嵐の前の静かな夜
サイオンジが公園に戻り、トクと話していると、巡回を終えたナンジョウ達も来て、何処かに出掛けていたらしい寿も戻った。
〈また来ちゃったの?〉弟子達に。
〈ソラの様子を、、なぁ?〉
〈俺に振るな〉兄を睨む。
〈でも~、気になるわよねぇ?〉〈なっ♪〉
〈ま、順調よ♪
それよりも、せっかく集まったのだから、これからの呼び名を決めない?〉
〈そうさなぁよ。決めるかぁ〉
――と話し始め、サイオンジがトクをどう呼ぶかというところで照れたサイオンジが逃げてしまった。
そのサイオンジをトクに追わせた後――
〈で、兄さん〉〈ん?〉
〈いい加減になさいよね〉〈何の事だ?〉
〈兄さんが認めなきゃ戻せないでしょ!〉
〈そうか……〉息子に視線を向けた。
〈しかし3日の猶予を貰った筈だが?〉
〈今が絶好のチャンスじゃないのよっ!
それなのにキツ~く睨んでっ!
兄さんたら!!〉
〈そうキィキィ喚くな〉〈丈二く~ん♪〉
集まって喋っていた弟子達が寿の方を向いて首を傾げ、ホウジョウが寄って来た。
〈はい〉
〈兄さんから話があるんですって♪〉
〈……はい〉〈寿!?〉
〈兄さん。もう腹を括りなさいな。
ゴウちゃんのには3日の猶予をあげたけど、丈二くんには話しなさいね〉
ホウジョウの背を押して、笑顔で離れた。
〈……その……剛司なのだが…………〉
と言ったきり進まなくなった。
ホウジョウは静かに待った。
そもそも無口な二人なので静寂それ自体は苦ではないのだが、この静けさは苦痛だった。
言葉を探すキンギョの方が、特に。
〈あーーっ! もうっ! 焦れったいわねっ!!
私、ゴウちゃんに話しちゃおうかな~♪〉
〈待て寿!!〉〈私、待つの苦手なの~♪〉
〈話す!! だから言うな!!〉〈ええ♪〉
と言ったものの、再び沈黙。
〈では、俺から。失礼致します〉
キンギョの向こうから寿が睨んでいるので、仕方無くホウジョウが口火を切った。
〈辰巳 丈二と申します。
剛司さんと同じくヨシさんの弟子。
ユーレイとなって以降はサイオンジ様の弟子でもあります。
剛司さんとは同い年。
祓い屋としては相棒をしておりました。
俺は彼女を――〉
〈やはり女として見ているのだな?〉
〈はい。女性です〉
〈そうか……〉
〈各々、東と北を任されておりますが、戦う時は相棒として……ヒカルに代わって護っていきたいと思っております〉
〈光子に代わって、とは?〉寿からは聞いたが。
〈ヒカルは剛司さんの夫です。
剛司さんを護り抜き、モグラに喰われました。
俺は……ヒカルの次で構いません。
ずっと共にと願っております〉
〈そうか……光子がヒカルなら……剛司はツカサにでもするか……〉
〈それは……?〉
〈流石に『剛』の字では可哀想だと思った。
それだけだ。
ツカサを……娘を頼む〉
〈お許し頂き、有り難う御座います!〉
〈ただ……未だ本人には……〉
〈はい……〉 〈きゃっ!!〉〈〈ん?〉〉
目付きの鋭い二人が見詰め合う形になっていたところに、トウゴウジが突っ込んで来た。
〈もうっ、ヨシさん!!〉
〈〈どうした?〉〉
キンギョは振り返って無事を確かめ、その背中に半分入っているトウゴウジをホウジョウが引き出した。
〈ヨシさんに投げ飛ばされたのっ!
とんでもなく思いっきり!〉
居た方を見ると寿は大笑いしており、困り顔のナンジョウは頭を掻いている。
〈兄さん♪ 丈二くんとも気が合うでしょ♪
仲良くなさいな♪〉
〈ふむ……〉
〈お酒、置いといてあげるわね♪
丈一くん、行きましょ♪〉〈わわっ〉
強引に連れて消えた。
〈……飲むか?〉
〈……はい〉 〈私は街に戻らないと~〉消えた。
〈〈……ふむ〉〉
この後は無言で飲み続けたのだった。
しかし二人にとっては心地好い静寂を楽しめた夜となった。
―・―*―・―
「そこの君、何をしている?」
パトロール中の警官が、民家と民家の間の雑草だらけの地で踞っている背中を照らした。
「え?」
振り返った青年が眩しさに目を細める。
「いきなり何ですか?」
立ち上がり自分のヘッドライトをオフにした。
「見ての通り警察です。
こんな夜中に空き地で何を?」
「ペットの為の薬草を探しているのです。
それと此処は空き地ではなく、私の家の裏庭なのですが?」
「は?」
「確かに手入れは行き届いていませんし、柵も門も何度 直しても壊されてしまうのですが、裏庭なのです。
その建物が離れで、住居は更に南に在ります。
空き地でしたら少し西に在りますよ」
指しながら説明。
「ええっと……」
明かりを手帳に向け、忙しなく捲っている。
「今が、この道で……空き地は少し向こう?
ええっと、輝竜さん?」
「はい」
「ペット用の薬草なんてあるんですか?」
「ありますよ」
「へぇ……」
「もうよろしいですか?」
「しかし、、どうして夜中に?
急ぎだったんですか?」
「それは……今、具合の悪いペットがいるという訳ではありませんが、今後の為に多少は急いでいます。
私は動物病院の薬剤師になりますので。
昼間に探さないのは……仕事もせずに、と噂されるのが嫌だったのです。
私の家は、ただでさえ お化け屋敷とか耳にしたくもない噂ばかりですので」
「お化け屋敷……ですかぁ」……確かに。
「両親が外国で暮らしているのも噂の元なのでしょうが、戦前の建物を大切にしているだけですので、そんなお顔をなさらないでください。
この裏庭も、きちんと薬草畑にしますので。
では失礼致します」
丁寧に礼をして座り直した。
「あっ、失礼致しましたっ」つい敬礼っ。
「いえ……」背を向けたまま小さくペコリ。
自転車が去る音を背中で聞きながら何とはなしに離れを見上げると、2階の窓から見ていたらしいユーレイ達が気まずそうにペコリとした。
「あ……サイオンジさん?
パイプオルガンが無い方の離れに?
私が気になったのでしょうか?」
独り言ち、
〈ごゆっくりどうぞ〉
笑みを向けてから、薬草探しを再開した。
―・―*―・―
モグラは東の街を歩いていた。
「流石、サイとキツネ様……」
独り言ちつつ笑みを溢し、すっかり浄化された『魔道』の跡を辿っていた。
「僕を見つけて浄化してもらえたなら……」
今度は寂し気な瞳を山に向ける。
「行けば……いいのかな……」
次は西隣の街に目を向ける。
「どうせならサイに滅してもらいたいな……。
でも向こうも僕が仕掛けてしまっているんだよね。
行って発動してしまったら――おや?」
ふと、人の気配を感じて立ち止まった。
「女学生? こんな夜中に?」
祓い屋かもと姿を消し、確かめに行った。
―◦―
「朝になったら紗桜さんに相談してあげるね」
掃き出し窓に腰掛けた結の膝には小型犬らしいユーレイが乗っていた。
くぅ~ん。
「相談されるのはイヤかな?
ま、とにかく大丈夫だから安心してね。
お母さんにも弟にも見えないから、ウチに住んだらいいよ」
〈あの……話せますか?〉
「えっ? あっ――」〈こうね♪〉
〈祓い屋、なのですよね?
私を祓わないのですか?〉
〈まだ ちゃんと弟子にもしてもらえてないのよね~。でも見えるし聞こえるの♪〉
〈恐くは……ないのですか?〉
〈なんか~、当たり前? そんな感じ♪
私は結。ユーレイさんにはカタカナで、って言った方がいいのかな?〉
〈ユイさん……私は……〉
〈あ、思い出せないとかって、よくあるらしいから無理しないでくださいね♪〉
―◦―
母さんだ……間違いない。
僕は……僕をずっと護ってくれていた
母さんまでも混ぜてしまったのか……。
母さんはユーレイになって以降、
成仏を拒否して祓い屋の裏方をしていると
噂には聞いていたけど……
まさか この街に居たなんて……。
この街からは離れよう。
サイの近くに行こう。
そうすればサイが僕を――〈モグラ〉
〈はい。主様〉
〈支配を解いたのだな?〉
〈そのような――あっ!〉
見えぬ縄を引かれてしまった。
―・―*―・―
〈お待たせして申し訳ありません〉
離れの2階に紅火が現れた。
〈い~や、ゆっくりさせてもらってるよぉ。
此処は落ち着く、い~い場所だぁよ〉
〈ね♪ 旦那様♪〉にこにこ×2。
〈でぇ、だ。試作の具現環なんだが、問題なんか見つからねぇらしいんだぁ。
もう貰っちまってもいいかい?
気に入ったらしいんだよ〉
〈彼女は具現化を持っております。
具現強化に調整させて頂きます〉
〈そ~かぁ?
そんじゃ借りて来らぁ〉消えた。
〈あのね、外の弟さん。
さっき お巡りさんに……〉
〈ふむ。様子を見ておきます。
お気遣い、有り難う御座います〉
〈私達も見ておくわね。
毎晩ここで寛いでるの♪〉
〈な~に話してるんだぁ?〉戻った。
〈さっきの お巡りさんのね〉
〈ああ、そ~だぁなぁ〉
〈だから私達も見ててあげましょ♪〉
〈だぁなぁ〉うんうん。〈で、コレだぁよ〉
〈お預かりします〉
霊体を仮込めした環を握り締め、背を向けて目を閉じた。
待つ間、ただ見ているのも憚られ、サイオンジとトクは窓の外に目を向けた。
〈熱心ねぇ……〉
〈犬猫にされちまった仲間の神様の為だからなぁ、龍神様としちゃあ頑張り時だろ~よぉ〉
〈そうねぇ……〉
―・―*―・―
「サイ……まだ僕が見えていない?
僕にはサイが見えているよ。
サイは、この向こうの神様達を護りに来たのかな?
それとも其処の……僕の標的の龍神様を?
無駄だよ。
もう出来上がってしまったし、僕は隠れるのが得意だからね……」
人型の影は闇に溶けた。
―・―*―・―
紅火が向き直った音を聞いてサイオンジとトクも向いた。
〈サイオンジ殿、具現化の伸びも考慮しておりますので修行は存分に〉
環を差し出した。
〈ありがとよぉ〉霊体を抜いた。
〈で、コレをもっと貰いたいんだぁ〉
〈承ります。
では、ごゆっくりなさってください〉
―◦―
〈お~い、仕上がったぞぃ〉ほれ。
〈お師匠様♪ 奥様♪
ありがとうございます~♪〉
〈他の者の分は作ってもらってる最中だからよぉ、ま~だ話すなよぉ?〉
〈はい♪〉
トウゴウジが手首に嵌めると、環は優しいピンクゴールドに変わり、繊細で美しい模様が浮き上がった。
〈まあっ♪ 素敵ねっ♪
ゴウちゃんにピッタリ♪
とってもお似合いよ♪〉
〈調整って……こういうことだったの?〉
〈具現強化に変えたらしいがなぁ。
トクも何か作って貰うかぁ?〉
〈嬉しいわ♪ 明日も伺いましょうね♪〉
―・―*―・―
〈最高司様、眠れないのですか?〉
〈何故、そう思ったのだ?〉
〈何度か音が聞こえましたので。
治癒が必要ですか?〉
〈いや……星を見ていただけだ〉
〈そうですか。お邪魔を致しました〉
マディアともっと話していたいのだが……
今は無理だな。
マディアに話せぬ事を作ってしまった。
マディアは姉と戦うのは命懸けだと言った。
あの強さだ。嘘ではないのだろう。
いや、マディアは儂に嘘はつかない。
首輪からも伝わらないのだから嘘ではない。
しかし……命懸けにも拘わらず
マディアは姉と戦うのを楽しみにしている
としか思えぬ。
それを考えると儂は……
何故こうも激しく苛立つのだ?
ザブダクルは答えの見つかりそうにない問い掛けを星空に向けていた。
支配を持つモグラが自力で支配を解くのは
当然ではないか。
なのに何故、儂は苛立ちの儘に
あのような事を命じてしまったのだ?
先日のマディアとの約束の真逆ではないか。
姉の気を覚えさせ、標的にせよと
命じてしまった……。
神力を喰らって高め、大いに人世を
混乱させよと……。
マディアは……知れば怒るのだろうな。
マディアには知られてはならぬな――
もう恒例? 章区切りの少し長いお話でした。
m(_ _)m
嵐――つまりモグラとの決戦の前の静かな夜のお話でした。
前夜ではありませんけどね。
支配を解いていたモグラは再び悪神から強い支配を重ねられてしまいました。
標的として覚え込まされた『姉』の気は、ドラグーナとラピスラズリ・ラピスリの混ざった気ですので、モグラは強いドラグーナをメインの標的としたようです。
指示通り混乱させる為に、犬猫にされてしまった獣神達が修行している輝竜家の庭近くの空地に魔道の口を――
そして次章へ、です。
呼び名を決めている最中に逃げたサイオンジと追ったトクは、輝竜家の離れに居ました。
サイオンジは皆には内緒で発注していた具現環の件で、紅火と会う約束をしていたようです。
ついでにトクと寛ぎたくて逃げたようです。
新たに発注した具現環は、モグラとの決戦には間に合いませんが、以降も続く怨霊との戦いで活躍するのは間違いありません。
実はいろいろ知っているサイオンジですが、ただ隠している訳ではありません。
話せるようになるのを待っているんです。
その辺りは、これからジワリジワリです。
m(_ _)m