鏡に込められた声
〈ちょっと! ヨシさんてばっ!〉
〈なぁに~?♪〉ぐいぐい。
〈場所なんて知ってるの!?〉
〈知ってるわよ~♪
響ちゃんが通ってるんだから♪
それにね、元々はトクちゃん家の別宅だったんですもの~♪〉
〈へ?〉
〈トクちゃんが大好きな場所だったから買うつもりだったんだけどね~、お稲荷様が『儂が買った』って言ったのよぉ。
此処よ♪〉
〈え……? 店なの?〉
〈ほら看板♪
汚れちゃって読めないけどねっ♪〉
〈稲荷堂……神占術道具店?〉
〈あら読めるのね♪〉
〈私は神眼が得意だから……で、どうして古道具屋なの?〉
〈響ちゃんが そう言ったのよぉ〉
〈失礼な間違いね♪〉
〈そうよね♪〉
勝手に中に入る。ユーレイなので。
「いらっしゃいませ♪」〈〈えっ!?〉〉
「ごゆっくりなさってくださいね♪」
商品にハタキをかけていた女性は二人に微笑むと、邪魔にならないように奥の座敷へと下がった。
〈シッカリ見えてるのね……〉
〈そうみたいね♪ 流石、稲荷堂本店ね♪〉
〈ヨシさんたら、また勝手に~〉あはっ♪
〈いずれは支店が必要になるわよ〉断言。
〈……確かにねぇ〉
まじまじと棚に並ぶ物を見る。
〈先生てば、何を支払うのかしら?〉
顎に指を当ててトントンしながら寿はウロウロしている。
〈……確かに。お金の霊体なんて価値も何も無いわよねぇ?〉
〈聞いてみる? そうしましょ♪〉
〈あっ! ヨシさん!?〉
「すみませ~ん♪」既にカウンター前。
「はい♪」
「ユーレイは何をお支払いすればいいのかしら?」
「祓い屋ユーレイの皆様からは、こちらの水晶玉に神力を少しだけ込めていただいております」
カウンターに置いている水晶玉を示した。
「神力?」
「水晶玉に触れて、神眼でも浄化でも何でも発動してくだされば、お支払い完了になります」
「こう?」触れてガツンと浄化!
水晶玉が光を帯びた。
「ありがとうございます♪
では、どの霊体でもお持ち帰りください♪」
「へぇ~♪ 良いシステムね♪」
「貴重な神力ですので♪」
「私、御札使いなの」
「やっぱり紗桜さんの♪
いつもご利用ありがとうございます♪
では一式お持ちしますね♪」
―・―*―・―
【バステト様!?】
【あら、バステート。お帰りなさい】
結界強化の旅に出ていたバステートは、狐儀からの連絡を受けて急いで戻ったのだった。
【出られたのですねっ】
【ええ。ですが私だけなのです。
キャティスは寿との繋がりが切れないと……】
【キャティスなら大丈夫です。
寿を気に入っておりますし。
バステト様がご無事で……良かった……】
青生と藤慈がにこにこ見ているのに気付いた。
【あっ……】
【薬草の勉強をしたいと。
ですので神力が高まる迄、専念させてもらいますね?】
【はい♪
薬草が充実すれば、この山に住む獣神達も喜ぶことでしょう。
喜ぶと言えば、なのですが、バステト様はどのようにして出られたのですか?
人世魂に内包されている方はキャティスと同じく出られないのでしょうが、神力を高めれば私のように人世魂との逆転も叶います。
ただ、神力を強めると集めた欠片を出すのも難しくなるのです】
【そうね。
互いの反発に勝ってしまうと、今度は逆に取り込もうとする力が働いてしまいますね。
キャティスも悩んでおりました。
ですのでキャティスと私は神力の写しを成して、それを踏み台として飛び出そうとしたのです】
【踏み台……では、同等の力を生み出したのですか?】
【そうです。
小さな欠片に己が力を丸写ししたものを術で成したのです】
【己が力ならば、互いに吸収しようとする力が生じませんか?】
【生じます。ですので欠片は他神のものを用意するのです。
そこに分け与えるのと同様に少しずつ込めてゆくのです。
すると吸収ではなく、反発が起こります。
キャティスのような内包の神と、私のような欠片の神の神力が同等ならば、各々が己が欠片に己が力を込めて成した踏み台を入れ換えてもよいのです。
あとは繋がりさえ切れれば良いのですが……】
【ですが前進です。
自覚した時から欠片集めを始めていた方々が喜びます。
ありがとうございます。
早速 伝えて参ります!】
嬉しそうに出て行った。
扉が閉まるのと同時に、見計らっていたらしいオフォクスが現れた。
【バステト様、フィアラグーナ様がお話しなさりたいと仰っておられます。
青生、藤慈。共に来てくれるか?】
【あら、フィアラグーナ様も此方に?
喜んで参りますわ】
青生と藤慈もドラグーナが喜んでいると感じて微笑み、頷いた。
―・―*―・―
満足顔の寿とトウゴウジは店を出た。
〈これで響ちゃんの身体を借りなくても御札が書けるわ♪〉
魂筆の霊体を手に、寿は軽やかに弾んでいる。
ユーレイなので重さなんて無く、軽くて当然なのだが。
〈ヨシさん、紙は?
それと墨って どうなってるの?〉
〈紙は私の中よ♪ とりあえず五千枚♪
魂墨は魂筆の軸に込められているの♪
不思議なのだけれど無尽蔵なのよ~♪
それに念じた色に変わるのよ♪
今回は龍神様の角粉入りなの♪
筆の毛も龍神様の髪だそうよ♪〉
〈龍神様の角って……鹿みたいに生えるのかしら?〉
〈使うくらいだから生えるのでしょ♪
ゴウちゃんは何を買ったの?〉
〈修行キャンディをいただいたわ♪
味見したら美味しくって~♪〉
〈そんなのあったの!?〉
〈座敷の隅の大きな瓶に入ってキラキラしてたの~♪〉
〈え~~っ! 私もっ!〉クルッ。消えた。
〈もう入ってっちゃった!?〉
〈ゴウちゃん♪ 修行クッキーもあるわよ♪〉
〈ええっ!?〉店へ!
―・―*―・―
フィアラグーナは尾を探してほしいとバステトにも頼み、後は記憶の断片を見つけようと世間話程度の事を話していた。
そして夜、青生が病院の事務室に戻ると、診察の為に先に戻っていた瑠璃が入って来た。
「診察は終わったの?」
「途切れただけだ」
「なら続きは俺がするね。
ねぇ瑠璃、あの鏡は?
もう解決した?」
「鏡?」
「ほら、梅雨時期に机に置いていた鏡だよ。
あの鏡から声が聞こえたんだ。
たぶんフィアラグーナ様の。
だから聞いて頂こうと思ってね」
サイオンジが姿を見せてペコリとした。
「あの鏡から!?
何故それを――いや、私が嘆いてばかりだったからだな。ふむ」
机の抽斗から取り出した。
「では頼む」
「待ってよ。ラピスラズリ様にも話し相手をお願いしたいから診察は俺が行くよ」
「ドラグーナ様は?」
「昨日かなり無理をしたから眠っているんだ。
だからお願いね」
パソコンの予約表を確かめて席を立った。
《ラピスラズリ、なのか?》
〈はい。再誕させて頂きましたので、今はラピスリです〉
《そうか……。
何やら思い出せそうなのだが……すまんな。
で、ドラグーナの妻となったのか?》
〈私は青生の妻です〉
《人の!? いや……ま、納得できるな。
さておきだ。俺の尾を知らぬか?》
〈アーマルが欠片を持っておりましたが、今は眠っているのです〉
飛翔は起きていて記憶も確かなのだが、トリノクスとアーマルに関しての部分だけが塞がっている為に探してくれとは頼めない状態だった。
《尾の欠片なのだな?》
〈はい。それは確かだと〉
《では待とう》
〈この鏡に関しては全くですか?〉
《いや……それも何やら思い出せそうで……探っているのだが……》
〈青生、鏡の声とは?〉
〈涙が落ちた時に聞こえたんだ〉
〈涙?〉
〈疲れ目、、だったかな?〉
〈ふむ……〉違うのだろうな。
〈ドラグーナ様宛てだったんだけどね、目覚めてくださらなかったんだ。
古のカリュー王国の城跡を掘り返せ。
それで解決するから早く行け、って〉
〈そうか〉涙か……。
頑張るより他は無いと小夜子の事を考えているうちに、どうにか涙が流れ落ちた。
〖ドラグーナの子よ。
この鏡に涙するとは、クウダーム様と私だけでなくドラグーナにまで何事か起こってしまったのだな?
ならば古のカリュー王国の地、城の跡地を掘り返せ。
それで解決する筈だ。早く行け〗
《俺の声だな……》
〈そうですね。
カリュー王国……ザブダクルの国……〉
《連れて行ってくれるか?》
〈今は……難しいかと……〉
《そうか……》
ようやく『古道具屋』の店名が登場しました。
『稲荷堂』と真ん中に大きく。
その下に『神占術道具店』と小さく書かれていますが、神眼でなければ読めないくらい真っ黒に煤けています。
トウゴウジは読み上げませんでしたが、上にも文字が並んでいるのは見えていたようです。
それもまたいずれ、です。
実は、看板が真っ黒なのにも、店の戸が簡単には開かないのにも理由はあるんです。
まだまだずっと先まで謎のままですけど。
フィアラグーナにとってバステトは師の師の師くらいの遥か上な大神様です。
知り合いではありますが、それでも、欠片探しを頼むなんて……なくらいの格上神様なんです。
なんですが、記憶がありませんので仕方なしと、バステトは引き受けました。
同じくらい若いと思ってもらっているのなら――も、ありそうですよね。