現世に戻って修行せよ
写真の部屋でも遊んだ後、トクが もう一度 聴きたいと言うのでパイプオルガンの部屋に戻った。
「それじゃあ~、この曲かなっ♪」
そう言って弾き始めた曲は、ゆったりと流れるが所々に愛らしさが散りばめられたものだった。
弾き終わった彩桜がトクに微笑んで寄った。
差し出した楽譜には曲名が書かれていなかったが、ホルダーから そっと出して裏返すと『篤』と書かれてあった。
その続きの楽譜も裏返すと『子』。
「トクさん、篤子さんなんでしょ?」
「ぁぁ……」
「あ、思い出し途中なんだね~。
たぶんキッカケなったと思うから、ゆっくり思い出してってください♪
いっぱい お話ししたら早く開くかも~」
「そうかい。それじゃあ話そうかねぇ。
引っ掛かるような、開いたような、不思議な感じなんだよ。
幼いアタシは此処でパイプオルガンを組み立てていたのをずっと見てたんだ。
さっき、それが浮かんだんだよ。
父の船で部品と、目や髪が黒くない人達が来てねぇ、何日も組み立ててたんだ。
初めて音が出た時は感動したねぇ。
父が初めて弾いてくれたのが、さっきの曲なんだよ。
アタシと母が並んで聴いたんだ。
それを思い出したんだよ」
「トクさんも父様大好きっ子?」【おいっ!】
「そうさねぇ。大好きだよ。
だから此処が好きなんだ。
父を感じられるからねぇ」
「トクさんの父様もトクさん大好き♪
大好き い~っぱい込めた曲だったんだ♪
組み立ててるの楽しそうに見てるトクさんを見て作った曲なんだよ♪」
彩桜が指した所には、走り書きではあったが、パイプオルガンを見上げる愛娘の後ろ姿が描かれていた。
「そうかい……」
嬉しさで目を細め、またパイプオルガンを見た。
「また来てもいいかい?」
「もっちろん♪」
「少し……ひとり静かに思い出してみるよ」
「うんっ♪」
トクは父が遺した作品の霊体達を抱き締め、笑顔で帰って行った。
「彩桜って……いろいろスゲーな……」
どこまで父様なんだか、だよなぁ。
「そぉかにゃ~?
俺、まだまだだよ?」
「トボケんなっ」
「大真面目!」
「ソレはソレで……大丈夫か?」額ツンツン。
「どゆコト?」額なでなで。
「おいおい。だがま、ソレが彩桜か♪」
「だからぁ、どゆコトなのっ」
―・―*―・―
トクは松の木に大切な宝物達を込め、幹に手を当てて見上げた。
「なんだか思い出しそうなんだけどねぇ……」
独り言ちて肩を竦め、アパートの廊下へ。
「おや? 誰か残ってるのかねぇ」
ぶつぶつ呟きつつ部屋へ。
〈おやおや、声が聞こえると思ったら、二枚目さんも戻って来てたんだねぇ〉
〈あ♪ トクさん♪〉〈こんばんワン♪〉
ひとり静かに、は無理そうだった。
―・―*―・―
ラピスリとハーリィはルロザムールの魂から出た。
〈これからは絆の力を使って、いつでも話し掛けてください〉
そう言ってハーリィは決意混じりの笑顔で去った。
〈ルロザムール様、振りを徹底なさってくださいませ。
エーデラークを……お願い致します〉
老神リグーリ姿のラピスリが微笑む。
〈解りました〉
大きく頷き、大木の向こうへ。
〈あ……〉〈此処で寝られるとは……〉
呆れ果てていても仕方がないのでリグーリが揺り起こす。
「お~い、起きよ。亥口 利幸」
「ん~~~、んあ?
お♪ とうとう社長が来たか♪」
「寝惚けておるのか?」先程も会ったのだが?
「それとも会長かぁ? 死神株式会社の♪」
ルロザムールが必死で笑いを堪えている。
「で、部長は復活かぁ?♪
ブラック企業は大変だよなぁ。
過労死しねぇよーにホドホドに頑張れよ♪
そんじゃ、サッサと成仏させてくれ♪」
〈ルロザムール様? 打ち合わせ通りに〉
ハッとしたルロザムールが大きく頷く。
「無かった事にする」
「へ? 何を???」ぽかん。
「成仏を、だっ」
これまでの言葉と間抜け顔に吹き出しそうになったルロザムールは逃げ消えた。
「……と、言う事じゃ。戻るぞ」
「はぁあ?」
「現世に戻り、飛翔と紗を護らねばならぬじゃろ」
「身代わりは!?」
「要らぬよ。
儂は社長や会長なんぞではない。
それに当たる御方がのぅ、許さぬと言うんじゃ。
ならばヌシが護るしかなかろう?」
「へ? もっと分かり易く話してくれねぇか?」
「身代わりを成仏させても仕方がない。
お前さんを成仏させようが、何をしようが、飛翔と紗を成仏させよと言うんじゃよ」
「やっぱ俺じゃ飛翔の代わりにゃなれねーかぁ」
「ま、そう言う事じゃ。
じゃからのう、現世に戻って修行し、飛翔と共に紗を護れ」
「そっか。そんじゃあまた飛翔とバッテリー復活だなっ♪」
「では参ろうぞ」
「おう♪」
「そのままでは降りられぬからのぅ、偽装させてもらうぞ?」
「ナンとでもしやがれ♪
飛翔とツルめるならナンでもいい♪」
「ふむ。じっとしておれよ?」
「おうよ♪
けど、そんな事までしてジーサンは大丈夫なのかぁ?」
「儂の心配なんぞ要らぬよ。
ま、ちぃとばかり反抗しておるだけじゃ。
可愛いもんじゃよ」
「あ~、そっか。リーマンはツラいよなぁ。
やっぱ死神株式会社なんだな?」
「確かにのぅ、的確やも知れぬのぅ」苦笑。
リグーリは苦笑を浮かべたまま装束をハーリィと同様にし、利幸を新魂に偽装して人世に向かった。
―・―*―・―
内装を元に戻した離れで彩桜は古びた楽譜を丁寧に出して裏向きに並べていた。
【このデッカイ机は?】
【作業台♪ 絵とかの修復で使うんだけど~。
たぶんね、ジオラマ作ってたんだと思う~♪】
【つまり、さっきの婆様の父親の机なんだな?
で、そのジオラマは?】
【家より先に売っちゃったか、頼まれもので納められたんじゃないかって、お稲荷様が言ってた~。
材料とか、余った木とか瓦とかチマチマしたのだけ残ってたんだって~】
【そっか。
この家 買ったのはオフォクス様なのか】
【うんっ♪
でねっ、父ちゃんの後見人なって~♪
新婚な父ちゃんと母ちゃんの家にしたの~♪】
【ちょい待て! 話ブッ飛んだだろっ】
【ん? えっとね~、父ちゃんの父ちゃんと母ちゃんも音楽家だったの。
飛行機 乗ってて……落ちたの。
父ちゃん、大学生で成人してたから養子じゃなくて資金援助だけって、お稲荷様が後ろ楯なってくれたんだって。
音楽、お金かかるから。
父ちゃん、大学で母ちゃんと知り合って、卒業後は一緒に音楽活動しようって誘ったら、プロポーズだと思われちゃって卒業してすぐに結婚したんだって♪
で、この家に住むコトなったの~♪】
【あ~、だから名付け親にもなれたのかぁ】
【そゆコト♪ でっきた~♪】
【何がだよ?】
【読んだら分かる~♪】
楽譜の裏面、左下に細かな文字が連なっていた。1枚に1行。
中には単語の途中で次へと続いているものもあった。
【曲順は、あの絵の裏に書いてあったんだ♪】
【あ……篤子お嬢様だ……】
【その順番に並べたら手紙なった~♪】
【戦時中か?】
【その前に書いてるけど~、予知?
俺達みたく中に神様いたのかも~♪】
【かもな。婆様にも見えたよ】
【へぇ~♪
ね、師匠♪ 今度トクさん来たら見せたいから固定して~♪】
【またオレかよぉ】
【うんっ♪】
【で……この通り、幸せになれたのかなぁ】
【どぉだろ。
でも、まだ これからなのかも~♪】
【おいおい、婆様だしユーレイだろーがよ】
【だからこそじゃない?
生きてた間ムリだったかもだけど~、ユーレイなら長~く生きられるでしょ♪】
【死んでるんだけど?】
【身体ナイだけ~♪ 俺、そぉ信じてる~♪】
【ん~~、ま、生き生きしてるよな♪】
【でしょ♪】
『お~い彩桜~。此処かぁ?
メシ要らねぇのかぁ?』
「行く!! 食~べる~♪」
ぴょんぴょんぴょん♪ 部屋を出て行った。
オニキスは犬になって彩桜を追う。
「あ、オニキスまで入っちまったのか。
彩桜、シッカリ掃除しろよ?」
「うんっ♪」浄化する~♪
【毛なんか抜けねぇよ!!】 【ん?】【おいっ!】
【黒瑯兄に くっついとかにゃいの?】【ったく~】
オニキスは、歩き始めた黒瑯と並んで歩調を合わせ、その顔を見上げた。
「心配しなくてもオニキスの分も作ってるよ♪」
ワン♪
「オニキスも家族だからなっ♪」わしわし♪
ワン♪
これはこれで幸せだと思ってしまうオニキスだった。
支配が解けたルロザムールが前を向いたので、ハーリィはホッとして再生域に戻りました。
ラピスリ、すぐ下の弟に苦労してます。(笑)
でもまぁ無事に利幸は人世に戻る事になりました。
アパートに帰るとソラとカケルが居て、またお喋りを始めるトクさん。
彩桜が与えたキッカケで、どんどん思い出しているトクさんなのでした~。
すっかり彩桜の事を忘れてしまったソラですが、実はトクさんを通じて協力し合っていたんですね。