パイプオルガンとお嬢様
彩桜がパイプオルガンを弾いているとオニキスの隣の席に老婦人ユーレイが現れた。
「もしかして……パイプオルガンの持ち主?」
オニキスが そっと小声で尋ねた。
「そりゃあアタシの父親だよ」にこっ。
「じゃあ、この家……」
「父のアトリエだった場所さね。
建物は、そのまんま。懐かしいねぇ。
中だけ綺麗にしてくれてる。
大切に使ってくれてるんだねぇ。
この音色が また聴けるなんてねぇ……嬉しいねぇ……」
老婦人ユーレイが目を閉じたので、オニキスは静かに聴いていようと黙った。
たっぷり聴かせた後、心地好い余韻が響く中、彩桜が嬉しそうに寄って来た。
「やっと会えた~♪」
「おや、気づいてたのかい?」
「うんっ♪
アパートでも隠れちゃうし~、ウチでも隠れちゃうし~」
「そうかい。悪かったねぇ。
子供を育てたことがないからねぇ、どうしていいのか分からなかったんだよ」
「これからは いつでも来てねっ♪
でも、今日は どぉして隠れなかったの?」
「アパートに大勢 来ちまったんだよ。
人から逃げようと思ったら、いつも此処に来ちまうんだ。
大好きな場所だからねぇ。
さっきは大勢だったからねぇ、慌てて逃げたら懐かしい音が聞こえてねぇ、つい入っちまったんだ。
ああそうそう。
坊やに懐かしい話をしてたからだよ。
古~い話をねぇ。
だから懐かしさに つい入っちまったんだよ」
「坊や? ユーレイの?」きっとソラだ♪
「そうだよ。
そういや名前を聞くのを忘れてたねぇ。
アタシが喋り続けちまったからねぇ。
アタシは『トクさん』でいいよ」
「俺、彩桜♪ で、リーロン♪」
「おや、大陸の人かい?」「あ、はい」
「アタシの旦那さんの弟は満州に行ってたんだよ。
古~い話だけどねぇ」
「そ、そーですか」満州ってナンだ?
「ところで、さっきの曲は?
どうして知ってるんだい?」
「リフォームの時に手書きの楽譜いっぱい見つけたの~♪
と~っても優しいから大好きな曲♪」
「ありがとよ。
あの曲は父が作ったんだよ」
「持って来る~♪」
駆けて行き、扉を開けかけて止まった。
「リーロン師匠♪ トクさんの思い出の場所に変えてあげて~♪」【おいっ!?】
手を振って出て行った。
「師匠かい? へぇ~♪」
「あ……」しゃあねぇなぁ。
「では。お嬢様、お手を」
「おやまぁ、面白いコだねぇ。
こんな婆ァに『お嬢様』だなんてねぇ♪」
言いたかねーよっ!
手から此処の記憶が見たいだけだよっ!
そんな思いなんぞ知る由もなく、トクはオニキスの掌に手を添えた。
「これでいいのかい?」
「ありがとうございます、お嬢様」
目を閉じて記憶を読み取り始めた――
喋りとは大違いに上品な所作だったな。
あ……可愛いお嬢様じゃねぇか。
てか、マジでお嬢様じゃねぇか!
百合谷町全部と周辺にも……
此処だけじゃなく持ってたのか。
この街の1/4は百合谷さん家だな♪
他にも農園? まさか北渡音全域!?
渡音港も親父さんが!?
そっか貿易を……ふぅん。
此処は親父さんの趣味の場か。
しっかし多趣味だな。
どれもカナリの腕だよな……ふぅん。
――目を開けてニッコリ。
「では……思い出よ、甦れ!」全力で偽装!
重ねた手から湧き上がった光が部屋に満ち、収束すると、大正モダンと重厚な落ち着きを兼ね備えた内装に変わっていた。
「こりゃあ……」じっくり見回している。
彩桜がファイルブックを抱えて戻った。
「さっすがリーロン師匠♪」
【偽装は苦手なんだからなっ!】
【苦手でコレってスゴいねっ♪】
【そりゃあ……オレは神だからな】
【うんうんっ♪】〖成長したね、オニキス〗
【【あ……♪】】〖これからが楽しみだよ〗
【はい! オレ頑張ります!】〖うん……〗
「昔のままだよ。懐かしいねぇ」
「はい♪ 楽譜♪」広げて見せる。
「父の字だねぇ……優しく書くんだよ。
サラサラと滑るようにねぇ。
とっても格好良くてねぇ」
楽譜が入っているビニールホルダーを撫でながら嬉しそうに目を細めた。
「楽譜の霊体、持って帰ります?」
「いいのかい?
なら、1枚だけ頼もうかねぇ」
「はい♪ 師匠♪」【またオレかっ!?】
ニコニコな彩桜に負けて渋々抜き取った。
「お嬢様、どうぞ」
「そろそろ その呼び方はヤメておくれよぉ」
苦笑しつつ受け取る。
「けど……嬉しいねぇ。大切にするよ。
父が書いている姿が目に浮かぶねぇ。
おや……?
父と同じように優しく書く手を
アタシは知ってるようだねぇ。
誰なんだろうねぇ?」
「もぉすぐ会える気がする~♪」
「そうかい。
それじゃあ楽しみにしとくかねぇ」
「絵のお部屋と彫刻のお部屋に行こっ♪」
―・―*―・―
―・―・―*―・―*―・―・―
ラピスリがハーリィとの虹紲の絆を結んだ後、ルロザムールは最後の穴に入り、結構な時間が経った。
待つ間にラピスリは月での事や、古の神についてハーリィに話していなかった事を話していった。
【遅くはないか?】
ハーリィが首を傾げた。
【確かに……もしや!】
新しい記憶は活発に動くので、漏れないようにと軽く塞いでいた幕のような結界を解くと、飛び交う光帯の中でルロザムールが踞って頭を抱えていた。
「ルロザムール様っ」ハーリィが飛び込んだ。
ラピスリも光帯を避けつつ入る。
【ショックが大き過ぎたのだろう】
【如何な記憶――】光帯に触れてしまった。
【どれを見たのかは分からぬが……ま、どれも然程の違いは無かろう】
【だからディルムは嫌っていたのか。ふむ】
【ディルムを側近に選んだのは、神力から感じる『面影』からなのだろうな】
【そうか。両親の欠片か。
私と同じ力を感じ……そうか】
ルロザムールの背を抱き締めた。
【外に】
【そうだな】
―・―・―*―・―*―・―・―
―・―*―・―
彩桜は大きな絵と彫刻も運び込んで思い出達と並べて置いた。
「コレ、兄貴達の♪
金錦兄は ここの絵、紅火兄は彫刻を見て勉強したんだって~♪
でねっ、いっぱい金賞とか最優秀賞とか貰ってるんだよ♪」
「そりゃあ凄いねぇ♪
よく出来てるねぇ♪」
「えへへ~♪」【彩桜作じゃねぇだろ】
【兄貴達が褒められるのも嬉し~の♪】
【そっか。うん。そーだよな】【ね♪】
「写真機も紅火兄が手入れしてるよ♪
記念撮影しよっ♪」
【心霊写真じゃねーかよ!】【ん?】
―・―*―・―
―・―・―*―・―*―・―・―
記憶領域から出るとラピスリは少し離れた。
【ハーリィ、後は頼む】
頷いたハーリィは、ルロザムールを支えたまま並んで一緒に座り、暫くは静かに肩を抱いていた。
「ルロザムール様、お気を確かに」
「覚悟して入ったつもりだったが……」
「お察しします。
私も同じ事をされていたならば……とてもではありませんが耐えられません」
「私が浄化域に送ってしまった獣神様は?」
「潜入している仲間が保護しています。
それ以前に欠片とされた方々も。
ですので償いの必要はありません」
「そうか……必要はない、か。
ならばもう……消えてしまいたい……」
「償いは、です。
私はルロザムール様を必要としております。
他の中位・高位の方々も皆様、同じです。
醜い地位争いをさせられておりましたが、今は人世で保護され、修行の日々を送っているそうです。
ルロザムール様も支配から解放された今、私共と同じ神世を護る側に立ったのです。
神力を高め、戦いましょう」
「しかし死司域での私は……こんな情けない道化が護る側なんぞと……」
「つい最近は『鬼のルロザムール』と専らの噂でしたが?」
「それは……新たな支配の影響だ。
ナターダグラルが乗り移っていただけだ」
「それでも!
道化の印象は払拭されています。
それに支配の影響だけでなく、月での修行の成果もある筈です。
操られている振りは続けなければなりませんが、すっかり変えられますよ」
「変えられる、か?」
「変えられます! 変えましょう!」
「ハーリィ……熱くなったな。
冷静そのものな男だと思っていたのだが……変わったのだな?」
「変わるものなのですよ。
ですのでルロザムール様も変わりましょう。
本来のルロザムール様へと」
「そうだな。
辱しめられたままでは終われぬな」
「それでこそルロザムール様です。
その意気ならば兄も再び支えてくれるでしょう。次こそは喜んで」
「ハーリィの兄? 再び?」
「ディルムですよ。白虎の。
月でも修行の指導をしていたのでしょう?」
「あのディルムがハーリィの兄!?」
「はい。
月からの道が繋がれば、今度は兄弟で支えますよ」
「そうか!
人神の振りをしていた時のディルムはハーリィの真似をしていたのだな」
「それは違う、と思いたいのですが……」
「いや、あれはハーリィだ」はははは♪
「いや……」苦笑。
【それでよいのでは?
ルロザムール様が笑顔になったのだからな♪】
【ラピスリまでっ】
【何にせよ『面影』だ♪】ふふふ♪
【そう、だ、な……】
ルロザムールは支配から解放されて、すっかり元通りです。
まだまだ、めでたしめでたしとはいきませんけどね。
百合谷家本宅は百合谷町が丸ごとですが、別宅やらは百合谷北、東、南町に点在していたようです。
点在と言うと狭い土地のイメージですが、一つ一つが輝竜家のように広かったんです。
――って、その輝竜家って? ですよね~。
百合谷家の趣味の為だけの別宅だった屋敷で、百合谷東町にあります。
住居としている本館だけでも近隣の住宅10軒分よりも広いんです。
すご~く大雑把に描くとこんな感じです。
┌──┐
┌─────┘裏庭│
│┏━━┓┏━━┓│
│┃和館┃┃洋館┃│
│┗━━┛┗━━┛│
│ ┏━━━┓│
│ 庭 ┃ ┃│
│ ┃本 館┃│
│┏━┓┃ ┃│
│┗店┛┗━━━┛│
└────────┘
離れが2館。
洋館の方がアトリエで、輝竜兄弟は楽器や作品の倉庫として使っています。
もちろん創作活動や演奏の場でもあります。
和館の方は書・茶・華道の場だったようです。
本館からは遠いので輝竜兄弟は使っていません。
店として使っているのは厨房だった場所です。
本館には台所はありませんでした。
なので、本館1階の南側1/4を占めていた広いサロンだった場所を居間と台所と食品倉にしたんです。
その時に南向きの玄関も作りました。
本館と洋館、店と、洋館と和館とは渡り廊下で繋がっています。