静かな幕開け
翌日も、その翌日もフィアラグーナは目覚めず、ジョーヌから記憶を見せてもらうのは全く進まなかった。
〈お師匠様、お帰りなさい♪〉
〈ど~してトウゴウジなんだぁよ?〉
〈ヨシさんが父さんに用があるからって代わりに呼ばれちゃって~〉
〈そ~かぁ。ん? トクは?〉
〈お師匠様は今夜も遅くなるでしょうからと、大好きなパイプオルガンを眺めに――あ、お帰りなさいませ、奥様♪〉
〈旦那様♪ ゴウちゃん♪
ただいま戻りました♪〉
〈パイプオルガンたぁ何処にあるんだぁ?〉
〈龍神様のお家よ♪
離れが和と洋の2館あって、洋館の方は元々は父のアトリエだったの♪〉
〈あの大きなお屋敷も!?〉
〈そ~かぁ、パイプオルガンまであったとは驚いたなぁよ〉
〈父の絵も楽譜も彫刻も、大切に保管してくださってるの♪〉
〈そ~かぁ そ~かぁ〉にこにこにこにこ。
〈留守番してますからデートしていらしたらいかがです?〉
〈あら♡〉〈そ~かぁ?〉
〈はいはい、行ってらっしゃいませ♪〉
〈トウゴウジなぁ――〉
〈お言葉に甘えちゃいましょ♪〉
照れるサイオンジをトクが引っ張って消えた。
〈ゴウちゃん、ありがと♪〉
〈ヨシさん♪ お帰りなさ――きゃっ!?〉
寿は声だけで姿は無く、キンギョが勢いよく落ちて来た。
〈父さん……〉ぱちくり。〈大丈夫?〉
〈クッ……〉地中からムクッと這い上がり、座った。
〈ヨシさんに攻撃されたの?〉
〈攻撃ではないが……〉
〈が?〉
〈明日、街の結界を補強するそうだ。
……手伝ってくれ〉
〈何かあったのね?〉
〈死神達が『手』を突っ込んでいた。
掴まれそうになったのをヨシが引いてくれたのだが……叩き落とされた〉
〈父さんでもヨシさんには叩き落とされてしまうのね……〉
〈俺には容赦無いからな〉
〈それ、容赦無いんじゃなくて甘えてるの♪
じゃれてるのよ、きっと♪〉
〈そう、なのか?〉
〈ヨシさんですもの♪〉
〈俺より よく知っているのだな〉
〈育ての親ですもの♪〉〈兄さん?〉
〈う……話すから黙ってくれ〉〈ん♪〉
〈父さん? この前から変だけど何?〉
〈…………ツカサ〉
〈へ?〉
〈今後はツカサと名乗ればいい。
俺が改名すれば受け入れられるのだろう?〉
〈あ……でも、いいの?〉
〈呼び名で剛の字も残る。十分だ〉
〈父さん……ありがと……〉
〈ツカサならば……その……女としても、だな。
ま、許せる範疇だと……だから、だ。
娘だと……受け入れる〉
〈父さん……〉うるっ――
〈乗り越えられず……すまなかった〉
ツカサは涙を隠すように俯いた顔をふるふると小さく横に振った。
〈ありがと……父さん〉
〈いや……長く苦しめた。すまぬ〉
〈そんなこと……〉
〈姿を……結婚した頃の姿を見せてくれるか?〉
コクンと頷き、纏った淡い光が消えると、ゆるやかに巻いた長い髪をかき上げて申し訳なさ気に微笑んだ。
〈声も……いいのよね?〉
〈勿論だ。芳によく似ている。
芳にも見せてやりたかったな……〉
〈母さんなら毎日のように会ってたわよ?
近所に越して来て再婚したから〉
〈!?〉
〈ん?〉
寿がお腹を抱えて笑いながら現れた。
〈ヨシ! 芳に教えたのはお前か!?〉
〈だって~、芳さんが知りたいって~。
母親なのだから娘の居場所を知りたいのは当然よね♪
我が子を無視した兄さんが異常なのよ〉
鋭い視線で射貫いた。
〈……すまぬ〉縮こまった。
〈ゴウちゃん♪ お帰り~♪〉ハグ♪
〈もしかしてヨシさんが仕掛人?〉
〈そりゃあ大切な長女の為ですもの♪〉
〈ありがと♪ ヨシさん♪〉ハグ返し♪
〈あ……もしかして父さんは離婚したのを隠そうとしてたの?〉
〈う……〉
〈そうなのよ~。恥でしかないからって♪
兄さんの頭は古くて固~い化石なのよぉ〉
〈化石って~〉あはっ♪
〈化石と……〉ガーン。
〈ヨシさん、お呼びで――〉ホウジョウ登場。
〈ほらほらゴウちゃん見て固まらないの♪
丈二くん、顔 真っ赤よ?♪
今夜も飲みましょ♪ ほら座って♪〉
―・―*―・―
「サイ……」
モグラは古い洋館を見上げて呟いた。
「まだ僕を見つけられない?
それならもっと近くに……」
挑むのを楽しんでいるかのような薄笑いを浮かべて闇に溶けた。
―◦―
気配? でしょうか……?
良いとは言えない気でしたが……。
「そこに誰か居るのか?」
気を感じた方向にヘッドライトを向けて立ち上がっていた藤慈は、またしても懐中電灯の光を浴びた。
振り返った藤慈のヘッドライトの光に若い警官が浮かび上がる。
「また違うお巡りさんですか?」うんざり。
「また?」「間に合わなかったかぁ」「え?」
飛ばして来た自転車がキッと音を立てて止まり、初日の警官が頭を下げた。
「空沢課長、何が間に合わなかったんです?」
「お巡りさんは申し渡しとかしないのですか?」
「するんだけどね、言い忘れていたんだよ。
本当に毎晩毎晩すまないねぇ」
「いえ。それでしたらいいのですが……」
「あ、その辺、畑らしくなってきましたね」
「まぁ……まだまだですが」
「輝竜さんは薬の博士で、雑草の中から薬草を探してるんだよ。
昼間は忙しいから夜中にね」
「あ……失礼しましたっ」敬礼!
「本当に すみませんねぇ。
では、これで――ん?」
住居と離れの方から微かな足音が聞こえた。
「藤慈、どうかしたのか?」
「あ、紅火兄様……」
「話し声が聞こえた。弟が何か?」
「夜中ですのでね、それだけです。
ちょうど一巡しましたので、これでもう声は掛けないと思います」
「一巡?」
「派出所のお巡りさん方が、ですよね?」
「そうです そうです。
連日すみませんでした」
「いえ、こちらこそです」
警官達は何度もペコペコしつつ去って行った。
「紅火兄様?」
「む……やはり来ていたようだな」
「やはり、それでですか」
「気になってな。向こうの空き地か?」
スタスタスタ――。
藤慈は小走りに紅火を追った。
「あれ? 紅火と藤慈?」
「む?」「青生兄様こそ……」
「俺は野良達を診ていただけ――だけど……」
空き地に向けた目を細めた。
「この気……モグラ?」
「はい。悪い闇が深くなっているような気がするのです」
「そうだね……でも掴めないね」
「そうなのです。
確かに何かあると思うのですが……」
「隣街に魔道を穿っていたのならば、此方にも穿っている可能性は高い」
「そうだよね。
ドラグーナ様、起きないかな?」
「ずっと声を掛けているのですが……」
「同じくだ」
「この違和感、南北に伸びているのかな?
二人は南を確かめてもらえる?
俺は瑠璃と一緒に北に行ってみるよ」
「ふむ」「はい♪」「俺も行くっ!」
「「「彩桜……」」」
「置いてかないでよぉ」
「子供は寝ろ」「まぁまぁ紅火」ぽんぽん。
「彩桜が聞くとは思えませんよ」「うん♪」
「彩桜、紅火と一緒にね」 「青生兄がいい!」
「聞けないのなら寝なさい」「紅火兄 行こっ」
「紅火、お願いね」にこにこ。
「む……」押し付けたな?
「もう離れているよ?」「む?」
青生が指す方を向く。
「紅火兄~♪ 早く~♪」「彩桜っ」
藤慈の手を引いてぴょんぴょんぴょん♪
―◦―
「あれれ? 白久兄?」
彩桜が街灯に照らされている場所を指した。
「あ……確かに」
「粗大ゴミか……」呆れ溜め息。
「今度はベッドだ~♪」
「今度は?」「前にもあったのですか?」
「前はソファーだったの~♪」到着~♪
弟達、グ~スカ 大の字な兄を囲む。
「どうします?」「運ぶの?」
揃って紅火を見る。
「夏だ。風邪の心配は無い。
後でも良かろう」
「そうですね」「うんうん♪」
行こうと――「おや? 輝竜さん?」キッ。
「あ……」「む……」また会ってしまった。
「こんばんは~♪」お巡りさんだ~♪
「粗大ゴミ出しですか?」今度は。
「違うの~、兄貴 見つけたの~♪」
「え? あっ!」事件!?
「寝てるだけ~♪ 酔っぱらいなの~♪」
「そ、そうですか。
それにしても――」見比べる。「――ソックリですね……」
「うんっ♪」
「すみません、連れて帰りますのでっ」
やれやれと紅火が担いだ。「んがぁ?」
「外で寝るな」スタスタスタ――
「お、おい紅火!?」
「静かにしろ」スタスタスタスタ――
「空沢さん、じゃ~ね~♪」
「で、では」ペコリ。
藤慈と彩桜は紅火を追った。
「ん? 名乗ったかな……?」
首を傾げつつ警官はペダルを踏んだ。
トウゴウジ=ツカサとなりました。
ヨシさんと稲荷堂に行った時には女性に戻していましたが、やっと通常の姿に出来るようになりました。
連日 藤慈がお巡りさんに声を掛けられて、ひっそりと暮らしていた輝竜兄弟にも転機が訪れようとしています。
転機は もう少し先になりますが。
訳あって隠遁生活のような暮らしをしていた輝竜兄弟ですが、運命の歯車はスポットを当てる方向へと組み替わったようです。
そのお話はユーレイ外伝 第三部で、です。
m(_ _)m
その前にユーレイ探偵団 本編の流れ通りモグラとの激戦に突入します。
輝竜家の離れで寛ぐサイオンジを空き地から見詰めるモグラ。
この街にも魔道を張り巡らせて、モグラは仕掛ける機を見計らっています。
もう戦いは静かに幕を開けているんです。