モグラとの約束
オフォクスはサイオンジを壊さないように、強過ぎる浄破邪ではなく強破邪光で包み、先ずは内から滲む禍に対して解呪を唱え始めた。
〈キツネ殿よぉ〉
〈サイ? 支配は解けておるのか?〉
〈モグラが教えてくれたんだぁよ〉
〈苦しいのか?〉震えておるが。
〈いんや。すっかり大丈夫なんだがなぁ、形が成せねぇんだぁよ〉
〈然うか。
成せぬは支配と共に在る呪に因るものであろう。
その支配はマリュース――モグラのものではない。
核は確かにモグラのものだが、今、動いておるのは核を覆う新たな支配。
禍を纏わせた敵神の支配だ。
呪も滅さねばならぬ。暫し待て〉
〈そんじゃあ頼むなぁよ〉
〈モグラは……正気だったのだな?〉
〈そうだぁよ。
なぁんも変わってなかったよぉ。
霊体を好き勝手 使われちまってたんだぁ。
なぁキツネ殿よぉ、連れてかれちまったモグラは……どうなっちまうんだぁ?〉
〈息子達に頼んである。案ずるな〉
〈そ~かぁ……成仏したがってたんだぁ。
させてやってくれよなぁ。
アイツぁ長~く苦しんだんだぁ。
生きてた間も、死んでからもなぁ。
だからなぁ、もう楽にさせてやってくれよなぁ〉
〈任せよ。悪いようにはせぬ。
モグラには罪は無いのだからな〉
〈ありがとよぉ〉〖オフォクス!〗
〈〈あ……〉〉こんな時に目覚めた?
〖これは何事だっ!! サッサと解け!!〗
〈龍神様よぉ、ちぃと待ってくんなぁよぉ〉
〖そうだっ! サイ!
話せるのならば教えろ!
先程の手は!?〗
〈手ぇ?〉
〖俺の欠片を渡してくれた手だ!
ドラグーナの友の猫ではないのか!?〗
〈ネコじゃあなくてモグラだぁよ〉
〈フィアラグーナ様、そのマリュースを包んでおった人の手であろうかと――〉
〖欠片は尾の一部だった!
記憶が随分と戻ったぞ!
礼を言わせろ!〗
〈そう叫ばずとも聞こえます。
モグラは成仏を望み、昇りました〉
〖押し潰されそうなんだよっ!
叫ぶしかないんだっ!
俺の上のヤツをどかしやがれっ!!
ずっと乗ってたんだが急に膨れて重くなりやがったんだよ!〗
〈上の?〉
〈龍神様よぉ、まさか支配の塊の下に居るのかぁよ?〉
〖何の下かなんぞ知るかっ!!
早くしやがれっ!!〗
どうやら形を成せずにいたのは禍の呪が原因だったのだが、震えていたのは支配に下敷きにされたフィアラグーナが撥ね除けようと暴れていた為だったらしい。
―・―*―・―
浄化の門へと昇っているリグーリは現世の門を通り抜けた。
【死神様……】
【ん? モグラ、目覚めましたか?】
【お話し出来るんですね。
獣神様なんですね?】
【私はリグーリ。狐儀の弟です】
【良かった……。
では真の敵をご存知なのですね?】
【死司最高司、ですよね?】
【はい。それだけは伝えなければと思って声を掛けました。
これで安心して消える事が出来る……】
【今、浄化の門に向かっています。
魂の浄化をする場所です。
つまり その浄化が成仏なのです】
【僕……成仏なんて出来るんですか?】
【おそらく普通の成仏ではないでしょう。
多くの魂を取り込んでいますので】
【……そうでしょうね】
【ですが成仏は叶いますよ。
おや? 何方かを抱いているのですか?】
【母さんを……見つけたんです。
僕は……母さんまでも獣と混ぜて取り込んで……。
母さんだけは僕の味方だったんです。
幼い頃、人と話すのが怖かった僕は、よく動物と話していたから、気味の悪い鬼子だと父に疎まれてしまって……蔵の上階に閉じ込められて、学校にも行かせてもらえなかったんです。
母さんは父の目を盗んで僕に会いに来てくれて、読み書きも教えてくれたんです。
父が突然 亡くなって……母さんは僕を蔵から出してくれました。
学校にも行けるようになったけど、やっぱり僕は誰とも話せなかったんです。
そういう全てを助けてくれたのはマリュなんです。
蔵の中でも いつも話し相手をしてくれて、僕を笑わせてくれたんです。
学校でサイを見つけて、友達にしてくれたのもマリュなんです。
そうだ! マリュを捜してください!
マリュを助けて!】
【マリュース様を?
内にいらっしゃらないのですか?】
【前の敵神に引き千切られたんです!
無理矢理に!
たぶん僕を怨霊にする為に!
生きてるのだけは繋がりが残ってるから分かるけど……場所も状態も分からないし、話せないし……】
【マリュース様は神世を護り、支えていらした四獣神様なのです。
オフォクス様も、私の父も。
そしてドラグーナ様も。
ですので必ず見つけますよ】
【マリュ、そんな凄い神様だったんだ……】
【浄化の門が見えました。
まだ話したいのなら、あの大木に向かいますが?】
【いえ……サイとも話せたし……ソラは立派になっていたし……もういいです。
キツネ様とオニキス様、彩桜様には……ありがとうございました、とだけ伝えて頂けますか?
あ……母さんの残りも お願いします。
合わせて成仏させてください。
東の街で、小型犬のユーレイで……女学生と暮らしていますので】
【女学生?】
【結、と名乗っていました】
【捜し出す事、お約束しますよ】
【ありがとうございます】
【近くなりましたので出しますね?】
【はい】
リグーリは水晶玉を取り出して、内に見えるモグラの穏やかな顔に微笑み、封印を解いた。
【ありがとうございました】深々と礼。
顔を上げて首を傾げる。【おじいさん?】
【この姿は敵神を欺く為のものですよ。
仲間の浄化神も同じようなものです】
【お会いするのが楽しみになりました】
【浄化のロークスも、保魂のラナクスもオフォクス様の子です。
楽しみにしていてください。
では、門に着いたら己が足で進んでくださいね】
【はい。あの……】チャムを指している。
見て苦笑したリグーリは
〈これ、起きぬか?〉
眠ったままのチャムを揺すった。
「ん~~、やん。まだ寝るの~~」
【獣神様なんですか?】
【オフォクス様の末子ですよ】
〈起きよ、チャム!〉ゆさゆさゆさ――
頑張って堪えていたモグラだったが、とうとう笑ってしまった。
〈エィムに見捨てられるぞ?〉
「ええっ!?」バチッ!「エィムどこっ!?」
〈浄化の門に着いたぞ。導かぬか?〉
「ああっ!! モグラ!!
モグラは!? どこ行っちゃったの!?」
リグーリとモグラ、顔を見合わせる。
【降りて歩けばいいんですよね?】
【その通りです】
〈チャム、騒いでおらず並べ〉〈はいっ!〉
「死神様、ありがとうございました」
そう言って礼をし、正面に向き直って着地したモグラは、まだ笑っている。
「死司神様、お導き ありがとうございます。
では渡竜 澄也、此方に」
迎える浄化神が両手を広げる。
モグラの笑顔は安堵からの穏やかなものに変わり、一歩一歩を確かめるように浄化神が示す方へと進んで行った。
リグーリとチャムは下がって見送った後、礼をし、降下を始めた。
「もしかして……さっきのがモグラ?」
「そうじゃよ。
チャムはエィムの所に行かぬのか?」
「ああっ! そうよ! ターゲット!!」
「やっと思い出したのか?」
「早く行かなきゃ! ええっとぉ術移!!
やんっ! 動いてないじゃないのっ!?」
「困った奴じゃな」苦笑。
死司杖の先を曲げてチャムのフードに引っ掛け、術移した。
―・―*―・―
〈あの黒いの……最高司様、だよな?〉
〈そうだな。
下手に近付いて目を見られたくないな〉
〈だよな。大回りするか?〉
〈しかし感知されぬ所となると、大陸か?
それとも太洋か?〉
〈この暴れる魂を連れてか?〉
〈それなら見つかってみたらどうだ?〉
〈冗談にしても酷いぞ?
で、どうする?〉
上空で素早く動いているらしくチラチラと見える黒と青を辛うじて目で追っている黒装束の集団は、大暴れし続けているキメラ魂を掴んでいるので、かなり困っていた。
モグラは無事に浄化域に着きました。
街の東に離された操られている死司神達は、まだ下の戦いが終わった事には気づいていません。
それどころか祓い屋とモグラが戦っていた事にも気づいていないんです。
そんな盲目状態で互いを押し退けたり、突き飛ばしたりして我先にと獣神を追い掛けているんです。
ザブダクルとラピスラズリもまだ戦っています。
キメラ魂をどうにか捕まえた死司神達は困っているんですけど……次話に続きます。
m(_ _)m