ルロザムールと導きの女神
利幸を連れて神世に向かって飛ぶルロザムールを追うラピスリは、姿を消して背後に迫り浄破邪を当てた。
【ラピスラズリ兄様、先程は ありがとうございました】
〖勝手に前に出て すまなかったな〗
【何故そのように?】
〖そう思ってしまう性格なのだろう。
ラピスリも そうではないのか?〗
【あ……】確かに。
〖私が話せぬ時もあろう。
その時は私の振りをすればよい。
少し声を低くすれば判別出来ぬであろうからな〗
【ありがとうございます。
では、そのように】
〖大半が重なっているのだ。遠慮するな〗
【はい】ふふっ♪
〖ん?〗
【己を客観視しているようでもあり、全く別の、良き理解者と話しているようでもありで不思議な心地なのです】
〖ふむ。ま、私の存在を快く思ってもらっていると受け止め、喜んでおこう〗
【とても頼もしい存在です】
〖そうか〗フッ。
〖では、そろそろ休ませてもらう〗
【はい。ごゆっくりなさってください】
話しているうちに神力射エリアが近くなっていた。
矢が向けば即、退避できるよう身構えてラピスリは上昇を続けた。
―・―*―・―
「った~」イテテテテ。
「オニキス師匠♪」「気がついたか」
「痛い?」「治癒は効いた筈だが?」
彩桜とリグーリが覗き込む。
「此処……社か。ありがとな、治癒も。
身体はナンともねぇよ。
けどユーレイに殴られて気絶なんて精神的にイタ過ぎだろ」
「ウンディは無意識に神力を纏わせた拳で殴るからな。私も大怪我したよ」
「あ~、そっか。
ラピスリに治してもらったんだったな。
ホント困ったヤツだよな。
で、その馬鹿ウンディは?」
「ルロザムールが連れて昇ったよ。
それをラピスリが追った。
支配を解く気なのだろうよ」
「そっか。そんじゃ任せるしかねぇよな。
彩桜、ソラとショウの所に戻るか?」
「うんっ♪」
「リグーリどーする?」
「教会に戻るよ。
弟子達を先に帰しているからな」
「死神服は? 此処 入るのに捨てたのか?」
「ラピスリに貸しただけだ。
教会に予備がある。
人神は洗濯するからな」
「洗濯?」「獣神様は? 洗わないの?」
「浄化の方が確かだからな」「そっか~♪」
「なぁ、洗濯って?」
「輝竜家で洗濯機を見せてもらえ」
「うんうん♪ 後でね~♪」
―・―*―・―
ラピスリは無事に神力射エリアを抜け、現世の門を通り抜けた。
浄破邪が効いてきたらしいルロザムールは支配に抗おうとしているのか、額に手を当て、顔をしかめていた。
ラピスリは少し離れて、キョロキョロしている利幸の視界にも入らない場所でリグーリとして姿を現し、飛んで寄った。
「ルロザムール様、少し休まれた方がよろしいかと」
浄破邪を強める為に触れる目的で支え、永遠の樹へと連れて行った。
―◦―
「少し待っていてくださるかな?」
「おうよ♪」
大木の幹を挟んで利幸からは見えないようにルロザムールと向き合ったラピスリは、キツネの社で死司神達にしていたように導き始めた。
―・―・―*―・―*―・―・―
ルロザムールに優しく微笑む美女神が、小花が風に揺れる草原の上に浮かんでいる。
「貴女様は?」
「噂は お耳になさっておられましょう?
私は古より甦りしピュアリラ。
貴方を操ろうと狙う支配の力を断たねばなりません。此方に」
聞き覚えのある導きの声が紡ぐ言葉を疑う事なんぞ馬鹿げていると、ルロザムールはピュアリラを追った。
そんなルロザムールを見てピュアリラは止まって微笑み、追い付くのを待って手を繋いだ。
「向かう先は魂の深層。
確かな意志を感じましたので術移します」
―◦―
一瞬にして草原は氷原に変わった。
「貴方の魂の核となる最深部です。
此処が中心。
目指すは此方です」
「この不穏な気が漂う場所が私の魂……」
「それは支配が発している気。
貴方は此方を開いた事がありません。
ですので本来は無。
支配は無の内で何にも妨げられる事なく成長し、貴方の心や記憶を蝕み、空いた箇所に偽りを込めて自在に操ろうとしているのです」
「偽りの記憶……あの言葉も貴女様ですね?」
とうに確信していたが念の為に確かめた。
「はい。支配が見えますか?」
「あの……岩?」
「多くが岩として見えるようですね」
「暗い赤と黒……模様が蠢いている?」
「生きておりますので」
「もう1つ……紫がかった灰色?」
「貴方は二度、支配を込められております。
紫灰色の岩は先に込められたもの。
一度 解けた為に弱まり、小さくなっております。
赤黒い岩は新たに込められたもの。
鎖が浮き出ましたね。見えますか?」
「はい。この鎖がずっと私を縛っていたのですか?」
「はい。
支配の力で見えぬようにされております。
ですので私共が導いているのです。
見えるようになれば断つ事が叶います。
他神は断つ事が出来ません。
貴方の力で それを断ってください。
断ちたいと強く思うだけです。
その鎖は何度でも伸びます。
絡まれば先程のように操られます。
都度、断ってください」
「ありがとうございます。
禍々しき鎖よ! 失せよ!」
岩から伸びて巻き付き、更に絡み着こうとしていた鎖が弾けて消えた。
と、同時に、岩に突き刺さっている小さな神力の欠片が輝いた。
「あれは……?」
「支配を解くべく、楔とした神力です。
先の支配に込めたのはエーデラークとユーチャリス王妃とディルム。
新たな支配に込めたのは父と私。
そしてエーデラークが追加したようですね」
「王妃様が!? ん? ディルム……?」
ルロザムールの疑問には答えず、女神は続けた。
「記憶の領域に向かいましょう。
貴方の記憶は封じられたまま蝕まれております。
既に消えてしまった記憶もありましょう。
これ以上 消されぬよう、支配からの鎖を断ち続けてください」
「はい」
悔しさも露なルロザムールを抱き締め、ラピスリは術移した。
―◦―
「最果ての壁の如き……」
左右も上も、果てが見えない岩壁が聳え、続いていた。
「この向こう、全てが記憶の領域です。
先ずは偽りの記憶を浄滅します。
しかし振りを続ける為に書物の記憶が如く新たに刻みます。
支配されていた間の記憶は偽りではありませんので残りますが……全ては支配がした事。
気に病む必要はありません」
岩肌に掌を当てて探っていたラピスリが歩を止めた。
両掌を当てて詠唱すると、掌の向こうの岩壁だけが融けるように消え、その向こうから赤暗い光が漏れた。
漏れた赤光がルロザムールに向かって生き物のように伸び、取り込もうとした。
「偽りの記憶よ、悪意よ、失せなさい!」
瑠璃光が迸り、赤暗い光を飲み込んだ。
「ご気分は?」
「清々しい……ですね」胸に手を当てた。
「では、この封印を浄滅しましょう。共に」
「はい!」
―・―・―*―・―*―・―・―
永遠の樹の下に新たな気配が現れた。
【リグーリではなくラピスリか?】
【ハーリィ……何故 此処に?】
【現世の門でルロザムール様を見た。
ミュムを再生域に送り届け、戻って来た】
【そうか。現状、ミュムには繋がりがある等と知られたくないのは解る。
ルロザムール様は記憶を封じられているだけでなく、部分的に消されている。
手を貸してくれるか?】
【勿論だ】
並んでルロザムールに手を翳した。
―・―・―*―・―*―・―・―
ルロザムールの魂の内にハーリィが現れた。
「えっ……?」
「親しい方ですよ。
貴方の閉ざされた想いが呼んだのでしょう。
では共に。お願い致します」
ハーリィは頷き、並んで岩壁に手を当てた。
ハーリィはこれまでもチラチラ登場していましたが、ディルムの弟で黒豹神です。
父マリュースよりは母バステートの方が強く出ており、真面目で堅い性格です。
なので兄よりはオフォクスの子達と仲が良く、再生神として潜入して以降も浄化のロークスや保魂のラナクスとは会っているようです。
ハーリィにとってルロザムールは師であり相棒。
何が何でも元に戻すと静かに意気込んでいます。