらも触れずに大軍を追い払ったとだけ聞けたんです」
ホントは、それキッカケで鳳凰達は
父様こそが獣神の王だなんて
言い始めたんだけどね。
『王』は禁句な気がするんだよね。
「ふむ。禁忌だらけでは反撃は無意味、そう言いたいのか?
それすらも覆し、捩じ伏せれば良かろう?」
「そうですね……」
「そうか。つまり、そう考えるのは人神、獣神は違うのだな?」
「はい。
もう半周程しましたので十分お分かりでしょうが、獣神が住んでいるのは岩壁の囲みの中のごく一部です」
「その杭に似たものが人神の地を示しておるのだな?」
「はい。
岩壁近くにまで迫って連なる それらが人神が占領したという標なんです。
標の囲みの内側は広大な荒地です。
その荒地全て、つまり この地の殆どが人神が住む地になっているんです。
十分な広さを得ている筈です。
それなのに獣神が住む地を奪おうとする。
都や街を拡げたければ余地なんてまだまだあるのに。
『最果て』に近い街や村でも霞んで小さくしか見えないくらい、かなり距離があります。
接触しないように住み分けしていれば怖れる必要なんてないのに……長い歴史の中で一度も攻めていない獣神に無駄に怯えて、禁忌だとか決めなくてもいい筈なんです。
獣神には理解が出来ません。
獣神は『最果て』でも真ん中でも、あまり気にしていません。
生きていけたらいいんです。
楽しみも幸せも見つけられますから。
標を繋げて国境にしてもらって入るなと言われたら、その外で自由に暮らします。
それでいいと思っているんですよ。
ですから争うなんて考えられないんです」
「人神は……欲で出来ておる。
幾ら注いでも満たされぬ瓶なのだ」
「欲、ですか……」
「得て満足するは一瞬。
直ぐに次が欲しくなるのが人神だ。
して……。
先程 通り抜けた果樹の地が鳳凰の里か?」
「はい」
「つまり半周を越えたのだな?」
「はい」
「ふむ。
もっと掛かるかと思っておったが、無理をして急がずとも――ん?
何やら過ったな」
「近くに龍の里が在ります。
今の僕の事は知っているでしょうから警戒しているのでしょう」
「そうか――戻って来おったな。
儂は狩りも攻めもせぬ。
そう伝えよ」
銀灰の龍が躊躇うように留まっていた。
「はい! ありがとうございます!」
「何故 礼なんぞ――いや、この警戒ぶりでは致し方の無い反応か」
〈サーブル♪ 久し振りだね♪
ただの視察だから警戒しなくていいよ♪
里の場所も特定しないから安心してね♪〉
〈やっぱりマディアだったんだ。
うん。わかった。
僕はマディアを信じてる。
じゃあ……またね〉
〈ありがと――えっ……〉
背を向けた筈のサーブルがマディアを抱き締めていた。
泣き顔としか思えない笑顔を向けると、サッと離れて消えた。
「サーブル……」
「先程の龍は?」
「すぐ上の兄です。
400年ぶりに会いました。
引っ込み思案で口数も少なくて……抱きつかれたのなんて初めてでした」
「寄りたければ儂を岩壁の上に残して行ってもよいが?」
「……いえ、十分です。
ありがとうございます」
「そうか?」
「はい。
僕、今とっても嬉しくて、とっても幸せな気分なんです」
「それが獣神なのだな。ふむ」
「気恥ずかしいですけど……そうだと思います。十分 幸せなんです。
このまま飛びますね?」
「ならば頼む」
「はい♪」
―・―*―・―
オフォクスから狐の力の伸ばし方の基礎を教えてもらったエィムは、チャムを連れて廃教会に戻った。
「もう仕事するの?」
「その前に少し瞑想する」
狐の力も全て見ておきたいので小部屋へ。
「私は?」
「好きにしてていいよ」
振り向きもせずに小部屋に入った。
【ドレス、御札使いちゃん用に変えたいんだけどぉ】
【すればいい。
今日明日のうちに来るだろうから急げば?
人用に具現化するのは高度だから、今のチャムにとって良い修行になる。
……頑張って】
【エィムも一緒に♡】
【僕は僕で急がなければならない。
僕が上げればチャムも上がる。
一緒に修行してるのと同じだから、もう集中させて】
【そういう意味じゃないのっ】
【急ぐと言ったよね?
チャムも急ぐんだろ?
頑張ってね】
【エィムぅ】
エィムは それっきり返事をしなくなった。
「人用にって……?
この机や椅子みたいに手が通り抜けるように具現化すればいいのよね?
でも……どうやって?
リグ兄ちゃま来ないかなぁ」
「な~にブツブツ言ってるんだぁ?」
「え?」振り返る。「ええっ!?」
―・―*―・―
〈青生兄! ショウと話してたでしょ!?〉
制服で茶碗と箸を持った彩桜が現れた。
大きな茶碗には ご飯だけでなく、おかずも てんこ盛りに乗っている。
「話していたよ。
今は瑠璃と一緒に寝ているよ。
すぐ来れば話せたのに寝ていたの?」
スタッフが増えたので新調した青い診察衣に着替えている。
〈犬してるオニキス師匠が黒瑯兄も目覚めそぉだって離してくれなかったのっ!
朝ごはん作ってる黒瑯兄に ず~~っと押し付けられてたのっ!
いっぱい邪魔って言われたのっ!〉
食べながらピョンピョンするので背負っている鞄が騒いでいる。
「黒瑯のドラグーナ様、目覚めたの?」
〈ううん。目覚めなかったぁ〉
「そう……」
〈でもね♪ も~ちょいだと思う~♪〉
「それで彩桜は余裕なの?」
〈ん!?〉もぐもぐモグモグごっくん!
「ごちそ~さま! 行ってきま~す!」
空になった茶碗と箸を置いて瞬移した。
「もう少しなら今夜は帰ろうかな?
金錦兄さんも帰って来るよね。
ドラグーナ様を集めるべきだよね?」
呟きながら茶碗と箸を持って奥に向かった。
―・―*―・―
「どーして出てるのよっ!!」
八つ当たりコミコミでプリプリしているチャムは男ユーレイの背を押してエィムが居るのとは違う小部屋に入った。
「ちゃんと修行してよねっ!!」
「そうキャンキャン言うなよなぁ。
爺さんに時々出してもらってるんだよ。
入りっパはダメなんだと」
「じゃが部屋から出てよいとは言うておらんぞ? 利幸よ」
「リグ爺ちゃま!
ちゃんと教えといてよねっ!
それと、出すって言っといてよねっ!」
「エィムには言うたぞ」
「私、聞いてないもんっ!
あ♪ そうだわ♪
コッチ教えてくれなかった代わりにアッチ教えてもらえばいいのよね♪」
「何を言うとる?」
「人用のドレスを具現化したいの♪」
「修行せよ。
利幸も、じゃ。入れるぞ?」「おう♪」
チャムに手を振りながら笑顔の利幸は吸い込まれた。
「手伝わんからな」姿を戻して睨む。
「リグ兄ちゃまってばぁ」
「神力不足も甚だしい」
「エィムが良い修行になるって♪」
「……確かにな。
方法だけは教える。自力でしろ」
「ええ~っ、手伝ってよぉ」
「そんな心づもりならば全て自力でせよ」
これ以上は有無を言わさぬと冷たく突き離す視線で射貫いて瞬移した。
―◦―
「お~いウンディ、戻ったぞ♪」
《俺は此処に住んでるんじゃねぇよ!
お前の中に居るんだと何度言ったら覚えるんだ!》
「外に出たら喋らねぇじゃねーかよ」
《お前の神力が小っこ過ぎるんだっ!
この場所の神力に支えてもらえねぇと話せねーんだよ!》
「ま、元気でナニヨリだ♪
シュギョーしよーぜ♪」
《お前がするんだよ! お前だけがなっ!
サッサと瞑想しやがれ!
そんでもってバリッと思い出しやがれ!》
「あんまカッカしてっとハチキレるぞ?」
《お前にだけは言われたかねーよ!!》
サーブルに会えたマディアは、これだけでも大収穫だと嬉しさいっぱいで飛んでいます。
カラフルなドラグーナの子には珍しく地味な銀灰。
性格もおとなしいサーブルは龍の里を護っています。
チャムの方は……どうなることやらです。
利幸とウンディ(意識)は今日も元気でしたね。